36 / 57
第二章 斜陽の日々
0-20(A). ある小説家の独白
しおりを挟む
これは、もはやアルマン・ベルナールドの物語だ。ジョージ・ハーネス版の方が事実に忠実だが……こちらの方が、心に忠実と言える。「彼女」自身の心にね。
それも、『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』の趣旨からは外れていないだろう。……少なくともボクはそう解釈した。
彼女の心も、その時代を映した真実のひとつに過ぎない。
「史実」より軽いなどと、ボクは一切思っていない。
***
『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』アルマン・ベルナールド翻訳版より、「Strivia-Ⅲ」
鋭い音を立て、ルマンダの手に握られた剣が砕け散る。
隻眼の騎士は相手を怯むことなく見据え、再びその手に氷の刃を携えた。
騎士は震えている。自らの両の手すらも凍てつかせながら、彼は剣を振るった。
「……さっみぃ」
対峙する男の勢いは衰えない。凪いだ風が喉元を掠め、凍った毛先がはらりと落ちた。
銀の瞳は相手を睨めつけ、今もなお勇猛に輝いている。
「……さて、と。……頼むぜ、カーク」
「おう、任せろ」
物陰で、ふたつの影が蠢く。
風に乗った炎が獣のように、対峙する男達の間を走り抜ける。
「あっっっづ!!!」
ザクスの褐色の肌を掠め、炎は蒼天へ舞い上がった。
「……ノア?」
「…………その名前、あんま名乗ったことねぇんだわ。なんとなく特別な気がしちまうだろ。……錯覚でもな」
寂しげな微笑は、二度と帰ることない場所への郷愁を映していた。
金の瞳を煌めかせ、挑発するようにザクスの前に立つ。
「派手に喧嘩しようぜ相棒。ここじゃ、くだらねぇ茶々なんざ入らねぇぞ」
「……ッ、上等だオラァ!!!」
激昴した戦士は吠えるように拳を構え、全力で振りかぶった。
鳩尾にめり込んだ重い一撃が、背後の壁へと相手を吹き飛ばす。
「………………今の……ガチでやったろ……殺す気か……」
「……ガチで来いってノリだったろ今の……」
壁にしこたま背を打ち付け、レヴィ……いや、ノアは青い顔で項垂れる。
呆れた表情で、カークがパタパタと走り寄る。頭に血が上った戦士の背後から、騎士が冷たい刃を首に突きつけ……王手をかけた。
「……話を聞く気はあるか、ザクス・イーグロウ」
赤い瞳がぎろりとこちらを見、やがて戦士は武器を下ろした。
「……あ? モーゼ? なんでぶっ倒れてんだ?」
「マジかよお前……」
頭が冷えたのか、ザクスはかつての戦友の姿を視界に入れる。
「ちっと心臓止まった……」
「マジかよ……殺しても死なねぇってほんとなんだな……」
「悪ぃ、お前の頭よりピンピンしてた」
「ふざけている場合か」
「たぶんお前が何言ってもこいつ分かんねぇぞ。頭ん中なんも詰まってねぇから」
「…………そうか。ならば、キサマに任せればいいだけの話だ」
大きな流れは、やがて我らにも牙をむくだろう。だが、それでも私は……ルマンダと共に、騎士であると決めている。
守り抜き、その先で、共に在れるように。
***
それが、騎士の役目のはずだ……と、アルマン・ベルナールドは感じたのかもしれない。
ん? ボクがどうかって? ナンセンスなことはやめてくれ。先程も質問を挟まれたが、ボクのこれはモノローグであって会話じゃない。
「ねぇ……さっきから隣で幽霊に騒がしくされてるんだよね、僕。反応しないって無理じゃない?」
……ふむ、一理ある。
…………ああ、そう言えばルインはルマンダの何だったのだろうね。
いやね、少し気になってしまっただけだよ。
それも、『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』の趣旨からは外れていないだろう。……少なくともボクはそう解釈した。
彼女の心も、その時代を映した真実のひとつに過ぎない。
「史実」より軽いなどと、ボクは一切思っていない。
***
『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』アルマン・ベルナールド翻訳版より、「Strivia-Ⅲ」
鋭い音を立て、ルマンダの手に握られた剣が砕け散る。
隻眼の騎士は相手を怯むことなく見据え、再びその手に氷の刃を携えた。
騎士は震えている。自らの両の手すらも凍てつかせながら、彼は剣を振るった。
「……さっみぃ」
対峙する男の勢いは衰えない。凪いだ風が喉元を掠め、凍った毛先がはらりと落ちた。
銀の瞳は相手を睨めつけ、今もなお勇猛に輝いている。
「……さて、と。……頼むぜ、カーク」
「おう、任せろ」
物陰で、ふたつの影が蠢く。
風に乗った炎が獣のように、対峙する男達の間を走り抜ける。
「あっっっづ!!!」
ザクスの褐色の肌を掠め、炎は蒼天へ舞い上がった。
「……ノア?」
「…………その名前、あんま名乗ったことねぇんだわ。なんとなく特別な気がしちまうだろ。……錯覚でもな」
寂しげな微笑は、二度と帰ることない場所への郷愁を映していた。
金の瞳を煌めかせ、挑発するようにザクスの前に立つ。
「派手に喧嘩しようぜ相棒。ここじゃ、くだらねぇ茶々なんざ入らねぇぞ」
「……ッ、上等だオラァ!!!」
激昴した戦士は吠えるように拳を構え、全力で振りかぶった。
鳩尾にめり込んだ重い一撃が、背後の壁へと相手を吹き飛ばす。
「………………今の……ガチでやったろ……殺す気か……」
「……ガチで来いってノリだったろ今の……」
壁にしこたま背を打ち付け、レヴィ……いや、ノアは青い顔で項垂れる。
呆れた表情で、カークがパタパタと走り寄る。頭に血が上った戦士の背後から、騎士が冷たい刃を首に突きつけ……王手をかけた。
「……話を聞く気はあるか、ザクス・イーグロウ」
赤い瞳がぎろりとこちらを見、やがて戦士は武器を下ろした。
「……あ? モーゼ? なんでぶっ倒れてんだ?」
「マジかよお前……」
頭が冷えたのか、ザクスはかつての戦友の姿を視界に入れる。
「ちっと心臓止まった……」
「マジかよ……殺しても死なねぇってほんとなんだな……」
「悪ぃ、お前の頭よりピンピンしてた」
「ふざけている場合か」
「たぶんお前が何言ってもこいつ分かんねぇぞ。頭ん中なんも詰まってねぇから」
「…………そうか。ならば、キサマに任せればいいだけの話だ」
大きな流れは、やがて我らにも牙をむくだろう。だが、それでも私は……ルマンダと共に、騎士であると決めている。
守り抜き、その先で、共に在れるように。
***
それが、騎士の役目のはずだ……と、アルマン・ベルナールドは感じたのかもしれない。
ん? ボクがどうかって? ナンセンスなことはやめてくれ。先程も質問を挟まれたが、ボクのこれはモノローグであって会話じゃない。
「ねぇ……さっきから隣で幽霊に騒がしくされてるんだよね、僕。反応しないって無理じゃない?」
……ふむ、一理ある。
…………ああ、そう言えばルインはルマンダの何だったのだろうね。
いやね、少し気になってしまっただけだよ。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる