【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs2 ― Mühsamer Winter ―

第4話 Emotionen resonanz mit

 顔を近づけたところで、足音が微かに聞こえた。
 ヴィルの方にも聞こえていたのか、彼も即座に周りの様子を伺い始める。
 脱がされた上着を手に取り、着込む。空気は一転し、緊張感が当たりを満たした。

「……まだ気付かれてはいない、のか……?」

 耳を澄ませて、外の音を聞く。
 地下室の入口は閉ざされており、雪も降っている。そう簡単には見つからない……と、思いたいのだが……

 ヴィルは武器を手に取り、息を整えている。
 地下室には逃げ場がない。もし戦闘になるのであれば、立ち向かうしかあるまい。

「……? この音は……?」

 ふと、妙な物音が耳に入る。
 何かがひび割れるような……砕かれるような……
 突然、ヴィルが私の腕を掴む。「何か」を察知したのだと判断し、同じ方向へ動いた。

 刹那。天井が砕け、大量の雪と冷気とが室内になだれ込む。月と雪とで明るく照らされた夜闇の中、長身の男が姿を現した。
 燃えるように赤い長髪を三つ編みにした、隻眼の修道士。前髪に隠されていない左目は、金色に光り輝いていた。

「……また、悪魔祓いエクソシストですか」

 私が呟くと、男ははっきりとした声で、

「ええ」

 ……それだけ告げた。
 男は両手で拳銃を構え、躊躇ちゅうちょなく左手の引き金を引く。
 とっさに顔を逸らせば、銃弾が壁にめり込む。一瞬、頬に焼けるような痛みが走ったが、傷は即座に癒えた。
 悪魔祓いのたたずまいには、隙が全く見当たらない。どうやら、話をするつもりは一切ないらしい。

「私も……祖父も、悪魔と契約などしていません。このような体質に至ったのは、まったくの偶然です」

 それでも、避けられる戦闘は避けたい。相手を真っ直ぐ見据え、対話を試みる。
 ……が、男は表情ひとつ変えずに答えた。

「ああ、そう」

 ……と。

 その態度は、明らかに今までの刺客とは違った。
 金色の瞳には、嘲笑も、侮蔑も宿っていない。

「これ、仕事だから」

 淡泊な言葉には、一切の私情が排除されていた。
 赤毛の悪魔祓いは、右手側の銃口をヴィルに向ける。
 ヴィルがはっと目を見開き、背後に飛び退く。次の瞬間には、足を狙った弾丸が床に突き刺さっていた。

「……動くな、と警告しているらしい」
「大丈夫っすよ、神父様。オレが命に代えてもまもるんで」

 命に、代えても……か。
 嗚呼……何と、むごいことを言わせているのだ。私は。

「愚か者が……! 貴様はヒトだ! たった一発でも、当たりどころが悪ければ死ぬのだぞ!」
「……!」

 怒鳴る私に、ヴィルは驚いたように目を見開く。
 ヴィルの腕の「かすり傷」は、未だに癒えずに残っている。

 ヒトと、そうでないもの。
 ……明確な「差」が、そこにはある。

「目的は私だ。……貴様は、下手に介入するな」
「だけど……!」

 もう一発、銃弾がヴィルの足元に突き刺さり、硝煙の香りが漂う。
 顔をヴィルの方に向けていなくとも、この射撃の精度だ。喧嘩慣れしているヴィルであっても、今回は相手が悪すぎる。

 ……ならば。私が戦う他ない。
 ヴィルに、命を捨てさせるわけにはいかないのだから。

「どうやら……対話をする気はないようですね……!」

 そう言い捨て、悪魔祓いに突っ込んだ。
 銃弾が肉を破り、焼け付くような痛みが走るが……

「……うそ」

 相手はさすがにひるんだのか、床に組み伏せることは容易にできた。片方の拳銃が床に転がったのを見て、もう片方を腕ごと押さえつける。
 どくどくと血が流れだし、痛みで視界が明滅する。思わず呻き声が漏れるが、休んでいる暇はない。

