年下将軍に側室として求められて

梵天丸

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年下将軍に側室として求められて(2)

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 その夜、芭乃は父の部屋を訪れた。
 幼い頃は毎日のように父の周りにまとわりつくようにしていたのに、ここ数年は仕事のとき以外に口を利くことも減ってしまった。
 父のほうも、あえて芭乃とは距離をとっているように見えることもある。
 父子ではあっても、この足利家においては父は芭乃の上官に当たる。だから家中の者たちに対して、そのけじめをつけているのかもしれない。
 それは父親っ子の芭乃にとっては寂しいことでもあったが、同時にこの家での父の立場も理解できる年齢になりつつあった。
「お父様、芭乃です。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、入りなさい」
 襖の向こうから静かな声で返答があったので、芭乃は襖を開けて部屋に入った。
 自分のような娘がいる年齢にも関わらず、相変わらず、父は若々しく、凛々しい。
 この御所でも、女房たちが父を見ては頬を赤らめたり、ひそひそと何事か話しているのを、芭乃は何度も見てきている。
 芭乃にとっては、いつまで経っても眩しい存在だった。
 いつか自分もここを出て嫁ぐ日が来るのだろうが、願わくば、父のような殿方と結ばれたい……そんな夢を芭乃は描いたりしている。
 自分でその相手を選ぶことは出来ないけど、せめて父が選んでくれた相手が、父に似た理知的で素敵な人だったら……そういう願掛けは、未婚の娘らしく毎朝毎夜、忘れることなくしていた。
「お前が私の部屋に来るなんて、珍しいな。ひょっとして、菊童丸様に何かあったのか?」
「あ、ええと……」
 実は芭乃は菊童丸の外出について、許可をもらおうと思ってやって来たのだった。
 坂本の町に出かけるだけなら、変装するなりして大げさな従者などはつけず、自由に町歩きをすることも可能ではないか。かつて芭乃がそうしてうきうきとした気分を味わったように、その気持ちを菊童丸にも味わって欲しいと思ったのだ。
 将軍になれば、たとえ変装をしても、もうそういうことは許されない。今のうちなら、何とかぎりぎり許してもらえるのではないか。芭乃はそう考えたのだったきっと父なら分かってくれるはず……芭乃はそう思い、勇気を出して父の元を訪れた。
 でも、いざとなると、言葉がなかなか出てこなかった。
 もしもここで父の反対にあったら、菊童丸との約束を守れなくなってしまう。
 やっぱり黙って出かけるべきだろうか……。それとも、やはり菊童丸に町歩きをさせるのは、諦めるべきだろうか……そんなことを考えて口を閉ざしていると、父のほうから話しかけてきた。
「お前もそろそろ良い年だ。もしも菊童丸様からお伽の命を受けたら、慌てず騒がず、謹んでお受けするように」
「えっ? お、お伽っ!?」
 芭乃が言おうとしていた言葉は、お伽というその父の口から発せられた言葉によって、すべてぶっ飛んでしまった。
 お伽がどういうことをさすのか、芭乃だって当然その知識ぐらいはある。それはつまり、菊童丸の閨に入り、男女の営みをするということだ。
 だけど、父が言うように、それを菊童丸に命じられる日が来るというのは、想像もつかなかった。
 すっかり慌てふためき、動揺を隠せない芭乃を見て、父は呆れたようにため息をつく。
「何を慌てているんだ? 将軍家に仕える女子ならば、お伽の命を受けることほどの光栄はないのだぞ? お前もそれは当然承知していると思っていたのだがな」
「え、あ、そ、それはそう……でしょうけど……」
 他の女房たちのことならば、そうですね、と素直に頷ける。だけど自分がその役目を……というのは、どうしても現実味が湧かない。
 そんな芭乃の様子に一抹の不安を抱いたのか、晴舎は部屋の奥からなにやら書物を取り出してきた。
「お前もそろそろこういうものを読んでおきなさい。いざという時に慌てないために」
 父が芭乃に差し出してきたのは、いわゆる春画と呼ばれているものだ。生々しく男女が絡み合う絵が、鮮やかな色をつけて描かれている。
 芭乃の顔はかーっと赤くなってしまった。
「本来なら、こういうことを教えるのは母親の役目だ。しかし、お前の母親はもうこの世にはいないからな。私が教えておかなくてはならない」
 そんなことを冷静に、眉ひとつ動かさずに言ってしまう父とは対照的に、芭乃はすっかり目をきょろきょろとさせてしまっている。
 確かに、芭乃には母親はいない。芭乃を産んで間もなく、死んでしまったからだ。芭乃は父が母親の役割もしながら育てたといっても過言ではない。
「で、で、でも……私と菊童丸様がそのようなことになるとはとても考えられません……っ……」
「今はそうでも、菊童丸様もふた月後には将軍位につかれ、それと同時に元服される。そうすれば、一人前の男子として、将軍として、世継ぎをもうけることは急務となる」
「は、はぁ……た、確かに……そうかもしれませんが……」
 父の言うことはもっともだ。
 だけど、やっぱり芭乃にはいくら考えてみても、自分がその役目につくということの実感は湧いてこなかった。
「まあ、今はそれでいい。だが、これからもそれでは困る。公方様のもとに侍る女子には、いつでもお伽の役目を果たす覚悟を持っていてもらわなくてはならない。いいね?」
「……はい」
 芭乃はとりあえずうな垂れるように頷いた。

