【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

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第3章 Link at the Lights

54.「迷い子の森」

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 悪人は迷い子の森に連れていかれる。
 そんな話を聞いたら、「悪いことはしないでいよう」と思える。
 だけど、そもそも「悪いこと」って何?

 考えるほど分からなくなるんだ。そんなものなんだよ。……善悪って、曖昧なんだ。
 ここに来る前から、……よく、分からないよ。

「ロバート、しっかり」

 目の前に立つ影を切り裂くように、白刃が空を凪いだ。

 ──邪魔をするな

「レヴィ」は形を失い、黒い霧が虚空に散る。
 澱んだ緑が僕の瞳を射抜く。

 ──罪なき者を殺めるほど、落ちぶれるつもりはない

 霧散する間際の言葉が、ひどく苦しげに思えた。
 これも……残留思念……?

「ロバート」

 むす、としたような声。刀を鞘に納め、振り返る黒髪の「少女」。
 庵ちゃん……じゃない。瞳が青く輝いてる。

「焦る……のは、良くない」

 澄んだ声色に覚えがある。
 バタバタと音を立てて、グリゴリーが走ってきた。

「大丈夫!?なんかいきなり消えてレオがなんかよくわからねぇとこに手ぇ突っ込んだら出てきたよ!?何もわかんなかったけど!!」
「あ、うん……。ごめん」

 キョロキョロ周りを見回して、冷や汗をダラダラ流して……なんか、こっちはむしろ落ち着いてくる。
 レオさんは静かに廊下の奥を見ていた。

「おい、ロビン」

 やがて、僕を呼ぶ。名前は間違えられたけど、たぶん僕だ。

「……ロバートだよ」
「悪ぃ間違えた。……おめーよ、大して悪ぃことしてねぇじゃん?」
「君も逃げろって?」

 もう心は決めてるし、逃げるつもりはない。
 何度、誰に言われたってそれは変わらない。
 ……もう、何もできないのは嫌だから。

「違ぇよ。おめーならギリ殺されずに頑張れっかなって」

 あっ、利用する感じの人だった。

「やばくなったらオレが何とかすっから、兄貴にそう伝えとけ」
「……どっちの?」
「……全員?」

 しかも大雑把だ……。

「レオさん、ロバートに頼りすぎ……えと、良くない」
「そうそう。こいつむしろいい子じゃん」
「自分から来た時点でじこ……ジコなんとかトクなの、覚悟してんだろ。選んだのそいつだし」

 自業自得?それとも自己責任?どっち?

「どいつもこいつも甘ったれてっからな。使えるとこは使ってやらぁ」

 その言い方は流石に腹が立つ……。

「アドっさんとかも言わねぇだけで同じ気持ちだろ。ヘタレてて言わねぇだけで」
「……アドっさん……。あ、アドルフか……」
「下手に手ぇ出したかねぇんじゃ?兄貴が怖ぇんだろ」

 ロー兄さん……が、守ってくれてるとは思いにくい。
 ロッド兄さんの方のことかもしれない。

「でも……ロバートは……関係ない、のに……」
「……関係なくはないよ、ブライアン」

 呪われていたのは僕に取り憑いたキースで、僕はおまけとして温情をかけられていた。
 利用しようとする人すら少なかった。……頼りなさそうだったからだと思う。
 僕に、罪がないわけじゃないのに。

「ロー兄さんを殺したのは僕でもある」

 メールが届いた音。……ロッド兄さんからだ。
 僕が兄さんの傷に気がついていたら、見て見ぬふりなんかしなかったら……。

「……ロバートは……ちょっと、違う。行けない……」
「え?」
「そこんとこ、レヴィ、真面目……。ロバートは……無理」

 庵に取り憑いたブライアンは、渋い顔でレオさんを見た。

「危ないこと、するの……ロバートじゃなくて、いい。僕は、反対……」
「……おめーよ、そりゃ人殺しに向いてねぇわ」

 ため息をつく血濡れ獅子。

「えっ、向いてる向いてないの問題じゃねぇだろ」

 ぐっさん、僕も思った。でもそういうことじゃないと思う。

「あ?殺しても生きれるやつが向いてるやつだよ」

 瞬間、体が浮いた。いや、景色が消えた。この感覚、どこかで……。

「行きたかったんだよなぁ、ロブ」

 僕を無理やり引きずり込んだ「彼」は、口から赤黒い血を溢れさせて笑った。

「助けてくれるんだろ?苦しんでくれるんだろ?お前も味わってくれるんだろ!」

 ロー兄さん……じゃない。

「ロバート!」

 ブライアンが裂け目に飛び込んでくる。

「君はいいよなぁ、私たち、俺たち、僕達と同じで罪人なのに、可哀想って言われる、許してもらえる!」
「……許してもらってない。……許される気も、ない……!」
「どうだか!……俺はお前が嫌いだ……そんなに世界が好きなくせに、そんなに好きでいられるくせに、俺より罪深いお前が……!」

