年下将軍に側室として求められて

梵天丸

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年下将軍に側室として求められて(6)

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 義藤はさっそく光秀に掛け合ってくれたようだ。
 義藤や幕臣たちへの指導の合間に、光秀は芭乃に個別で銃の使い方を教えてくれるようになった。
 芭乃の鍛錬に義藤が付き添うこともあったが、彼も公務が多忙なので、自然と光秀と二人になる機会が増えた。
 芭乃はちょっと複雑な気分だった。
 銃という最近な武器の使い方を教わることの喜びはあったが、他の女房たちの視線が痛かった。
 何しろ光秀の人気は恐ろしいほどで、暇を見つけて光秀が芭乃に声をかけてくれるたびに、鋭い視線をいくつも感じてしまう。
 鍛錬が終わった後には、今日はどんな話をしたのか、側室は募集していないのかなどという下世話な質問をいっぱいされて、芭乃は辟易していた。
 今日もまた光秀に時間が出来たようで、芭乃は呼ばれて中庭の射撃場にやって来ていた。もともとは弓の鍛錬場だったものの半分を改築して新しく作られた鉄砲専用の鍛錬場だ。
「明智先生、よろしくお願いしますっ」
「先生はやめてください。何の免状を持っているわけでもないのですから」
「あ、す、すみませんっ」
「銃には免状などというものはありません。正しく扱うことさえ出来れば、さほどの技術がなくても、確実に多くの敵を倒すことが出来ます。それが剣との違いですね」
「はいっ」
「しかし、貴方はとても筋が良い。公方様もたいしたものだが、女性である貴方がここまで筋が良いと、他の幕臣の方々の面目もないでしょう」
「えっ、あ、あの……そ、そんな……ことは……その……っ……」
 あまりにも多く褒められて、芭乃は思わず顔を赤くする。
 光秀のような美しい殿方とこうして傍にいるだけでも胸が弾んでしまうのに、その顔で褒められたりすると、もうどうしていいのか分からない。
 まるで昔読んだ平安貴族たちの恋物語に出てくる公達のようだ……と芭乃は光秀を見るたびに思う。きっと他の女房たちだってそう思っているに違いない。
「どうしました?」
 鉄砲を構えたまま動かない芭乃を見て、光秀は不審に思ったようだ。
「あっ、い、いえっ、な、何でもありませんっ。あのっ……はじめまっ!」
 言いかけて鉄砲を構えようとし、芭乃は鉄砲を落としてしまった。
 ガチャンと重たい音が、静まり返った庭に響く。
「す、すみませんっ!」
「大丈夫ですか?」
 慌てて落とした鉄砲を拾おうとした芭乃の手と光秀の手が触れ合ってしまう。
「あ……」
 その顔が驚くほど近い。
 芭乃は何だか全身が痺れたようになって動けなかった。
 異性に対してこんなふうになってしまうのは、初めてのことだった。
「足などに当たらなくて良かった。鉄砲は重いので、たとえ低い場所から落としたとしても、足に当たるとかなり痛いですよ」
 にこっと笑って、光秀はそっと芭乃の足を撫でた。
「あっ……!」
 びくんと芭乃の体は震えてしまう。
 足に触れた光秀の手の感触が、何だか生々しいほどに残ってしまっている。
「これは失礼」
 光秀はそう言うと、笑って鉄砲を持ち上げ、自ら構えて的に向かって放った。
 ぱぁんっと乾いた音を立て、弾は的の真ん中にまた新しい穴を開けた。
 その鉄砲の構え方から立ち姿まで、本当に見惚れてしまうほどに美しかった。
 光秀は微笑んで芭乃に問いかける。
「あなたは公方様の室に入られるのですか?」
「い、いえっ、そ、そんなことを誰が?」
「幾人かの者がそう申しておりました」
 確かに周囲でそういう話が盛んに行なわれているのは知っている。芭乃には父の仕業ではないかとも思えた。父は昔から義藤の閨に芭乃を入れたがっている様子を隠そうともしないからだ。
 それに、義藤も芭乃以外の女房を傍にあまり近づけないこともあるから、そういう噂が立ちやすいのかもしれない。
 光秀は芭乃の返事を待っているようだった。
「私は……その……そういうことは考えたことがないのです。公方様は物心ついた頃から私の主です。だからお傍におりますが、いずれは父の決めた相手の元に嫁ぐことになると思います」
「なるほど。では、小侍従殿ご自身は、特に公方様の室に入られることは望んではおられないのですね?」
「私は……たぶん、私の意志はどこへ嫁ぐにしても、関係ありません。婚姻というのは家が決めるものですから」
「そうでしたね。確かにそういう意味では、私にもまだ機会はあるということですね」
「え……?」
 光秀の言葉に、芭乃は思わず顔を上げた。
 光秀の目と芭乃の目が合った。
 芭乃は目をそらすことが出来なかった。いつもはちらちらと見ていた光秀の顔を、間近で見ると、その造形があり得ないほどに美しいことを改めて実感する。こんなに美しい殿方がこの世にいるなんて……。
 心臓はずっと早鐘を打ち続けている。まるで耳に心臓があるみたいに、自分の鼓動がはっきりと聞こえる。
「あ、あの……ご教授、ありがとうございましたっ。用事を思い出しましたのでっ」
 芭乃は震える声で何とかそう言うと、まるで逃げるようにその場を後にしたのだった。

