【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

文字の大きさ
8 / 92
序章 迷い蛾

8. 2016年春 Part4

しおりを挟む
 物語は進んでいく。誰かの人生をなぞるように、確実な未練を滲ませて訴えかけてくる。……この先に何があるのか、これっぽっちも悟らせないまま……事態は確実に動いていく。

 一番不思議なのは、この不条理に、どこかで納得してる俺がいることだった。
   


 ***




──証言は続く

 その日、出勤すると僕のデスクに一冊の画集が置いてあった。
「……何ですか、これ」
「気になって知り合いの絵描きに頼んだ。嫌いじゃねぇんだが見ててなんか……とりあえず感想頼む」

 いつも余裕そうに煙草をふかしてばかりのくせに、今日はやけに顔色が悪い。完全にため口になっているあたりに、理性の弱体化を感じる。とりあえず筆名を見ると……

「……Sang?」

 アドルフさんが、横からそっと埃をかぶった辞書を差し出した。Sangサン……フランス語で、「血液」。やけに物騒な名前だけど、どこかで聞いたことがあるような気もする……?
 表紙には赤みがかった空に飛行機雲という何とも平和な絵。
 ページをめくると、再び似た構図の絵が目に入った。

「……うん?」

 どうやら二連作だったらしい。中表紙には表紙より明るめな空に廃墟。『黄昏』と『夜明け』が二作のタイトル。ちなみに廃墟の方が『夜明け』。……悪趣味な作風なんだろうか、と苦笑した。
 作者のプロフィールにも「詳細は不明」って、まあ芸術家は変な人が多いと聞くけれど……

「……あれ?」

 次のページを開いて、驚いた。色彩のセンスはずば抜けているけれど、デッサンが表紙の絵とは違う。下手というわけでもなく、ただなんというか……しっくりこない。
 別の画家が講評しているけど、
「この時代がSangと呼ばれる画家の黎明期と推測されている。当時の評価を見ると、『緻密な彩色に対しあまりにも荒く稚拙なデッサンには大きな隔たりがある』等と芳しくない。おそらく試行錯誤を重ねた時期だろうが、二十年の月日による成長を感じるには欠かせない一枚ともいえよう」とのこと。

「そこまでひどい線だとは思いませんし、組み合わせが悪いだけなんじゃ……」
「芸術家先生の考えることは俺にゃわからねぇな」

 それもそうだけど、過去の講評はなんというか、悪意を感じるような気もする。
 ページを次々めくっていくと、いきなり寒気がして画集を閉じてしまった。背中に何かがじわじわと近寄り、静かに纏わりついていくような……。思わずアドルフさんの方を見ると、とりあえず開けと視線で合図。

 貧乏くじだ!!!!

 心の中で叫びながら、そっと開ける。
 金髪の女性が眠っている……ただそれだけの絵。女性は少し不機嫌そうに横になっていて、白い手がたぶん……起こそうと? している。本当にそれだけ。
 白い手は男女どちらかわからないけど、細くて筋張った……おそらく左手。肩に触れるか触れないかの位置で止まっていて、よくあるほほえましい光景にしか見えない。タイトルは……

『悪魔』

 な、何か知らないけど怖い!
 耳元でどくんどくんと響くくらい高鳴る心臓と、じっとりと指先にまで噴き出す汗を気にしながら次のページへ。
 絵を直視することがおそろしく、タイトルを見る。『女神』。なーんだ、大げさなだけか。そう思って絵を見て……

 息が、止まった。
 大したものは描いてない。確かに構図を説明したらそうだけど、でも、なぜか、手が震えて寒気が止まらなかった。
 先ほどの女性は正面を向いている。そして確かに微笑んでいる。細い手……今度は右手が女性の頬に添えられている。本当に、ただそれだけの、平和すぎるほどの構図……
 説明文を見ると、「『Sang』名義はこの絵が初出である。モデルの女性の素性は不明」とだけ。

 それ以降、めくるたびに進化を遂げているのは素人目にもわかった。でも、先ほどの悪寒は襲ってこない。途中でぎくりと目に留まるものは数枚あったけど、それでも『女神』と比較すれば大した恐怖じゃない。
 ……後半になって気づいた。

「……これ、あの湖ですよね?」
「次のは郊外の森だな」

 ……どうやら、この街がモデルになっている絵もあるらしい。二十年ぐらい前に描いていた作品を見るに、おそらく四十歳は超えている人の気がする。すれ違っているかもしれない思うと、顔が少し熱くなった。
 そして、最後のページ。

「……え」

 夕焼け空に、繋がれた手。片方はおそらく子供。タイトルは、『憧憬』。左側の小さな手が控えめに細い指を掴んでいる。……見覚えがある。『悪魔』、『女神』で見た手だ。ずきんと胸の奥で痛みが響いた。
 画集を閉じる。……裏表紙が目に入って、更に締め付けられるような痛みを感じた。似たような背景だけど、今度は、右側に小さな手がある。『憧憬』よりはしっかりと繋がれているけど、特に大きな違いがあるとも思えない。タイトル表記はなし。
 何となく気になって、カバーをめくった。

「……『追憶』……」

 アドルフさんの方を見ると、怪訝そうな顔をしながら聞いてきた。

「……思ったより反応するんすね」
「確かに、映画とかでよく泣くタイプですけど……」

 絵画に造詣は深くなかった。特に、現代画家なんてほとんど知らない。
 それでも、僕は「Sang」を記憶に刻んだ。

 後に見返して、気づいたこともある。『追憶』と、『憧憬』の小さな手が、同一人物ではなかったこと。
 背景に書かれた景色の見え方が、微妙に違っていたこと……
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...