 濁ったターコイズブルーが見開かれ、鮮血の涙がボタボタと落ちる。

「……!ローランドさん、もしかして……」

 対峙する空色の瞳が、黒に変わった。

「とっとと医院に帰って寝てろ。役立たずは連れてけない」
「はーい。いお達にできることなんかないもんね」

 ヒラヒラと手を振ったのは庵の方。何が何だか分からないまま……
 視界が、真っ暗になった。

「……そもそも誰か殺してなきゃって思ったけど、と証言一致したらアリなんだ」

 この声は。

「君の目的は僕とだいたい同じだし、意外でもないでしょ?」

 闇の中に浮かび上がる、亜麻色の髪。

「カミーユさん……会いたかった……チンピラたち怖かった……」
「やめてそういうのこそばゆいから!会いたくなかったって顔の方が嬉しいかな!!」
「何遊んでるんだよ。呑気なの?馬鹿なの?どっちもか」

 暗がりの中、ロー兄さんは腹を抑えて立っていた。血を親指で拭い、荒い息を整える。

「大口叩いたんだから、責任果たせよ。呼んだ責任ぶんは俺も働くから」

 珍しく不機嫌そうに、兄さんは僕の手を掴む。

「手短に説明するから聞いとけ。俺がお前に殺されて、お前が俺を殺した。そう思ってたらお前は「罪人」の条件を満たす。リスクはあるけど知れることは増える。分かった?」
「た、たぶん!」 
「ロブの目的は?」
「えっと、起こったことを知って、それで」
「知るだけ?」
「……より、いいと思える未来に繋げたい」
「……うん、相変わらず甘っちょろいけど、やる気はあるんだな」

 ターコイズブルーの瞳は、今は鈍く輝いている。
 兄さんの毒舌、やっぱり慣れないな……。

「「敗者の街」は街自体がそこに存在していることが前提だよね。まあ、僕は単なる予備段階だと思ってたんだけど……その噂の質には「迷い子の森」と決定的に異なるエッセンスがある」

 カミーユがつらつらと語り始める。

「因縁があれば「敗者の街」に連れてこられる。それって、言ってしまえばそこいらの通行人とでも知り合いなら誰でも来れるわけ。……そこからさらに選出する必要性がレヴィくんにはある」

 悪いことをしたら連れていかれる、という噂が「迷い子の森」。

「……なんで選ぶ可能性があるの?」
「レヴィくんの目的が、あらゆる罪人に罰を与えることだから」
「復讐じゃなくて……?」
「復讐はもう終わってる。だけど彼の怒りはそれじゃ収まらなかった」

 気がつくと、「寂れた医院」……らしき建物の裏にいた。
 僕の知ってる建物じゃない。それに、この街並みはイギリスじゃない。……たぶん、フランス……?

「カナダのケベック・シティだよ。言葉が通じてるのは、ブライアンも納得したからじゃないかな」

 月明かりが、狭い路地裏を虚ろに照らしている。

「……本題に入るよ、ロブ。この人説明絶対回りくどくてアホみたいに長いから俺が聞く」
「えっ、何それ。素晴らしいキレの罵倒過ぎない?」

 兄さん、蔑んだ眼差しはむしろ喜ばせるからやめよう。

「ロブ、お前はこの街の闇を払うって言ったんだっけ?……この街を否定する方針で間違いない?」
「……うん」

 どんな願いがあったとしても、この街の存在は間違っている。
 救済されなかった悪意の吹き溜まりなんて、放置しておけない。

「うん、やっぱり僕やブライアンとだいたい同じだね」
「……レヴィくんは、やっぱり肯定側なんだ?」
「そうだよ。一言じゃ説明できないけど、この事象そのものを否定するならいずれ対立する」
「だけど……」

 葛藤に苦しむ姿を確かに見た。
 人を呪うことを、自分の弱さと口にした彼が確かにいた。
 不安に揺れる翡翠の瞳が、脳裏に浮かぶ。

「……!来やがった」
「えっ?」

 兄さんが口を引き結び、路地の出口をじっと見る。
 ぽつんと、黒髪の少女がそこにいる。
 黒いチェックスカート、紺色のジャケット……これは、ええと……制服、だっけ?

「……イオリは?」

 ぼそぼそと、彼女は喋る。

「イオリ……イオリ……」

 ぴちゃん、ぴちゃんと音を立てて歩いてくる。

「僕たち、友達に……庵……どこ……?」

 ……呼ばれていたんだ。庵も、因縁に呼ばれていた。
 噂にならなかったのはどうして?守られたから?

「……そこらの諸々は詳しくないけど、気をしっかりね」

 カミーユの声が届く。
 足首から下のない少女は、傷だらけの腕を僕達に伸ばした。

「羨ましいなぁ、城島さんは羨ましいなぁあぁあぁ」

 ボコボコと地面から沸き立つように、黒い塊が吹き出した。
 口々に語る。そして、笑う。

「尾崎さんって汚いよね」
「うわ、まだ生きてた」
「ねぇねぇ、聞いた?××が好きなんだって!変なの」
「ネットじゃ「僕」って言ってんだって!気持ち悪っ」

 何だ、これ。吐き気がする。

「尾崎伊織?いおと名前一緒じゃん」

 繰り返される罵詈雑言の中に、明るい声が交じる。

「隣のクラス?ふーん。んじゃ、修学旅行楽しみだね」

 僕は、君みたいになりたかった。
 ……城島さんみたいに、明るく笑える子になりたかった。
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