【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs2 ― Mühsamer Winter ―

第3話 Im Dialog...

 翌朝。起床すると、掘り返したワインボトルを整理しているヴィルが目に入った。

「話がある」

 声をかけると、作業の手を止めてくるりと振り返る。

「何すか?」
「今後のことについてだ」

 私がテーブルに向かうと、ヴィルは床に置いていたランプを持ち、隣に立った。
 テーブルの隅には、畳んでおいた地図がある。ランプの灯りが届く位置に広げ、特定の箇所を指し示した。

「……現在地がここだ。エルザスの少し東辺りだな」

 逃げ隠れを続けていれば、どうしても位置感覚や方向感覚に異変が出てくるし、気付かず危険な場所に足を踏み入れてしまう可能性も上がる。
 それを防ぐため、定期的に地図を開き、忘れないように印をつけていた。

「アレですよね。エルザスらへんのが廃墟とか多いんすよね」
「エルザスは土地も肥沃ひよくで、生活しやすい。……だからこそ……いや、この話はやめておくか」

 ヴィルの問いに答えようとして、口をつぐむ。
 土地が肥沃で資源がある、国境の土地。……この地方が、かつての戦争で苛烈かれつな争いの舞台となったのも、それが原因だ。
 そして……そのせいで、ヴィルは両親を失った。盗賊として、奪わなければ生きられない過酷な生を余儀なくされたのだ。

「……西に向かうとフルール・ド・コルボという町がある」
「ふるーる? 聞き覚えの無い響きっすね」
「フランス語だ。フランス領アルザスだった時代の地名がまだ使われている。おそらくは、いわくのある地名なのだろうな」
「ほーん……?」

 私の説明に時折疑問を挟みつつも、ヴィルは静かに耳を傾けてくれる。
 彼は、知らないことを自ら学ぶ意欲を持っている。……それがどれほど尊いものか、私は痛いほど思い知っている。

「……ここからは、貴様には不愉快な話になるかもしれない」

 ……だからこそ、心苦しい。
 これから先、私の語ることは、彼の傷をえぐることになるかもしれないのだから。

「おう? 別にいいっすよ。大事なことなんでしょ?」

 ヴィルはきょとんと目を丸くし、続きを促してくれる。
 どうにか言葉を選び、話を続けた。

「フルール・ド・コルボは、条件としては悪くない。……ただ、フランスに近付きすぎることは避けたい。かの国は教会の権威が強まるうえ、我々ドイツ人に対する印象も悪かろう」
「了解っす」

 ヴィルは、特に気にしていない様子で頷いた。どうやら杞憂きゆう……だったのだろうか。
 腕を組み、地図に視線を落とす。考えねばならないことは、他にも山ほどある。

「……しかし、ドイツ方面は……ヘッセンの方に近付けば近付くほど、顔見知りが多い」
「助けてもらうのは厳しそうです?」 
「……」

 ヴィルの言葉には、首を横に振るしかなかった。

「誰が『敵』になったかわからん以上は、厳しかろう」

 私はもはや、ヒトではない。かつての知人がどれほど味方をしてくれるのか……残念ながら、信ずるに足ると確信できる相手はいない。
 信じられるとするならばきょうだい達だろうが、私が吸血鬼と化した時点で苦労させてしまっているはずだ。……これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。

「うへぇ……人間かどうかって、そんな大事なんすか」

 ヴィルが呆れたようにぼやいた。

「大事、なのだろうな。……神は、自らの姿に似せて人を作ったとされている」
「でも、神父様も見てくれは一緒ですよ? ちょっと血飲むだけで」

 ヴィルはいとも簡単に、そう言ってくれる。
 彼は、私が「怪物」であろうがなんであろうが、愛するつもりでいる……らしい。

「……ちょっと、か」

 ……だが、分かっている。
 ヒトの世は、それでは済まないのだと。

「……血を啜るから何だと言うのだ。人が、もっとも人を殺すではないか」

 私の言葉に、ヴィルは少しだけ不安そうに眉根を寄せた。

「オレのことっすか」

 すかさず「違う」と否定し、説明を続けた。
 確かに、ヴィルは人を殺した。けれど、私は彼個人のとがを責め立てたい訳ではない。

「貴様でなくとも、兵役へいえきはある。また戦争が起これば、純朴な市民でさえも人を殺すだろう」

 司教様の演説が脳裏に浮かぶ。
 弟子として救貧院の慰問に付き添った際、傷痍しょうい軍人とおぼしき利用者を見ることは決して珍しくなかった。
 古傷が化膿して死んでいった者も、数人いたことを覚えている。

「『国民』を殺せば大罪だが、隣国の人間を殺すのは手柄になる。……そういった情勢になることを、私の師は憂いておられた」

 ハインリッヒ司教様は、正しいお方だった。
 ……いいや。「正しすぎる」お方だった。
 見るからに危うい生き様を、信念の元に貫き通し、その果てに……

「えー……。みんな、オレのことは散々人殺しって罵るのに?」

 ヴィルの不満げな声が聞こえる。
 ……その通りだ。
 帝国成立時、私は幼かったが、当時の熱狂ぶりは祖父から幾度となく聞いている。その祖父の処刑も熱狂のうちに行われたと、兄から聞いた。
 人々は間接的な「人殺し」を持てはやすくせをして、身近な「人殺し」を恐れる。そんなが、我々吸血鬼を怪物とそしり、排除すべき異端と吠えるのだ。

