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第百八十八話 ああ…久しぶりだな…(※挿絵あり)
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魔女、と呼ばれる存在であるザラは、自身の居室で不快な気配を感じた。
ここには結界が張ってあり、魔女が許可を与えた者しか侵入できないはずだった。
しかし、次の瞬間。
「結界が消えた…」
そのような事態を想定していなかったわけではなかったが、まだ先の話だと考えていた。
そして運が悪いことに、今日は新月だ。
「聖女か…」
聖女がまさか、このような攻撃的な手法に出てくるとは思わなかった。
魔女と聖女の力は対極にあるものではあるが、魔女の力が攻撃的なのに対し、聖女の力は防御的だ。
ザラが知る聖女たちは、病を癒やし、邪悪なるものから身を守るために神聖力を使っていた。
しかし今、ここに近づこうとしている聖女は、もっと暴力的な方法で神聖力を使おうとしている…。
「契約者の元へ急がねば…」
結界が溶けてしまった上に新月ということもあり、すぐにでも契約者であるフロレンティーナの協力を得なければ、全力で攻撃してくる聖女に対抗するのは難しい。
しかし、フロレンティーナの気配は、かなり弱い。
まるで熟睡しているときのような状態で、その気配をたどって近くに行くことも難しかった。
「まさか…眠らされているのか…」
さすがのザラも、少し焦った。
魔女は、契約者の代償を得なければ、できることが限られてしまう。
契約者がいて代償があれば、人間のどんな願いでも叶えられるほどの力を持つ。
しかし、契約者の協力がない魔女は、この世界では、不安定な存在だった。
せっかく魔女との相性の良いこの城を手に入れたというのに。
ザラは息を凝らして、フロレンティーナの気配を探る。
彼女の気配をつかめれば、聖女にも対抗できる。
しかし、聖女の気配は、ザラが考えを巡らせている間にも近づいていた。
フロレンティーナが眠ったのを確認した後、ラウルは部屋を飛び出した。
最近ではラウルの部屋に来るときにはメイドも連れて来ないため、異変を察知した誰かがフロレンティーナを見つけるまでには時間がかかるだろう。
フロレンティーナがラウルの部屋にいると気づくのに、まず時間がかかる。
たとえ彼女を見つけたとしても、睡眠薬が効き始めたばかりなので、目を覚まして的確に状況判断するのは難しいはずだ。
ただし、目を覚ませば、シャーレットに何かをする可能性がある。
だから、すべてを急ぐ必要があった。
ラウルはリリアの後を追って魔女の居室に向かおうとしたところで、マルティンに会った。
「閣下!」
「ああ…久しぶりだな…」
マルティンの顔を見るのは、実に6年ぶりだ。
懐かしさやさまざまな感情がこみ上げてくる。
しかし、感慨に浸っている場合ではなかった。
「皇女殿下から、閣下を連れてすぐに城の外へ出るように言われています」
「皇女はどこに?」
「最上階に向かわれました。こちらから城外に出られます」
「いや、皇女の後を追おう」
ラウルの言葉に、マルティンは困惑したような顔をする。
「しかし…皇女殿下は、皇位継承者が2人とも失われてしまう事態を懸念されています。必ず閣下を連れて城の外へ出るようにと」
「今は、双方がともに生き残る可能性が高い道を選ぶべきだ」
リリアからラウルの命を任されたマルティンは、すぐにうなずくことはできなかった。
しかしラウル自身は、自分だけ逃げるという選択肢を受け入れるような人ではない。
そのことは、子どもの頃から彼をよく知っているマルティンには理解できた。
「分かりました。皇女殿下の助太刀に参りましょう」
「マルティンは先に城から出てもかまわないぞ」
「ご冗談を」
マルティンは笑った。
笑える余裕が、少しできた。
ラウルはどんな戦争も、すべて勝ち超えてきた人だ。
きっと今回も、乗り越えることができるだろう。
「剣を一つ貸してほしい。全部取り上げられたから」
「どうぞ、これをお使いください」
マルティンから剣を受け取ったラウルは、城の最上階に続く階段を駆け上がる。
それにマルティンも続いた。
「ところで…エグラー伯爵令嬢はどうしたんですか?」
「眠ってもらっている。少し強めの睡眠薬を使った」
「なるほど…」
「ただ、場内の異変を察知すれば、誰かが知らせに行くだろう」
「そうですね。それまでに決着をつける必要がありますね」
魔女を封印してしまえば、フロレンティーナは無力になる。
また、フロレンティーナの力を借りられない魔女も、使える力は制御されているだろう。
2人が協力し合う事態になる前に、決着をつける必要があった。
ディルクに背後を任せ、リリアはイザークとともに城の最上階に続く階段を駆け上がる。
おそらく魔女は、すでに異変に気づいているだろう。
「ここが最上階ね。イザークは北側の部屋に行って。私はこの先の魔女の部屋に行くから」
「分かりました。部屋を破壊した後、すぐに合流します」
「合流しなくていい。先に下に降りていて」
「合流します。必ず」
イザークはそう言ってリリアの肩を抱き、初めて自分から口づけをした。
身分のこともあり、今まで自分から口づけをすることができなかった。
でも、もしかするとこれが最後かもしれないと思ったら、身分などどうでも良い気がした。
「待っていてください。片付けて、すぐに行きますから。それまで身を守ることだけを考えてください」
イザークはそう言って、リリアに背を向け、魔女の『代償』が集められているという北側の部屋に向かった。
「もう…動揺しちゃうじゃない。これから大事な仕事があるのに…」
