年下将軍に側室として求められて

梵天丸

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年下将軍に側室として求められて(7)

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 女房たちが数人がかりで体を丁寧に洗い、髪をすき、準備に取り掛かる。女房たちは何だか浮かれているようだった。
 確かに御所の中ではいつまで立っても閨に女を入れようとしない義藤を心配する声があったのは事実だ。芭乃もそのことを気にしたりもしていたが、完全に他人事だった。
 まさか自分がその閨に入るなど、周囲からそういうことを言われても考えたことはなかった。
 義藤が床に入る頃には芭乃の準備はすっかり整っていた。
 けれども、芭乃の心の準備はまったく整っていない。
 一体どうしてこういうことになったのか、義藤は何の説明もしてくれない。いつもの義藤なら、芭乃が疑問に思うことに対しては、丁寧に説明をしてくれたのに。
 それどころか、今日の義藤は、芭乃の気持ちをまるで無視するように強引に伽を命じた。
 芭乃は心のどこかで思っていたのかもしれない。
 自分は他の女房たちとは違う。
 義藤はどんな時にも自分にだけは相談してくれる。
 芭乃にだけは隠し事もせず、包み隠さずすべてを話してくれる。
 だけど、こんな大事なこと、義藤は芭乃に何も話さず決めてしまった。
 きっと芭乃がそうであって欲しいと思っていただけで、義藤にとっては御所に大勢いる女房たちの一人だとしか思っていなかったのだろう。
 がっかりとした気分と、どうしていいのか分からない気持ちと。
 閨に入る準備はすっかり整っているというのに、気持ちはまったく落ち着かなかった。
 けれども、その時はやって来る。
 迎えの女房たちに連れられ、真っ白な夜着に身を纏った芭乃は廊下を歩いて義藤の閨に向かう。
「公方様、小侍従様がご到着されました」
 これまでは『小侍従殿』だとか『小侍従』だとか呼ばれていたのが、今は『小侍従様』と呼ばれる。芭乃は何も変わっていないのに、周りがどんどん変わってしまっているようで気持ちが落ち着かない。
 女房たちが襖を開け、さらにまた襖を開け、閨の中に芭乃を押し出すと、女房たちはまた襖を閉め、下がっていった。
 義藤と芭乃は二人きりになってしまう。
 義藤はやはりいつもの義藤とはまるで雰囲気が違っていた。何かまだ怒っている……そんな様子だ。
「あ、あの……公方様……」
「その呼び方はやめろ」
「あ、えと……その……っ……」
 普段に二人きりになったときなら、軽口を叩くこともできる。けれど、今の義藤は何かを怒っているようで、しかもそれが芭乃に対してだという感じがして、話しかけることすら躊躇してしまう。なのに、いつもと同じように接しろというのだから、義藤も無茶を言うと芭乃は思う。
「……来い」
 そう言って手を強く引かれ、乱暴に布団に体を押し付けられた。こんなに乱暴にされてしまったら、女房たちが整えてくれた着物も髪も、あっという間に乱れてしまいそうだ。
 義藤の顔が、上から芭乃をじっと見据えている。その目は芭乃が見たことのない色を浮かべていた。義藤は欲情している。まるで飢えた獣のように、芭乃を見ていた。
「ずっと我慢していた。お前が俺を受け入れてくれるまでは、と。だけど、もう待てない。今宵、お前を俺のものにする」
「義藤様……」
 まだあどけなさの残る面……だけど、その欲望に満ちた目は大人の男の目だ。
 そして、こうして体を押さえつけてくるその力も、もう子供のものではない。
「痛いです……義藤様……」
 押さえつけてくる手の痛みに顔をしかめても、義藤はその手を緩める気配もない。手を放せば逃げてしまうとでも思っているのだろうか。芭乃がこの状況から逃げ出すことも、義輝の御意に逆らうことも出来るはずもないのに。
 義藤は芭乃の体を強く押さえつけたまま、見据えてくる。まるで何かを確かめるように。
「将軍のお手つきとなれば、もう誰も手出しは出来ない。いや、させない。たとえ光秀にだって」
「明智様? 何を仰っているんですか、義藤様?」
「お前は……明智光秀のことが好きなんだろう?」
「そ、それはっ……」
