【完結済】『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』

譚月遊生季

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第二章 斜陽の日々

0-19(A).『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』より「Phoenimeryl-Ⅲ」

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 アルマン・ベルナールド版



 ***



 ・時は来た。審判の時だ。然るべき裁きを咎人に与えん。
 罪人よ、許しを請え、されど贖いを受け入れよ。
 ーー判事は心せよ。罪状がより重くとも、罰則がより重くとも、後に禍根を残すだろう


「……ジャン・コルヴォ。ヴリホックの秘匿情報をつまびらかにし、ザクス・イーグロウの寝返りを助けるならば、貴殿の命は保証しよう」

 普段の幼稚な様子とはうって変わり、堂々とした態度でハーリスは「刺客」に向けて告げた。

「……お言葉ですが王様。その程度で流れが変わるとお思いですか?」

 発せられた声を聞き、ルマンダの殺気が広間を静かに凍らせていく。
 ふと、目の前に炎が上がり、ルマンダは舌打ちとともに相手を睨む。

「とりあえず聞いとけ。アイツ、こそこそ嗅ぎ回るのは一流だぜ?」
「……なるほど。人並外れた武勇と知性……比肩するほどの胆力、か」
「ああ、「裏切り」に気付けなかったのは痛かったろうけどな」
「……食えぬ男だ」

 片方は事もなげに、片方は憎々しげに吐き捨て、場の成り行きを見守る。

「流れなど変える必要は無い。この玉座を打ち壊し、その上に新たな王を作るのならば……それもまた、世の理だ」

 凛とした声色で、ハーリスは答える。

「……なら、王。あなたの目的は」

 ジャンのセリフに、聞き覚えがあった。
 私も、彼にそう問うたことがあったのだ。

「カーク、アナタはどう踏んでいますか」
「……王は、旅芸人とかなんとか明らかすぎる嘘ついた上に傷だらけの怪しいヤツでも、面白かったらそばに置くし……」

 ちらりとカークの瞳がこちらを捉える。目配せをしたら呆れたように肩を竦めてきた。

「おや、そこはちゃんと私が目を光らせていましたよ?
旅芸人の子供たち曰く、普通の青年だそうですが……」
「スナルダさんはどう思うんだよ。側近としてはあんたのが長いだろ」
「……あの男が気に入られたように、彼も気に入られる必要があるでしょうね」

 ……私を見据えながら、スナルダは目を細める。
 ……食えないのはあちらもだ。そもそも、ハーリス王は趣味が悪い。

「ヴリホックにこの国を作り替えられるほどの度量があれば、とうにこの玉座、明け渡している。……余は「最後の国王」として、相応しい幕引きをせねばならぬ。次に託すものがアレでは困るのだ」
「……なるほど。確かに一理あります」
「さて……次は貴殿の番だ。立て。そして、先程の問に答えよ」

 青い瞳に気圧されそうになりながらも、ジャンは王を見据えた。
 そして口を開き、肯定の言葉をーー
 刹那、稲光が我々の目を眩ませた。

「……見事。怯まず耐えきったか」

 魔術を使うことなく、ジャンはそこに立っていた。
 真横を貫いた雷光にも臆することなく、見開いた視線も逸らさない。

「……レヴィよりも肝が据わった男やもしれぬな」
「王様ー? 俺だってあん時、ちょっとびっくりしたくらいですけどー?」

 私の抗議の声など意に介さず、王は玉座から立ち上がった。

「後で来い。無論、私室にな」 
「……はい。あなたが望む幕引きとやらに、興味があります」

 その答えに満足したのか、金の髪がひらりと風になびく。ほっとしたように、ジャンが大きく息をついた。

「……ふん、命拾いしたか」
「あの人、仕事する時は仕事するもんな。……良かったな、ジャン」

 翠の瞳が複雑そうにこちらを見、揺らぐ。

「……僕はこんなところで死ねない」

 私にはさほどない生への執着が、ありありと感じられた。

「ああ、そうだな。お前はしぶとく生きるやつだよ」
「……ザクスをこっちに引き入れたって、この国は……」
「誰が国とかデカい話したよ。……権力もねぇのに責任だけ取らされる王様が、ちっとばかし不憫になってな」
「……ああ、そういうことか。それなら……あのバカは適任だ。王様だって小脇に抱えるくらいできるだろうし」

 籠の鳥を逃がしてやりたい、と、秘めた言葉を察したらしい。
 隣で銀の眼光が、未だ訝しげにジャンを貫いている。

「……向こうもただでは乗らんだろう」
「まあね。ああ、でもあいつは単純だから……そうだな」

 慎重に様子を伺うルマンダの疑心を嘲笑するかのように、水の魔術師は口角を上げる。

「ザクスに腕を認めさせられたら、簡単にこっちにつくよ」
「それ、簡単って言わねぇだろ……」

 下手をしたら誰かが死ぬ。それは間違いない。

「命懸けなのは致し方ありません。それで、どうなさいますか?参謀殿」

 昏い瞳をこちらに向けながら、スナルダは、おかしそうに提案した。

「……受けて立とう。私の目的も、忠義にあるものでな」

 律儀な忠臣は、何の躊躇いもなく自らの命を賭した。
 ……特に生を望んだわけでもないが、救われた恩は返さねばなるまい。



 ***



 ごめんなさい
 ……どうしても、許せなかった

(破り捨てられた草稿に記された言葉を知るものは、たった一人)
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