 ヴィルは、その場で固まっているようだ。

 彼に罪を犯させ続けるわけにはいかない。これは、私が生きるためのとがだ。……私が、私自身が、手を汚さなければ。
 悪魔祓いの首に手をかける。指が皮に食い込み、爪が肉を破る。細い血管が断たれ、赤い血が滲む。

「しま……っ、ぁ、が……ッ」

 悪魔祓いは苦しげにもがくが、抜け出させはしない。このまま喉を裂くか首を折れば、相手は死ぬ。
 辺りに満ちた血の香りが心地良い。傷付いた身体が血を欲する。
 早く、終わらせなければ。目の前の男の首を裂き、溢れ出した血を──

「……ッ……」

 ゴクリと喉が鳴る。
 殺さなければならない。
 生きるために、生かすために、殺さなければ。
 ヴィルの手を汚させてはならない。
 この手でやらねばならない。この手を、汚す覚悟を持たなければ。
 私が、自らの手で、やらなければ……!!

 嗚呼……だが、そんなことは……

 そんなことは、赦されていいはずがない。

 いつの間にやら、押さえつけた腕は振り払われていた。銃口がこちらに向く。
 ……「しまった」と、思った時には遅かった。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ

 銃声が耳元で響く。
 至近距離で放たれた弾丸が、私の胴体を貫いた。

「なッ!?」

 悲鳴が聞こえる。
 視線を向けると、足を影のような「何か」に絡め取られたヴィルの姿が目に入った。
 なるほど、固まっていたのではなく、拘束されていたのか。

「……ッ、動く、な……ヴィル……」

 無茶をさせるわけにはいかない。
 無理やり拘束を振り払えば、彼の足が引き裂かれてしまう可能性もある。
 人間の足は、一度ちぎれれば簡単には繋がらないのだ。

「それが……正しい……ッ、まずは、自分を……守れ……!」

 呼吸をするのも苦しいが、どうにかそれだけ伝えた。
 血が顎を伝って滴り落ちる。
 私の身体は痛みに耐えきれず、床へと崩れ落ちた。

 私の頭に銃を突き付け、赤毛の悪魔祓いは語る。

「わたしは、マルティン・フォン・ローバストラント」

 首から血を流したまま、男は名乗る。

「……フォン・ローバストラント……。どうやら……教会も、『本気』に……なった……よう、ですね……」

 フォン・ローバストラント。名前だけならば聞き覚えがある。聖職者には珍しい、世襲制の「悪魔祓い一族」だ。
 とある貴族の系譜で、その血を宿したものは特別な能力を持つのだという。その力を駆使し、「異形」を狩る……それが、フォン・ローバストラントという一族の生業なりわいだ。
 ……「異形」の血を引く者にとっては、天敵とも呼べる。

「ちょっと喧嘩に強いだけの鉄砲玉、金に困ったスイス傭兵、ザコ悪魔祓い……そして、『悪魔フォン・祓い一族ローバストラント』のわたし。始末すればするほど、敵は強くなる……当然のこと」
「……。……ヴィル、は……」

