君の声の残響で — Echoes of Your Voice

梵天丸

文字の大きさ
10 / 10

第10話 誓いの朝(Promise in the Morning)

しおりを挟む
 福岡に来て数日。
 碧は退職を済ませ、フリーランスとしての新しい道を歩き出していた。
 昼間は不動産会社を巡り、資料を抱えて街を歩く。知らない町並みに胸が高鳴り、そして少しだけ心細さも混じった。
 涼介は碧が福岡に来ていることは知っていた。
 けれど、退職したことや、部屋を探していることまではまだ伝えていない。
 驚かせたかったのと、心配かけたくなかったのと、二つの理由がある。
 夜になり、ようやく二人が合流したとき、碧は決心して口を開いた。

「……実は、仕事を辞めたんだ」
「え…聞いてないぞ」

涼介の顔が少しこわばる。
確かに、こんな大事なこと、言わなかったら不審に思うだろう。

「フリーランスになって、福岡に来ようと思ってる」

 涼介の目が驚きに大きく見開かれる。

「この前、涼介“24時間監視していい”なんて言ってたろ? だったら福岡に来れば、それに近づけるかなって」

「なんで別々に住むんだ? 一緒に住めばいい」

 思ってもみなかった言葉に、碧は一瞬、息を呑んだ。

「……いいの?」

 震える声で問い返すと、涼介は迷いなく頷いた。

「むしろ安心だし、おまえの状況もちゃんと把握できる。俺はその方がいい」

 堅く、誠実な言葉。

 その響きに、胸の奥に張り付いていた不安がゆっくりと溶けていく。

「……じゃあ、これからは、一緒に」

 碧の言葉に、涼介が力強く抱き寄せる。
 その抱擁は、未来への約束そのものだった。



 夜の街は週末らしいざわめきに包まれていたが、二人きりになった部屋の中は不思議なほど静かだった。窓の外のネオンだけが、淡くシーツを染めている。
 碧はベッドに腰を下ろし、隣にいる涼介を見上げる。

 「これから一緒に暮らそう」――そう口にしたときの、彼の真剣な瞳が、まだ胸の奥で熱を放っていた。
 涼介が碧の手を取り、指先にそっと口づける。それはまるで誓いのようで、碧の胸がじんわりと高鳴った。



「これからは、もう離れなくていい」
「……うん」

 短い返事に、すべての想いを込める。
 次の瞬間、唇が重なり、時間の感覚がゆっくりとほどけていった。
 最初は、確かめるような優しい口づけだった。
 けれど、離れていた時間と、これから共に過ごす未来への期待が、抑えきれない熱となって二人を包み込む。涼介の手が碧の背を辿り、シャツの中に滑り込むと、その指先の熱に碧の身体がびくりと震えた。

「……碧」

 名前を呼ばれるだけで、身体の芯が蕩けていく。
 その声に、どれほど待ちわびていたかが滲んでいて、胸がいっぱいになった。
 服がはだけ、互いの素肌が触れ合う。激しさはない。けれど、涼介の指と唇は、まるで碧の身体の地図をなぞるように、ゆっくりと、執拗に進んでいく。耳朶を甘く噛み、首筋に吸い付き、鎖骨の窪みを舌でなぞる。その一つ一つの行為が、碧の身体に甘い痺れを広げていった。

「りょうすけ……っ、ん……」

 焦らされるように、じっくりと快感を与え続けられる。碧がたまらず腰を揺らすと、涼介はそれを制するように囁いた。

「まだだ。おまえの全部、俺に教えて」

 内腿をなぞられ、膝の裏を撫でられ、自分でも知らなかった場所が熱を持つ。思考が溶け、ただ涼介に与えられる快感だけがすべてになっていく。
 やがて、準備が整った身体に、涼介の熱がゆっくりと沈み込んできた。隙間なく満たされる感覚に、碧は甲高い声を上げてシーツを握りしめる。
 涼介の動きは、どこまでも丁寧だった。碧が最も感じる場所を確かめながら、深く、ゆっくりと突き上げる。その度に、碧の身体は弓なりにしなり、快感の波に溺れた。

 遠距離の寂しさも、不安も、疑いも――そのすべてが、この熱に溶かされていく。一度果てても休ませてはもらえず、角度を変え、体勢を変え、夜が白み始めるまで、燃えるような切実さで何度も求め続けられた。



 翌朝。
 ぼんやりと意識が浮上する。涼介の姿は隣になく、代わりにキッチンから小さな音と香ばしい匂いが漂ってきた。
 身体を起こそうとした、その瞬間。

「……っつ……」

 全身が甘く痺れるように重くて、ベッドが離してくれない。昨夜の熱がまだ身体の奥に残っているようだった。

「……おはよう」
「おはよう。もう少し寝てていいのに」

 かろうじてベッドから這い出し、壁を伝ってリビングへ向かうと、エプロンをかけた涼介が振り返って笑った。
 テーブルにはパンとサラダ、フライパンからは卵を焼く音が聞こえる。

「卵、どうする? スクランブルにする? それとも目玉焼き?」
「……目玉焼きで」
「了解。コーヒーとジュース、どっちがいい?」
「……コーヒーで」

 まるでホテルのモーニングのようなやり取りに、思わず笑みがこぼれる。



「体力ありすぎだよ、涼介……。俺、もう指一本動かせないんだけど」
「碧は低血圧だし、無理しなくていい。今日は一日ゆっくりしてろ」
「低血圧以前の問題な気がする……」

 苦笑しながらも、胸の奥は温かい幸福感で満たされていた。
 これからも、きっとこうして甘やかされ続けるのだろう。

 心配はある。主に体力的に。

(毎日、昨日みたいなのが続いたら…俺、体力持つかな…)

 けれど――。

――こんなふうに甘やかされる日々が、これからも続いていく。そう思うと、少し照れくさいけれど、悪くない。

 碧はそう思いながら、椅子に腰かけ、テーブルに並ぶ温かな朝食を幸せな気持ちで見つめた。

(涼介となら、どんな未来でもきっと大丈夫だ)


ーー完ーー

************

「君の声の残響で — Echoes of Your Voice」は今回で完結です。
ご愛読いただき、ありがとうございました!

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「誓いの朝(Promise in the Morning)」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

「誓いの朝(Promise in the Morning)」はこちら⇒ https://youtu.be/wN7ZcJDeMuk
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸Twitterもぜひ遊びに来てください🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

何故か男の俺が王子の閨係に選ばれてしまった

まんまる
BL
貧乏男爵家の次男アルザスは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。 なぜ男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へ行く。 しかし、殿下はただベッドに横たわり何もしてこない。 殿下には何か思いがあるようで。 《何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました》の攻×受が立場的に逆転したお話です。 登場人物、設定は全く違います。 ※ショートショート集におまけ話を上げています。そちらも是非ご一読ください。 ※画像は男の子メーカーPicrewさんよりお借りしています。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...