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第39話 金ヶ崎の棋譜
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翌朝。
金ヶ崎の空は鉛のように重く、海風が軍旗を揺らしていた。
織田の陣では、兵たちが補給の荷を整え、次の進軍に備えている。
僕は藤吉郎や利家と共に、兵站の確認に回っていた。
浅井勢の陣も遠くに見えるが、その動きはどこか鈍い。
「……なんだか、浮き足立ってるな」
利家が呟く。
「うん。昨夜までの勢いがない。何かあったのかも」
藤吉郎も真顔になる。
僕は首を振った。
「まだ決めつけるのは早い。でも……気配が変わっている」
信長様の「目」として、些細な違和感も見逃せない。
浅井の陣では、家臣たちが密かに集まり、何やら書状を回していた。
その筆頭に、長政の側近・阿閉貞征の姿。
(……動きが早い。久秀の偽情報が、もう届いたか?)
そう思った矢先、信長様の使いが駆けてきた。
「蓮殿! 金ヶ崎の北で、朝倉勢の一部が再集結しているとの報せ!」
僕は息を詰めた。
(やはり――虚報だった。朝倉は退いていなかったのだ!)
◆
金ヶ崎城下の陣。
織田軍は朝倉勢を追撃しながら、越前の奥へと進もうとしていた。
前方には敦賀湾、背後には浅井領――つまり、織田軍の退路は北近江を経て美濃へと続く一本道しかない。
その退路を守るのが、同盟軍・浅井長政の役目だった。
信長様もその信頼あってこそ、安心して前線を押し上げていたのだ。
だが――
「報告! 浅井勢が、背後の木ノ本方面で軍を動かしています!」
伝令の声が響いた瞬間、陣中の空気が凍りついた。
勝家さんが血相を変えて叫ぶ。
「何だと!? 浅井は味方のはず――!」
僕は胸が締め付けられる思いで、慌てて地図を広げた。
赤く描かれた織田の進軍線。その背後、木ノ本――まさに退路の要衝だ。
そこに、青で示された浅井の軍勢が回り込む形で動いている。
「……史実通りだ。朝倉は囮。浅井が背後を断つ」
声が震えた。
味方に背を討たれる――それは、最も避けねばならない最悪の展開だった。
信長様が低く問う。
「蓮、退くべき時は今か」
僕は迷わなかった。
「はい。まだ間に合います。浅井軍は全軍を動かす準備の段階です。
今なら北の山道――木ノ芽峠を越えれば、退路を確保できます!」
信長様は鋭く命じた。
「全軍、金ヶ崎を離れ、木ノ芽峠へ退く! 殿は藤吉郎、先鋒は利家、光秀は右手を固めよ!」
号令と同時に、陣営が騒然と動き出した。
その中で僕は、かすかな違和感を覚える。
(……なぜ、浅井の動きがこんなに早い?
まるで、僕の“目”の任務を読んでいたように――)
頭の中に、久秀の笑みが過った。
◆
夕刻。
織田軍は金ヶ崎を後にし、山道を進んでいた。
兵は疲労し、足元は泥濘。雨が降り出し、視界が悪い。
僕は先行して地図を確認しながら、信長様に報告を続けた。
「浅井軍、南から追撃の兆候。……朝倉の本隊も西から回り込もうとしています」
「包囲が迫っているか」
「はい。こちらの退路は、もってあと一日」
信長様はしばらく黙り、それから静かに言った。
「蓮。そなたの“目”は確かだ。だが、この状況では、どんな策も追いつかぬ」
「……僕の采配が遅れたせいで」
「違う。そなたの報せがなければ、今ごろ金ヶ崎で全滅していた。
そなたは己を責めるな。――この窮地を、共に抜けるのだ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
僕は確かに未来を知っていた。
だが、この世界では、史実とは似て非なる異なる未来が訪れることもあるのだ。
まさに、今がそうだった。
(信長様……僕は、必ずこの人を死なせない。そして、織田軍も守ってみせる!)
