【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs4 ― Frühling des Abschieds ―

第5話 Wie Sie Ihre Macht nutzen

 兄上の蹴りが私の胸に食い込み、骨のへし折れるいやな音が響く。

「かは……っ」

 少量の血が口元からこぼれ落ちるが、負けじと体勢を立て直す。爪で軍服の首を引き裂けば、真っ赤な鮮血が傷口から噴き出した。

「おっと……!」

 兄上は即座に後方に飛び、距離をとった。
 へし折られた骨はすぐに癒え、切り裂かれた傷もすぐに塞がる。戦況は一進一退。実力は互角ごかく、と言ったところか。

「へぇ、いい動きだな。どこで覚えてきた」
「……良い指南しなんを受けることができまして」

 私に足りぬものは経験で、ヴィルに足りぬものは知識だ。実家にて、時には間合いの取り方を学び、時には本の読み方を教え……我々は、互いに足りぬものを補い合うことができた。
 旅の最中。傷付き、欠けた心のきずを埋め合ったように。

「指南、か。喧嘩嫌いのお前がねぇ」
「……必要に迫られれば、致し方ありません」

 私の言葉に、兄上は「そうかい」と返し、再び間合いを詰めてくる。

「……ッ」

 腕で拳を防ぎ、足払いをかける。

「おっと……!」

 兄上は倒れる前に受け身をとり、続く打撃も転がって交わした。拳の食い込んだ岩盤が、みしりと音を立てる。
 ちらりとヴィルと「軍曹」の様子を確認する。……どうやら、あちらは膠着こうちゃく状態のようだ。

余所見よそみすんなよ。人間は人間どうし、化け物は化け物どうしで仲良くやろうぜ」

 兄上は赤い眼を爛々と輝かせ、再び私に組み付いた。
 投げ技を仕掛けられるが、足を踏ん張って耐える。この、さほど力を入れなくとも安定しやすい体勢も、ヴィルから教わった。

「……あの方は、強いのですか」

 少しでも情報を引き出そうと、問いかける。

「バウアー軍曹か? あの人の腹ン中は俺にも分かんねぇな。……ま、読み合いに持ち込まれちまったんなら、あの人のが有利だろう」

 どうやら、ヴィルと相対する彼は「バウアー軍曹」という名らしい。

「……何者なのですか、彼は」
「『実験』に回されそうな俺を戦力として見出してくれた恩人……って言やあ聞こえはいいが、単にお手柄を求めてるだけだ。要するに、利害関係が一致したってとこだな」

 そこまで言って、兄上はわずかに眉をひそめた。

「何でも、異邦いほうの血を引いてるんだと。……そのために、苦労してきたんだと」
「……」
「そう言われちまえば、ちっとばかし、肩入れしたくはなるだろう。……なぁ?」

 血色に染まった瞳がギラリと輝き、鋭い拳が顔面に飛んでくる。
 咄嗟とっさに受け止め、反撃を繰り出そうと──

 その時だった。

 銃声が廃坑内に響く。……続いて、悲鳴が耳をつんざいた。

「ぎ、ぃ、ぁあ……っ!? な、なんだ、こ、この、力は……!?」

 凄まじい悲鳴だった。
 ……が、ヴィルの声ではない。

「ヴィル! どうした、無事か!?」
「軍曹殿、悲鳴が聞こえましたが……?」

 戦う間に位置が遠ざかったのだろう。遠くでランプの光が揺らめき、ヴィルの姿と、倒れ伏した軍人の姿を映し出す。

「神父様、動かねぇでください」

 ヴィルの声が言う。
 ヴィルは地面にランプを置き、静かに銃を構えた。……そのまま放たれた銃弾を、兄上は事も無げに受け止める。
  
「……何だ? 下手くそな狙撃だな」

 違う。それは……陽動だ。
「狙い通り」とばかりに、ヴィルの口角が上がる。

「んなもん慣れてねぇに決まってんだろ、バーーーーカ!!!」

 一瞬の出来事だった。
 ヴィルは銃をナイフに持ち替え、暗がりを弾丸のように走り抜ける。軍服の脇腹にナイフが突き刺さり、そのまま下の方へと切り裂かれる。

「ぐぅ……っ!?」

 あふれた血が軍服を濡らし、裂かれた脇腹が血を流し続ける。……自然治癒は発動しない。以前、ヴィルがテオドーロから聞いたという話は、真実だったのだろう。
 兄上は出血の止まらない脇腹を押さえ、地面にがくりと膝をついた。

「……は……? 回復、しねぇ……?」

 兄上は掠れた声で、呆然と呟く。

「……兄上。勝負はつきました。これ以上は……どうか、お止めください」

 あくまで静かに、声をかけた。兄上は信じられないと言った様子で目を白黒させ……やがて、乾いた笑いを漏らした。

「は、はは……強いな、そいつ……。どこで、そんな番犬拾ってきた……?」
「……番犬ではありません。彼は、私の……。……相棒です」

 どう表現するかは悩んだが、そういうことにしておこう。
 ヴィルが隣で色めきたっているのが伝わるが……頼む、今は黙っていてくれ。

「相棒、ねぇ……。……そりゃあ、良かったよ。独りで死なれてたら……俺も、寝覚めが悪かったところだ……」
「……兄上……」

 兄上も、私と同じように負い目を抱えていたのだろうか。「見捨てる」という選択を、悔いておられたのだろうか……。

 はぁ、はぁ、と息を荒らげ、兄上はふらふらと立ち上がる。
 軍靴ぐんかの音が、かつ、かつと反響する。気絶したバウアー軍曹のそばに歩み寄り、兄上は両手を上げて降参の意思を示した。

「……で、本当はどういう関係だ」
「……はい?」
「惚れてるんだろう。……顔を見りゃわかる」
「えっ……」

 兄上は青ざめながらも、私の反応を楽しむようにニヤニヤと笑う。

「良い顔するようになったな。……極上のオンナの顔だ」
「あ、兄上、あの……?」
「わかってんじゃねぇすかお兄さん。神父様、ほんとにヤバいんすよ」
「ヴィル……!?」
「ははは……っ、……そうだよなぁ。惚れた相手がそばにいるんなら、頑張っちまうよなぁ……」

 兄上は、負けたとは思えないほど楽しそうな声で笑う。……やはり、この人に隠し事はできないらしい。
 ……と、兄上はぐるりと周囲を見渡し、大きく息をついた。灰色に戻った瞳がすっと細められ、真剣な表情が現れる。

「……早く逃げろ。この場所は軍曹にしか教えてないが……『兵器』が周りを固めてる」
「……! 兄上は……」
「いざと言う時のために、爆薬の起爆剤を渡されてる。お前らが避難した後に爆破して……あとはまあ、適当に逃げるさ」

 兄上は軽い口調で語るが……その真意は、すぐにわかった。

「……死を、選ぶおつもりですか」

 私の問いに、兄上はあくまで明るく、平然と答える。

「別に良いだろ……? もう、疲れちまったんだ」

 死を決意したとは思えないほどに、明るい声で……
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