【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs4 ― Frühling des Abschieds ―

第4話 Geknackte Emotionen

「ギルベルト君は訓練中とはいえ、さる任務においては巧みな弁舌で成果を上げていました」

「軍曹」……紳士風の軍人は、眼鏡を押し上げ、穏やかな口調で語った。
 切れ長の黒い瞳が、私たちを探るように見つめている。

「自律思考が可能で、交渉もやってのける兵器……実に素晴らしい。これで忠誠心が強ければ、なおのこと良いのですがねぇ」
「……軍曹殿は手厳しい」

 上官からの皮肉めいた評価に肩をすくめ、兄上は私に手を差し出した。

「コンラート、お前も帝国軍に来い。軍功を上げれば上げるほど、帝国はアリッサやエルンストも保護してくれるようになる。悪い話じゃないはずだ」

 差し出された手を見つめる。
 兄上は、知っているのだろうか。
「あの日」……思想をたがえた司教様を排除するため、帝国が何を行ったのか。

 ……ああ。けれど。
「怪物」として駆逐くちくされるよりは、「兵器」として使を見出された方がましだと……

 兄上であれば、考えそうなことだ。

「……保護……。人質の間違いでは無いのですか」

 ぐっと拳を握りしめ、目を伏せる。

「ま、それでもなんの庇護ひごもないよりはマシだ」
「殺せば殺すほど、敵は増えます。明確な脅威として認識されれば、排除しようとする力も大きくなるでしょう」

「始末すればするほど、敵は強くなる」……かつて、マルティンは私にそう告げた。
 殺さなければ、殺されてしまう。……が、殺したところで新たな敵が現れる。どれほど繰り返したところで、悲劇が連鎖するだけだ。そこに、終わりはない。
 敵は、元より少ないに越したことはないのだ。

「全てねじ伏せるほどの力がありゃいい。誰もが恐れる存在になれりゃ、いずれ手出しされなくなる」
「……そうなったとしても、騙し討ちに怯える日々を生きることになりますが」
「それでも、死ぬよりはマシだろう?」

 灰色の瞳が、くらい光を宿す。
 何も、返せなかった。
 ……私も、兄上も、「死」を知っている。
 命が潰えていく恐怖を、苦痛を、絶望を、知っている……。

「大丈夫っすよ、神父様。オレは味方なんで」
  
 ヴィルの声が、闇に絡め取られた心を引き戻す。
 乱れた呼吸を整え、どうにか、言葉を絞り出した。

「兄上。……私の師を……ハインリッヒ司教様を襲ったのは、帝国の意向ですか」

 私の問いに、兄上は眉をひそめる。

「……なんでそう思う?」
「確証がある訳ではありませんが……状況を思えば、そう考えるのが自然かと」

 その反応は……兄上、もしや、知っておられるのですか?
 あの惨劇を……司教様も、修道女達も、信徒達も、その場に居合わせた者達も、みな殺された「あの日」を、知って……?
 兄上はちらりと上官の方を見やり、「どうしますか」と尋ねる。

「ふむ……質問に答える前に、こちらからも一つ、よろしいですかな?」

 その問いには、有無を言わせぬ響きがあった。疑問形とはいえ、私の「いいえNein」は、望まれていないのだろう。
 ……話を先に進めなければならない。「……どうぞ」と返答し、続きを促す。

「我らが帝国が成立した喜ばしき日が、いつだったか……もちろん、答えられますな」

 ……。
 確かに、一般常識の範疇はんちゅうではあるが……意図が分からない。どうして今、そのようなことを……?

「1871年の……1月18日、でしたか。それが一体……?」

 ヴィルが驚いたようにこちらを見る。……どうやら、知らなかったらしい。
「軍曹」は大きく頷き、切れ長の目をさらに細めた。

「よろしい。小国が乱立し、まとまりのなかったドイツは皇帝陛下のもとで一つになりました。ゆえに、我々国民は一致団結し、偉大なる祖国の繁栄のため力を尽くさねばならない……ここまでは、当然ご理解いただけておりますな?」

「軍曹」は穏やかに、それでもしっかりとした口調で畳みかけてくる。

「皇帝陛下は新航路を掲げ、この国に更なる栄光と繁栄をもたらすために歩んでおられます。その陛下に歯向かい、あまつさえ足を引っ張るなどと……それだけで大罪と言えましょうや」

 ……つまりは……「必要な粛清だった」と……。
 ぎりりと歯噛みし、黒い瞳を睨みつける。

「罪のない修道女や、居合わせただけの信徒を殺めてでもですか」
「……やれやれ。やはり、基礎から理解していただかねばならないようですな」

 男は両手を広げて肩を竦め、大げさにため息をついた。

「我々国民はみな、誇り高き祖国のために命を賭すべきなのです。我々の命はすべて、偉大なる帝国のために存在する。そこに疑問を差し挟む余地などありますまい?」

「軍曹」は眼鏡を押し上げ、穏やかな笑みを崩さずに、語り続ける。
 有無を言わせない「圧」が、言葉の端々から伝わる。
 問答や議論をする気など、元よりないのだろう。この男の中で、答えは既に定まっている。……間違いなく、話の通じない相手だ。

「ああ、けれど教会の権威は未だ根強い。非常に遺憾なことですが、特に西や南では、帝国への忠誠心を脅かすほどの求心力をお持ちだ。面と向かって争うには、少々厄介なことが多すぎましてねぇ」
「……軍曹殿、貴方と話しても無駄だとは理解しました」

 これ以上彼と話をしても、時間の無駄だろう。……だが……

 兄上は、どうだ?

