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小咄
身代わり濃姫(小咄)~日常譚・壱~
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朝、美夜が目を覚ますと、信長はすでに起きていたようで、部屋にはその姿がなかった。
「信長様……今日は早起きだったんだ……」
自分が寝坊したというわけではないだろうし……と思いつつ、美夜が布団の上に身を起こすと、信長が部屋に戻ってきた。
「おはようございます。信長様、早かったんですね」
「ああ、これを取りに行っていた」
そう言って、信長は美夜の頬に何かをくっつけてくる。
「つ、冷た……っ……」
横目で見ると、信長は雪玉を手に掴んでいた。
「あ……もしかして、雪、積もってましたか?」
昨日は雪はちらつきはしたものの積もっていなかったが、昨夜はとても冷え込んでいたことを美夜は思い出した。
信長は笑って頷く。
「ああ、積もってる。見に行くか?」
「はい、行きます!」
「では外で待っている。急がなくても良いぞ」
そのままの格好で信長について行きそうになっていた自分にはたと気づいて、美夜は少し慌てる。
(そっか……着替えないといけないんだ……)
と、美夜は思った。
元の世界にいたときならば、雪が降ればパジャマの上に一枚はおっただけで庭に飛び出したりしていたが、さすがに信長の正妻がそんな真似はできない。
もう随分とこの暮らしにもなれたはずなのに、こうしたふとしたときに、元いた世界と今の暮らしの違いを感じたりする。
雪なんて見るのは久しぶりだ……心が浮き立つのを感じながら、美夜は部屋に入ってきた侍女たちに手伝ってもらい、手早く着替えを済ませた。
信長に手を引かれて中庭に出ると、そこは一面の銀世界だった。
「うわぁ……すごい……一晩でたくさん降ったんですね」
日頃は緑色や茶色に彩られている中庭に、真っ白な雪が降り積もっている。
「雪は珍しいか?」
信長に問われて、美夜は少し首をかしげる。
「どうでしょう……私が住んでいたところは特に雪国っていうわけではなかったので、冬に何度か積もるぐらいで、珍しいといえば珍しいのかもしれません」
「それなら、ここともあまり変わらぬな」
「はい、そうだと思います。特にここは海が近いですから、こんなに積もるのは珍しいんでしょうね」
「年に数えるほどだ。だが、ここまで積もるのは珍しい」
確かに、まるで爆弾低気圧でも通り過ぎたかのように、一晩で降ったとは思えないほどの雪が庭には積もっていた。
「庭に降りてみるか?」
信長が手を差し出してくるので、美夜は頷いてその手を取った。
「滑って転ばぬようにな」
信長がからかうように言うので、美夜は少しむくれた。
「分かってます。子どもじゃないんですから」
信長に手を引かれ、雪の時用の下駄を履いて庭に降りる。
雪を踏みしめる感触が、何だかとても懐かしい。
(家族でスキーに行ったときに、兄様と一緒に雪だるま作ったっけ……)
ふと思いついて、美夜は信長に聞いてみる。
「信長様、雪だるまって作ったことあります?」
「雪だるま? 何だそれは?」
「あ……やっぱりまだこの時代にはなかったんですね。雪を丸めて大きくして、ダルマのような形にするんです」
「それは面白そうだな。やってみるか」
「はい。これだけ積もっていたら、大きいのが作れると思います。私は頭の部分を作りますから、信長様は胴体の部分を作ってもらえますか? こうやって小さい雪玉を固めてから転がしていくと、だんだん大きくなっていきますから」
「こうか? なるほど……確かに少しずつ雪がついて大きくなっていくようだな」
「胴体なので、なるべく大きくしてくださいね」
庭の木が植わっていない平らな場所を選んで、それぞれゴロゴロと転がしていると、いつの間にか庭に人が集まってきた。
「何をなさっておられるのですか、殿……それに帰蝶様も」
藤吉郎が不思議そうに聞いてくる。
「雪だるまとやらを作っておるのだ。帰蝶、大きさはこの程度で良いのか?」
「え、あ、はい!?」
信長に問われて振り返ると、そこにはすでに直径一メートルあまりはありそうな雪玉ができあがっていた。