 結局、芭乃は父に明日の菊童丸の外出を言い出すことが出来ず、父の部屋を後にした。
 芭乃の気持ちも、菊童丸の外出どころではなくなってしまっていた。
「はぁ……」
 部屋に戻ってから、芭乃はため息ばかりついている。
 文机の上には、父から預かってきた春画が並べてある。直視は出来ないものの、ぺらぺらとめくりながら、横目でそれを眺めている。
「こんなことを……私とお菊様が?」
 どう考えても、無理だと思う。春画に出てくる殿方は、どの人も逞しく、背丈だって女よりも大きい。それに比べて今の菊童丸は、芭乃の胸までも背丈はない。
 それに線だって細すぎるほどだし、春画に出てくる殿方とは大違いだ。
「どうせなら……お父様のような方がいいのに……」
 想像してみると、じわりと股の合間が熱くなってくるのを感じた。
 父も線は細いほうだけれど、知性があって、背も高く、その腕は幼い頃には芭乃を簡単に抱き上げてしまうほどに逞しかった。
 今は芭乃もそれなりに成長したので、さすがに抱き上げるのは無理かもしれないけれど。
 父の意向としては、いずれ芭乃が菊童丸のお手付きになることを願っているように思えた。
 芭乃も菊童丸のことは、自分の主として愛おしいし、弟がいるならばこんな子なのかなと思ったりもする。
 おしめを取り替えるところだって何度も見ているし、芭乃もその手伝いをしたことがあるのだ。
 そんな彼と閨を共にするなど、本当に想像もできそうになかった。
「こんなに……大きくなかったしね……」
 おしめを取り替える時に見た菊童丸の股間のものは、とうてい春画に出てくる殿方のものと比べようもなかった。まるで親指のような小さなもので、それだけに愛らしさは感じたが、それだけだった。
 今はそれなりに成長しているんだろうか……そう考えかけて、何だかとても無礼なことを考えている気がして、芭乃は慌てて首を横にぶんぶんと振った。
「もう寝よう。明日も朝が早いのだし……」
 芭乃は欠伸をしつつ、布団の中に潜り込んだ。

