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第三章 咆哮の日々

11. 路地裏の会合

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「なぁ、どんな死に方してぇ?」
「あ?」

 荒れた路地裏に賊が2人。
 褐色の肌に茶髪、濃褐色の鋭い目付き。たくましい体躯の青年が呟いた言葉は、「死に方」という内容にそぐわない軽い響きをしていた。

「あー、死体残さず忽然と消えてぇな。できたらカッコよく」

 同じく軽口で返し、ニヤリと笑った青年の体躯はすらりと引き締まっている。赤髪に金色の瞳。……ミゲルだ。

「なんかスゲェな」
「ティグ、お前は?つかなんで聞いた」

 ティグと呼ばれた青年は軽くあくびをしながら返した。

「それがよ、ライオンと戦って死ぬのってヤベェなと思ってたけど無理だって気づいちまって。もうちょいちゃんとしたこと言えねぇとバカだと思われんだろ?」
「安心しろ。お前はどっからどう見ても筋肉ダルマのバカだ。安定感は抜群でよかったな」

 微笑んでうんうんと頷きながら、皮肉を贈る。が、何をどう解釈したのか、「マジで!?ありがとな相棒!」と、相手は楽しそうにする。

「……つか、ライオン……ローマの奴隷じゃあるめぇしな」
「ふっつーに小競り合いでーってのもつまんねぇし……ってよ」

 相手の話を軽く聞き流しながら適当に思案を巡らせ、ミゲルは空模様をちらりと確かめる。
 まだ、雨は止みそうにない。

「確かに俺もここんとこ退屈で飽き飽きしてら。……要するにお前はあれだ、ティーグレ・アレッサンドロここにあり!!って死に方してぇんだろ?」
「死に方してぇっつーか、どう言ったら女の子にモテっかなって」
「本当にお前ってやつはよ……こんな清々しいバカ、どこ探しても滅多にお目にかかれねぇぜ」

 呆れを通り越した感動を台詞にありったけ込め、ミゲルははたと思いついたように語る。

「時代は荒れるぜ。でかい戦争なんかもあるかもしれねぇ」
「マジで?ライオン来るか、ライオン」
「とりあえずライオンから離れろ。お前どっちかっつーと虎だろ」

 稲光が走る。雨の向こうに、浮かび上がる人影。金色の目を細め、ミゲルの口角がわずかに釣り上がる。

「……面白ぇことすんなら……どっかに入ってみっか?暇人どもの集いとか」
「ライオンいそうなとこ?」
「あー……魔物はいそうだわな。こんなへんぴな田舎で国家転覆なんざ狙ってんだからよ」

 雷鳴が轟く。ビリビリと、ゴロツキ2人の鼓膜を震わせる。

「どうせ俺らは明日をも知れぬ命だ。そうだろ?ティグ」
「そうだっけ?……そういや相棒、今日の名前聞いてねぇ」
「雨めっちゃ降ってるからノアってさっき言ったろ」

 ティーグレ・アレッサンドロ。それが、後にザクス・イーグロウのモデルになる盗賊の名だった。イタリアからの流れ者だが、本人の記憶力も相まって素性はよく分からない。
 ミゲルと知り合ったのはまったくの偶然。なんだかんだでつるむようになったのは、互いが互いに欠けたものを持っていたからだ ろう。

「さて、いっちょ売り込みに行きますかね」

 雨は小ぶりになった。その機を見逃さず、赤髪の詐欺師は傍らに合図を送る。
 掃き溜めのような路地裏を後にし、2人の若者は賭けに身を投じた。
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