リリアは熱くなった頬を両手でたたき、気合いを入れ直してから魔女のいる部屋へ向かった。
ここには結界が張ってあり、魔女が許可を与えた者しか侵入できないはずだった。
しかし、次の瞬間。
「結界が消えた…」
そのような事態を想定していなかったわけではなかったが、まだ先の話だと考えていた。
そして運が悪いことに、今日は新月だ。
「聖女か…」
聖女がまさか、このような攻撃的な手法に出てくるとは思わなかった。
魔女と聖女の力は対極にあるものではあるが、魔女の力が攻撃的なのに対し、聖女の力は防御的だ。
ザラが知る聖女たちは、病を癒やし、邪悪なるものから身を守るために神聖力を使っていた。
しかし今、ここに近づこうとしている聖女は、もっと暴力的な方法で神聖力を使おうとしている…。
「契約者の元へ急がねば…」
結界が溶けてしまった上に新月ということもあり、すぐにでも契約者であるフロレンティーナの協力を得なければ、全力で攻撃してくる聖女に対抗するのは難しい。
しかし、フロレンティーナの気配は、かなり弱い。
まるで熟睡しているときのような状態で、その気配をたどって近くに行くことも難しかった。
「まさか…眠らされているのか…」
さすがのザラも、少し焦った。
魔女は、契約者の代償を得なければ、できることが限られてしまう。
契約者がいて代償があれば、人間のどんな願いでも叶えられるほどの力を持つ。
しかし、契約者の協力がない魔女は、この世界では、不安定な存在だった。
せっかく魔女との相性の良いこの城を手に入れたというのに。
ザラは息を凝らして、フロレンティーナの気配を探る。
彼女の気配をつかめれば、聖女にも対抗できる。
しかし、聖女の気配は、ザラが考えを巡らせている間にも近づいていた。
フロレンティーナが眠ったのを確認した後、ラウルは部屋を飛び出した。
最近ではラウルの部屋に来るときにはメイドも連れて来ないため、異変を察知した誰かがフロレンティーナを見つけるまでには時間がかかるだろう。
フロレンティーナがラウルの部屋にいると気づくのに、まず時間がかかる。
たとえ彼女を見つけたとしても、睡眠薬が効き始めたばかりなので、目を覚まして的確に状況判断するのは難しいはずだ。
ただし、目を覚ませば、シャーレットに何かをする可能性がある。
だから、すべてを急ぐ必要があった。
ラウルはリリアの後を追って魔女の居室に向かおうとしたところで、マルティンに会った。
「閣下!」
「ああ…久しぶりだな…」
マルティンの顔を見るのは、実に6年ぶりだ。
懐かしさやさまざまな感情がこみ上げてくる。
しかし、感慨に浸っている場合ではなかった。
「皇女殿下から、閣下を連れてすぐに城の外へ出るように言われています」
「皇女はどこに?」
「最上階に向かわれました。こちらから城外に出られます」
「いや、皇女の後を追おう」
ラウルの言葉に、マルティンは困惑したような顔をする。
「しかし…皇女殿下は、皇位継承者が2人とも失われてしまう事態を懸念されています。必ず閣下を連れて城の外へ出るようにと」
「今は、双方がともに生き残る可能性が高い道を選ぶべきだ」
リリアからラウルの命を任されたマルティンは、すぐにうなずくことはできなかった。
しかしラウル自身は、自分だけ逃げるという選択肢を受け入れるような人ではない。
そのことは、子どもの頃から彼をよく知っているマルティンには理解できた。
「分かりました。皇女殿下の助太刀に参りましょう」
「マルティンは先に城から出てもかまわないぞ」
「ご冗談を」
マルティンは笑った。
笑える余裕が、少しできた。
ラウルはどんな戦争も、すべて勝ち超えてきた人だ。
きっと今回も、乗り越えることができるだろう。
「剣を一つ貸してほしい。全部取り上げられたから」
「どうぞ、これをお使いください」
マルティンから剣を受け取ったラウルは、城の最上階に続く階段を駆け上がる。
それにマルティンも続いた。
「ところで…エグラー伯爵令嬢はどうしたんですか?」
「眠ってもらっている。少し強めの睡眠薬を使った」
「なるほど…」
「ただ、場内の異変を察知すれば、誰かが知らせに行くだろう」
「そうですね。それまでに決着をつける必要がありますね」
魔女を封印してしまえば、フロレンティーナは無力になる。
また、フロレンティーナの力を借りられない魔女も、使える力は制御されているだろう。
2人が協力し合う事態になる前に、決着をつける必要があった。
ディルクに背後を任せ、リリアはイザークとともに城の最上階に続く階段を駆け上がる。
おそらく魔女は、すでに異変に気づいているだろう。
「ここが最上階ね。イザークは北側の部屋に行って。私はこの先の魔女の部屋に行くから」
「分かりました。部屋を破壊した後、すぐに合流します」
「合流しなくていい。先に下に降りていて」
「合流します。必ず」
イザークはそう言ってリリアの肩を抱き、初めて自分から口づけをした。
身分のこともあり、今まで自分から口づけをすることができなかった。
でも、もしかするとこれが最後かもしれないと思ったら、身分などどうでも良い気がした。
「待っていてください。片付けて、すぐに行きますから。それまで身を守ることだけを考えてください」
イザークはそう言って、リリアに背を向け、魔女の『代償』が集められているという北側の部屋に向かった。
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リリアは熱くなった頬を両手でたたき、気合いを入れ直してから魔女のいる部屋へ向かった。
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