戦国Re:verse ― 織田信長編《紅蓮の覇者》

梵天丸

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第11話 月下の刃

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 墨俣の戦いから数日。
 砦の周囲には、まだ戦の痕跡が色濃く残っていた。
 黒く焦げた木片、矢の突き刺さった塀、兵たちの荒い息遣い。
 だが、その空気の中にも、確かな達成感と誇りが漂っていた。

「ようやく……息をつけるな」

 藤吉郎に肩の包帯を巻き直されながら、僕は深く息を吐いた。

「まだまだこれからだよ! 信長様が目指すのは、美濃一国どころか天下なんだから!」
「確かに」

 美濃を制圧することは、信長様が天下を取ることのほんの序章に過ぎない。
 これからも、幾度となく戦を越えていかねばならないのだ。

 家中でも、今回の勝利に対する反応はさまざまだった。
 光秀は冷静に戦況を振り返り、長秀は補給の確認に余念がない。
 勝家は「まだまだ戦えるぞ!」と豪快に笑い、藤吉郎は「次はもっと面白いことを考えてやるさ!」と胸を張る。

 それぞれがそれぞれの持ち味を発揮し、この戦を勝利へと導いたのだ。

「殿と共にあらば、天下すら夢ではない!」
 勝家の声が高らかに響く。
「だが慢心は禁物です」
 光秀が淡々と釘を刺す。
「兵糧と退路は整えてあります。次の戦も万全に備えましょう」
 長秀は冷静に告げる。
「ふふ、墨俣ができたってことは、美濃はもう半分取ったようなもんだろ!」
 藤吉郎は屈託なく笑った。

 信長様は皆を見渡し、短く言葉をかけた。
「よくやった。これで美濃は我らの手に近づいた」
 その声は、兵たちの胸をさらに熱くした。



「蓮、手当は済んだのか?」

 信長様に聞かれ、僕はうなずいた。

「はい、藤吉郎が丁寧にやってくれました」
「そうか。此度の功績に対して褒美をやらねばならぬと考えている。欲しいものはあるか? 好きなものを申してみろ」
「え……ほ、褒美ですか……」
「そうだ。何が欲しい?」

 急に言われ、僕は言葉に詰まった。
「僕は……今のまま、信長様のもとで働かせてもらえたら、それで十分です」
「欲がないな」
「生活の面倒はすべて見てもらってますし。特に欲しいものは……」

 信長様はわずかに口角を上げると、一振りの剣を差し出した。

「では、これをやろう」
「これは……宗三左文字ではありませんか!」

 今川義元を討ち取った際に、信長様が手にした名刀。



 宗三左文字――後に「天下取りの刀」と呼ばれるものだ。
 今の僕にふさわしいとは思えない。けれど、信長様の手から渡されるという事実だけで、胸が震えた。

(こういうのって、豚に真珠ってやつだよな…)

 やっぱり断ろう。僕は意を決して、信長様を見つめた。

「こんな大事なもの……僕には恐れ多すぎます」
「主の褒美が受け取れぬというのか?」
「いえ……ただ、僕にはまだ……」

 慌てて首を振る僕に、信長様は鋭い眼差しを向けた。

「ならば、欲しいものを申せ」
「……馬がほしいです! どんな馬でもいいので、乗りこなせるようになりたいです!」
「なるほど、馬か……」

 信長様は一拍置き、再び剣を僕に差し出した。

「だが、それだけでは足りぬ。刀も受け取れ」
「えっ……!」
「主の言葉に二言はない。これは命令だ」

 僕はひざまずき、震える手で刀を受け取るしかなかった。
 ずしりとした重みが、胸にのしかかる。

「……ありがとうございます」



 一方その頃、稲葉山城。
 斎藤義龍は病床に伏していた。

「……信長……」

 苦しげな息の合間に、その名を吐き出す。
 戦の敗北と病が重なり、壮健だった体はすっかり衰えていた。

「奴の勢いを……止められぬ……」
 天井を睨む瞳に、悔恨の光が宿る。

「父上……道三……私では、果たせなかった……」

 やがてその声はかすれ、途切れた。
 稲葉山城に、重く深い静寂が落ちる。
 義龍の死は、美濃斎藤家の行く末を大きく揺るがすこととなった。



 墨俣に戻った夜。
 僕は一人、砦の櫓から月を仰いでいた。
 澄んだ夜気の中、戦の喧噪が嘘のように静まり返っている。

「……信長様の夢は、確かに現実へ近づいている」

 そう思うと胸が熱くなる。
 けれど同時に、言いようのないざわめきが心に広がっていた。
 僕はある程度の戦国時代の歴史は把握している。
 だけど、全てじゃない。
 それに、この世界が、史実の通りに進むとは限らない。
 だから、自分の知識を過信しすぎないようにしようと思う。

「これが僕の元に来たってこと自体、もう歴史が変わってることになるもんな…」

 断り切れずに受け取ってしまった宗三左文字。
 嬉しさもあるけれど……それ以上に責任と、少しの不安がのしかかった。

「剣の使い方も、覚えないと…」

 ふと背後に気配を感じ、振り返る。
 だがそこには誰もいない。

(……気のせい、か?)

 首を振り、再び月を仰ぐ。
 だがその瞬間――遠い闇の中、松の影でなにかがきらりと光った。
 刀の刃か、あるいは冷たい瞳の輝きか。

 胸騒ぎは、消えるどころか強まっていく。

――美濃を巡る戦いは、これで終わりではない。



 数日後、稲葉山からの急報が届いた。
 斎藤義龍――死去。

 広間にざわめきが広がる。
 信長様はただ一言、「そうか」とだけ呟いた。
 その声音には歓喜も嘆きもなく、ただ冷徹な現実を受け止める強さがあった。

「義龍は去った。これで、美濃の道は大きく開けた」
 そう言い放つ金の瞳は、すでに稲葉山の先、天下を見据えていた。



 夜。
 墨俣の櫓から見下ろせば、城下の人々が笑い合い、子どもたちが走り回っている。
 つい先日まで戦場だったこの地に、ようやく日常が戻りつつあった。

「……終わったんだな」

 僕は胸の奥で呟いた。

 だが同時に、心の奥でざわめきがくすぶり続けている。
 義龍が消えても、戦国の世が止まるわけではない。
 信長様が掲げる「天下布武」の旗――それを支えるためには、僕自身もさらに強くならなければならない。

「僕はもう、ただの異邦人じゃない。信長様の夢に賭ける、一人の家臣だ」

 そう強く心に刻み、月明かりに照らされた宗三左文字の重みを確かめた。

――美濃編、終幕。
 だが、天下への戦いはここから始まる。

***********

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「月下の刃 ― Sword Beneath the Moon戦国Re:verse 信長編 #11」にリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

「月下の刃 ― Sword Beneath the Moon戦国Re:verse 信長編 #11」はこちら⇒ https://youtu.be/8n3pekEYh8E
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