 違いますと言えれば良かったのかも知れない。だけど芭乃は今日、その自分の気持ちに気づいてしまったばかりだ。嘘をつくことはできなかった。
 ひょっとして義藤は……今日のあの出来事をどこかで見ていたのだろうか。そうであれば、こんなに急変した義藤の態度にも納得が出来そうな気がした。
「お前はうそをつけないからな。いっそのこと、嘘つきなら良かったのに」
 芭乃をじっと見据えるそのあどけない顔が、悲しそうに微笑む。
「だがもういい。奪われる前に奪ってやる!」
 そう言ったかと思うと、義藤の唇が強引に芭乃の唇に押し付けられた。
「んぅっ……ん、ふ……ぅっ……」
 まるで烙印か何かを押すように、強く強く義藤の唇が押し付けられる。
 接吻という言葉は知っていても、芭乃にとっては初めての経験だった。想像の中ではもっと甘くて蕩けそうなものだと思っていたのに、それとはぜんぜん違う。まるで何かの刻印をされるような、強くて激しい行為。
 あまりの息苦しさに逃れようとすると、顔ごと押さえつけられ、そのまま接吻を続けられた。
「んっ、んんっ……んっ、ふ……っ……」
 義藤の指に唇を無理やり開かされ、舌をねじ込まれる。義藤の舌を傷つけてはいけないと思った芭乃は、抵抗することなく唇を開いた。その隙間から義藤の舌は容赦なく芭乃の口腔へと侵入してくる。
「んぐっ、んぅうっ……!」
 経験したことのない感覚と息苦しさに、芭乃は喘いだ。
「ん……うっ……んぅっ……く……」
 ざらざらとした他人の舌の感触を押し付けられ、唾液を注ぎ込まれ、芭乃は意識が遠くなりそうだった。
 物語で読んだ恋物語とは程遠い、生々しい行為。
 確かにこれは春画で見たもののほうが近いかもしれない。
 殿方と交わるということは、もっと甘くて切なくて、温かくて気持ちの良いことかと思っていた。けれどもそうではないということを、義藤を受け入れながら芭乃は思い知っていく。
 けれども芭乃のそんな嫌悪にも似た思いとは裏腹に、体のある部分が熱を持ち始めているのを感じていた。
 何だか体が妙にもどかしく、一部分だけが異常に熱くなっている。芭乃は義藤の体重と接吻を受け止めながら、何度も両足を擦り合わせていた。
「んっ、んむぅっ、んっく……」
 義藤は接吻を続けながら、力の抜け始めた芭乃の体に触れていく。胸の中心にある尖がりを着物の布の上から見つけられると、そこを何度も指で擦り上げられる。
「んっふぅっ……んっ、ぁ、んんっ……」
 くすぐったいような、痺れるような感覚が体中に広がっていって、芭乃はまた体をもぞもぞとさせる。自分の体に何が起こっているのかわからない。
 いつの間にか帯が解かれ、芭乃の胸があらわになっていた。その胸の先はぴんと尖がっている。義藤は接吻を解くと、今度は芭乃の胸の尖がりに吸い付くようにしくる。
「んぁっ……あっ、んんんっ……」
 女房から持たされた布のことを思い出した。行為が始まったらそれを口に含むように言われたのだが、義藤がいきなり接吻をしてくるものだから、すっかり忘れてしまっていた。
「ま、待って……義藤様っ……んんっ、口に布って……言われてて……っ……」
「は?」
 芭乃の乳首をすすっていた義藤が顔をあげ、呆れたように見つめてくる。
「あ、あの……あれ? どこに行ったのかな? ちゃんと部屋に入るときは持ってたのに……」
 芭乃はごそごそと周囲を探してみたが、持たされた布はどこか布団の中にでも潜り込んでしまったみたいだ。
 呆れたように芭乃を見つめる義藤は、ほんの少しだけいつもの義藤に戻っているような気がした。けれどもすぐに何かを吹っ切るように義藤は再び芭乃に覆いかぶさってくる。
「今さら何を言ってるんだ。布なんて必要ない。ちゃんと声出して聞かせろよ」
「あっ……ま、待って義藤様……っ……」
「もう待ってる余裕なんて俺にはない」
 そう言って義藤はまた芭乃の胸に顔を埋め、ちゅうちゅうと音を立てながら強く乳首を吸ってくる。
「んっ、ぁっ、んんぅっ……く……んんっ……」
 唇から思わずもれてしまう声を、芭乃は必死に堪えた。けれども、ふとした拍子に声ははしたなく漏れてしまう。
「んっ、んぁぁっ、んっ……あ、んんっ……」
 恥ずかしくて訳が分からなくて、涙まで溢れてくる。
 それなのに義藤はすっかり自分の行為に没頭してしまっている。義藤だって初めてのはずなのに、手順を分かっているんだろうか……。
「や、んんっ……んっ、あっ、はぁっ……」
