【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs2 ― Mühsamer Winter ―

第5話 Ich sah ein Licht

 意識が浮上し、月明かりが静かに覚醒を促す。

 結果として、私とヴィルは二人ともが生き延びた。
 だが、過程を見れば、手放しで喜ぶことはできない。
 戦いには、間違いなく敗北していたのだから。

 悪魔祓いエクソシストの能力によってヴィルは拘束され、私は善戦したものの、止めを刺すことができなかった。

「……くそ……」

 ヴィルの、悔しそうな呟きが聞こえる。

「ヴィル」

 私が呼びかけると、ヴィルは涙を拭き、「何ですか?」と訊いてきた。

「私のことはいい」

 身体はまだ、上手く動かせない。

「頼む。……無茶だけはするな」

 あれほど酷かった傷も、既に表面は塞がり、出血も止まっている。
 人間であれば、とてもこうは行くまい。
 治癒する以上は、取り返しがつく。傷を負うのは私だけでいい。

 苦難の巻き添えにしてしまったヴィルには、せめて五体満足でいて欲しい。

「こっちのセリフだっつの、馬鹿……」

 ……だが、消え入りそうな涙声には、どう返せばいいのかわからなかった。



 ***
  


 表面上の傷は塞がったが、深手だったためか、それとも悪魔祓いエクソシストの武器にやられたためか、痛みはなかなか引かなかった。
 崩れ落ちた天井から、空がぼんやりと明るくなってきたのが見える。ヴィルは私を日陰になる場所に担いで行き、壁際にもたれさせた。

 ……しかし、先程の悪魔祓いといい、よく軽々と運べるものだ。
 私とて70キロはゆうに超えている。いや、以前よりは少し痩せたかもしれないが、それでもそこまで軽くはないはずだ。

 取り留めのないことを考えていると、ヴィルが下穿きに手をかけたのが見えた。

「……外で……」

 おそらくは、「養分」を摂らせるつもりなのだろうが……廃墟とはいえ、ここは修道院だ。
 ヴィルは少しだけ眉をひそめたが、文句ひとつ言わずに私を担ぎ直し、外に向かった。

「……おや?」

 ……と、入口を出たところで老婆らしき声に呼びかけられる。ヴィルはびくりと肩を震わせ、声の方を向いた。
 私も同じ方向へ視線を向ける。馬車から降りてきた修道女が、警戒したようにこちらを見ていた。

「こんな廃墟に、いったい何の用ですか」

 老齢の修道女に、かつての仕事仲間……同じく老齢だった修道女イザベルの面影が重なる。
 もしや、この廃修道院の関係者だろうか。

「え、ええっと……その……神父様が……」

 ヴィルはしどろもどろになりながらも、どうにか言葉を選ぶ。

「け、怪我……しちまって……」
「……! まさか、救援を……?」
「え、えっと……まあ、うぃっす……」

 神に仕える者とはいえ、人間は人間だ。
 真実に慈悲深い者もいれば、権威や大義名分が欲しいだけの者もいる。
 そして……正しさを信じ、追求する者もいる。

「偶然祈りに来ていて良かった……。これも神のお導きです。再建した修道院が西の方にありますので、そこで手当しましょう」
「……! で、でも……」

 もし、この老女が権威だけを求める者なら、あるいは正しさを疑わない者ならば、私が吸血鬼だと知られるわけにはいかない。
 ヴィルはどうすれば良いのか分からないようで、ただただ動揺しているのが私から見てもよくわかった。

「……お気になさらず」

 まごつくヴィルの代わりに、私が答える。

「大した怪我ではありません。足を痛めたので、弟子に運ばせていただけのことです」
「カソックがぼろぼろではないですか。痩せ我慢はおやめなさい。ほら、早く」

 ……が、一蹴されてしまう。
 何とか断ろうとは思ったのだが、気が付けば馬車の中にヴィルともども押し込まれていた。

「賊にやられたのですか?」
「……うす」
「それはそれは……災難でしたね。この修道院も昔、賊の襲撃を受けまして……このような無惨な姿に……」

 修道女は私達を疑う素振りも見せず、親切に接してくる。
 ……もし、これが修道女イザベルであれば、いぶかしげな表情をしただろうし、うたぐり深く素性を尋ねて来たことだろう。
 ああ、だが……彼女も、なんだかんだとぼやきながら、こうやって手を差し伸べる性格だったようにも思う。

