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年下将軍に側室として求められて(3)
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ばしっ、ばしっと肌を叩く音が響くたびに、菊童丸は目を瞑る。
しかし叩かれているのは菊童丸ではない。芭乃だった。
薄い襦袢だけを身につけ、その体に食い込むほど強く縄を打たれ、体のあちこちからは血が滲み出ている。
御所の前で父の晴舎によって捕らえられた芭乃は、そのまますぐに菊童丸とともにこの地下の部屋へとつれてこられた。
「や、やめろ……やめろぉっ!」
「本来であれば、将軍の御子を勝手に連れ出した罪は死罪に値します。ですが、公方様より咎めは最小限にとのお言葉がありましたので、これで済ませているのです」
芭乃に与えられた罰はいわゆる百叩きだった。笞杖と呼ばれる鞭のようなもので、体を叩かれる軽犯罪人に与えられる罰だ。
確かに、他の刑罰に比べれば軽いのかもしれないが、そもそも芭乃が何の罪を犯したというのか。
震える声で菊童丸は叫んだが、笞杖の規則的な音と、芭乃の苦しげな吐息はやむことがなかった。
「うっ、く……ぅ……っ……」
「晴舎、やめさせろ! 今度のことは俺が芭乃に命じて無理やり連れ出させたんだ! 芭乃に責任はない! やるなら俺を打て!」
菊童丸は思わず芭乃をかばうようなことを言った。けれども、それに晴舎が心を動かされることはなかったようだ。
「たとえどのような経緯であろうとも、小侍従が菊童丸様を無断で御所の外へと連れ出した事実は変わりません。この罰は小侍従が受けるべきものです」
晴舎の声はどこまでも冷たかった。
ばしっ、ばしっと響く音は容赦がない。
菊童丸は耳を塞ごうとして、堪えた。
芭乃を打つ音、そして芭乃の苦しげな吐息……すべて目も耳もそむけるべきではないという気がしたからだ。
そして、一刻も早くこのような乱暴はやめさせなくては。
本当に芭乃がしんでしまうかもしれない。
「た、頼む、やめてくれっ! いや、命令だ! 今すぐにやめろっ!」
菊童丸は声を張り上げたが、晴舎はまるで聞こえていないかのように冷たい目で処罰される芭乃を見ている。
「命令だと言っているだろう!」
菊童丸は堪えきれず、笞杖を振るう男からそれを取り上げた。
「やめろと……命令しただろう!」
菊童丸の目は涙に濡れ、その呼吸は激しく乱れていた。
芭乃はすっかり意識をなくしてしまっている。
「水を」
晴舎はそう言って水を持ってこさせると、それを芭乃の顔めがけてざばぁっと放った。
「う、うぅ……っ……」
最初は悲鳴をあげていた芭乃の声も、今はもう掠れてしまっている。
芭乃が目を覚ますと、再び笞杖による責めが再開された。
「たとえどのような理由、事情があれど、貴方を勝手に連れ出した罪は罪です。貴方以外の誰かが罰を受けねばなりません」
「…………」
「罪を罰しなければ、他の者たちにも示しがつかない。今の将軍家は少しの緩みさえ許されない。そういう状況を菊童丸様はもっとご理解するべきです」
菊童丸はぎゅっと唇をかみ締めた。
それ以上、晴舎に対して言う言葉を見つけられなかった。
結局、芭乃はきっちり百回叩かれた後に、ようやく解放された。
「芭乃……芭乃……」
どこか遠くで自分を呼んでいる声がする。
けれども、体のあちこちが悲鳴をあげていて、目を開けることさえ苦痛だった。
「芭乃……大丈夫か? 芭乃……っ……」
諦めずに呼び続けるその声に導かれるように、芭乃は重いまぶたを開けた。
ぼんやりと目に映ったのは心配そうに覗き込む菊童丸の顔だった。その瞳は何度も泣いたように真っ赤になっている。
「お菊……様……」
「ごめん……俺のせいで……」
芭乃は自分の体の痛みの原因と、そしてそれに至った経緯を思い出した。
「もう三日……眠っていたんだ。ずっと……」
「そうですか……三日も……」
「本当に……ごめんっ……」
「いいえ。私の意志でお菊様をお連れしたんです……最初から罰は覚悟の上でした……っく……ぅ……だから……そんな顔……しないで……」
体のあちこちが痛み出して、芭乃は思わず呻いてしまう。
「芭乃っ……もう何も喋らなくていい」
冷たい布が体中に貼ってあるけど、打たれた箇所はまるで火がついたように熱い。
「医者は命に別状はないと言っていた。ただ……普通の生活が出来るまでには、少し時間がかかると……」
「はい……大丈夫です……お菊……様……」
「ずっと芭乃についていたいけど、もうじき伊勢がやって来る……」
「いって……らっしゃい……どうぞ芭乃のことは……お気遣いなく。お菊様はご自分のお役目を……果たしてください……」
掠れた声でそう告げて微笑むと、芭乃はまた気を失うように眠ってしまった。
その顔色はこれまで菊童丸が見たことがないほどに悪い。
そもそも芭乃は丈夫に出来ているほうで、滅多に風邪もひかない。むしろ菊童丸のほうがよく風邪をひき、芭乃に看病されることが多かったぐらいだ。
だから芭乃がこんなに弱った姿を見るのは初めてかもしれない。しかも、自分のせいでこんな目に遭ったのだと思うと、自分の無力さが歯がゆかった。
「芭乃……ごめん……俺は……俺は……お前を守れる男になる。いつか……必ず……!」
いつもは笑顔が良く似合う芭乃の顔に、無数のあざがあった。まぶたも唇も、すっかり腫れあがってしまって、まるで芭乃とは別の人間のようだ。
女子をここまでひどい目に遭わせたのが、すべて自分の性だと思うと、義藤はやりきれない気持ちだった。
けれども自分は芭乃を助けることは出来なかった。
最終的には少し罰を免除してもらったのかもしれないが、芭乃が心や体に負った傷は、決して浅くはない。
あのような場面でも、冷静に、理路整然と、あの暴力をやめさせる力が自分にあったなら……菊童丸にはそう思えてならなかった。
早く大人になりたい。大人の男になりたい。今日ほどそれを思ったことはなかった。
芭乃を守れる男になるためには、今は与えられた義務を一つ一つ逃げずにこなしていくことだ。たとえ将軍を無能にしようという魂胆が見え見えの伊勢の講義であっても、そこから逃げれば、周囲はやはり菊童丸は子供だと見る。
それぐらいのことは、菊童丸にも分かる。
大人になるということは、義務を果たせるかどうかだと以前に晴舎に忠告されたことがある。今はその言葉が真理だなと菊童丸は思っている。
大人として、一つ一つ与えられた義務をこなしていく中で、きっと芭乃を守れる男になれるに違いない……菊童丸はそう考えていたし、今の自分に出来ることはそれしかないと思っていた。
ふた月後、菊童丸は第十三代征夷大将軍となった。
その際、菊童丸は六角定頼を烏帽子親として元服し、その名を足利義藤と改めた。
そして、さらに数年の月日が流れる……。
しかし叩かれているのは菊童丸ではない。芭乃だった。
薄い襦袢だけを身につけ、その体に食い込むほど強く縄を打たれ、体のあちこちからは血が滲み出ている。
御所の前で父の晴舎によって捕らえられた芭乃は、そのまますぐに菊童丸とともにこの地下の部屋へとつれてこられた。
「や、やめろ……やめろぉっ!」
「本来であれば、将軍の御子を勝手に連れ出した罪は死罪に値します。ですが、公方様より咎めは最小限にとのお言葉がありましたので、これで済ませているのです」
芭乃に与えられた罰はいわゆる百叩きだった。笞杖と呼ばれる鞭のようなもので、体を叩かれる軽犯罪人に与えられる罰だ。
確かに、他の刑罰に比べれば軽いのかもしれないが、そもそも芭乃が何の罪を犯したというのか。
震える声で菊童丸は叫んだが、笞杖の規則的な音と、芭乃の苦しげな吐息はやむことがなかった。
「うっ、く……ぅ……っ……」
「晴舎、やめさせろ! 今度のことは俺が芭乃に命じて無理やり連れ出させたんだ! 芭乃に責任はない! やるなら俺を打て!」
菊童丸は思わず芭乃をかばうようなことを言った。けれども、それに晴舎が心を動かされることはなかったようだ。
「たとえどのような経緯であろうとも、小侍従が菊童丸様を無断で御所の外へと連れ出した事実は変わりません。この罰は小侍従が受けるべきものです」
晴舎の声はどこまでも冷たかった。
ばしっ、ばしっと響く音は容赦がない。
菊童丸は耳を塞ごうとして、堪えた。
芭乃を打つ音、そして芭乃の苦しげな吐息……すべて目も耳もそむけるべきではないという気がしたからだ。
そして、一刻も早くこのような乱暴はやめさせなくては。
本当に芭乃がしんでしまうかもしれない。
「た、頼む、やめてくれっ! いや、命令だ! 今すぐにやめろっ!」
菊童丸は声を張り上げたが、晴舎はまるで聞こえていないかのように冷たい目で処罰される芭乃を見ている。
「命令だと言っているだろう!」
菊童丸は堪えきれず、笞杖を振るう男からそれを取り上げた。