 家中の者たちには少し近くに散歩に行って来ると告げ、女装した菊童丸の手を引いて芭乃は御所の門を出た。
 菊童丸のことは、女房の子供ということで、門番たちには説明しておいた。もちろん、芭乃の言葉を疑う者など誰もいない。
「すげえな、本当に止められなかった」
 すんなりと門を抜けることが出来たことに、菊童丸自身が驚いているようだった。
「あまり長くは無理ですよ。ばれてしまいますから」
「分かってるって。ありがとうな、芭乃。本当に嬉しい!」
 菊童丸は女童の顔で本当に嬉しそうに笑う。
「お菊様って、お顔立ちが整っているから、本当に女の子に見えますよね」
「い、言うなって。死ぬほど恥ずかしいんだからな」
「でも、お似合いですよ?」
「そんなこと言われても嬉しくね~!」
「女の子はそんなに乱暴な言葉使いをしちゃいけません」
「う……」
 芭乃の言い分に言い返すことが出来なくなった菊童丸は、言葉を飲み込んで唸っている。
「ほら、お菊様。あれが市ですよ。今日は各地から行商の者たちが集まってきているんです」
 芭乃はこの市を菊童丸に見せてやりたかったのだ。
 普段の町もそれなりに活気があって楽しいが、坂本のような田舎の町だと、たまに立つ市の日が特に楽しい。
 案の定、菊童丸は初めて芭乃が市を見たときと同じように目を見開いて、市の賑わいを眺めている。
「すげー……何か分からねえけど、すごいな、芭乃!」
「はい。たぶんこの活気が、すごいんだと思います」
 物を売る人の熱気、そして物を買う人の熱気。そんなものを御所の中で見る機会はまずない。
「芭乃、馬がいる! あれも売り物なのか?」
「ええ。馬もああして売られるんです。武士たちはこうした市で掘り出し物の貴重な子馬を買い求めるそうですよ」
「へええ……」
「ほら、あちらには南蛮の商品が並んでいるみたいですね。行って見ましょう」
 芭乃は菊童丸の手を引き、ひときわ賑わうその露店を覗き込む。南蛮渡来のものは、各地の大名たちが献上品として将軍家に持ち込んだりするから、菊童丸にとってはさほど珍しくもないかもしれない。
 だけど市には庶民が買い求めやすい商品が集められている。将軍家に献上されるような高価なものとはまた別の物が並べられているのだ。
 ちらりと菊童丸を見ると、やはり珍しそうに目を輝かせて品物を見つめている。
 やはり連れてきて良かった……菊童丸の子供らしい好奇心に満ち溢れた目を見ながら、芭乃は心からそう思った。

「楽しかったな~。もっと見ていたいぐらいだった」
「お気持ちは分かりますが、芭乃に出来るのはこれが精一杯です」
「分かってるって。芭乃がどれだけの危険をおかして俺を連れ出してくれたか。俺、今日のことは一生忘れないよ」
「お菊様……」
「何か……心配掛けたみたいだな。気を遣ってくれたんだろ、芭乃?」
「そんなことはありません。ただ、私はお菊様の笑顔が好きなんです。だから、今日はたくさんその笑顔が見れて、実は私が一番満足しています」
「お前は嘘が下手だな」
 まるで芭乃の気持ちなど見透かしたように、菊童丸は笑う。ときどき、菊童丸はびっくりするぐらい大人びた目をする。今もその目をしている。
「だけど、そういうお前の嘘のつけないところが、俺は好きだ」
 菊童丸のその言葉に、芭乃は思わず苦笑する。
「ありがとうございます……と言えばいいのかしら? 何だか複雑な気分です」
「それにしても……」
 と、菊童丸が芭乃を見上げてくる。
「追いつけないなぁ……」
「何がです?」
「なかなか背丈は思うように伸びないんだなと思ってさ」
 どうやら菊童丸は自分の背丈と芭乃の背丈の差を気にしているらしい。
「お菊様は男子であられるのですから、すぐに私なんて追い越してしまいますよ。それまではこうして、お菊様を上から眺める特権を味わっておきますね」
「くそう……」
 菊童丸が本気で悔しがるので、芭乃はおかしくなって思わず声をあげて笑ってしまった。
「さあ、早く御所へ戻りましょう。そしてその髪もお化粧も、ちゃんと元に戻してお菊様に戻っていただかないと」
 今日の菊童丸は部屋で勉強をしているということになっている。集中しているので邪魔をするなと。
 けれども、緊急の用件などがあれば、そんなことはおかまいなしに部屋を開けられるに違いない。
「あっ……」
 少し驚いたような菊童丸の声に、芭乃は緊張を覚える。菊童丸の視線の先には、見覚えのある姿が。
「お父様……」
 まるで氷のように冷たい目をした父が、芭乃と菊童丸を見据えていた。
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