「ど、どうしよう……胸がおかしい……」
 光秀から離れても、まだ鼓動は落ち着かなかった。それどころか、どんどん酷くなっている気がする。それに手も足も震えている。こんなことは生まれて初めてだった。
「もしかして私……」
 他の女房たちのように、光秀のことを好きになってしまったんだろうか……?
「これが……恋……?」
 恋がどんなものかは分からない。これまでそんなものをしたことがない。でも、この胸のざわめきを、一体どんな言葉で表現すればいいのだろう。
 まぶたを閉じれば、先ほど間近で見た光秀の顔が、まるで目の前にいるかのようによみがえってくる。
「明智……様……」
 その名前を口にするだけで、顔にかーっと熱い血潮が上ってくるようだった。
「芭乃、ここにいたのか」
 いきなり背後から名を呼ばれ、芭乃はびくんと背中を震わせる。父の声だった。
 芭乃はふうっと息を吐き出し、顔の熱を冷ますようにしてから父を振り返った。
「はい、お父様。何か御用でしょうか?」
「公方様がお呼びだ。すぐに参上するように」
「は、はいっ」
 平静を装うとして元気に返事をした芭乃の声は、すっかり裏返ってしまっていた。けれども、父はそれをいぶかしむ様子もなく、先を歩いていく。
 慌てて父の後を追いかけたその先に、義藤が立っていた。
「公方様、娘を連れて参りました」
「お呼びでしょうか、公方様」
 父に習ってその場に平伏すると、頭の上からまるで氷のような声が降ってきた。
「小侍従」
「は、はいっ」
 小侍従?
 その呼び方にも、芭乃は不穏なものを感じた。
 芭乃自身は人前では義藤のことを公方様と呼び方を変えていたものの、義藤は人前であろうとなかろうと、一貫して芭乃と呼び続けていた。
 だからその口から『小侍従』と呼ばれたことは初めてかもしれない。
「そなたに今宵の伽を命じる」
「は?」
 驚きのあまり、思わず顔を上げた芭乃が見たのは、見たこともないほど怒りに満ちた義藤の顔だった。
 なぜだか分からない。けれども義藤は怒っている。
 芭乃に理由は分からないが、何か芭乃のことで怒っている……そう訴えているような苛烈な目をしていた。
「は、ではない。申し訳ありません。礼儀の行き届かぬ娘で」
 父に頭を押さえつけられ、慌てて芭乃は額を床につける。
「気にするな、晴舎。では、今宵」
「は、確かに承りました」
「楽しみにしているぞ、小侍従」
 楽しみにしている……義藤の声音からはとてもそんなふうに感じられない。
 まるで別人のような冷たい声。一体義藤に何があったのだろう……。つい先ほどまでは光秀によって早鐘を打っていた芭乃の胸の鼓動は、今は義藤の変わりように戸惑い、早鐘を打っていた。
 義藤の姿が見えなくなってから、父娘はようやく顔を挙げ、立ち上がった。
「女房に準備を言いつける。すぐに部屋に戻りなさい」
「で、でも、お父様……あ、あの……私本当に……」
「公方様のご命令だ。御意に従いなさい」
「お父様……」
「何を不安な顔をする。名誉なことではないか。まだ誰も女人を入れたことのない公方様の閨に入るのだぞ?」
 父は満足そうな笑みを浮かべたが、芭乃にはまだ今の状況を理解することが出来なかった。
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