「やめろと……命令しただろう!」
菊童丸の目は涙に濡れ、その呼吸は激しく乱れていた。
芭乃はすっかり意識をなくしてしまっている。
「水を」
晴舎はそう言って水を持ってこさせると、それを芭乃の顔めがけてざばぁっと放った。
「う、うぅ……っ……」
最初は悲鳴をあげていた芭乃の声も、今はもう掠れてしまっている。
芭乃が目を覚ますと、再び笞杖による責めが再開された。
「たとえどのような理由、事情があれど、貴方を勝手に連れ出した罪は罪です。貴方以外の誰かが罰を受けねばなりません」
「…………」
「罪を罰しなければ、他の者たちにも示しがつかない。今の将軍家は少しの緩みさえ許されない。そういう状況を菊童丸様はもっとご理解するべきです」
菊童丸はぎゅっと唇をかみ締めた。
それ以上、晴舎に対して言う言葉を見つけられなかった。
結局、芭乃はきっちり百回叩かれた後に、ようやく解放された。
「芭乃……芭乃……」
どこか遠くで自分を呼んでいる声がする。
けれども、体のあちこちが悲鳴をあげていて、目を開けることさえ苦痛だった。
「芭乃……大丈夫か? 芭乃……っ……」
諦めずに呼び続けるその声に導かれるように、芭乃は重いまぶたを開けた。
ぼんやりと目に映ったのは心配そうに覗き込む菊童丸の顔だった。その瞳は何度も泣いたように真っ赤になっている。
「お菊……様……」
「ごめん……俺のせいで……」
芭乃は自分の体の痛みの原因と、そしてそれに至った経緯を思い出した。
「もう三日……眠っていたんだ。ずっと……」
「そうですか……三日も……」
「本当に……ごめんっ……」
「いいえ。私の意志でお菊様をお連れしたんです……最初から罰は覚悟の上でした……っく……ぅ……だから……そんな顔……しないで……」
体のあちこちが痛み出して、芭乃は思わず呻いてしまう。
「芭乃っ……もう何も喋らなくていい」
冷たい布が体中に貼ってあるけど、打たれた箇所はまるで火がついたように熱い。
「医者は命に別状はないと言っていた。ただ……普通の生活が出来るまでには、少し時間がかかると……」
「はい……大丈夫です……お菊……様……」
「ずっと芭乃についていたいけど、もうじき伊勢がやって来る……」
「いって……らっしゃい……どうぞ芭乃のことは……お気遣いなく。お菊様はご自分のお役目を……果たしてください……」
掠れた声でそう告げて微笑むと、芭乃はまた気を失うように眠ってしまった。
その顔色はこれまで菊童丸が見たことがないほどに悪い。
そもそも芭乃は丈夫に出来ているほうで、滅多に風邪もひかない。むしろ菊童丸のほうがよく風邪をひき、芭乃に看病されることが多かったぐらいだ。
だから芭乃がこんなに弱った姿を見るのは初めてかもしれない。しかも、自分のせいでこんな目に遭ったのだと思うと、自分の無力さが歯がゆかった。
「芭乃……ごめん……俺は……俺は……お前を守れる男になる。いつか……必ず……!」
いつもは笑顔が良く似合う芭乃の顔に、無数のあざがあった。まぶたも唇も、すっかり腫れあがってしまって、まるで芭乃とは別の人間のようだ。
女子をここまでひどい目に遭わせたのが、すべて自分の性だと思うと、義藤はやりきれない気持ちだった。
けれども自分は芭乃を助けることは出来なかった。
最終的には少し罰を免除してもらったのかもしれないが、芭乃が心や体に負った傷は、決して浅くはない。
あのような場面でも、冷静に、理路整然と、あの暴力をやめさせる力が自分にあったなら……菊童丸にはそう思えてならなかった。
早く大人になりたい。大人の男になりたい。今日ほどそれを思ったことはなかった。
芭乃を守れる男になるためには、今は与えられた義務を一つ一つ逃げずにこなしていくことだ。たとえ将軍を無能にしようという魂胆が見え見えの伊勢の講義であっても、そこから逃げれば、周囲はやはり菊童丸は子供だと見る。
それぐらいのことは、菊童丸にも分かる。
大人になるということは、義務を果たせるかどうかだと以前に晴舎に忠告されたことがある。今はその言葉が真理だなと菊童丸は思っている。
大人として、一つ一つ与えられた義務をこなしていく中で、きっと芭乃を守れる男になれるに違いない……菊童丸はそう考えていたし、今の自分に出来ることはそれしかないと思っていた。
ふた月後、菊童丸は第十三代征夷大将軍となった。
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