その瞬間、背後で爆音が響いた。
「殿の陣、攻撃を受けています!」
藤吉郎の声が山中に響き渡る。
浅井・朝倉連合軍が、ついに包囲を完成させたのだ。
◆
その頃、京。
松永久秀は義昭の書状を手に取り、満足げに笑んでいた。
「“織田討つべし”……将軍の印があれば、浅井も朝倉も正義となる。
さて、信長殿。逃げ場のない盤上で、どんな手を打つか」
月明かりに照らされるその笑顔は、狂気にも似て静かだった。
***************
戦国Re:verse ― 織田信長編《紅蓮の覇者》は、各エピソードごとに YouTubeで公開されるオリジナル楽曲 が1曲ずつ連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「金ヶ崎の棋譜 — Gambit of Kanegasaki」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「金ヶ崎の棋譜 — Gambit of Kanegasaki」はこちら ⇒ https://youtu.be/pMUWSNpsUR4
金ヶ崎の空は鉛のように重く、海風が軍旗を揺らしていた。
織田の陣では、兵たちが補給の荷を整え、次の進軍に備えている。
僕は藤吉郎や利家と共に、兵站の確認に回っていた。
浅井勢の陣も遠くに見えるが、その動きはどこか鈍い。
「……なんだか、浮き足立ってるな」
利家が呟く。
「うん。昨夜までの勢いがない。何かあったのかも」
藤吉郎も真顔になる。
僕は首を振った。
「まだ決めつけるのは早い。でも……気配が変わっている」
信長様の「目」として、些細な違和感も見逃せない。
浅井の陣では、家臣たちが密かに集まり、何やら書状を回していた。
その筆頭に、長政の側近・阿閉貞征の姿。
(……動きが早い。久秀の偽情報が、もう届いたか?)
そう思った矢先、信長様の使いが駆けてきた。
「蓮殿! 金ヶ崎の北で、朝倉勢の一部が再集結しているとの報せ!」
僕は息を詰めた。
(やはり――虚報だった。朝倉は退いていなかったのだ!)
◆
金ヶ崎城下の陣。
織田軍は朝倉勢を追撃しながら、越前の奥へと進もうとしていた。
前方には敦賀湾、背後には浅井領――つまり、織田軍の退路は北近江を経て美濃へと続く一本道しかない。
その退路を守るのが、同盟軍・浅井長政の役目だった。
信長様もその信頼あってこそ、安心して前線を押し上げていたのだ。
だが――
「報告! 浅井勢が、背後の木ノ本方面で軍を動かしています!」
伝令の声が響いた瞬間、陣中の空気が凍りついた。
勝家さんが血相を変えて叫ぶ。
「何だと!? 浅井は味方のはず――!」
僕は胸が締め付けられる思いで、慌てて地図を広げた。
赤く描かれた織田の進軍線。その背後、木ノ本――まさに退路の要衝だ。
そこに、青で示された浅井の軍勢が回り込む形で動いている。
「……史実通りだ。朝倉は囮。浅井が背後を断つ」
声が震えた。
味方に背を討たれる――それは、最も避けねばならない最悪の展開だった。
信長様が低く問う。
「蓮、退くべき時は今か」
僕は迷わなかった。
「はい。まだ間に合います。浅井軍は全軍を動かす準備の段階です。
今なら北の山道――木ノ芽峠を越えれば、退路を確保できます!」
信長様は鋭く命じた。
「全軍、金ヶ崎を離れ、木ノ芽峠へ退く! 殿は藤吉郎、先鋒は利家、光秀は右手を固めよ!」
号令と同時に、陣営が騒然と動き出した。
その中で僕は、かすかな違和感を覚える。
(……なぜ、浅井の動きがこんなに早い?
まるで、僕の“目”の任務を読んでいたように――)
頭の中に、久秀の笑みが過った。
◆
夕刻。
織田軍は金ヶ崎を後にし、山道を進んでいた。
兵は疲労し、足元は泥濘。雨が降り出し、視界が悪い。
僕は先行して地図を確認しながら、信長様に報告を続けた。
「浅井軍、南から追撃の兆候。……朝倉の本隊も西から回り込もうとしています」
「包囲が迫っているか」
「はい。こちらの退路は、もってあと一日」
信長様はしばらく黙り、それから静かに言った。
「蓮。そなたの“目”は確かだ。だが、この状況では、どんな策も追いつかぬ」
「……僕の采配が遅れたせいで」
「違う。そなたの報せがなければ、今ごろ金ヶ崎で全滅していた。
そなたは己を責めるな。――この窮地を、共に抜けるのだ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
僕は確かに未来を知っていた。
だが、この世界では、史実とは似て非なる異なる未来が訪れることもあるのだ。
まさに、今がそうだった。
(信長様……僕は、必ずこの人を死なせない。そして、織田軍も守ってみせる!)
その瞬間、背後で爆音が響いた。
「殿の陣、攻撃を受けています!」
藤吉郎の声が山中に響き渡る。
浅井・朝倉連合軍が、ついに包囲を完成させたのだ。
◆
その頃、京。
松永久秀は義昭の書状を手に取り、満足げに笑んでいた。
「“織田討つべし”……将軍の印があれば、浅井も朝倉も正義となる。
さて、信長殿。逃げ場のない盤上で、どんな手を打つか」
月明かりに照らされるその笑顔は、狂気にも似て静かだった。
***************
戦国Re:verse ― 織田信長編《紅蓮の覇者》は、各エピソードごとに YouTubeで公開されるオリジナル楽曲 が1曲ずつ連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「金ヶ崎の棋譜 — Gambit of Kanegasaki」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
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