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第一章 少年の日々
0-16.『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』より、「Pause-Corvo ep.2」
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ページ上部の付箋:
ここからジョージ・ハーネス版独自の展開
***
・カラスはその時、救われたい一心でうそをついたのです。
されど、精霊はすべてお見通し。結局、すべてを見破られ、途方にくれることとなりました。
(とある寓話より)
「ああ、いたいた。お久しぶりです、「王の参謀」殿?」
媚びる、というよりは、茶化すような声が聞こえた。
旅芸人の宿は、質素な小屋や、酷い時は寒空の下と相場が決まっている。
だからこそ、私はその「現場」を目撃することができたのかもしれない。
「……何の御用ですか、「兄上」」
二つの声には、聞き覚えがあった。
片方は、独立国家の兵士、ジャン・コルヴォ。
そしてもう片方は……彼を、「兄」と呼んだ声の主は、
隻眼の若き参謀、ルマンダ・アンドレータ。
「最近、頑張ってるみたいだからね。……結構、貧民には好かれてるんだって?仕事の時とはまるで別人みたいに優しくなってるって聞くよ」
「……誰からお聞きになったのですか」
「僕だって、一応まだアンドレータから縁を切られてはないからね。どっちの様子も見れる立ち位置っていうのもある」
「なるほど。実に兄上らしい」
「それ、褒めてないだろ」
ジャンは、独立国家の兵士にしては髪の色が薄く、やけに目立っていたと聞く。……名のある家の落胤であること自体は、不思議ではない。
さらに彼はどうやら、独立国家と王政府、どちらの味方でもあり……言い方を変えれば、どちらの敵でもあったらしい。
「……演技だろ」
「貧民に優しくする私が、と仰りたいのですか」
「まさか。必要以上に厳しく王への背信行為を取り締まる「参謀」としての君が、だよ。つまり、今の君が偽物」
「…………」
「ルイン・クレーゼは孤児院の出だからね。偶然僕とは違って魔術の才があって、偶然僕の父親に好かれた」
「何を言いたいのか、分かりかねますが」
「忠告してるんだよ。……演技っていうのは、危険だよ。このままだと君は、役に殺されてしまう」
その時のジャンの声音には、嘘偽りなく義弟への情愛が滲んでいた。羨望や嫉妬も隠しきれてはいなかったが……私はその時、初めて飄々とした仮面の下の心を知ったのだ。
「「別人」のような演技なんか続けていたら、君はいずれ自分を見失うだろうね」
「…………兄上の言葉と思うと、含蓄がありますね」
切迫した感情を受け、ルマンダの声色にも、わずかに動揺が表れだした。
「……じゃあ、僕はこれで。……貧民はね、いざという時に君を守ってくれたりしないよ」
「その前に、私からもよろしいですか」
そこには確かな、苛立ちが滲んでいた。
「……レヴィ……いや、モーゼだったか……彼を手にかけようとしたのは、貴方か」
憤り、というより、深い悲哀から発せられたと感じた。
それに対し、ジャンは躊躇うことさえなく、平然と答えた。
「そうだ。僕にはね、ザクスみたいな腕力もなければ、モーゼみたいな頭脳もない。……生き残るために、親しい友人すら殺そうとする。それは、君も……その片眼が、覚えてるはずだよ?」
「……貴方が外道に落ちれば、さぞ恐ろしい存在になったことでしょうね」
「はは、今は外道じゃないって?」
「無論、そう思っていますが」
「あはは……。……「ルイン」として話してくれないのは……僕をもう、身内と認めたくないからかい?」
「……身内でなければ……。……」
その時、口をつぐんだルマンダの声色が、私にははっきりと、音を伴ったかのように感じ取れた。
『責任を負わされることも、ない』
……悲劇の義兄弟は、寒空の下、わずかな邂逅を果たし……
その後、二度と会うことはなかった。
***
ページ下部の書き込み:
コルヴォはイタリア語でカラス
クレーゼは「クレーエ」(ドイツ語でカラス)由来?