「可愛いな、お前の声。もっと聞かせろ」
 気がつくと、義藤がにやりと笑って見つめていた。その勝ち誇ったような生意気な顔に、腹も立つし、羞恥がこみ上げてくる。
 絶対に声なんて出すものかと、芭乃は唇をぎゅっとかみ締める。それが芭乃にできる唯一の抵抗だった。
 けれども、そんな芭乃に声をあげさせようとするかのように、義藤は巧みに芭乃の乳首を吸い上げ、乳房を手で揉みしだいていく。
「んっ……ぁっ、んぁっ……あっ……」
 いつの間にか下帯まで完全に解かれ、芭乃の両足はむき出しになっていた。いや、両足どころか、その合間にある大事なところまで、すべて義藤の目に晒されてしまっている。
「あ……」
 義藤が熱を帯びた目で、芭乃のその部分を見つめていた。
「い、いやっ……」
 両足を閉じようとすると、それを義藤の手が遮り、かえって大きく開かれてしまう。
「や、やめて……やめてくださいっ」
 芭乃は必死に足を閉じようとしたが、想像以上に義藤の力は強くて、どうにもならない。まだ子供だと思っていたのに、いつの間にこんなに力が強くなってしまったんだろう。それに驚くとともに、芭乃は自分の非力さも思い知った。
「濡れてるんだ」
「し、知らないっ」
「舐めてやるよ。ここって気持ちいいらしいぜ」
 そんなふうに悪戯っぽく言ったかと思うと、義藤が芭乃の太ももをがっしりと押さえながらその合間に顔を埋めてきた。
 くちゅりと音を立てながら義藤が舌を動かし始めると、胸を吸われていたときとは比べ物にならないほどの快楽が芭乃の全身の感覚を奪っていく。
「……ぁん……んっ、んっ、く……あ……」
 とんでもない場所を義藤に見られ、その上に舐められている。その舌がじかに芭乃の秘められた部分を擦り上げていく。
「……んゃ……あ、ぁ……っ……」
 くちゅくちゅと舌を使ういやらしい音だけが部屋に響き続けている。そこに紛れるのは、押し殺した芭乃の喘ぐ声だ。
 体の力がどんどんと抜けていってしまう。今自分がどんな姿になっているのかは想像するのでさえおぞましい。
 着物もほとんど脱がされ、体を開かれ、義藤が口をつけているその部分からは、熱い蜜を溢れさせてしまっている。
 どうしてそんなものが溢れてくるのか、芭乃にはまったく分からない。でも、ぬるぬるとしたものがとめどなくあふれ出している感覚は理解していた。
「ん……ぁ、あっ……ん、んんっ……」
「すごいな……舐めても舐めても、中から出てくるぞ」
「んぁっ、い、言わないでっ……そんなこと……っ……」
「だって本当のことだろう。どうだ、芭乃。気持ち良いのか?」
「わ、分かりませんっ」
「分からないんだったら、分からせてやるよ」
 義藤はさらに意固地になってしまったように、執拗なほど芭乃の濡れたその場所に舌を這わせ続ける。特に敏感に感じてしまう部分も義藤は理解しているらしく、まるで意地悪をするように、その部分ばかり舌で攻めてくる。
「あ、んんっ、や、やぁっ、もう……っ……」
「もっとして欲しそうだぞ、ここは」
「そ、そんなことはっ……はっ、あっ、あっ……」
 いつもの義藤とはまるで違う……欲望をむき出しにしたその姿に、芭乃は恐れと嫌悪を抱きつつも、憎むことは出来なかった。
 いっそのこと、義藤を憎めたら楽なのに……と芭乃は思う。
 身近でずっと主として仕え、強い部分も弱い部分も見てきた。恋というものの対象にはならなかったけど、それでも必死に将軍であろうとする義藤を支えていきたいと思い続けてきたし誇らしくもあった。そして、今もその気持ちはある。あるからこそ、苦しい……。
 本音をいえば、義藤のこんな姿は見たくなかった。男としての義藤の姿なんて、欲望をむき出しにした彼の姿なんて、一生見ることがなければ良かったのにと思う。
 だけどもう見てしまった。将軍のお手付きとなってしまった以上、これからもこういう行為は繰り返さなければならないのだろう。
「あ、ぁっ……んっく……んっ、あっ、はぁ……」
 次第に何かが近づいてくるのを芭乃は感じていた。体は芭乃の意思とは無関係にびくびくと震えてしまっている。一体この先までいくと何が起こるのか……何だか恐ろしいものが近づいてきているような気がした。
「あっ、んぁっ……はぁ、あっ、も、もう……やめっ……」
「遠慮せずに果てて良いぞ。最後までちゃんとしてやるから」
 果てる?
