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第17話 縁と影
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大和・多聞山城。雨上がりの庭池に月が映り、小さな花びらが波紋を広げた。
その縁に腰を掛けた少女は、黒髪を肩で結い、幼げな面差しに不思議な微笑を浮かべていた。
松永久秀。
人を謀り、主さえも弄ぶ奸臣と恐れられる名。だがその姿は、むしろ無垢な子どものよう。
「岐阜……か」
久秀は囁いた。
「城の名を変えるだけで、国の色まで塗り替える。……やっぱり、織田信長は厄介ね」
小姓が怯えた声で尋ねる。「織田と戦をなさるのですか」
久秀は笑い、簪で水面を軽く突いた。
「いいえ。まだ。けれど、いつか必ず舞台で向き合う相手。なら、踊り方を覚えておかないと」
波紋が、月を揺らした。
◆
岐阜城の広間に地図が広げられる。
勝家さんは腕を組み、光秀殿は扇で川筋をなぞり、藤吉郎は落ち着かず身を乗り出す。
「北近江の浅井。ここをどうするかで、美濃の先が決まります」
光秀殿が静かに言った。
「浅井は朝倉と強く結んでおります。下手に攻めれば両面から……」
勝家さんは鼻を鳴らす。
「なら叩き割るまで」
「血は流れすぎます」
光秀殿は首を振る。
藤吉郎が口を挟む。
「縁で結べばいいんじゃないですか? 血で繋げば朝倉も迂闊に手は出せません」
信長様はしばし黙していたが、やがて筆を取った。
「市を、浅井に嫁がせる」
広間が一瞬で凍った。
勝家さんが目を見開き、藤吉郎が口を丸くし、光秀殿は瞼を伏せた。
「血の縁は剣より固い。市は国と国を結ぶ架け橋となる」
胸に冷たい衝撃が走った。
(お市様を……浅井に……歴史では、その縁は……!)
◆
その夜、城下の庭でお市様に出会った。
灯籠の下、白い袖が風に揺れる。
「蓮殿」
「……お市様」
彼女は微笑んだが、瞳の奥は少し揺れていた。
お市様とは、それほど親しくさせてもらったわけではなかったけど、織田家に来た当初、食事や衣服のことなど、細やかに気にかけてもらった恩がある。
「浅井へ嫁ぐことになるそうです。兄上の決められたことですから、逆らいません」
「本当に、それで……」言葉が喉で詰まる。
お市様は首を横に振った。
「兄上が選んだ道は、必ず国を強くします。だから私は、橋になります。……でも」
「でも?」
「橋は、渡る人がいて初めて意味を持つもの。浅井の方々が渡ってくだされば良いのですが」
お市様の瞳が、少しだけ陰を帯びた。
「浅井は、古くから越前の朝倉と固く結ばれています。織田と縁を結べば、浅井は朝倉との間で揺れることになるでしょう。——どちらに重きを置くのか、試されるのです」
吐息まじりの声は、どこか儚かった。
「もし浅井が朝倉に傾けば、私は……橋ではなく、楔になってしまう。兄上の望む“国を結ぶ縁”ではなく、織田を縛る“鎖”に」
胸が締めつけられる。
(そうだ……浅井は朝倉との絆を絶ち切れるほど単純ではない。お市様が嫁ぐことで、むしろ織田が危うくなる可能性だってあるんだ……!)
◆
軍議の後、信長様が縁側に立っていた。月光が金の瞳を冷たく照らす。
「信長様……お市様を浅井へ嫁がせるのは、危ういと思います」
思わず声を張った。
「なぜだ」
「浅井は朝倉と深く繋がっています。裏切られれば、織田は両面から攻められることに……!」
信長様は笑みを浮かべた。
「裏切りはどの縁にもある。だが、血で結べば“裏切りにくくなる”。それでよい」
(違う……歴史では裏切られるんだ……!)
