【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs4 ― Frühling des Abschieds ―

第1話 Zeit ohne Wiederkehr

 駅から一歩踏み出せば、見慣れた光景が広がっていた。

 辛い記憶も数え切れないが、再び帰れるとは思っていなかった場所だ。……感慨深い思いが胸中に込み上げ、言葉にならない。

「どこ行きます? やっぱご実家?」

 ヴィルの問いかけには、首を横に振る。

「……さすがに、私が帰るのは迷惑をかけてしまうだろう」
「そうですかねぇ」
「また後日……せめて、遠くから見る程度であれば……それくらいは……、……。……ひとまずは、それで区切りをつけようと思っている」

 ここに立ち寄った理由は二つある。
 教会が「私の存在の隠蔽いんぺい」を重視していると判明し、地の利によって戦況を有利に働かせたかったことが一つ。
 もう一つは、祖父が遺した情報を探るためだ。
 祖父が裁かれた際、調査が入る前に使用人たちが急いでいくつかの紙束を持ち出していたことを覚えている。
 学者のエルンストであれば、場所を突き止めている可能性もあるが……。……いや、やめておこう。無闇に接触するべきではない。

 あの時、当然私たち家族にも危機が及ぶ可能性はあった。
 だが、祖父の嘆願たんがんおよび父上の交渉により、私たちきょうだいは難を逃れることができた。
 話に聞くと、政府の方針と教会の方針で対立があったことも不幸中の幸いだったと聞く。

 ……だが、今回は事情が違う。
 兄上が亡くなられた以上、実家とは一線を引いておくべきだろう。
 残されたアリッサやエルンストを守るためにも……。



 ***



 ……などと、考えていたはずだったのだが。

「ほんとに兄さんだ! コンラート兄さん! 会いたかったよぉおお……!!」
「え、エルンスト、声が大きいぞ……!」
「幽霊じゃないよね!? ちゃんと生きてるよね……!?」
「いや、その……だな。さすがに長く一緒にはいられな」
「やだ!! どこにも行かないで!!」

 凄まじい勢いだった。なぜ見つかったのかも、なぜ変装が見破られたのかも分からない。
 彼のきょうだいへの愛情が少しばかり激しいことを、決して忘れていたわけではない。忘れていたわけではないが、エルンストももう大人だ。さすがにここまでなりふり構わず泣き叫ばれるとは思わなかった。

 ヴィルは横で目を白黒させ、「え……っ、似てねぇ……」と呟いていた。確かに髪の色も容姿の雰囲気もかなり違うが、気にするところはそこなのか。

「ちゃんとご飯も作るからぁ!」
「わ、分かった。分かったからもう少し静かに……」
「じゃあ帰って来てくれる??」
「えっ」
「お願い! 帰って来て……!」

 返事に困っていると、ヴィルと視線がかち合う。

「帰ってやりゃどうすか」
「だが……貴様はどうする」

 ヴィルの存在に気付き、エルンストはハッと息を飲んでそそくさと私の影に隠れる。……相変わらず、家族以外の他人は苦手らしい。

「……? あれ……?」

 だが、すぐにそろそろと顔を出し、首を傾げつつヴィルの近くへと歩み寄った。
 珍しいこともあるものだ。

「兄さん、この人は……?」

 私の方に振り返り、エルンストはおずおずと尋ねてきた。
 ヴィルの方はと言うと、気まずそうに頬をいている。

「友人だ。窮地の際に世話になった」
「そっか……。ありがとうございます」

 エルンストはぎこちなく微笑み、ヴィルに手を差し出した。
 ヴィルが握手に応じると、エルンストの表情がだらしなく緩む。

「えへへ……兄さんの匂いがする……よっぽど仲良しなんだね、二人とも……」
「……神父様。大丈夫っすかこの子」
「……まあ……少し、甘やかしすぎたかもしれん……」

 ……想定外の事態ではあったが、こうして、私はヴィルと共に実家の世話になることとなった。



 ***



 やがて寒さは和らぎ、窓から差し込む陽が春の気配をしらせ始める。
 迂闊うかつに外に出ることはできず、近隣住民にも存在を知られる訳にはいかない。それでも、長年慣れ親しんだ生家で過ごすのは心が安らいだ。

