身代わり濃姫~若き織田信長と高校生ヒロインが、結婚してから恋に落ちる物語~

梵天丸

文字の大きさ
104 / 109
小咄

身代わり濃姫(小咄)~日常譚・壱~

しおりを挟む
 朝、美夜みやが目を覚ますと、信長はすでに起きていたようで、部屋にはその姿がなかった。
「信長様……今日は早起きだったんだ……」
 自分が寝坊したというわけではないだろうし……と思いつつ、美夜が布団の上に身を起こすと、信長が部屋に戻ってきた。
「おはようございます。信長様、早かったんですね」
「ああ、これを取りに行っていた」
 そう言って、信長は美夜の頬に何かをくっつけてくる。
「つ、冷た……っ……」
 横目で見ると、信長は雪玉を手につかんでいた。
「あ……もしかして、雪、積もってましたか?」
 昨日は雪はちらつきはしたものの積もっていなかったが、昨夜はとても冷え込んでいたことを美夜は思い出した。
 信長は笑って頷く。
「ああ、積もってる。見に行くか?」
「はい、行きます!」
「では外で待っている。急がなくても良いぞ」
 そのままの格好で信長について行きそうになっていた自分にはたと気づいて、美夜は少し慌てる。
(そっか……着替えないといけないんだ……)
 と、美夜は思った。
 元の世界にいたときならば、雪が降ればパジャマの上に一枚はおっただけで庭に飛び出したりしていたが、さすがに信長の正妻がそんな真似はできない。
 もう随分とこの暮らしにもなれたはずなのに、こうしたふとしたときに、元いた世界と今の暮らしの違いを感じたりする。
 雪なんて見るのは久しぶりだ……心が浮き立つのを感じながら、美夜は部屋に入ってきた侍女たちに手伝ってもらい、手早く着替えを済ませた。

 信長に手を引かれて中庭に出ると、そこは一面の銀世界だった。
「うわぁ……すごい……一晩でたくさん降ったんですね」
 日頃は緑色や茶色に彩られている中庭に、真っ白な雪が降り積もっている。
「雪は珍しいか?」
 信長に問われて、美夜は少し首をかしげる。
「どうでしょう……私が住んでいたところは特に雪国っていうわけではなかったので、冬に何度か積もるぐらいで、珍しいといえば珍しいのかもしれません」
「それなら、ここともあまり変わらぬな」
「はい、そうだと思います。特にここは海が近いですから、こんなに積もるのは珍しいんでしょうね」
「年に数えるほどだ。だが、ここまで積もるのは珍しい」
 確かに、まるで爆弾低気圧でも通り過ぎたかのように、一晩で降ったとは思えないほどの雪が庭には積もっていた。
「庭に降りてみるか?」
 信長が手を差し出してくるので、美夜は頷いてその手を取った。
「滑って転ばぬようにな」
 信長がからかうように言うので、美夜は少しむくれた。
「分かってます。子どもじゃないんですから」
 信長に手を引かれ、雪の時用の下駄を履いて庭に降りる。
 雪を踏みしめる感触が、何だかとても懐かしい。
(家族でスキーに行ったときに、兄様と一緒に雪だるま作ったっけ……)
 ふと思いついて、美夜は信長に聞いてみる。
「信長様、雪だるまって作ったことあります?」
「雪だるま? 何だそれは?」
「あ……やっぱりまだこの時代にはなかったんですね。雪を丸めて大きくして、ダルマのような形にするんです」
「それは面白そうだな。やってみるか」
「はい。これだけ積もっていたら、大きいのが作れると思います。私は頭の部分を作りますから、信長様は胴体の部分を作ってもらえますか? こうやって小さい雪玉を固めてから転がしていくと、だんだん大きくなっていきますから」
「こうか? なるほど……確かに少しずつ雪がついて大きくなっていくようだな」
「胴体なので、なるべく大きくしてくださいね」
 庭の木が植わっていない平らな場所を選んで、それぞれゴロゴロと転がしていると、いつの間にか庭に人が集まってきた。
「何をなさっておられるのですか、殿……それに帰蝶きちょう様も」
 藤吉郎が不思議そうに聞いてくる。
「雪だるまとやらを作っておるのだ。帰蝶、大きさはこの程度で良いのか?」
「え、あ、はい!?」
 信長に問われて振り返ると、そこにはすでに直径一メートルあまりはありそうな雪玉ができあがっていた。
「ええ? な、なんでもうそんなに大きいんですか? いつの間に?」
 それに比べて、美夜の雪玉はまだ二十センチほどで、どう考えてもこの大きさでは頭が小さすぎて不釣り合いだ。
 やはり信長は何をやってもコツを掴むのが早いのかもしれないと美夜は思った。
「あの、もうそれ以上大きくしないでいいですから、そのままにしておいてください。頭はもう少し大きくしないとなので……」
「あたしも手伝うぜ。なんか面白そうだし!」
 気がつくと甘音あまねが庭に降りてきて、一緒に雪玉を転がすのを手伝ってくれる。
 ゴロゴロとだんだん重くなっていく雪玉を何とか転がして、直径五十センチぐらいの頭ができあがった。
「すみません、これをあの大きな雪玉の上に乗せると完成なんですが、少し手伝ってもらえますか?」
 さすがに甘音と二人でこれを持ち上げるのは無理だろうと思って、信長に助けを求める。
「それは任せろ。そなたらにはこれは重すぎるであろう。藤吉郎、犬千代、手伝え。上に乗せるぞ」
 信長が号令をかけると、藤吉郎と犬千代が素早く庭に降りてきて、三人で雪玉をひょいっと抱え上げ、ちょうど胴体の真ん中に頭を乗せた。
 さすがに男子三人だと、大きな雪玉も難なく持ち上げることができたようだ。
「ありがとうございます。後は、目や鼻や口を、石でこうやってくっつけていって……はい、できあがりです」
 雪の下から見つけて拾っておいた石を、頭の部分につけていくと、愛嬌のある顔の雪だるまが完成した。
「これは簡単だし、雪遊びのひとつとしては面白い試みだな」
 信長が感心したように言ってくれるので、美夜は少し嬉しくなる。
 雪の中で汗をかきながら雪玉を大きくしたかいがあったというものだ。
「へええ、いいじゃねえか。雪で殺風景な庭が賑やかになる」
「はい。とても可愛らしい達磨だるま様でござります。雪の日の楽しみになりそうです」
「俺も作ってみよう!」
 どうやら雪だるまは、城の者たちにも好評のようだった。
 犬千代と甘音はもうさっそく、自分たちの雪だるまを作り始めている……。

 ――その翌日。
 清洲きよす城のあちこちに、そして清洲の町のあちこちに、大小、そしてその顔や形もさまざまな雪だるまが出現した。
 その賑やかで愛らしい姿は、清洲の町を行く人々の目を楽しませたのだという。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...