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第37話 試される忠義
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御所の一室。
義昭の前で、光秀が深く頭を垂れていた。
「将軍様、この触れを広く出すは、あまりに急ぎすぎにございましょう。織田殿の力を借りずに事を進めれば、かえって乱を呼びます」
義昭は筆を止めずに言った。
「光秀。そなたの忠言はありがたいです。しかし、私は将軍。この国の頂点です。織田殿を従わせてこそ、幕府の威光は保たれるのです」
「しかし――」
なおも言葉を継ごうとした光秀を、義昭は手で制した。
「光秀は実に優秀で頼りになります。……いっそ、織田殿を離れ、私の下で働いてはいただけませんか」
一瞬、光秀の瞳が揺れた。だがすぐに、きっぱりと首を振る。
「私は信長様にお仕えする身。たとえ将軍のお言葉であっても、翻すことはできませぬ」
その声音に迷いはなかった。義昭は不快げに眉をひそめる。
光秀は深く礼をとり、そのまま静かに退出した。
◆
二条城。
信長の前に進み出た光秀は、深々と頭を下げた。
「義昭様を何とか説得しようと試みましたが、無理でした。私の力不足にございます。申し訳ありません」
信長はしばし光秀を見つめ、それからゆるやかに首を振った。
「よい。光秀、そなたの忠義は疑わぬ」
「……痛み入ります。今後も命を賭してお仕えいたします」
光秀はなおも深く頭を垂れ、その場を辞した。
静まり返った室内に、僕と信長様だけが残る。
信長様はふとこちらを見やり、低く言った。
「光秀でも無理だった。ならば、敵の動きをいち早く知るしかない。……蓮、そなたに“目”を任せる」
光秀殿は、粘りに粘って義昭を説得しようとした。
けれども、義昭は頑なに織田と対抗する道を行こうとしている。
それならば、信長様の言うとおり、敵の動きを察知することこそ、この事態を打開する唯一の術だ。
僕は深く頭を下げ、力を込めて答える。
「はい。必ずや信長様の道を開いてみせます」
◆
数日後、二条城の広間で軍議が開かれた。
勝家さん、長秀殿、光秀殿、藤吉郎、利家、そして僕が信長様の前に並ぶ。
勝家さんは腕を組み、険しい顔で言った。
「浅井、朝倉が将軍家に従うは、すなわち織田に刃を向けるも同じ。即刻、兵を整えて牽制すべきにござる」
利家が眉を寄せる。
「しかし、将軍家に正面から刃を向ければ、織田が逆臣と呼ばれかねませぬ」
藤吉郎は懐から一通の手紙を取り出した。
「市様からの密書だよ」
「難しいお立場のはずなのに、よく届きましたね…」
光秀殿が言うと、藤吉郎はにやりと笑った。
「浅井の中に間者を忍ばせて、時々やりとりをしていたんだ。市様に危険が及ばないよう、慎重に慎重を重ねて届いた密書なんだ」
藤吉郎は、書面を開いて読み上げる。
「浅井の家中で、将軍家の使者を迎え入れたって。これで決まりだね」
広間がざわめく。
信長様は黙して皆の言葉を聞き、それから僕に視線を送った。
「蓮。“目”としての意見を申せ」
息を整え、口を開いた。
「延暦寺に兵糧が運び込まれているとの噂を掴みました。浅井、朝倉に加え、延暦寺も動きます。……これは、包囲の兆しかと思います」
勝家さんが驚きに目を見開き、藤吉郎はにやりと笑った。
「周り中、敵だらけとは熱いね」
「熱すぎて、油断も隙もありません。商人でさえ、疑わなくてはなりませんから」
物資の手配を担う長秀殿がため息をついた。
だが、信長様は静かに言った。
「たとえ周りの全てが敵になろうと、その全てを潰してしまえば済む話だ。そなたらには、それだけの力がある」
その言葉に、織田の臣たちの背筋が伸びる。
信長様からの信頼。
それは、臣にとって、何よりも誇らしいものだった。
「良き臣を持ったものだな…」
信長様が小さく呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。
◆
軍議が終わり、僕は一歩遅れて信長様の背を追った。
「信長様……延暦寺までが敵に回るとなれば、危険は計り知れません」
「承知している。それでも進むのだ」
信長様は立ち止まり、懐からひとつの細工物を取り出した。
螺鈿を施した、あの南蛮風のかんざし。
「……そなたの贈り物、まだ大事にしているぞ」
黄金の瞳が、薄明かりの中でかすかに揺れる。
胸が熱くなり、言葉を失った。
けれど信長様はそれ以上語らず、静かに歩み去った。
僕はその背を追いながら、心の奥で強く誓った。
(……この嵐を越えてこそ、“天下布武”は形になる。僕は“目”として、必ずや信長様の道を切り開いてみせる)
◆
夜の京。
松永久秀が扇で口元を隠しながら、薄闇に佇んでいた。
「浅井も、朝倉も、延暦寺も。……包囲の輪は整いつつある。さあ、信長殿、どう足掻くか」
無邪気な笑みを浮かべ、闇に溶けていった。
***************
戦国Re:verse ― 織田信長編《紅蓮の覇者》は、各エピソードごとに YouTubeで公開されるオリジナル楽曲 が1曲ずつ連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「試される忠義 ― Tested Loyalty」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「試される忠義 ― Tested Loyalty」はこちら ⇒ https://youtu.be/A8XHY40U8zU