「ですが……お市様が……!」
その言葉に、信長様は一瞬だけ目を細め、声を落とした。
「市は賢い。縁を結ぶ器を持つ。——蓮、忘れるな。国を得るとは、人を得ることだ」
続けて、さらりと告げる。
「市だけではない。いずれは私自身も、政のために婿を取ることになる。相手は老人かもしれぬし、子どもかもしれれぬ」
胸が痛んだ。
(……信長様も……縁のために、自分を差し出すのか……)
自分が臣でしかないことを、改めて突きつけられる。未来を知っていても、その決断を止められない。
◆
その夜。大和・多聞山城。松永久秀は、庭の池に小石を投げ入れた。
波紋が広がり、月が砕ける。
「市を浅井に……ふふ、強い縁ほど脆い。やっぱり、織田信長は面白い」
幼い顔に浮かぶ笑みは、無邪気で残酷だった。
「……その糸が切れる時、誰が一番深く傷つくのか。楽しみね」
************
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「揺らめく月影 ― Shattered Moonlight」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「揺らめく月影 ― Shattered Moonlight」はこちら ⇒ https://youtu.be/m9NHZcU31C4
その縁に腰を掛けた少女は、黒髪を肩で結い、幼げな面差しに不思議な微笑を浮かべていた。
松永久秀。
人を謀り、主さえも弄ぶ奸臣と恐れられる名。だがその姿は、むしろ無垢な子どものよう。
「岐阜……か」
久秀は囁いた。
「城の名を変えるだけで、国の色まで塗り替える。……やっぱり、織田信長は厄介ね」
小姓が怯えた声で尋ねる。「織田と戦をなさるのですか」
久秀は笑い、簪で水面を軽く突いた。
「いいえ。まだ。けれど、いつか必ず舞台で向き合う相手。なら、踊り方を覚えておかないと」
波紋が、月を揺らした。
◆
岐阜城の広間に地図が広げられる。
勝家さんは腕を組み、光秀殿は扇で川筋をなぞり、藤吉郎は落ち着かず身を乗り出す。
「北近江の浅井。ここをどうするかで、美濃の先が決まります」
光秀殿が静かに言った。
「浅井は朝倉と強く結んでおります。下手に攻めれば両面から……」
勝家さんは鼻を鳴らす。
「なら叩き割るまで」
「血は流れすぎます」
光秀殿は首を振る。
藤吉郎が口を挟む。
「縁で結べばいいんじゃないですか? 血で繋げば朝倉も迂闊に手は出せません」
信長様はしばし黙していたが、やがて筆を取った。
「市を、浅井に嫁がせる」
広間が一瞬で凍った。
勝家さんが目を見開き、藤吉郎が口を丸くし、光秀殿は瞼を伏せた。
「血の縁は剣より固い。市は国と国を結ぶ架け橋となる」
胸に冷たい衝撃が走った。
(お市様を……浅井に……歴史では、その縁は……!)
◆
その夜、城下の庭でお市様に出会った。
灯籠の下、白い袖が風に揺れる。
「蓮殿」
「……お市様」
彼女は微笑んだが、瞳の奥は少し揺れていた。
お市様とは、それほど親しくさせてもらったわけではなかったけど、織田家に来た当初、食事や衣服のことなど、細やかに気にかけてもらった恩がある。
「浅井へ嫁ぐことになるそうです。兄上の決められたことですから、逆らいません」
「本当に、それで……」言葉が喉で詰まる。
お市様は首を横に振った。
「兄上が選んだ道は、必ず国を強くします。だから私は、橋になります。……でも」
「でも?」
「橋は、渡る人がいて初めて意味を持つもの。浅井の方々が渡ってくだされば良いのですが」
お市様の瞳が、少しだけ陰を帯びた。
「浅井は、古くから越前の朝倉と固く結ばれています。織田と縁を結べば、浅井は朝倉との間で揺れることになるでしょう。——どちらに重きを置くのか、試されるのです」
吐息まじりの声は、どこか儚かった。
「もし浅井が朝倉に傾けば、私は……橋ではなく、楔になってしまう。兄上の望む“国を結ぶ縁”ではなく、織田を縛る“鎖”に」
胸が締めつけられる。
(そうだ……浅井は朝倉との絆を絶ち切れるほど単純ではない。お市様が嫁ぐことで、むしろ織田が危うくなる可能性だってあるんだ……!)
◆
軍議の後、信長様が縁側に立っていた。月光が金の瞳を冷たく照らす。
「信長様……お市様を浅井へ嫁がせるのは、危ういと思います」
思わず声を張った。
「なぜだ」
「浅井は朝倉と深く繋がっています。裏切られれば、織田は両面から攻められることに……!」
信長様は笑みを浮かべた。
「裏切りはどの縁にもある。だが、血で結べば“裏切りにくくなる”。それでよい」
(違う……歴史では裏切られるんだ……!)
「ですが……お市様が……!」
その言葉に、信長様は一瞬だけ目を細め、声を落とした。
「市は賢い。縁を結ぶ器を持つ。——蓮、忘れるな。国を得るとは、人を得ることだ」
続けて、さらりと告げる。
「市だけではない。いずれは私自身も、政のために婿を取ることになる。相手は老人かもしれぬし、子どもかもしれれぬ」
胸が痛んだ。
(……信長様も……縁のために、自分を差し出すのか……)
自分が臣でしかないことを、改めて突きつけられる。未来を知っていても、その決断を止められない。
◆
その夜。大和・多聞山城。松永久秀は、庭の池に小石を投げ入れた。
波紋が広がり、月が砕ける。
「市を浅井に……ふふ、強い縁ほど脆い。やっぱり、織田信長は面白い」
幼い顔に浮かぶ笑みは、無邪気で残酷だった。
「……その糸が切れる時、誰が一番深く傷つくのか。楽しみね」
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今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「揺らめく月影 ― Shattered Moonlight」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
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