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第二章 さようなら過ぎ去った日よ
第4話「遅くとも、しないよりまし」
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領主の来訪によって、一気に多くのことが分かった。
フェルディナンドは領主である父親のおかげで優遇されているように見えたが、実際は実の父親に命すら脅かされるほどの仕打ちを受けていた。
胸と腹の紋章のうち、胸の方は分からないが、少なくとも腹のは親父の命令で兄貴に刻まれたものらしい。……「子宮」を作った時のものだ、と。
俺は親父の世代から「裏」の稼業だが、マフィアは(組にもよるとはいえ)身内には優しいことが多い。そうでなきゃ血で血を洗う抗争だらけになるからな。……身内に優しい代わりに敵には容赦しねぇってスタンスのが、長く生き残る。
要するに、あのクソ親父の教育はマフィア以下ってことだ。
あの痛々しい姿が、まぶたの裏にこびりついて離れない。仕事中も、休憩中も、なんなら移動中でさえ、思い浮かぶのはフェルディナンドのことばかり。
……あー、クッソ、マジでおかしくなっちまったかもな。
でも、しょうがねぇだろ。惚れちまったんだからさ。
「苛立ってるわね」
休憩中。
背後からマローネ中尉に話しかけられ、煙草の火をもみ消す。爆弾騒ぎに関しては「郵便物へのイタズラ」で話が着いたとあの後聞いた。……グーフォが「そういうこと」にしてくれたんだろう。
「……21の時に、病で伏せったんですか。あいつ」
急な質問だったが、中尉はすぐに誰のことか理解したらしい。
さすが、「噂好き」を自称するだけはある。
「ええ。療養に一年以上かかったって噂ね。軍への配属も決まってたのに、それで大幅に遅れちゃったのよ」
「一年以上……相当重いですね……」
フェルディナンドは言った。
「父親に失望されて犯された」……と。
何だ? 「重い病にかかったこと」で父親に見放されたって? それで、無理くり身体を造り替えられて玩具にされたってか。……狂ってやがるな。
「……病じゃなく、毒殺……つまり、暗殺未遂だったとも言われてるわ。彼の家は……まあ、色々あるものね……」
「……どっちにしろ、最悪っすね」
フェルディナンドを傷付けた親父や暗殺者ももちろんそうだが。……気付かずフェルディナンドを憎んでた俺にも、腹が立って立って仕方がねぇ。
あいつがどれだけ孤独に苦しんでたか、何で気付かなかった?
──連れて行ってくれ。ここではない、どこかに
……俺だけは、気付いてやるべきじゃなかったのかよ。
「……次の作戦の日取りも近付いてるわ。フェルドちゃんは……きっと、挽回のためにまた無茶をするんでしょうね」
「……今回は、人員不足なんか起きませんよね?」
「起きないことを祈ってるわ。……問題は……」
そこで、中尉はふっと目を伏せ、表情を曇らせた。
「あの日、フェルドちゃんが死に場所を求めてしまったことよ」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
死んでも構わねぇから手柄が欲しい……と、そもそも死に場所を求めてる……じゃ、意味がまるっきり変わってくる。
「そりゃ……どういう……」
「先遣隊は全滅……って、聞いたけど、脱走兵は何人かいたのよ。……フェルドちゃん、根っから悪い子なわけじゃないもの。逃げたい人は逃がしてあげたのね」
「上」のメンツを保つために犠牲にするわけだ。あいつだって、嫌味な奴だが人の心がないわけじゃねぇ。……それなりに、葛藤はあったはずだ。
「『困難な作戦だ。成功すれば相応の手柄になるが、死にたくない者は去れ。死んでも構わんものは、私が共に逝ってやる』……そんなふうに言っていた、って、脱走兵が話したらしいわ」
「……それ……どう考えても、『将来が期待されてるやつ』の言い分じゃねぇ……」
ってことは、なんだ。あいつはハナから死ぬつもりであの巣穴に飛び込んだのか?
……それなのに、死ぬこともできずに……?