 私の隣で、ヴィルは気まずそうに身を縮めている。……元盗賊として、後ろめたさを感じているのだろうか。

「……お恥ずかしながら、正規の宗教施設ではなく、さる富豪の援助を受けた見せかけの修道院です。その点は、ご容赦くださいね」

 修道女は申し訳なさそうに語るが、私達にとっては、むしろその方がありがたい。

「…………構いません」

 言葉少なにそう呟き、頷いた。


 ***



 辿り着いた施設の門扉を見ると、聖ミヒャルケ修道院……と、書かれていた。

「……ああ」

 それで、合点がいった。廃墟にて辛うじて読み取れた「Michal……」は、かつて「Michalke」と書かれていたのだろう。

「ミヒャルケ商会か……父上が、懇意にしていたな」

 ミヒャルケ商会は貿易商だった父の取引相手でもあり、兄も世話になっていた記憶がある。
 創業者のフリッツ・ミヒャルケ氏は既に故人だが、彼の慈善事業に対する独特の考え方は、同商会の現在の運営方針に大きな影響を与えていると聞く。
 また、同氏は著書にて当時の教会の権威主義を批判していたが、友人や協力者には神父など教会関係者も少なくなかったらしく、ハインリッヒ司教も興味深い人物だと評価なさっていた。

「……まあ、このカソック、穴だらけではないですか」

 ……と、隣を歩いていた修道女が、目を丸くする。

「えっと……ホラ、色々あって……」

 ヴィルは相変わらず歯切れの悪い口調で、視線をそこかしこに泳がせている。

「繕わせておきます。上着を脱いで横に……まあ、シャツが真っ赤」
「い、色々あったんすよ! なぁ神父様!」

 ついに、こちらに説明を投げられた。
 ……正直なところ、いつかはそうなると思っていた。思ってはいたが、今の状況で私を頼みにされても困ると言えば困るのだがな……。
 痛みを噛み殺しつつ、どう説明したものか頭を捻る。

「……お気になさらず。返り血のようなものです」
「あらまあ……。撃退なさったの?」
「ええ……少しばかり、腕に覚えがありまして」

 嘘ではないが、全てを話しているわけでもない。
 これぐらいが良い塩梅……なの、だろうか……?

「……それはそれは……。申し訳ありません。身を守るためとはいえ、話しにくい事情だったでしょう」

 意外なことに、修道女はすんなりと私の説明を受け入れた。

「私にも、似たような経験がありますので……」

 ……なるほど。彼女も、苦難の道のりを歩んできたということか。
 私の妹も、喧嘩にはめっぽう強い。彼女も自分の身を自分で守れるよう、日頃から鍛錬を行っていたのかもしれない。



 いつの間にやら寝台に横たえられ、上半身の衣服を(半ば強引に)脱がされていた。

「お客様?」
「綺麗な殿方ね……」
「こら! あまり見るものではありませんよ!」

 部屋の外で、若い修道女達が囁いているのが聞こえる。……ある意味、懐かしい光景だ。修道女ニーナが、よく似たようなことをして修道女イザベルに叱られていたのを思い出す。
 そして毎回、なぜか私も修道女イザベルに叱責されるのだ。「風紀を乱す顔面である自覚を持て」と……。

 そもそも、何なのだ。風紀を乱す顔面とは。

「……傷は……治りかけ……?」

 老齢の修道女が、小さく呟いたのが耳に入る。
 ……さすがに、気付かれてしまうだろうか。

「あまり……見ないでいただけますか。お互い聖職者とはいえ、美しい女性に見つめられるのは気恥ずかしく思います」
「あらあら……失礼しました。神父様とはいえ、若い殿方ですものね」

 どうにか誤魔化そうと、とりあえず言葉を並び立てる。ヴィルの眼差しがやけに痛いが、私とて妙な誤魔化し方になってしまった自覚はある。
 違うのだ。私とて、口説いているような語彙を選びたかったわけではない。ただなんというか、口の上手い人物……具体的に言えば祖父や兄上を思い出すとああなってしまったというだけであってだな……
 修道女は私の対応にくすくすと笑い、ふっと微笑ましそうな視線を向ける。

「気になさらなくていいのよ。……長く生きていれば不思議なことの一つや二つ、経験します」

 思わず、目を見開いた。
 ……まさか、もう気付かれているのか……?

「……大丈夫。悪い人たちでないと信じます。だって、あなた……とても澄んだ目をしていらっしゃるから」

 修道女はヴィルの瞳を見つめ、穏やかに笑う。

「申し遅れました。私は、マリアといいます」

 胸の前で指を組み、彼女はそう名乗った。
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