 ごくりと息を飲み、兄上の方に視線を移す。

「……兄上……。本気で、私が帝国側にくみするとお考えなのですか」
「賛同するとはハナから考えてないさ。……だが、

 その言葉には、「……そうですか」と呟くしかなかった。

「お前にも譲れない信念があるんだろうが……時には曲げてでも自分の利になる選択をするのが賢さってものだ」
「ええ……兄上は、それができる方です。だからこそ激しい競争の中でも、射落とされずに事業を成功させてきたのでしょう」
「……違うな、コンラート。俺は、んだ」
「……」

 何も、言い返せない。
 兄上が大変な思いでダールマン家を守ろうとしていたのは、私もよく知っている。
 ……彼に無理を強いたのは、私でもあるのだ。

祖父じいさんがすべきことは、大人しく死を受け入れることじゃなかった。敵をぶっ倒し、子々孫々が穏やかに暮らせる土台を作ることだった。……だから俺は、あの耄碌もうろくジジイができなかったことをやる」
「……! それは違います! 祖父さまは自らを犠牲にすることで、家族にだけは火の粉が降りかからぬようにと……!」
「だがお袋は身を投げ、親父も死んだだろう。お前も異端として殺されるところだった」
「それは……!」
「人間の敵意や悪意を、お前だってもう理解したはずだ。どれほど真っ当な手段を用い、どれだけ清廉であろうとしても、そんなものは通用しない。一度敵対したなら、殺すか殺されるか……二つに一つだ」

 兄上の言葉には、昔から説得力があった。
 交渉力だけではない。彼の放つ気配が、その弁舌を後押しするのだ。
 ……ああ、だが、今思えば……それが、兄上の能力ブーケだったのかもしれない。
 悪魔祓いは匂いブーケで吸血鬼を判別するのだと聞いた。洞窟内が火薬の臭いで満たされていたのは、嗅覚を鈍らせ、「吸血鬼」の存在をマルティン達に勘づかれないようにするためだったのだろう。

「……いや、おかしくねぇ? 家族を守るために帝国に従うっつったのに、神父様が逆らうなら殺すってさ……言ってることめちゃくちゃっすよ」

 私の方に近づいたヴィルが、そう問うてくる。

「……元はと言えば、私が至らぬばかりに兄上を窮地きゅうちに追い込んでしまったのだ。エルンストとアリッサを優先するのも仕方あるまい」

 ……私が、上手く立ち回れてさえいれば。
 兄上に調査が入ることも、みなに危険が及ぶこともなかった。
 それは、紛れもない事実だ。

「仮にそうだとしても、『国民の命は帝国のためにある』なんて堂々と言っちまう野郎が上司なんすよ?」
「ああ……どう足掻いても『人質』として枷をはめられるとしか思えない。……だが……」

 乱れた呼吸をどうにか押し殺し、兄上の方を見る。
 兄上の考えに、心当たりは確かにある。……けれど……本音を言えば、その仮説を認めたくはない。

「言いたいことあるなら言っちゃいましょ。負い目があるっぽいけど、お兄さんだって神父様が処刑されそうな時に何もしなかったじゃないすか」

 ヴィルは、相変わらず私の肩を持ってくれる。

「言っただろう。人質扱いでも、何の庇護もないよりマシだ」

 兄上は、あくまで淡々と語る。……だが、兄弟だからこそ、見えてしまう闇がある。

「……ッ、繕わずに本音を言えば良いでしょう! 『より楽な方を選んだ』と……!」

 たまらず、叫ぶように訴えた。その場が、シンと静まり返り……やがて、クックッと愉快そうな声が響き始める。自暴自棄にも思える、そんなわらい声だった。

「バレちまったか……。ああ、そうだよ。流れに乗っちまえば後は楽だ。自分のできる範囲のことをやって、成り行きに任せればいい。……どうせ、正解なんかどこにもねぇんだからな」

 淀んだ灰色の瞳が、ランプの光に照らされる。

「もう……疲れちまったんだよ。……道を選択するのって、面倒だよな。道を作るのはもっと面倒だ。そんなら誘われた道を行って、後から理屈をつけちまう方がよっぽど楽だ」
「……。……兄上……。申し訳ありません。……そこまで追い詰めてしまったのは、私でもあるのでしょう」

 拳を血が滲むほど握り締める。……私が、弟としてもっと力になれていれば、兄上に辛い選択を強いることもなかったのだろう。
 感傷に浸る間もなく、今まで黙っていた軍曹が口を挟んだ。

「話は終わりましたか? こちらとしては、脅威になりかねない『兵器』は処分するほかありませんし、機密情報を外に『逃がす』わけにはいかないのですがねぇ」
「……了解であります」

 軍曹に向かって敬礼をし、兄上はいたって軽い口調で私に語りかける。

「兄弟げんかと行こうぜ、コンラート。死にたかねぇのはお前も同じだろ?」

 兄上の瞳が赤く染まる。
 こうなれば、もう、仕方がないのだろう。泣こうが喚こうが、現実は変わらない。

「わかりました。……まもるべきものがある以上、私も譲れません」

 ……兄上の言う通り、戦う他ないのだ。
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