【R18】堕ちた神父と血の接吻【完結済】

譚月遊生季

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Die Geschichte des Vampirs4 ― Frühling des Abschieds ―

第7話 Ich bin dein Gift

 幼い頃の、夢を見た。
 エルンストが産まれたばかりの頃。環境の変化に戸惑っていた私を、兄上が遊びに誘ってくれたことがある。

「べ、別に、わざわざ気をつかってくれなくても……」
「いーや、今日はお前と二人っきりで遊ぶ! もう決めた!」

 当時の私には、兄上が自由な存在に見えていた。奔放ほんぽうな兄の姿は眩しく、憧れの存在でもあった。
 けれど、違った。
 兄上は不自由の中で、少しでも明るく生きようとしていたに過ぎない。

「……ート……! おい! しっかりしろ、コンラート……!」

 肩を揺さぶられる感触で、意識が現実へと引き戻される。
 激しい痛みが、まだ、生きているのだと伝えてきた。

「バカ野郎ッ! なんでこんな真似しやがった……!」

 身じろぐたび、ぴちゃりと水音が反響する。胸の辺りまで泉に浸かっているのだと気付くのに、少し、時間がかかった。

「兄……うえ……」

 どうにか、言葉を絞り出す。

「ご無事、でしたか……?」

 兄上はさっと青ざめ、ぎりりと唇を噛み締めた。

「ああ。……誰かさんのおかげでな」

 兄上の瞳が私の左半身を映し、悲しげに細められる。
 左腕を失ったのだと、その時、ようやく気が付いた。

「だが……脱出できるほどの力は残っちゃいねぇ。このままじゃ、二人とも閉じ込められて終わりだ」

 ずきん、ずきんと、全身が痛みを訴える。
 意識が沈みかける中、ほとんど思考を介することなく、言葉があふれ出た。

「いいえ」

 信じている……などと言った、生易しいものではない。
 私は、
「彼」の想いの重量を。常軌じょうきいっするほどの、愛を──

「ヴィルが、迎えに来ます」



 ***



 兄上に背負われたのは、いつぶりだろうか。

「この泉は俺ら『吸血鬼』にとっていい薬だ。しばらく浸けといてやるから、寝て休め」

 兄上の言葉にどうにか頷き、痛みに苛まれた意識を手放す。

 ヴィルは、怒るだろうか。
 ……怒るだろうな。

 それでも、私は、立ち向かわなくてはならなかった。
 神に許しを乞うために。
 ヴィルの愛を受け入れ、共に歩むために……

 ばしゃばしゃと、荒っぽい水音が反響する。

「……良かったな。ちゃんと迎えに来てくれたぜ」

 眩い光が、閉じたまぶたの上から眼球を突き刺した。

「神父様ッッッ!!!!」

 馴染みのある声が、私を呼ぶ。
 頬に、慣れ親しんだ体温が触れる。

「……! 腕……っ!? 左腕、どうしたんだよ!?」
「悪い……探しはしたんだが、見つからなくてな……」

 兄上は苦しげに息をつき、私の身体をヴィルに預ける。

「……このバカ、俺が動けなくなったとたん怪物相手に散々暴れて、挙句の果てには落石から俺を庇いやがった……。……ったく、回復力も落ちてるしここらで終わりかーって思ったんだが……あそこまでされたら、死ぬに死にきれないっつの……」

 かつてのように優しい手つきで、兄上は私の頭を撫でた。

「ここの泉質は俺らによく効く。……そのうち起きるだろう」

 ヴィルの腕に、身体を預ける。まだ、自分の意思で動くことはできない。

「腕……見つけられたら繋がるかもしれないけど……人間の腕じゃくっつかないだろうね……」
「……ああ……。本人のはたぶん、岩に潰されただろうし……厳しいよなぁ……」

 テオドーロと、兄上が話し合う声がする。

「一応、探してみるか。……あのアホ上司も、弔うぐらいはしてやりたいしな」
「まあ……君も重傷なわけだし、程々にね……?」

 薄目を開けば、穏やかな光が、私達を包み込んでいるのがわかる。
 ランプと……これは……ヒカリゴケ、だろうか。

「……ヴィル?」

 私をかき抱く手は、震えていた。

「……もう、無理に戦わなくて良いんすよ。神父様」

 薄く開いた唇から、血の味が滲む。
 糧を与えられ、傷ついた肉体が癒えていく。
 霞んだ視界が、ゆっくりと晴れ渡る。

「これじゃ……逃げたくても、逃げられねぇよな」

 微笑むヴィルの瞳に、仄暗いよろこびがある。

「言った、だろう」

 彼の頬に、片方だけになった手を伸ばした。

「私を……逃がすな」

 自然と、笑みがこぼれる。
 ああ……

 光あふれる楽園でもなく。
 されど、冷たい風の吹き荒ぶ荒野でもなく。
 薄暗くて、温かい、彼の腕の中……

 彼にはもっと、ふさわしい立ち位置があるのだとしても。……私のために、彼を、仄暗い地下にはしらせたのだとしても。
 間違いない。
 ここが、私の居場所だ。
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