「ええ? な、なんでもうそんなに大きいんですか? いつの間に?」
それに比べて、美夜の雪玉はまだ二十センチほどで、どう考えてもこの大きさでは頭が小さすぎて不釣り合いだ。
やはり信長は何をやってもコツを掴むのが早いのかもしれないと美夜は思った。
「あの、もうそれ以上大きくしないでいいですから、そのままにしておいてください。頭はもう少し大きくしないとなので……」
「あたしも手伝うぜ。なんか面白そうだし!」
気がつくと甘音が庭に降りてきて、一緒に雪玉を転がすのを手伝ってくれる。
ゴロゴロとだんだん重くなっていく雪玉を何とか転がして、直径五十センチぐらいの頭ができあがった。
「すみません、これをあの大きな雪玉の上に乗せると完成なんですが、少し手伝ってもらえますか?」
さすがに甘音と二人でこれを持ち上げるのは無理だろうと思って、信長に助けを求める。
「それは任せろ。そなたらにはこれは重すぎるであろう。藤吉郎、犬千代、手伝え。上に乗せるぞ」
信長が号令をかけると、藤吉郎と犬千代が素早く庭に降りてきて、三人で雪玉をひょいっと抱え上げ、ちょうど胴体の真ん中に頭を乗せた。
さすがに男子三人だと、大きな雪玉も難なく持ち上げることができたようだ。
「ありがとうございます。後は、目や鼻や口を、石でこうやってくっつけていって……はい、できあがりです」
雪の下から見つけて拾っておいた石を、頭の部分につけていくと、愛嬌のある顔の雪だるまが完成した。
「これは簡単だし、雪遊びのひとつとしては面白い試みだな」
信長が感心したように言ってくれるので、美夜は少し嬉しくなる。
雪の中で汗をかきながら雪玉を大きくしたかいがあったというものだ。
「へええ、いいじゃねえか。雪で殺風景な庭が賑やかになる」
「はい。とても可愛らしい達磨様でござります。雪の日の楽しみになりそうです」
「俺も作ってみよう!」
どうやら雪だるまは、城の者たちにも好評のようだった。
犬千代と甘音はもうさっそく、自分たちの雪だるまを作り始めている……。
――その翌日。
清洲城のあちこちに、そして清洲の町のあちこちに、大小、そしてその顔や形もさまざまな雪だるまが出現した。
その賑やかで愛らしい姿は、清洲の町を行く人々の目を楽しませたのだという。
「信長様……今日は早起きだったんだ……」
自分が寝坊したというわけではないだろうし……と思いつつ、美夜が布団の上に身を起こすと、信長が部屋に戻ってきた。
「おはようございます。信長様、早かったんですね」
「ああ、これを取りに行っていた」
そう言って、信長は美夜の頬に何かをくっつけてくる。
「つ、冷た……っ……」
横目で見ると、信長は雪玉を手に掴んでいた。
「あ……もしかして、雪、積もってましたか?」
昨日は雪はちらつきはしたものの積もっていなかったが、昨夜はとても冷え込んでいたことを美夜は思い出した。
信長は笑って頷く。
「ああ、積もってる。見に行くか?」
「はい、行きます!」
「では外で待っている。急がなくても良いぞ」
そのままの格好で信長について行きそうになっていた自分にはたと気づいて、美夜は少し慌てる。
(そっか……着替えないといけないんだ……)
と、美夜は思った。
元の世界にいたときならば、雪が降ればパジャマの上に一枚はおっただけで庭に飛び出したりしていたが、さすがに信長の正妻がそんな真似はできない。
もう随分とこの暮らしにもなれたはずなのに、こうしたふとしたときに、元いた世界と今の暮らしの違いを感じたりする。
雪なんて見るのは久しぶりだ……心が浮き立つのを感じながら、美夜は部屋に入ってきた侍女たちに手伝ってもらい、手早く着替えを済ませた。
信長に手を引かれて中庭に出ると、そこは一面の銀世界だった。
「うわぁ……すごい……一晩でたくさん降ったんですね」
日頃は緑色や茶色に彩られている中庭に、真っ白な雪が降り積もっている。
「雪は珍しいか?」
信長に問われて、美夜は少し首をかしげる。
「どうでしょう……私が住んでいたところは特に雪国っていうわけではなかったので、冬に何度か積もるぐらいで、珍しいといえば珍しいのかもしれません」
「それなら、ここともあまり変わらぬな」
「はい、そうだと思います。特にここは海が近いですから、こんなに積もるのは珍しいんでしょうね」