義昭の前で、光秀が深く頭を垂れていた。
「将軍様、この触れを広く出すは、あまりに急ぎすぎにございましょう。織田殿の力を借りずに事を進めれば、かえって乱を呼びます」
義昭は筆を止めずに言った。
「光秀。そなたの忠言はありがたいです。しかし、私は将軍。この国の頂点です。織田殿を従わせてこそ、幕府の威光は保たれるのです」
「しかし――」
なおも言葉を継ごうとした光秀を、義昭は手で制した。
「光秀は実に優秀で頼りになります。……いっそ、織田殿を離れ、私の下で働いてはいただけませんか」
一瞬、光秀の瞳が揺れた。だがすぐに、きっぱりと首を振る。
「私は信長様にお仕えする身。たとえ将軍のお言葉であっても、翻すことはできませぬ」
その声音に迷いはなかった。義昭は不快げに眉をひそめる。
光秀は深く礼をとり、そのまま静かに退出した。
◆
二条城。
信長の前に進み出た光秀は、深々と頭を下げた。
「義昭様を何とか説得しようと試みましたが、無理でした。私の力不足にございます。申し訳ありません」
信長はしばし光秀を見つめ、それからゆるやかに首を振った。
「よい。光秀、そなたの忠義は疑わぬ」
「……痛み入ります。今後も命を賭してお仕えいたします」
光秀はなおも深く頭を垂れ、その場を辞した。
静まり返った室内に、僕と信長様だけが残る。
信長様はふとこちらを見やり、低く言った。
「光秀でも無理だった。ならば、敵の動きをいち早く知るしかない。……蓮、そなたに“目”を任せる」
光秀殿は、粘りに粘って義昭を説得しようとした。
けれども、義昭は頑なに織田と対抗する道を行こうとしている。
それならば、信長様の言うとおり、敵の動きを察知することこそ、この事態を打開する唯一の術だ。
僕は深く頭を下げ、力を込めて答える。
「はい。必ずや信長様の道を開いてみせます」
◆
数日後、二条城の広間で軍議が開かれた。
勝家さん、長秀殿、光秀殿、藤吉郎、利家、そして僕が信長様の前に並ぶ。
勝家さんは腕を組み、険しい顔で言った。
「浅井、朝倉が将軍家に従うは、すなわち織田に刃を向けるも同じ。即刻、兵を整えて牽制すべきにござる」
利家が眉を寄せる。
「しかし、将軍家に正面から刃を向ければ、織田が逆臣と呼ばれかねませぬ」
藤吉郎は懐から一通の手紙を取り出した。
「市様からの密書だよ」
「難しいお立場のはずなのに、よく届きましたね…」
光秀殿が言うと、藤吉郎はにやりと笑った。
「浅井の中に間者を忍ばせて、時々やりとりをしていたんだ。市様に危険が及ばないよう、慎重に慎重を重ねて届いた密書なんだ」
藤吉郎は、書面を開いて読み上げる。
「浅井の家中で、将軍家の使者を迎え入れたって。これで決まりだね」
広間がざわめく。
信長様は黙して皆の言葉を聞き、それから僕に視線を送った。
「蓮。“目”としての意見を申せ」
息を整え、口を開いた。
「延暦寺に兵糧が運び込まれているとの噂を掴みました。浅井、朝倉に加え、延暦寺も動きます。……これは、包囲の兆しかと思います」
勝家さんが驚きに目を見開き、藤吉郎はにやりと笑った。
「周り中、敵だらけとは熱いね」
「熱すぎて、油断も隙もありません。商人でさえ、疑わなくてはなりませんから」
物資の手配を担う長秀殿がため息をついた。
だが、信長様は静かに言った。
「たとえ周りの全てが敵になろうと、その全てを潰してしまえば済む話だ。そなたらには、それだけの力がある」
その言葉に、織田の臣たちの背筋が伸びる。
信長様からの信頼。
それは、臣にとって、何よりも誇らしいものだった。
「良き臣を持ったものだな…」
信長様が小さく呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。
◆
軍議が終わり、僕は一歩遅れて信長様の背を追った。
「信長様……延暦寺までが敵に回るとなれば、危険は計り知れません」
「承知している。それでも進むのだ」
信長様は立ち止まり、懐からひとつの細工物を取り出した。
螺鈿を施した、あの南蛮風のかんざし。
「……そなたの贈り物、まだ大事にしているぞ」
黄金の瞳が、薄明かりの中でかすかに揺れる。
胸が熱くなり、言葉を失った。
けれど信長様はそれ以上語らず、静かに歩み去った。
僕はその背を追いながら、心の奥で強く誓った。
(……この嵐を越えてこそ、“天下布武”は形になる。僕は“目”として、必ずや信長様の道を切り開いてみせる)
◆
夜の京。
松永久秀が扇で口元を隠しながら、薄闇に佇んでいた。
「浅井も、朝倉も、延暦寺も。……包囲の輪は整いつつある。さあ、信長殿、どう足掻くか」
無邪気な笑みを浮かべ、闇に溶けていった。
***************
戦国Re:verse ― 織田信長編《紅蓮の覇者》は、各エピソードごとに YouTubeで公開されるオリジナル楽曲 が1曲ずつ連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「試される忠義 ― Tested Loyalty」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「試される忠義 ― Tested Loyalty」はこちら ⇒ https://youtu.be/A8XHY40U8zU
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