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第二章 さようなら過ぎ去った日よ
第2話「汚れた衣服は家で洗え」
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ファウスティーノ・ダリネーラ侯爵。
トスカーナ王国侯爵領アリネーラの領主であり、フェルディナンドの父親だ。功績に関してはよく知らねぇが、外交が上手いとか何とかいう話は頻繁に聞いている。
貴族らしい、質の良い布で仕立てられた燕尾服を身にまとった紳士が、洗練された仕草で馬車から降りる。綺麗に後ろに撫で付けられた漆黒の髪には白髪が混ざり、目元には深いシワが刻まれていた。
……何より気になるのは、その表情だ。何だ、この貼り付けた笑顔。こんなに気持ち悪い笑顔、うちの組でもよその組でも滅多に見ねぇぞ……。
息を潜めながら、後を付ける。
さすがにフェルディナンドも軍人だ。どこかで気付かれるだろうが、俺だって腐ってもマフィアの一員。気付いても隠れられる場所は常に確保してある。
「……!」
案の定、フェルディナンドが怪訝そうに振り返って来たので、さっと茂みに身体を隠した。
「どうした」
「……いえ……」
フェルディナンドは首を捻りながらも、そのまま歩き出す。
明らかに疑ってるのは見てわかるが、父親の手前、面倒を嫌っているようにも見えた。
そのまま二人はフェルディナンドの個室に向かい、部屋の中へ。
周りを気にしつつ覗いてみると、備え付けのソファに「どうぞ」と父親を案内するフェルディナンドの姿が見えた。
「いや、ここじゃない」
だが、父親は首を振った。
「寝室だ」
その言葉に、フェルディナンドの表情が一気に凍りつく。
「そのために、お前に個室を与えたのだからね」
父親の表情は、まだ、貼り付けられた笑顔のままだ。……だけど、その目には光が一切なく、ドロドロとした深い闇が渦巻いている。
「……また折檻ね」
と、隣から声がする。
ぎょっとしてそちらを見ると、いつの間にやら眼鏡の穏やかそうなおじさんがそこにいた。
……中尉殿ぉぉおお!?
「しーっ、バレちゃうじゃない」
小声で言われたので、喉まででかかった声をぐっと飲み込む。
「可哀想に。今回のは酷いかもしれないわ……」
「え……えっと?」
「彼、働きぶりが父親の意に沿わないと折檻されるみたいなの。当然あの子も頑張ってるし、私たちから見れば優秀なのは間違いないんだけど……あのお父様、かなり厳しいのよねぇ……」
確かに、フェルディナンドの表情も見るからに青ざめている。
……そういえば、昔から「それは父上がうるさい」とか「父上に叱られる」とか、大変そうだったのは覚えてる。俺はほとんど顔を合わせたこともないし、どこまで酷い叱り方をするのか知らねぇが……マローネ中尉の言い分じゃ、相当酷いのか……?
「……助けるわよ」
「ど、どうやってっすか」
やべぇ、ついつい口調が崩れちまった。
……まあ、この中尉相手なら別にいいか。許してくれそうだしな。
フェルディナンドのことは憎たらしいが、惚れた相手なのに違いはないし、俺以外に酷い目に遭わされるのは見てて気持ちが良いもんじゃねぇ。「折檻」とやらがどこまで酷いか知らねぇが、俺だって助けられるもんなら助けてやりたい。
「今考え中よ。あなたも一緒に考えて」
「……『用がある』って割り込むのはどうなんです?」
「微妙ね。『おや……私が来た時は入らないように、と、以前より伝えているはずだがね』……なーんて、言われるのが目に見えてるわ」
「それが『事情を知らない新兵』なら……?」
俺の一言に、中尉の目がきょとんと丸くなる。
「……アリね」
顎に手を当て、中尉は静かに呟いた。
「じゃあ私が後から、『ちょっとちょっと! 今は入っちゃダメなんだよ!』って注意しに行くわ」
「了解!」
寝室に連行されていくフェルディナンドの背から目を離さないまま、マローネ中尉に敬礼する。
二人の姿が寝室に消える。俺はそのまま足音を忍ばせ、応接室の方へと身を滑らせた。
***
寝室に繋がるドアへと耳を当て、様子をうかがう。
なんでわざわざ寝室に……と思ったが、理由はすぐに分かった。
「恥を知れ!!! この死にぞこないがッ!!!!!」
鼓膜をビリビリと震わせるほどの怒号が、ドア越しに伝わってくる。
……ウッソだろ。これがあの紳士かよ……まるで別人じゃねぇか。
「先日の小型魔獣の駆除作戦は『成功』……と、聞いたが、駆除率は幾らだった? 言ってみろ」
……あー、なんかあったな、そんなの。
俺が訓練兵だった頃の作戦か。噂にゃ何度か聞いたぞ。フェルディナンドが優秀な成績を収めたとか何とか……
「……84パーセントです」
「何度も言ったはずだな。目標達成は『及第点』であり、決して『成功』ではない。『成功』と胸を張りたいのなら、せめて9割は超えなくてはならん。兄弟姉妹を見ろ。及第点であれば、例の穀潰し以外はみな平気で取り続けている」
……いや、これ確か、森の中で増えすぎた小型魔獣の駆除の話……だよな?