「自ら……いや、『帝国』に危害が及ばぬよう、軍備によって国力を上げ、国民全ての力で統率の取れた軍事組織を作り上げる。……そういう時代なのだ、今は」

 苛立つ心をどうにか抑え、言葉を続けた。

「国のためをうたい、戯れに血を流すことは是で、祖父が殺しもせず血を啜ったことは非だと言うのか? ……ふざけた話だ」

 指先でテーブルを叩き、荒れた心をどうにか鎮めようとする。
 今の私の力では、力を込めすぎるとテーブルを破壊しかねない。
 祖父もヒトの世界で生きるために、力を抑えていたことを覚えている。加減を間違えてはならない。私の力は、誰かを殺めるために存在するわけではないのだ。

 ……例えどれほど憎くとも、どれほど飢えていたとしても、望んで殺めてはならない……。

「教会も、そんな感じなんすか」

 ヴィルの問いに、沈みかけた思考が切り替えられた。

「……教会は……そう、だな。帝国相手には長らく抵抗している。かの鉄血宰相てっけつさいしょうでさえ、弾圧を諦めたほどだ」
「あー。だから、神父様は教会が好きなんですね」

 ヴィルの選んだ語彙は単純でいて、私の中に忘れかけていた「何か」を呼び起こすには充分だった。
 渦巻いていた憎悪は質の違う「何か」に姿を変え、過ぎ去りし日々の残滓ざんしが、暗くよどんだ思考に一筋の光を灯す。

「そういう、わけでは……ないが……」

 失われた日々だ。
 もう、戻らない、取り返しのつかない過去だ。
 ……だが、私にとっては……

 何よりも大切な、原点だった。

「……希望を抱いていた、部分は……まあ、ある」

 ……私は異形と化し、追われる身となった。
 教会は私を殺すために、現在も刺客を送り続けている。
 今更初心を思い出したところで、現実は変わらない。

 今や、帝国のみならず、教会ですら私の「敵」なのだ。

「何となくわかりました。『吸血鬼』になっちまった神父様は教会から逃げなきゃで、だからって教会と仲悪い帝国の方行くのもあんまり……って感じなんすね」

 ヴィルは要点をしっかりと理解しているらしく、私の言ったことを簡潔にまとめて繰り返した。

「相変わらず理解が早いな。結構なことだ」

 私が返答すると、ヴィルは何やらぱっと表情を明るくさせ、妙な食い付きを見せてくる。

「お? 今、褒めてくれました?」
「……褒め言葉でなければ何だというのだ」
「マジか!? よっしゃあ!」

 やけに嬉しそうに身を乗り出してくるので、わずかに後ずさる。
 いったい、どうしたと言うのだ……?

「キスしていいっすか」

 何がなにやらよくわからないが、突然さかり出したのだけはわかる。

「……調子に乗るな」

 怪我をさせないように気を付け、軽く頭を叩いておいた。

「いっそ、南行っちゃいます?」

 ……が、ヴィルは懲りることなく私の隣に寄り添い、地図を指差す。
 少々距離感が近すぎるように思うが……まあ、特に困るわけでもない。黙っておくか。

「南は教会の権威が更に強い。バチカンが近付くからな」
「ありゃあ、マジすか……じゃあ……北?」
「馴染みのない地域ではあるが、情勢を思えば悪くはない。ただ、気候が厳しくはなるが……」

 地図を睨み、知恵を絞り出す。
 ……どうにか、最善の道筋を考えなくてはならない。

「この一帯はおそらく見張られている。どこを目指すにしろ、鉄道か何かで長距離の移動を考えるべきか……」
「おっ、オレ鉄道乗ったことないんすよ! どんな感じです?」
「……遊びではないのだぞ?」

 ヴィルの呑気な声にため息をつき、眉間を押さえる。
 ……状況が状況だというのに、あまりに緊張感が無さすぎる。今がどういった事態なのか、本当にわかっているのか? こいつは……。

「しかし……鉄道を使うのならば、人目にはつくか……」

 頭をひねっていると、寒さに思わず身震いしてしまう。
 ……と、背後から人肌に包まれたのを感じた。

「……なんだ」

 顔をしかめて問いかけると、ヴィルは楽しげに答えた。

「あっためてます。そのまま続きどうぞ」

 ……。……ああ、そうか。そういうことか。
 ヴィルはヴィルなりに、私を気遣ってくれている。
 思い詰めている私を、少しでも癒そうとしてくれているのだ。

「……。少し休む」
「それもアリっすね。ゆっくりしてください」

 たくましい腕を見つめる。
 ヴィルの体温は冷えた身体を包み込み、心地よい温もりを与えてくれる。
 彼のそばは居心地がよく、傷付いた魂が間違いなく癒されていくのを感じる。……だからこそ……