「フェルドちゃん、健康診断の結果も良くないって医療班からの報告もあるの。あの子は今、相当の無理をして将校の立場にいる。……きっと、本当はもっと療養が必要だったのに……」
「……あいつ……」
身体が癒えきる前に、労わられるどころか失望されて、療養が必要な身体に鞭打って……
並の苦労じゃねぇ。……それなのに、あのクソ親父は認めるどころか、更にあいつを追い詰めていやがるわけか。
「……あたし、こう見えて昔妻子がいたのよ。息子が生きてたら……あなたやフェルドちゃんくらいになってたはずだわ」
ふっと、マローネ中尉は遠い目をする。
この人が母親と呼ばれるようになる前にも、色々あったんだろう。なんで父親じゃねぇのかは謎だが……掘り下げる気は今のところない。俺に理解できる事情とも限らねぇしな。
「あの子には、本当は色んな未来があるはず。……だけど、今の彼は心が暗闇に囚われてる」
「……フェルディナンド……」
悲痛な啼き声を思い出す。
あれだけ滾っていた憎悪が、一気に形を変えていくのが分かった。
……ガキの頃の想いが、脳裏に蘇る。
俺はあいつが好きだ。
好きだから、変わっちまったあいつが憎かった。
大切な思い出を裏切られた気がして、憎かったんだ。
「……ジャコモくん、助けてあげられる?」
切実な問いが、胸を貫く。
俺はマフィアだ。誰かを助けるなんてのは柄じゃねぇ。
俺自身、フェルディナンドを脅して犯して欲望を満たそうとしたクズだ。……それでも。
──ありがとう、××──
俺に向け、ぎこちなくはにかんだ少年の姿を思い出す。
……できることなら、笑ってて欲しいんだよ。
本当はな。
フェルディナンドは領主である父親のおかげで優遇されているように見えたが、実際は実の父親に命すら脅かされるほどの仕打ちを受けていた。
胸と腹の紋章のうち、胸の方は分からないが、少なくとも腹のは親父の命令で兄貴に刻まれたものらしい。……「子宮」を作った時のものだ、と。
俺は親父の世代から「裏」の稼業だが、マフィアは(組にもよるとはいえ)身内には優しいことが多い。そうでなきゃ血で血を洗う抗争だらけになるからな。……身内に優しい代わりに敵には容赦しねぇってスタンスのが、長く生き残る。
要するに、あのクソ親父の教育はマフィア以下ってことだ。
あの痛々しい姿が、まぶたの裏にこびりついて離れない。仕事中も、休憩中も、なんなら移動中でさえ、思い浮かぶのはフェルディナンドのことばかり。
……あー、クッソ、マジでおかしくなっちまったかもな。
でも、しょうがねぇだろ。惚れちまったんだからさ。
「苛立ってるわね」
休憩中。
背後からマローネ中尉に話しかけられ、煙草の火をもみ消す。爆弾騒ぎに関しては「郵便物へのイタズラ」で話が着いたとあの後聞いた。……グーフォが「そういうこと」にしてくれたんだろう。
「……21の時に、病で伏せったんですか。あいつ」
急な質問だったが、中尉はすぐに誰のことか理解したらしい。
さすが、「噂好き」を自称するだけはある。
「ええ。療養に一年以上かかったって噂ね。軍への配属も決まってたのに、それで大幅に遅れちゃったのよ」
「一年以上……相当重いですね……」
フェルディナンドは言った。
「父親に失望されて犯された」……と。
何だ? 「重い病にかかったこと」で父親に見放されたって? それで、無理くり身体を造り替えられて玩具にされたってか。……狂ってやがるな。
「……病じゃなく、毒殺……つまり、暗殺未遂だったとも言われてるわ。彼の家は……まあ、色々あるものね……」
「……どっちにしろ、最悪っすね」
フェルディナンドを傷付けた親父や暗殺者ももちろんそうだが。……気付かずフェルディナンドを憎んでた俺にも、腹が立って立って仕方がねぇ。
あいつがどれだけ孤独に苦しんでたか、何で気付かなかった?
──連れて行ってくれ。ここではない、どこかに
……俺だけは、気付いてやるべきじゃなかったのかよ。
「……次の作戦の日取りも近付いてるわ。フェルドちゃんは……きっと、挽回のためにまた無茶をするんでしょうね」
「……今回は、人員不足なんか起きませんよね?」
「起きないことを祈ってるわ。……問題は……」
そこで、中尉はふっと目を伏せ、表情を曇らせた。
「あの日、フェルドちゃんが死に場所を求めてしまったことよ」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
死んでも構わねぇから手柄が欲しい……と、そもそも死に場所を求めてる……じゃ、意味がまるっきり変わってくる。
「そりゃ……どういう……」
「先遣隊は全滅……って、聞いたけど、脱走兵は何人かいたのよ。……フェルドちゃん、根っから悪い子なわけじゃないもの。逃げたい人は逃がしてあげたのね」
「上」のメンツを保つために犠牲にするわけだ。あいつだって、嫌味な奴だが人の心がないわけじゃねぇ。……それなりに、葛藤はあったはずだ。
「『困難な作戦だ。成功すれば相応の手柄になるが、死にたくない者は去れ。死んでも構わんものは、私が共に逝ってやる』……そんなふうに言っていた、って、脱走兵が話したらしいわ」
「……それ……どう考えても、『将来が期待されてるやつ』の言い分じゃねぇ……」
ってことは、なんだ。あいつはハナから死ぬつもりであの巣穴に飛び込んだのか?
……それなのに、死ぬこともできずに……?
「フェルドちゃん、健康診断の結果も良くないって医療班からの報告もあるの。あの子は今、相当の無理をして将校の立場にいる。……きっと、本当はもっと療養が必要だったのに……」
「……あいつ……」
身体が癒えきる前に、労わられるどころか失望されて、療養が必要な身体に鞭打って……
並の苦労じゃねぇ。……それなのに、あのクソ親父は認めるどころか、更にあいつを追い詰めていやがるわけか。
「……あたし、こう見えて昔妻子がいたのよ。息子が生きてたら……あなたやフェルドちゃんくらいになってたはずだわ」
ふっと、マローネ中尉は遠い目をする。
この人が母親と呼ばれるようになる前にも、色々あったんだろう。なんで父親じゃねぇのかは謎だが……掘り下げる気は今のところない。俺に理解できる事情とも限らねぇしな。
「あの子には、本当は色んな未来があるはず。……だけど、今の彼は心が暗闇に囚われてる」
「……フェルディナンド……」
悲痛な啼き声を思い出す。
あれだけ滾っていた憎悪が、一気に形を変えていくのが分かった。
……ガキの頃の想いが、脳裏に蘇る。
俺はあいつが好きだ。
好きだから、変わっちまったあいつが憎かった。
大切な思い出を裏切られた気がして、憎かったんだ。
「……ジャコモくん、助けてあげられる?」
切実な問いが、胸を貫く。
俺はマフィアだ。誰かを助けるなんてのは柄じゃねぇ。
俺自身、フェルディナンドを脅して犯して欲望を満たそうとしたクズだ。……それでも。
──ありがとう、××──
俺に向け、ぎこちなくはにかんだ少年の姿を思い出す。
……できることなら、笑ってて欲しいんだよ。
本当はな。
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