「ヴィル」

 名を呼ぶと、ヴィルは寝台の横に敷いた毛布を片付けながら応える。

「何すか?」

 共に寝ることも多いと言えば多いが、本人曰く寝台より床で寝た方が落ち着くとのことだった。……私を抱き枕にする場合は、その限りではないようだが。

「今日の昼頃、アリッサが来るらしい」
「へー! 妹さんっすよね? ちゃんと挨拶しなきゃなあ」

 正直なところ、彼女が「堕ちた」私を受け入れられるかどうか、不安がないわけではない。
 兄上もここにいれば……と、思ってしまう気持ちを、幾度となく振り切った。
 何となくだが……兄上であれば、私が男を愛そうが抱かれていようが、笑い飛ばすだけで済ませてくれるような気がしたのだ。

「アリッサは他人に対して警戒心が強い。くれぐれも気を付けろ」
「うっかり傷つけないようにってことっすか?」
「まあ……それもそうだが……彼女は身内以外を敵視しているところがある」

 アリッサについて、ヴィルに忠告を入れておく。アリッサはきょうだい唯一の女性ではあるが、喧嘩は少なくともエルンストより強い。

「分かりました。優しく接します!」
「……いや、そういう問題でもなくだな……」

 何やらヴィルは勘違いしているようだが、「女の子だから」などと油断すれば、怪我をするのはヴィルの方だ。アリッサは強い。私は幸い彼女と争ったことはないが、兄上でさえ腹にストレートパンチを喰らって悶絶していたほどだ。
 ……と、注釈する前に、玄関の方からノックの音が聞こえた。

「エルンストー? いるー?」
「姉さん!!!!」

 アリッサの声と共に、エルンストのやたらと弾んだ声も聞こえる。
 エルンストはきょうだい以外に信頼できる人間がいないため、少しばかり感情の矛先が我々兄と姉だけに向かいすぎている節がある。
 時折ヴィルが嫉妬心を燃やしているのも感じるが、おそらくは「義兄」の立場を狙っているのだろう。今のところはどうにか耐え、兄貴風を吹かせているようだ。

「姉さん、待ってたよ! 元気だった!? 今は病院に住み込みで働いてるんだっけ。ちょっと痩せたね……3キロくらい体重落ちた? あっ肌ツヤちょっとくすんでる! 夜遅くまで働かされてるの!? そんな……綺麗な肌なんだから全人類が労わらなきゃいけないはずなのに……」
「はいはい、結婚するんだから控えめにしとくのよ」

 しかし、私にも終始このような感じだが……確か、婚約者ができたのではなかったか……?
 大丈夫なのか? 色々と……。

 ……アリッサは、病院に住み込みで働いている、か……。

「……ちょっときょうだい想い超えてないっすか、アレ」

 物思いにふけっていると、ヴィルに話しかけられる。

「いつの間にか、あそこまで拗らせていてだな……」
「こんなん言うのもどうかなーって思うんすけど……キモいとか思わないんすか?」
「貴様も似たようなものだ。安心しろ」
「えっ、オレあそこまで酷くはなくねぇ!?」

 などと話しながら、リビングの方に向かう。
 暖炉の様子を見ていたエルンストが「あっ」と嬉しそうな声を上げ、元気良く振り向いた。
 灰色の目は私や兄上と同じだが、髪の色は他のきょうだい達と大きく異なり、ダークブラウンのくせ毛だ。顔つきも似ていないとよく言われたが、エルンストの風貌は亡き父に年々近付いている。例え似ていなくとも、血を分けたきょうだいであることに間違いはない。

「そうそう、姉さん! コンラート兄さんも帰ってきたんだよ! 体重は去年より7キロくらい減ってたけどここに来て2キロくらいは戻ったかな!! そもそも身体の造り自体がかなり変わってる感じもするけど、前より綺麗になったし色っぽくなっ」
「エルンスト、それ以上は良い。いや、頼むからやめてくれ」

 エルンストが余計なことまで報告し始めたので、口を塞いで止めた。

「コンラート兄さん……?」

 声の方に顔を向ければ、黒いロングスカートを着たアリッサが目を見開いて立ち尽くしている。
 髪の色は私や兄上と似ているが、彼女の場合は少しブロンドに寄っている。
 ……三つ編みが気に入っているのも、相変わらずのようだな。

「……ギルベルト兄さんが、『きっと生きてる』って言ってたわ……。本当だったのね……」

 緑がかった瞳に涙を浮かべ、アリッサは私の方に走り寄ってくる。
 ……と思えば、ヴィルの目の前で足を止めた。

 不味い……! 

 そう思った瞬間、鋭い蹴りがヴィルの首を狙って炸裂さくれつする。
 ヴィルはとっさに腕で止め、後方に飛ぶ。アリッサは小さく舌打ちをし、低い声で唸るように呟いた。

「誰だい、あんた」

 緑の目が、鋭くヴィルを睨みつける。
 思わず眉間を押さえ、溜め息を吐いた。
 ロングスカートを着ているのに突きではなく蹴りを繰り出すのもどうなのかとは思うが、そもそも言葉の前に攻撃が出るのもどうなのだ。

「アリッサ、落ち着け。彼は私の……」
「ダメだよ姉さん。その人、コンラート兄さんの恋人なんだから」

 と、私が説明する前に、エルンストが口を挟む。

「……!? えっ、エルンスト!? そ……それは誤解だ……!」 
「えっ、違うの?」

 なぜ気付かれている?
 気付かれるようなことをした心当たりは……
 ……いや、まあ……。……あるな……。

「はぁ? 何言ってんだエルンスト、あのコンラート兄さんが恋人なんか作るわけないだろ。しかも男じゃないか」

 ぐっ。
 アリッサにとって、私はまだ「敬虔けいけんな神父」なのだろう。
 ……どう、説明したものか……。

「こ、恋人ではないが……その、深い仲ではある」

 そう弁明すると、アリッサの目がきょとんと丸くなった。

「……そうなの? やだ、ごめんなさい。うっかり蹴っちゃったりして……」

 アリッサはスカートのシワを整え、そそくさと態度を変える。どうやら、考える前にすぐ手が出る癖も相変わらずのようだ。

「別にいいよ。聖職者仲間にも見えねぇだろうし、警戒すんのも無理ないって」

 ヴィルは特に気にしていないようだが……何はともあれ、双方に怪我がなくて良かった。

「本当にごめんなさい。しかも、エルンストも変なこと言ってたし……」
「気にすんなって、恋仲に見えるのも仕方ねぇから」
「えっ? どういうことなの?」

 ヴィルが余計なことを言う前に、咳払いをして遮っておいた。

「気にするなアリッサ。エルンストには、それだけ親密に見えたのだろう」
「ふーん……?」

 などと話していると、アリッサの表情が次第に曇り始める。
 ……理由に察しはつく。兄上のことだろう。

「……もう、ギルベルト兄さんの話は聞いた?」
「……ああ」

 家に帰ってすぐ、エルンストに兄上の話を聞いた。
 エルンスト以外にはきょうだいにすら隠していたようだが、兄上も吸血鬼だったらしい。悪魔祓いエクソシストに襲われ逃げ出した先で、帝国軍の銃撃に倒れた、と……。

「あの時、あたしの夫が、窓から逃げたギルベルト兄さんを追いかけてて……ボロボロになったギルベルト兄さんが、帝国軍に連れていかれるのを見たって言ってたの。止めようと叫んだらしいんだけど……武装した兵士の前じゃどうしようもなかった、って」

 話を聞く限り、死んだとは確定できない。帝国軍の方針が分からない以上、楽観視はできないが……まだ、希望は残されている。

「……兄上に調査が入ったのは、私が逃げたからか」

 ……だが。
 そこだけは、はっきりさせておきたかった。
 私が上手くやれていれば、兄上に危害が加えられることはなかったのか。
 あるいは……私が、処刑を受け入れていれば──

「コンラート兄さんは悪くないよ! むしろ、僕はまた会えて嬉しいし……!」

 エルンストが慌てたように私の手を握る。
 ああ、その返事は……

 肯定と、同じだ。

「あの時は必死で……何も、考えていなかった。私が逃げることで、おまえ達にどう影響が及ぶか……少し考えれば想像できただろうに」
「……やめて」

 懺悔の言葉を、アリッサが遮る。

「あたし達に、『そのまま処刑されてれば良かった』なんて言わせる気? コンラート兄さんが犠牲になるのだって、すごく悲しいのに」
「……! す、済まない……」

 アリッサの指摘には、項垂うなだれるしかなかった。
 ……だが、アリッサ。あれだけ夫婦仲が良かったというのに……なぜ、住み込みで働いている?