 だからこそ、心苦しい。
 この関係が、この温もりが、罪深いことに変わりはないのだから。

「以前、怪力を気にしていたな」

 そう切り出したのは、照れ隠しのためだろうか。

「ん? もしかして痛いとか……?」
「いや……貴様が私に触れる時、痛みを感じた覚えはほとんどない」

 そっとヴィルの腕に触れ、言葉を続ける。

「純粋な腕力の強さ……というよりは、特定の状況において、力を一か所に集中できるのだろう。おそらくは後天的に身につけた……いわば、技術だ」
「……技術?」

 私は、間近でヴィルの姿を見てきた。
 そして、自らも意図せずとはいえ「力」を得た。
 だからこそ、気付いたことがある。

「貴様は『力』そのものを原因と考えていたようだが……それでは解決にならない。そもそも、問題の根本が違うのだ」

 もし……問題が身に付けた技術を行使するタイミングにあるのならば。
 を制御しようという意識では、彼の苦悩は解決できない。

「できる限り、力を込めてみるがいい」
「えっ、でも……」

 私の提案に、ヴィルは怯えるように息を飲んだ。

「知っているだろう。私の肉体はもう、ヒトではない」

 理解している。彼とてもう、誰かを殺したいわけではない。怖がるのも当然のことだ。

「案ずるな。貴様の力では、私は壊れない」

 だが、私はもはや、ヒトではない。
 今の私はヒトの血を啜り、自らの傷を癒す異形だ。
 ……そして……彼の自責の念を知りながら、良いように利用する人でなしだ。

「……うぃっす」

 ヴィルはありったけの力を込め、私を抱き締める。
 焦っているのか、鼓動の音が激しく高鳴る。
 顔が見えない位置で助かった。さすがに至近距離で鼓動を聞いていると、こちらも妙な気分に…… 
 ……い、いや、何を考えているのだ私は。今は、そんなことを考えている場合ではなかろうに。

「……やはりな」
  
 ともかくだ。もうひとつ、試すべきことがある。私の考えが正しければ、それで原因が掴めるはずだ。
 浅黒い腕に私の指を這わせ、折れない程度に力を込めた。

「いっ!?」

 ヴィルの短い悲鳴が聞こえる。その瞬間、力がほとばしった。
 骨が軋むほどの衝撃が、私の身体を襲う。

「ぐっ……」
「大丈夫っすか!?」

 思わず声を漏らすと、焦った声が聞こえる。
 少々苦しくはあったが、片腕で絞められただけだ。大したことはない。

「……怪力とは、こういうことだ」

 手を離し、ヴィルの、掴んだ方の腕を指し示した。
 血色の良い腕には、真っ赤な手形がくっきりと浮かび上がっている。

「済まない、強く掴みすぎたな」

 赤くなった痕を撫でる。折れないように気を配ったとはいえ、痛い思いをさせてしまった。あざにならなければ良いのだが……。

 ……しかし、これではっきりした。
 確かにヴィルの身体能力は平均以上に高くはあるだろうが、普段から常軌を逸した力を出す訳では無い。
 おそらくは自らの命に危険が及んだ際、本能が無意識に力を特定の箇所に集中させ、防衛行動を取るのだろう。結果、本来の腕力から大きく逸脱するほどの力を発揮できる……と。

「神父様。……そんなに、オレのこと見ててくれてたんすね」
「な……っ!」

 ヴィルは声音に明らかな熱情を宿し、私に頬擦りをする。
 ……さすがに、その反応は予想外だった。

「い、いや、貴様を導くのは聖職者としての責務であったし、現在も共同生活において必要だからと……おい、聞いているのか」

 私の釈明をかき消すように、荒い吐息が耳元で聞こえる。
 待て。なぜだ。何をどうすればこの状況で興奮するのだ……!?

「好きです、神父様。抱いていいっすか」
「やめ……っ、乳首をまさぐるな! ……あっ、き、傷痕はやめろ……! そこは……んッ」
「振り払わないならイイってことっすね。抱きます」
「ま、まだ準備が……ぁあっ」
「上着は汚さないように脱がすんで!」
「……ッ、せめて私が脱ぐのを待て……! さかりのついた犬か貴様は!」
「えっ、自分で脱いでくれるんすか」
「……あっ」

 うっかり墓穴を掘ってしまったと気付き、もう押し黙るしかなかった。
 唇に口付けられ、ボタンに無骨な手がかけられる。
 別に、期待をしているわけではない。断じて、そういう訳ではないが……
 おすの本能を宿した瞳に魅入られ、心臓が高鳴る。
 激しい苦悩も、痛みに満ちた記憶も、全て快楽に溶かして忘れ去ってしまいたくなる。

「考えるの疲れたんで、気持ちいいコトしましょ」

 ヴィルが舌なめずりをし、私の腹部に手を這わせる。傷のある腹筋をなぞられ、理性が淫らな欲求に塗りつぶされていく。
 やがて、私は縋るように彼の背に手を回した。
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