夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸

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第五十話 想像以上だったわ…

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バタバタと慌ただしい日々が過ぎ、いよいよヘレフォード伯爵令嬢を迎える日がやって来た。
カイルはまた南の離れの塔に部屋を移すが、すでに事情を理解しているので、前回皇女様がやって来たときのような気まずさはなかった。
むしろあっけらかんとしていて、かえって心配になるほどだった。

「けいこばには行っていいって言われてるし、師匠のけいこも毎日してもらえるからだいじょうぶだよ!」

カイルは私を安心させるように笑った。
あれから3ヶ月ほどしか経っていないというのに、カイルはものすごく大人になったような気がする。
自分がどういう立場で、どういう危険にさらされているのかを理解して、少し強くなったのかもしれない。

「1日に一度は必ず顔を出すから。剣術の稽古、頑張ってね」
「うん。お母さんも、おきゃくさまの相手、がんばってね」
「う、うん、頑張るわ…」

ヘレフォード伯爵令嬢の情報は不安ばかりがつのるものしかなく、どう頑張れば良いのか分からなかったけれど。
予定では一週間の滞在というから、一週間だけ頑張れば元の生活に戻れる…はず。

(カイルだって寂しいのを我慢してるんだから…私も頑張らないと)


街に待機していた騎士から間もなく到着すると連絡が入り、私とラウル様はヘルフォード伯爵令嬢とその一行を出迎えるために城門に向かう。

「はぁ…」

気が重そうなラウル様のため息は、もう何度目だろう。
何だか気の毒になってくるほどだ。
ラウル様は5年前まで首都にいた間に、ヘレフォード伯爵令嬢からさんざんつきまとわれていたらしいから、その時のことを思い出しているのかもしれない。
城門に待機して十分ほど経つと、こちらに向かう馬車の列が見えた。
やがて馬車が止まり、中からヘルフォード伯爵令嬢らしき令嬢が降りてくる。
栗色のサラサラとした髪に、青い瞳、見た目はまるで人形のように美しい女性だった。

「ラウル様ぁ、ご無沙汰しておりますぅ」

私の方には目もくれず、令嬢はラウル様に挨拶をする。
ラウル様は明らかに令嬢と距離をとり、型どおりの挨拶をする。

「このたびは私どもの祝いのために遠路はるばるお越し下さり、ありがとうございます。こちらが妻のシャーレットです」
「始めめまして、シャーレットと申します」

私が挨拶をすると、ヘルフォード伯爵令嬢は青い目で一瞥し、そして口角をあげて笑った。

「グリーン侯爵家のアグネス様やドリス様のことは存じておりますが、あなたはお見かけしたこともございませんし、名前をお聞きしたこともございませんね」

アグネスとドリスは共にシャーレットの腹違いの姉だ。
彼女らは正妻の子として育てられ、デビュタント以降はさまざまなパーティーにも出席していた。
二人は現在、グリーン侯爵が見初めた相手と婚約中だ。

「申し訳ありません。私は公の場に出る機会なく、こちらへ嫁いで参りましたので」
「あら、そうでしたの」

わざと驚いたような口調で言ったが、暗に私が妾の子であることを明らかにし、貶めたい糸が感じ取れた。

(まあ、この程度のことは、想定していたからたいしたことではないわ)

「滞在頂くお部屋にご案内します、伯爵令嬢」

私がそう言うと、ヘルフォード伯爵令嬢は歪んだ笑みを浮かべる。

「私はラウル様にご案内頂きたいわ。5年ぶりに会うのですもの」
「ですが、ラウル様はこの後、まだお仕事が残っておりますので私が…」

なんとかして自分の役割を果たさなければと思ったのだけど、ヘレフォード伯爵令嬢は頑固だった。

「いいえ。ラウル様にご案内いただきたいです」

私を気遣うように、ラウル様が口を挟んだ。

「シャーレットさん、大丈夫です。私とロルフが案内します」

ロルフというのは、ラウル様の秘書の名だ。
ラウル様だけでは伯爵令嬢が滞在する部屋まで行くのは難しいので、秘書も連れて行くことにしたのだろう。

「シャーレットさんは先に戻っていてください。体も冷えたでしょうから、暖かくして。また風邪をひくと大変です」
「はい、ありがとうございます」

ラウル様が軽く私を抱きしめてくれる。
私を気遣う時、人目があろうがなかろうが、最近は自然とこういうスキンシップをしてくることが多かった。
私は素直に、ラウル様の言葉に甘えることにした。
無理に私が案内すると言っても、かえって彼女の機嫌を損ねてしまうだけだろう。
ふと気がつくと、ヘルフォード伯爵令嬢が恐ろしい形相でにらみつけていた。
私は慌ててラウル様の体から離れ、ヘレフォード伯爵令嬢に会釈した。

「では伯爵令嬢。私は先に失礼します。また夜の宴の時に」

私がそう告げると、ヘルフォード伯爵令嬢はぷいっと顔を背けた。
そして私が一歩下がった途端、ずいっとラウル様の元へと駆け寄ってくる。

「ラウル様ぁ、本当にお会いしたかったですぅ…」

ヘルフォード伯爵令嬢はラウル様の腕に手を回し、体をぴったりとくっつける。
常識のある人なら、妻の目の前でそんなことはしないだろう。

「すみません、離れていただけますか?歩きにくいですので」

ラウル様は迷惑そうな顔をして、きっぱりと言った。

「あら、ごめんなさい。つい、昔のクセで…」
「つかまる場所が必要なら、ロルフがお手伝いします」

指名されたロルフ卿は、あからさまに嫌な顔をした。

「いいえ、結構ですわ。自分で歩きます」

どうやらある程度の距離を取って歩くことをヘレフォード伯爵令嬢も受け入れることにしたようで、少しホッとする。

(すみません…後はよろしくお願いします…)

心の中でラウル様に謝って、私は逃げるようにその場を後にした。


「はー……想像以上だったわ…」

部屋に戻った私は、メイドが淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、短時間のうちに疲れた心を回復させていた。
あからさまに私を「妾の子」と罵ることはしなかったものの、ヘルフォード伯爵令嬢が私を見下しているのは明らかだった。

(まぁ…見下されるのは慣れてるし…)

厄介なのは、ラウル様への想いを人が見ていようが全く隠す様子がないということ。
確かに、普通の神経ではできないことだった。
決して気持ちの良いものではないけれど、たった一週間程度のことだと思えば我慢できる。
前世でだって、結婚すれば嫁姑問題など、避けては通れない人間関係があった。
でもそれも、何とか乗り越えてきたのだ。

(カイルだって、いつもの生活が送れないのを我慢しているんだもの。私も我慢しなくちゃ…)

ラウル様がため息ばかりついていた理由がよく分かる。
リリア皇女様が、わざわざ手紙を送って忠告してくれた理由も。
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