魔術絡みの記述が少なく、古典主義、ロマン主義寄りなアルマン・ベルナールド版と立ち位置が異なる。
(以降、書いては上から消しての繰り返し)
「ルマンダ」のモデルは筆者の一人でもあるラルフ・アンドレア子爵だ。……そして、ジャンのモデルはその義兄である放蕩息子、ジョゼフ・アンドレアとされている。
……この辺りは、ボクも判断が付きにくくてね。この義兄弟に実際何があったのか……なんて、いくら推測しても分からないことばかりだ。
ただ一つ、確かなことがある。
この2人は憎み合う仲でも、相容れない存在でもなかった。……時代の巡り合わせさえなければ、仲睦まじくいられたかもしれないね。
ここからジョージ・ハーネス版独自の展開
***
・カラスはその時、救われたい一心でうそをついたのです。
されど、精霊はすべてお見通し。結局、すべてを見破られ、途方にくれることとなりました。
(とある寓話より)
「ああ、いたいた。お久しぶりです、「王の参謀」殿?」
媚びる、というよりは、茶化すような声が聞こえた。
旅芸人の宿は、質素な小屋や、酷い時は寒空の下と相場が決まっている。
だからこそ、私はその「現場」を目撃することができたのかもしれない。
「……何の御用ですか、「兄上」」
二つの声には、聞き覚えがあった。
片方は、独立国家の兵士、ジャン・コルヴォ。
そしてもう片方は……彼を、「兄」と呼んだ声の主は、
隻眼の若き参謀、ルマンダ・アンドレータ。
「最近、頑張ってるみたいだからね。……結構、貧民には好かれてるんだって?仕事の時とはまるで別人みたいに優しくなってるって聞くよ」
「……誰からお聞きになったのですか」
「僕だって、一応まだアンドレータから縁を切られてはないからね。どっちの様子も見れる立ち位置っていうのもある」
「なるほど。実に兄上らしい」
「それ、褒めてないだろ」
ジャンは、独立国家の兵士にしては髪の色が薄く、やけに目立っていたと聞く。……名のある家の落胤であること自体は、不思議ではない。
さらに彼はどうやら、独立国家と王政府、どちらの味方でもあり……言い方を変えれば、どちらの敵でもあったらしい。
「……演技だろ」
「貧民に優しくする私が、と仰りたいのですか」
「まさか。必要以上に厳しく王への背信行為を取り締まる「参謀」としての君が、だよ。つまり、今の君が偽物」
「…………」
「ルイン・クレーゼは孤児院の出だからね。偶然僕とは違って魔術の才があって、偶然僕の父親に好かれた」
「何を言いたいのか、分かりかねますが」
「忠告してるんだよ。……演技っていうのは、危険だよ。このままだと君は、役に殺されてしまう」
その時のジャンの声音には、嘘偽りなく義弟への情愛が滲んでいた。羨望や嫉妬も隠しきれてはいなかったが……私はその時、初めて飄々とした仮面の下の心を知ったのだ。
「「別人」のような演技なんか続けていたら、君はいずれ自分を見失うだろうね」
「…………兄上の言葉と思うと、含蓄がありますね」
切迫した感情を受け、ルマンダの声色にも、わずかに動揺が表れだした。
「……じゃあ、僕はこれで。……貧民はね、いざという時に君を守ってくれたりしないよ」
「その前に、私からもよろしいですか」
そこには確かな、苛立ちが滲んでいた。
「……レヴィ……いや、モーゼだったか……彼を手にかけようとしたのは、貴方か」
憤り、というより、深い悲哀から発せられたと感じた。
それに対し、ジャンは躊躇うことさえなく、平然と答えた。
「そうだ。僕にはね、ザクスみたいな腕力もなければ、モーゼみたいな頭脳もない。……生き残るために、親しい友人すら殺そうとする。それは、君も……その片眼が、覚えてるはずだよ?」
「……貴方が外道に落ちれば、さぞ恐ろしい存在になったことでしょうね」
「はは、今は外道じゃないって?」
「無論、そう思っていますが」
「あはは……。……「ルイン」として話してくれないのは……僕をもう、身内と認めたくないからかい?」
「……身内でなければ……。……」
その時、口をつぐんだルマンダの声色が、私にははっきりと、音を伴ったかのように感じ取れた。
『責任を負わされることも、ない』
……悲劇の義兄弟は、寒空の下、わずかな邂逅を果たし……
その後、二度と会うことはなかった。
***
ページ下部の書き込み:
コルヴォはイタリア語でカラス
クレーゼは「クレーエ」(ドイツ語でカラス)由来?
魔術絡みの記述が少なく、古典主義、ロマン主義寄りなアルマン・ベルナールド版と立ち位置が異なる。
(以降、書いては上から消しての繰り返し)
「ルマンダ」のモデルは筆者の一人でもあるラルフ・アンドレア子爵だ。……そして、ジャンのモデルはその義兄である放蕩息子、ジョゼフ・アンドレアとされている。
……この辺りは、ボクも判断が付きにくくてね。この義兄弟に実際何があったのか……なんて、いくら推測しても分からないことばかりだ。
ただ一つ、確かなことがある。
この2人は憎み合う仲でも、相容れない存在でもなかった。……時代の巡り合わせさえなければ、仲睦まじくいられたかもしれないね。
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