 意味がよく分からないものの、つまりは果てるというのが近づいているということなのだろうか?
 そんなことを考え始めた頭も、義藤の舌の動きが再開して、あっという間に何が何だか分からなくなる。
 ただただ体が熱くなり、もっと熱いものが迫りつつあるということだけが感覚として分かっていた。
「やっ、あ、もうっ、な、何かっ、あっ、来るッ……!」
 直感的にそう言った直後、芭乃の体は大きく跳ね上がった。
「ああぁっ……あっ、ああぁっ……!」
 悲鳴のような声をあげ、体をがくがくと震わせながら、芭乃は何かを解放した。しばらくの間、全身が熱の塊になったような感覚を味わうと、ようやく体が元の場所に戻ってきたようだった。
「はぁ、はぁ……っ……あ、はぁっ……」
 荒く呼吸を乱しながら、芭乃はぼんやりと視線を泳がせる。その瞳に、欲望を必死に堪えるような顔をした義藤の姿があった。
 芭乃の瞳からはなぜだか涙がぼろぼろと零れている。自分でもこの涙の正体は分からない。
「っく……そろそろ始めるぞ」
「はじ……める……?」
 ぐったりと布団に横たわる芭乃の両足を、義藤は大きく開いた。
「あっ……」
 芭乃の目にはその体には不似合いなほどに大きなそそり立つものが見えた。義藤も男だったのだ……芭乃は達したばかりのぼんやりとした頭でそんなことを考えた。
 義藤は先ほどまで自身が顔を埋めていたその場所に、硬くそそり立つものをあてがう。
「芭乃、お前は俺だけのものだ」
 そう言ったかと思うと、下肢を無理やり押し開かれるような感覚とともに鋭い痛みが走った。
「あっ、あぁっ……あああぁッ!」
 芭乃の悲鳴のような声に一瞬躊躇するような顔を見せた義藤だったが、そのまま勢いをつけ、根元まで自分のものをその内部へと押し込んだ。
「っく……はぁぁッ……!」
 芭乃の体に向かって倒れるようにして覆いかぶさってきた義藤の吐息が、聞いたこともないほどに荒々しく乱れている。
 まるで野性の獣が呼吸しているようだ。
 汗にまみれた顔をあげ、じっと芭乃の顔を見つめると、ゆっくりと義藤は腰を動かし始める。ぐちゅり、ぐちゅりと音を立てながら、義藤の牡が芭乃の内部をかき回していく。
「は、あっ……あ、ぁっ……あ、ぁっ……」
 義藤が動くたびに感じる痛みが、芭乃の顔をゆがませる。けれども、感じているのは痛みばかりではなかった。何かまた別の感覚が少しずつ大きくなっていくのを感じる。
 義藤は荒い呼吸をしながら、休むことなく腰を揺らし続ける。時折、汗に濡れた芭乃の髪をすいたり、その唇に接吻をしたりしながら、義藤はまるで何かを追い求めるように律動を続けた。
「んっ、ぁっ……あっ……ん、ふ……あっ……」
「芭乃……俺の首を抱け」
「え……ぁ……んっ、あ……はぁっ……」
「いいから、言うとおりにしろ」
「は、はい……っ……ん、ぁっ、はぁっ……ん……」
 そんな命令を告げながらも、義藤の動きは止まることがない。芭乃は布団を握り締めていた手を義藤の首に回し、抱きしめるようにした。
 義藤はにっと満足げに笑うと、さらに激しく芭乃を突き上げていく。
「あっ、ん……っ、んぁっ、はっ、あっ……」
 突き上げに合わせるかのように、芭乃の吐息が弾んでいく。最初は痛みを感じて苦しげだったその吐息にも、快楽の色が明らかに混じり始めていた。
 芭乃の甘い声に触発されたのか、それとも自身の限界が近づいているのか。義藤の動きはさらにせわしないものになり、弾んだ息はさらに獣のように欲望をあらわにする。
「……ぁっ、あっ……あ、ぁっ、また……っ……」
「ああ……今度は俺もだ……」
 芭乃の短い言葉を理解したかのように、義藤は頷いた。どうやら義藤も限界が近づきつつあるようだ。
 義藤の激しい動きによって、芭乃の体ががくがくと揺さぶられる。
「はっ、あっ、あっ、来る……っ……またっ……!」
 芭乃が小さな悲鳴をあげると同時に、義藤が深く腰を送り込んだ。それと同時に、芭乃の体の中に熱いものが勢いよく流れ込んでくる。
「あ、ぁ……な、何か……入ってっ……んっ、あっ……」
 先ほど達した時とはまた違う熱が、芭乃の体内を勢いよく駆け巡る。
「っく……ぅ……」