狩り切るのは難しいし、7割駆除できたら上々って話は俺の耳にすら入ったぞ……?
「『魔獣討伐軍』など、戦にも行かぬお遊びの軍隊だ。戦う相手も人ではなく、ただの害獣……名門の誉れを保ちたいのなら、今のままでは到底足りん。害獣駆除程度の仕事でさえまともな勲章を取れんとは……貴様はそれでも、ダリネーラに生まれた男か?」
「……おっしゃる通りです、父上。申し訳ありません」
……何言ってんだろうな、このオッサン。
今の時代、「魔獣」がどれだけ厄介で、「魔獣駆除」がどれだけ必要とされてるか、本気で分かってねぇのか? 時代遅れにも程があるだろ。
「……その上、挙句の果てに作戦失敗。部隊全滅の上指揮官だけ生き残り、負傷の上療養、か……」
「……ッ」
領主が喋るたび、空気の温度がどんどん下がり、フェルディナンドが息を飲んだ音も聞こえてくる。
よし、そろそろ助けてやるか。
「あのー、すみません。中尉殿がお呼びなんですけど……今、立て込み中ですか?」
ノックして、そう声をかける。
部屋から漂う空気が、更にいくらか寒くなったのを感じた。
がちゃり、とドアが開く。
「……。……新兵かね?」
貼り付けた笑顔で、しかも、さっきまでの威圧的な態度とは打って変わって穏やかな声で、領主は問うてくる。
怖すぎだろ。
「ちょっとちょっと! 今は入っちゃダメだよ……!!」
……と、打ち合わせ通り、中尉が駆けつけてくる。
よし、後はどうにか用事をこじつければ、何とか……!
「えっ、ダメなんですか中尉殿」
「申し訳ありません、彼は事情を知らず……」
「これから周知しておくように。では」
……が、領主はぴしゃりと言い切ると、話をする暇もなくバタンとドアを閉じてしまう。
くそ、上手くいかねぇな……。
「……ダメね。相当怒ってるわ……」
マローネ中尉が参った声で言う。
「以前、それなりに大きな治癒魔術の痕跡と、血まみれになったシーツが見つかったこともあるし……大丈夫かしら……」
それ、明らかに折檻の域超えてるだろ。
ウチの組ですら、「忠誠心が育まれにくく、裏切りの生まれやすい土壌になる」とか何とかで禁止されてるやつだぞ。
ああ、でも、何となく分かった。
あいつは……「それ」で、歪んじまったんだ。
──連れて行ってくれ。ここではない、どこかに
……それなら。
あの日の言葉は、やっぱり本気だったのか……?
「……ダメね。良い方法が思い浮かばないわ」
マローネ中尉は申し訳なさそうに、扉から離れる。
……くそ、どうする?