 それなりに、苦難の多い恋だったことを覚えている。

 ──兄さん、あたし……ヨセフを好きになったの。カウフマンの人……

 祖父が吸血鬼だったこと、信仰の違い、厄介者同士の家系……あらゆるしがらみを物ともせず、アリッサは夫と結ばれる道を選んだ。
 けれど、「吸血鬼」は祖父だけではなかった。……私と兄上も吸血鬼だったのだ。それを理由に、離縁された可能性は大いにある。

「……コンラート兄さん、前より元気ない……? 笑顔も少ないわ」

 私の顔を覗き込み、アリッサは心配そうに言う。私の代わりに、エルンストが答えた。

「上手く笑えなくなっちゃったんだって。ヴィルさんが言ってた」
「そう……」

 アリッサは拳をぎゅっと握り締め、何事か言おうとする。
 その時、玄関の方でノックの音が響いた。

「……! 席を外すべきか」
「あ、いいよいいよ! 玄関先で帰ってもらうから!」

 姿を見られないように気を遣ったが、エルンストは笑顔で断り、立ち上がる。
 アリッサの方は、俯いて何事か考えているらしい。

 しばらくして、玄関先からエルンストの呆けた声が聞こえた。

「……あ、カウフマンさん……」
「……え……っ」

 途端にアリッサは伏せていた顔を上げ、早足で玄関の方へと向かう。

「……カウフマンさん、って?」
「金貸しだ。……が、アリッサにとってはそれ以上の意味がある」
「それ以上……って、何すか」
「……。……夫の姓だ」

 様子を見るに、私の予想は当たっていたのだろう。……そう、思ったが……

「息子の遺品を届けに来ました」

 事態は、想像以上に悪かった。

「わざわざすみません、カウフマンさん……」
「いいえ。信教は異なるとはいえ、我々は同じ民族です。助け合うのは当然のことと言えましょう。私は、息子の最期を誇りに思います」

 アリッサの声と、しっかりとした女性の声が語り合う。
 逃げ出したくなる思いをこらえ、会話に耳を傾けた。

「息子は、愛する者を守って死にました。アリッサさん、アナタはそれだけ想われていたということ。我々はもはや親子ではなく、手を差し伸べる余裕すら持ちませんが……それでも、遺すべき物はあるはずです」

 なぜ。……本当に、なぜ。彼が死ななくてはならなかったのだろう。
 ヴィルが、私の手をそっと握る。手のひらから伝わる温もりが、乱れた呼吸をどうにか整えた。

「息子が……ヨセフが世話になりました。どうか、息災でお過ごしください」

 扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
 廊下を歩む足音が、間違いなく、私を責めている。

「…………ごめんなさい、コンラート兄さん」

 その声が耳に届くまで、どれだけの時間が経っていたのだろう。
 アリッサは瞳に大粒の涙を浮かべ、胸元のロケットを握り締めていた。中に入っているのは、おそらく……遺影か、遺髪か……

「あたし……本当は思っちゃった。どうして逃げたのって……どうしてお祖父じいちゃんみたいに受け入れてくれなかったのって、……あの人が殺された時に……。そんなこと、絶対思っちゃいけないのに……! ごめんなさい……っ!」

