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Die Geschichte des Vampirs4 ― Frühling des Abschieds ―
第7話 Ich bin dein Gift
幼い頃の、夢を見た。
エルンストが産まれたばかりの頃。環境の変化に戸惑っていた私を、兄上が遊びに誘ってくれたことがある。
「べ、別に、わざわざ気をつかってくれなくても……」
「いーや、今日はお前と二人っきりで遊ぶ! もう決めた!」
当時の私には、兄上が自由な存在に見えていた。奔放な兄の姿は眩しく、憧れの存在でもあった。
けれど、違った。
兄上は不自由の中で、少しでも明るく生きようとしていたに過ぎない。
「……ート……! おい! しっかりしろ、コンラート……!」
肩を揺さぶられる感触で、意識が現実へと引き戻される。
激しい痛みが、まだ、生きているのだと伝えてきた。
「バカ野郎ッ! なんでこんな真似しやがった……!」
身じろぐたび、ぴちゃりと水音が反響する。胸の辺りまで泉に浸かっているのだと気付くのに、少し、時間がかかった。
「兄……うえ……」
どうにか、言葉を絞り出す。
「ご無事、でしたか……?」
兄上はさっと青ざめ、ぎりりと唇を噛み締めた。
「ああ。……誰かさんのおかげでな」
兄上の瞳が私の左半身を映し、悲しげに細められる。
左腕を失ったのだと、その時、ようやく気が付いた。
「だが……脱出できるほどの力は残っちゃいねぇ。このままじゃ、二人とも閉じ込められて終わりだ」
ずきん、ずきんと、全身が痛みを訴える。
意識が沈みかける中、ほとんど思考を介することなく、言葉が溢れ出た。
「いいえ」
信じている……などと言った、生易しいものではない。
私は、知っている。
「彼」の想いの重量を。常軌を逸するほどの、愛を──
「ヴィルが、迎えに来ます」
***
兄上に背負われたのは、いつぶりだろうか。
「この泉は俺ら『吸血鬼』にとっていい薬だ。しばらく浸けといてやるから、寝て休め」
兄上の言葉にどうにか頷き、痛みに苛まれた意識を手放す。
ヴィルは、怒るだろうか。
……怒るだろうな。
それでも、私は、立ち向かわなくてはならなかった。
神に許しを乞うために。
ヴィルの愛を受け入れ、共に歩むために……
ばしゃばしゃと、荒っぽい水音が反響する。
「……良かったな。ちゃんと迎えに来てくれたぜ」
眩い光が、閉じた瞼の上から眼球を突き刺した。
「神父様ッッッ!!!!」
馴染みのある声が、私を呼ぶ。
頬に、慣れ親しんだ体温が触れる。
「……! 腕……っ!? 左腕、どうしたんだよ!?」
「悪い……探しはしたんだが、見つからなくてな……」
兄上は苦しげに息をつき、私の身体をヴィルに預ける。
「……このバカ、俺が動けなくなったとたん怪物相手に散々暴れて、挙句の果てには落石から俺を庇いやがった……。……ったく、回復力も落ちてるしここらで終わりかーって思ったんだが……あそこまでされたら、死ぬに死にきれないっつの……」
かつてのように優しい手つきで、兄上は私の頭を撫でた。
「ここの泉質は俺らによく効く。……そのうち起きるだろう」
ヴィルの腕に、身体を預ける。まだ、自分の意思で動くことはできない。
「腕……見つけられたら繋がるかもしれないけど……人間の腕じゃくっつかないだろうね……」
「……ああ……。本人のはたぶん、岩に潰されただろうし……厳しいよなぁ……」
テオドーロと、兄上が話し合う声がする。
「一応、探してみるか。……あのアホ上司も、弔うぐらいはしてやりたいしな」
「まあ……君も重傷なわけだし、程々にね……?」
薄目を開けば、穏やかな光が、私達を包み込んでいるのがわかる。
ランプと……これは……ヒカリゴケ、だろうか。
「……ヴィル?」
私をかき抱く手は、震えていた。
「……もう、無理に戦わなくて良いんすよ。神父様」
薄く開いた唇から、血の味が滲む。
糧を与えられ、傷ついた肉体が癒えていく。
霞んだ視界が、ゆっくりと晴れ渡る。
「これじゃ……逃げたくても、逃げられねぇよな」
微笑むヴィルの瞳に、仄暗い悦びがある。
「言った、だろう」
彼の頬に、片方だけになった手を伸ばした。
「私を……逃がすな」
自然と、笑みが零れる。
ああ……
光溢れる楽園でもなく。
されど、冷たい風の吹き荒ぶ荒野でもなく。
薄暗くて、温かい、彼の腕の中……
彼にはもっと、ふさわしい立ち位置があるのだとしても。……私のために、彼を、仄暗い地下に奔らせたのだとしても。