 どうっとまるで力尽きたかのように、義藤の体が芭乃の上に倒れこんでくる。先ほどまでの荒々しい姿とは打って変わって、思いのほか軽いその体に、芭乃は驚いてしまう。
「芭乃……好きだ……芭乃……」
 汗に濡れた顔を押し付け、義藤は芭乃の唇を何度も吸った。
「んっふ……ぅ……義藤……さ……んぅっ……」
 息苦しさとその吐息の熱さに驚きながらも、芭乃は義藤の接吻を受け止める。先ほど言われたように首に両手を回し、まるで抱き寄せるようにすると、義藤は体の力を抜いて芭乃に覆いかぶさってくる。
「好きだ……好きだ……好きだ……」
「義藤様……」
 こういう時は、どういう言葉を返せばいいのか芭乃には分からない。きっとここで芭乃も好きだと言えれば、義藤は喜ぶのだろうが、それは芭乃の本心じゃない。義藤に嘘をつくことだけはしたくなかった。
 だから芭乃は、義藤の接吻を受け止め、ただ息を熱く弾ませ続けた。

 まるで嵐のような行為を終えると、さすがに義藤も疲れを感じたようだった。
 芭乃と並んで布団に寝転び、ぼんやりと天井を眺めている。ちらりとその横顔を見ると、いつもの義藤だった。
 もう先ほどのような得体の知れない欲望に満ちた男の顔ではない。そのことに芭乃はほっとしつつも、どうして義藤があれほどまでに変化してしまったのか、それが不思議でならなかったし、不安でもあった。
 そんな芭乃の疑問に答えるかのように、義藤が静かに口を開いた。
「晴舎がさ、光秀の側室になら足利家のためにもなるし芭乃をやってもいいとか言い出したんだ」
 芭乃が聞いているのかどうかを、義藤は気にしてはいないようだった。独り言でも言うかのように、義藤は続ける。
「これまでも何度か芭乃を俺の側室にという話はされてきた。でも、俺は返事を濁し続けた。俺はお前に選んでもらいたかったから……」
「義藤様……」
「お前が俺に対して主として慕う感情はあっても、まだ男としては見てもらえていないことは俺自身がよく分かっていた」
 確かに、義藤の言うとおりだった。芭乃は主として義藤のことは慕っているし、命よりも大切な存在だと思っている。だけど、男として彼を見ているかというと、どちらかといえば弟のようでもあり、時と場合によっては自分の子のような気持ちだったかもしれない。
 だから義藤は、芭乃が男として彼のことを見ることが出来る日が来るまで待とうと思ってくれていたのだ。
「だけど、今日の光秀とお前の様子を見てたら、堪らなくなった。絶対に光秀に奪われると思った。晴舎もお前を光秀にやることに、乗り気になっていたしな」
「…………」
 義藤は公務があるといって同行しなかったけれど、光秀と芭乃が射撃場にいるのを、どこか傍で見ていたのだろう。
 芭乃はそれを確信した。
「あんな芭乃の顔……初めて見た。惚れた男にはあんな顔をするんだな、お前」
「そ、それは……」
「別に無理に何も言わなくていい。これは独り言だ」
 返す言葉に詰まってしまった芭乃をかばうように、義藤は言った。
「ごめんな、芭乃……俺は光秀にお前を奪われて正気でいられると思わなかった。きっと自分が将軍だということも忘れ、将軍家には美濃を始めとする協力者たちの助けが必要だということも忘れ、感情の赴くままに光秀を処罰していたかもしれない……」
 そんな恐ろしいことまで考えていたのか……と芭乃は少し寒気がする思いだった。
「俺を恨んでいるか?」
 ようやく義藤が芭乃に返事を求めてくる。芭乃は迷うことなく首を横に振っていた。
「いいえ。そもそも私は自分の意思で嫁ぐ先を決めることは出来ません。ですから、義藤様を恨む筋合いなどありません。父も……相手が公方様ならと納得して私を送り出してくれましたし」
 芭乃はしごくまっとうなことを言ったのだが、その言葉が深く義藤を傷つけたとは知らなかった。
 そのまま義藤が黙り込んでしまったので、眠ったのかなと芭乃は思った。
 いろんなことがあって、何も考える間もなく嵐がやって来て通り過ぎたので、芭乃も疲れ果てていた。すっと目を閉じた瞬間、芭乃は眠りに落ちて行ったようだった。
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