 泣き崩れるアリッサの前に、立ち尽くすしかできなかった。視界の端に、狼狽するエルンストの姿も見える。

「……済まない、アリッサ」

 そう、告げることしかできなかった。

「それ、神父様が謝ることじゃねぇから。悪ぃのは吸血鬼の身内ってだけで攻撃してくるヤツらだろ」

 ヴィルは眉をひそめ、私を擁護してくれる。

「……そうよ……その通りよ、コンラート兄さんは何も悪くないわ。それなのに……あたし……あたし……!」

 翠の瞳からボロボロと涙が溢れ出し、床に染みを作る。
 胸の奥底で、蓋をしたはずの記憶が騒ぎ始めた。

 ……私が、処刑を受け入れなかったのは……
 なりふり構わず逃げたのは……

「逆恨みってわかってんだろ? じゃあ、落ち着いてから話そうぜ。……好きな人が死んじまったら、そりゃあショックだよ」
「……本当に、ごめんなさい」
「謝るなら、オレじゃなく神父様にだぜ」
「コンラート兄さん……ごめんね。あたし……酷いことを……」

 ヴィルにさとされ、アリッサはどうにか落ち着いたらしい。

「いや……おまえに危機が及び、ヨセフ君が命を落としたのは、紛れもなく事実なのだろう。……私を恨むのも無理はない」

 あくまで冷静に振る舞うよう努めた。理屈がどうあれ、簡単に飲み込めるような状況ではない。
 ……仲睦まじい夫婦だった。二人が寄り添う光景も、私が守るべきものの一つだった。それは、間違いのない事実だ。

「私が祖父のようになれなかったのも、事実、なのだから」

 刹那。
 記憶の蓋を跳ね除け、閉ざされていた感情が濁流の如く溢れ出した。

 ──逃げたいかね?

「彼」の言葉は、あまりに唐突だった。

 ──その若さで、死にたくはないだろう?

 悪巧みをするように顔を近づけ、司祭エマヌエルは囁く。
 下卑げびた笑みを浮かべる唇の間から、ちろちろと赤い舌が覗いていた。……まるで、「創世記」に描かれた蛇のように。

 私は、既に処刑を受け入れる心づもりでいた。
 下手に動けば、家族にまで危害が及びかねない。
 エマヌエルは立場に甘んじ、隠れて他者を虐げる男だ。……聖職者らしからぬ、魂の腐った男だ。どんな取引を持ちかけられようが、突っぱねなくてはならない。……はずだった。

「……ッ、う……」
「神父様!?」

 現実が……ヴィルの声が、遠い。
 開いた傷口から血が流れ出すように、忌まわしい記憶がまざまざと眼前に蘇る。

 ──君は既に死んだことになっている。わざわざ処刑を行う必要はない
 ──教会の望みはおそらく、裏でひっそりと死んでもらうことだろうが……それではあまりに勿体ない
 ──そこでだ。私に飼われたまえ。コンラート
 ──なぁに、ハインリッヒによくしつけられていただろう? 飼い主が変わるだけだ
 ──嫌なら抵抗してみせるといい。……君に、そこまでの気概が残されているとは思わないがね

 エマヌエルは、私をなぶりながら嘲笑を浴びせ続けた。
 看守を買収し、弟子と共に後ろ盾のない私を好き勝手に弄んだのだ。
 抵抗しようにも身体は石のように固まり、ろくに動かせなかった。 
 ……ある一言を聞くまでは……

「コンラート兄さん!?」
「この症状……病院で見たことあるわ……!」

 遠くで、エルンストとアリッサの声が聞こえる。
 誰かが私の腕を掴む。

 ──神は

 その手を、その声を、必死で跳ね除けた。

「近寄るなッッッ!!」

 ──決して、君を救わない

 違う。違う。違う……!
 神は全ての民を救ってくださるはずだ。
 どれほど不完全な人間が過ちを重ねようとも。
 どれほどの不平等が存在しようとも。

 ……どれほど、不条理な現実であっても。

 神は、我らが父なる全能の神だけは、正しい道へ導いてくださると……

「神父様、大丈夫っすよ」

 優しい、声が聞こえた。
 恐る恐る、手を伸ばす。手のひらが心地の良い温もりに包まれ、背中にも慣れ親しんだ体温が触れる。

「もう、大丈夫だから」

 私が求めているのは、本当に「神」だろうか。

「……ヴィル……」

 ……例え、この想いが罪なのだとしても。

 私はもう、戻れない。
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