ポケットを探れば、魔術通信用のタグが指に触れる。……軍で支給されてるものじゃない。俺がこっそり持ち込んだ、外部への連絡用のブツだ。
魔力を流し込み、靴を鳴らす回数で暗号を伝える。
「何でもいいから、騒ぎを起こせ」と──
トスカーナ王国侯爵領アリネーラの領主であり、フェルディナンドの父親だ。功績に関してはよく知らねぇが、外交が上手いとか何とかいう話は頻繁に聞いている。
貴族らしい、質の良い布で仕立てられた燕尾服を身にまとった紳士が、洗練された仕草で馬車から降りる。綺麗に後ろに撫で付けられた漆黒の髪には白髪が混ざり、目元には深いシワが刻まれていた。
……何より気になるのは、その表情だ。何だ、この貼り付けた笑顔。こんなに気持ち悪い笑顔、うちの組でもよその組でも滅多に見ねぇぞ……。
息を潜めながら、後を付ける。
さすがにフェルディナンドも軍人だ。どこかで気付かれるだろうが、俺だって腐ってもマフィアの一員。気付いても隠れられる場所は常に確保してある。
「……!」
案の定、フェルディナンドが怪訝そうに振り返って来たので、さっと茂みに身体を隠した。
「どうした」
「……いえ……」
フェルディナンドは首を捻りながらも、そのまま歩き出す。
明らかに疑ってるのは見てわかるが、父親の手前、面倒を嫌っているようにも見えた。
そのまま二人はフェルディナンドの個室に向かい、部屋の中へ。
周りを気にしつつ覗いてみると、備え付けのソファに「どうぞ」と父親を案内するフェルディナンドの姿が見えた。
「いや、ここじゃない」
だが、父親は首を振った。
「寝室だ」
その言葉に、フェルディナンドの表情が一気に凍りつく。
「そのために、お前に個室を与えたのだからね」
父親の表情は、まだ、貼り付けられた笑顔のままだ。……だけど、その目には光が一切なく、ドロドロとした深い闇が渦巻いている。
「……また折檻ね」
と、隣から声がする。
ぎょっとしてそちらを見ると、いつの間にやら眼鏡の穏やかそうなおじさんがそこにいた。
……中尉殿ぉぉおお!?
「しーっ、バレちゃうじゃない」
小声で言われたので、喉まででかかった声をぐっと飲み込む。
「可哀想に。今回のは酷いかもしれないわ……」
「え……えっと?」
「彼、働きぶりが父親の意に沿わないと折檻されるみたいなの。当然あの子も頑張ってるし、私たちから見れば優秀なのは間違いないんだけど……あのお父様、かなり厳しいのよねぇ……」
確かに、フェルディナンドの表情も見るからに青ざめている。
……そういえば、昔から「それは父上がうるさい」とか「父上に叱られる」とか、大変そうだったのは覚えてる。俺はほとんど顔を合わせたこともないし、どこまで酷い叱り方をするのか知らねぇが……マローネ中尉の言い分じゃ、相当酷いのか……?
「……助けるわよ」
「ど、どうやってっすか」
やべぇ、ついつい口調が崩れちまった。
……まあ、この中尉相手なら別にいいか。許してくれそうだしな。
フェルディナンドのことは憎たらしいが、惚れた相手なのに違いはないし、俺以外に酷い目に遭わされるのは見てて気持ちが良いもんじゃねぇ。「折檻」とやらがどこまで酷いか知らねぇが、俺だって助けられるもんなら助けてやりたい。
「今考え中よ。あなたも一緒に考えて」
「……『用がある』って割り込むのはどうなんです?」
「微妙ね。『おや……私が来た時は入らないように、と、以前より伝えているはずだがね』……なーんて、言われるのが目に見えてるわ」
「それが『事情を知らない新兵』なら……?」
俺の一言に、中尉の目がきょとんと丸くなる。
「……アリね」
顎に手を当て、中尉は静かに呟いた。
「じゃあ私が後から、『ちょっとちょっと! 今は入っちゃダメなんだよ!』って注意しに行くわ」
「了解!」
寝室に連行されていくフェルディナンドの背から目を離さないまま、マローネ中尉に敬礼する。
二人の姿が寝室に消える。俺はそのまま足音を忍ばせ、応接室の方へと身を滑らせた。
***
寝室に繋がるドアへと耳を当て、様子をうかがう。
なんでわざわざ寝室に……と思ったが、理由はすぐに分かった。
「恥を知れ!!! この死にぞこないがッ!!!!!」
鼓膜をビリビリと震わせるほどの怒号が、ドア越しに伝わってくる。
……ウッソだろ。これがあの紳士かよ……まるで別人じゃねぇか。
「先日の小型魔獣の駆除作戦は『成功』……と、聞いたが、駆除率は幾らだった? 言ってみろ」
……あー、なんかあったな、そんなの。
俺が訓練兵だった頃の作戦か。噂にゃ何度か聞いたぞ。フェルディナンドが優秀な成績を収めたとか何とか……
「……84パーセントです」
「何度も言ったはずだな。目標達成は『及第点』であり、決して『成功』ではない。『成功』と胸を張りたいのなら、せめて9割は超えなくてはならん。兄弟姉妹を見ろ。及第点であれば、例の穀潰し以外はみな平気で取り続けている」
……いや、これ確か、森の中で増えすぎた小型魔獣の駆除の話……だよな?