間違いない。
ここが、私の居場所だ。
エルンストが産まれたばかりの頃。環境の変化に戸惑っていた私を、兄上が遊びに誘ってくれたことがある。
「べ、別に、わざわざ気をつかってくれなくても……」
「いーや、今日はお前と二人っきりで遊ぶ! もう決めた!」
当時の私には、兄上が自由な存在に見えていた。奔放な兄の姿は眩しく、憧れの存在でもあった。
けれど、違った。
兄上は不自由の中で、少しでも明るく生きようとしていたに過ぎない。
「……ート……! おい! しっかりしろ、コンラート……!」
肩を揺さぶられる感触で、意識が現実へと引き戻される。
激しい痛みが、まだ、生きているのだと伝えてきた。
「バカ野郎ッ! なんでこんな真似しやがった……!」
身じろぐたび、ぴちゃりと水音が反響する。胸の辺りまで泉に浸かっているのだと気付くのに、少し、時間がかかった。
「兄……うえ……」
どうにか、言葉を絞り出す。
「ご無事、でしたか……?」
兄上はさっと青ざめ、ぎりりと唇を噛み締めた。
「ああ。……誰かさんのおかげでな」
兄上の瞳が私の左半身を映し、悲しげに細められる。
左腕を失ったのだと、その時、ようやく気が付いた。
「だが……脱出できるほどの力は残っちゃいねぇ。このままじゃ、二人とも閉じ込められて終わりだ」
ずきん、ずきんと、全身が痛みを訴える。
意識が沈みかける中、ほとんど思考を介することなく、言葉が溢れ出た。
「いいえ」
信じている……などと言った、生易しいものではない。
私は、知っている。
「彼」の想いの重量を。常軌を逸するほどの、愛を──
「ヴィルが、迎えに来ます」
***
兄上に背負われたのは、いつぶりだろうか。
「この泉は俺ら『吸血鬼』にとっていい薬だ。しばらく浸けといてやるから、寝て休め」
兄上の言葉にどうにか頷き、痛みに苛まれた意識を手放す。
ヴィルは、怒るだろうか。
……怒るだろうな。
それでも、私は、立ち向かわなくてはならなかった。
神に許しを乞うために。
ヴィルの愛を受け入れ、共に歩むために……
ばしゃばしゃと、荒っぽい水音が反響する。
「……良かったな。ちゃんと迎えに来てくれたぜ」
眩い光が、閉じた瞼の上から眼球を突き刺した。
「神父様ッッッ!!!!」
馴染みのある声が、私を呼ぶ。
頬に、慣れ親しんだ体温が触れる。
「……! 腕……っ!? 左腕、どうしたんだよ!?」
「悪い……探しはしたんだが、見つからなくてな……」
兄上は苦しげに息をつき、私の身体をヴィルに預ける。
「……このバカ、俺が動けなくなったとたん怪物相手に散々暴れて、挙句の果てには落石から俺を庇いやがった……。……ったく、回復力も落ちてるしここらで終わりかーって思ったんだが……あそこまでされたら、死ぬに死にきれないっつの……」
かつてのように優しい手つきで、兄上は私の頭を撫でた。
「ここの泉質は俺らによく効く。……そのうち起きるだろう」
ヴィルの腕に、身体を預ける。まだ、自分の意思で動くことはできない。
「腕……見つけられたら繋がるかもしれないけど……人間の腕じゃくっつかないだろうね……」
「……ああ……。本人のはたぶん、岩に潰されただろうし……厳しいよなぁ……」
テオドーロと、兄上が話し合う声がする。
「一応、探してみるか。……あのアホ上司も、弔うぐらいはしてやりたいしな」
「まあ……君も重傷なわけだし、程々にね……?」
薄目を開けば、穏やかな光が、私達を包み込んでいるのがわかる。
ランプと……これは……ヒカリゴケ、だろうか。
「……ヴィル?」
私をかき抱く手は、震えていた。
「……もう、無理に戦わなくて良いんすよ。神父様」
薄く開いた唇から、血の味が滲む。
糧を与えられ、傷ついた肉体が癒えていく。
霞んだ視界が、ゆっくりと晴れ渡る。
「これじゃ……逃げたくても、逃げられねぇよな」
微笑むヴィルの瞳に、仄暗い悦びがある。
「言った、だろう」
彼の頬に、片方だけになった手を伸ばした。
「私を……逃がすな」
自然と、笑みが零れる。
ああ……
光溢れる楽園でもなく。
されど、冷たい風の吹き荒ぶ荒野でもなく。
薄暗くて、温かい、彼の腕の中……
彼にはもっと、ふさわしい立ち位置があるのだとしても。……私のために、彼を、仄暗い地下に奔らせたのだとしても。
間違いない。
ここが、私の居場所だ。
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