 傷口を押さえた手の隙間から、どくどくと血が溢れ、床を汚す。
 ヴィルだけは……
 ヴィルだけは、逃がしてやらなくてはならない。

「……さぁ。仕事の範囲外」
「……解き放って……やらねば……」
「…………そう」

 意識が朦朧もうろうとする。

「……てめぇ……ッ! ぶっ殺す!!!!」

 ヴィルの声が、遠い。

「外に」

 身体が宙に浮く。……いや、担ぎ上げられたのか。
 視界が歪んでよく見えないが、音は聞こえる。雪の上を踏み歩く音、銃声、銃弾が弾かれた音……

「あの時、わたしを殺せたはず」

 その問いに、答える力はなかった。

「神父様が優しかったから、てめぇは命拾いしたんだ」
「…………そう」

 ヴィルの言葉に、マルティンと名乗った男はそれだけ返した。



 振動が止んだかと思えば、冷たい感触の上に横たえられた。
 柔らかい新雪が身体を包む。
 月明かりに照らされた廃墟が、ぼやけた視界に映る。

「せめて、ここで眠りなさい」

 崩れた聖母子像の足元が見える、 
 悪魔祓いの、なけなしの慈悲だろうか。

「う……」

 動かせない身体の上に、温かい「何か」が覆い被さった。……ヴィルが、私を庇ったのだろうか。

 死を、恐れていないと言えば嘘になる。
 私は生き延びたい。……本当は、家族の元に帰りたい。
 私は、いいや、は、 争いたかったわけではない。誰かを憎みたかったわけでもない。
 ただ、穏やかな日々を過ごしたかっただけなのだ。
 そして……。……もし、赦されるのであれば……
 ヴィルと、……愛する人と、共に──

「ああ、もう……やりにくいったらありゃしないわ」

 その言葉が誰から放たれたものか、気付くのに時間がかかった。

「……そうよね。好きで、そんな身体に産まれたわけじゃないものね」

 葛藤の滲む声音は、どうやら赤毛の悪魔祓いによって放たれているらしい。
 たくましい腕に抱き起こされたのがわかる。差し出された手にどうにか噛みつき、血を啜った。

「吸血鬼にはね、捕食のための能力があるの。人間に与える印象を左右する……そんな力。フランスの方では匂いブーケって呼ばれてるらしいわね」

 寡黙かもくだった悪魔祓いは一転して饒舌じょうぜつになり、本来ならば秘匿ひとく事項であろう情報まで伝えてくる。

「逆に言えば……それを辿れば、居場所がわかるわ。どんなに隠れたって、多少経験のある悪魔祓いなら見つけ出すでしょうね」

 ……なるほど。
 どれだけ逃げ隠れしても居場所を暴かれてしまったのには、理由があったということか。

「わたしが教えられるのはここまで。……今回は逃げ帰るけど……次は、会わないことを祈っておくわ」

 返事をするのも待たず、マルティンと名乗った悪魔祓いはさっさと立ち去っていく。
 まだぐらぐらと揺らいでいる視界に、夜闇に消えていく赤い髪が映る。長い髪を一つにまとめ、三つ編みにした髪型……そういえば、妹も三つ編みが好きだったか。

「……っ、あ……ぐ……っ、うぅ……」

 追想にふける暇もなく、激しい苦痛が私を襲う。
 とりあえずは危機が去ったからか、それとも、痛みを感じ取れるほど肉体が回復したのか……。
 苦悶する私に、ヴィルは緊迫した声音で語りかけた。

「神父様、肩に弾、入ってますよね」

 入って……いるの、だろうか。
 特に、気にしていなかった。
 痛みは酷いが、このぐらいの傷はどうにでもなる。
 ……もし、これがヴィルに当たっていた場合、取り返しのつかないことになってしまっていただろうが。

「ちょっと……いや、結構痛いかも……? でも、我慢して欲しいっす」

 骨を加工した刃が私の肉を突き刺し、えぐる。

「いッ、ぁ、ぎ……っ、ぐぁあ……ッ」

 肩に更なる激痛が走るが、地面に爪を立てて耐えた。ヴィルの手にした刃が肉を切り開き、弾が取り出される。ヒトならざる回復力は、深い傷をものともせずに癒していく。
 ヴィルはそのまま、ももにも貫通していない銃創を見つけ出し、同じようにしてえぐり出した。

「乱暴にしてすみません、神父様」

 額に、優しい口付けが落ちてくる。

「は……、ぁ……。……っ」

 冷えきった手が、無骨な手のひらに包まれる。
 温もりに安堵しながら、私は意識を手放した。
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