狩り切るのは難しいし、7割駆除できたら上々って話は俺の耳にすら入ったぞ……?
「『魔獣討伐軍』など、戦にも行かぬお遊びの軍隊だ。戦う相手も人ではなく、ただの害獣……名門の誉れを保ちたいのなら、今のままでは到底足りん。害獣駆除程度の仕事でさえまともな勲章を取れんとは……貴様はそれでも、ダリネーラに生まれた男か?」
「……おっしゃる通りです、父上。申し訳ありません」
……何言ってんだろうな、このオッサン。
今の時代、「魔獣」がどれだけ厄介で、「魔獣駆除」がどれだけ必要とされてるか、本気で分かってねぇのか? 時代遅れにも程があるだろ。
「……その上、挙句の果てに作戦失敗。部隊全滅の上指揮官だけ生き残り、負傷の上療養、か……」
「……ッ」
領主が喋るたび、空気の温度がどんどん下がり、フェルディナンドが息を飲んだ音も聞こえてくる。
よし、そろそろ助けてやるか。
「あのー、すみません。中尉殿がお呼びなんですけど……今、立て込み中ですか?」
ノックして、そう声をかける。
部屋から漂う空気が、更にいくらか寒くなったのを感じた。
がちゃり、とドアが開く。
「……。……新兵かね?」
貼り付けた笑顔で、しかも、さっきまでの威圧的な態度とは打って変わって穏やかな声で、領主は問うてくる。
怖すぎだろ。
「ちょっとちょっと! 今は入っちゃダメだよ……!!」
……と、打ち合わせ通り、中尉が駆けつけてくる。
よし、後はどうにか用事をこじつければ、何とか……!
「えっ、ダメなんですか中尉殿」
「申し訳ありません、彼は事情を知らず……」
「これから周知しておくように。では」
……が、領主はぴしゃりと言い切ると、話をする暇もなくバタンとドアを閉じてしまう。
くそ、上手くいかねぇな……。
「……ダメね。相当怒ってるわ……」
マローネ中尉が参った声で言う。
「以前、それなりに大きな治癒魔術の痕跡と、血まみれになったシーツが見つかったこともあるし……大丈夫かしら……」
それ、明らかに折檻の域超えてるだろ。
ウチの組ですら、「忠誠心が育まれにくく、裏切りの生まれやすい土壌になる」とか何とかで禁止されてるやつだぞ。
ああ、でも、何となく分かった。
あいつは……「それ」で、歪んじまったんだ。
──連れて行ってくれ。ここではない、どこかに
……それなら。
あの日の言葉は、やっぱり本気だったのか……?
「……ダメね。良い方法が思い浮かばないわ」
マローネ中尉は申し訳なさそうに、扉から離れる。
……くそ、どうする?
ポケットを探れば、魔術通信用のタグが指に触れる。……軍で支給されてるものじゃない。俺がこっそり持ち込んだ、外部への連絡用のブツだ。
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