「年に数えるほどだ。だが、ここまで積もるのは珍しい」
確かに、まるで爆弾低気圧でも通り過ぎたかのように、一晩で降ったとは思えないほどの雪が庭には積もっていた。
「庭に降りてみるか?」
信長が手を差し出してくるので、美夜は頷いてその手を取った。
「滑って転ばぬようにな」
信長がからかうように言うので、美夜は少しむくれた。
「分かってます。子どもじゃないんですから」
信長に手を引かれ、雪の時用の下駄を履いて庭に降りる。
雪を踏みしめる感触が、何だかとても懐かしい。
(家族でスキーに行ったときに、兄様と一緒に雪だるま作ったっけ……)
ふと思いついて、美夜は信長に聞いてみる。
「信長様、雪だるまって作ったことあります?」
「雪だるま? 何だそれは?」
「あ……やっぱりまだこの時代にはなかったんですね。雪を丸めて大きくして、ダルマのような形にするんです」
「それは面白そうだな。やってみるか」
「はい。これだけ積もっていたら、大きいのが作れると思います。私は頭の部分を作りますから、信長様は胴体の部分を作ってもらえますか? こうやって小さい雪玉を固めてから転がしていくと、だんだん大きくなっていきますから」
「こうか? なるほど……確かに少しずつ雪がついて大きくなっていくようだな」
「胴体なので、なるべく大きくしてくださいね」
庭の木が植わっていない平らな場所を選んで、それぞれゴロゴロと転がしていると、いつの間にか庭に人が集まってきた。
「何をなさっておられるのですか、殿……それに帰蝶様も」
藤吉郎が不思議そうに聞いてくる。
「雪だるまとやらを作っておるのだ。帰蝶、大きさはこの程度で良いのか?」
「え、あ、はい!?」
信長に問われて振り返ると、そこにはすでに直径一メートルあまりはありそうな雪玉ができあがっていた。
「ええ? な、なんでもうそんなに大きいんですか? いつの間に?」
それに比べて、美夜の雪玉はまだ二十センチほどで、どう考えてもこの大きさでは頭が小さすぎて不釣り合いだ。
やはり信長は何をやってもコツを掴むのが早いのかもしれないと美夜は思った。
「あの、もうそれ以上大きくしないでいいですから、そのままにしておいてください。頭はもう少し大きくしないとなので……」
「あたしも手伝うぜ。なんか面白そうだし!」
気がつくと甘音が庭に降りてきて、一緒に雪玉を転がすのを手伝ってくれる。
ゴロゴロとだんだん重くなっていく雪玉を何とか転がして、直径五十センチぐらいの頭ができあがった。
「すみません、これをあの大きな雪玉の上に乗せると完成なんですが、少し手伝ってもらえますか?」
さすがに甘音と二人でこれを持ち上げるのは無理だろうと思って、信長に助けを求める。
「それは任せろ。そなたらにはこれは重すぎるであろう。藤吉郎、犬千代、手伝え。上に乗せるぞ」
信長が号令をかけると、藤吉郎と犬千代が素早く庭に降りてきて、三人で雪玉をひょいっと抱え上げ、ちょうど胴体の真ん中に頭を乗せた。
さすがに男子三人だと、大きな雪玉も難なく持ち上げることができたようだ。
「ありがとうございます。後は、目や鼻や口を、石でこうやってくっつけていって……はい、できあがりです」
雪の下から見つけて拾っておいた石を、頭の部分につけていくと、愛嬌のある顔の雪だるまが完成した。
「これは簡単だし、雪遊びのひとつとしては面白い試みだな」
信長が感心したように言ってくれるので、美夜は少し嬉しくなる。
雪の中で汗をかきながら雪玉を大きくしたかいがあったというものだ。
「へええ、いいじゃねえか。雪で殺風景な庭が賑やかになる」
「はい。とても可愛らしい達磨様でござります。雪の日の楽しみになりそうです」
「俺も作ってみよう!」
どうやら雪だるまは、城の者たちにも好評のようだった。
犬千代と甘音はもうさっそく、自分たちの雪だるまを作り始めている……。
――その翌日。
清洲城のあちこちに、そして清洲の町のあちこちに、大小、そしてその顔や形もさまざまな雪だるまが出現した。
その賑やかで愛らしい姿は、清洲の町を行く人々の目を楽しませたのだという。
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