世界の見せる真実が、俺の想像を超えていく 〜ROOTS(ルーツ)〜

いぬは

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Case 05:Good and Evil

30:無邪気な無知

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 ――夜の霊園は静まり返り、風が通り抜けるたびに、どこからともなく草の擦れる音が聞こえる。

 腕にしがみつく藤宮を半ば引きずるようにして、霊園の中央にある石碑の前まで進む。
 そして、霊媒師から譲ってもらったお香に火をつけた。

 ――香の香りに惹かれて、霊が寄ってくるらしい。

 煙がゆらゆらと夜の闇に溶ける。
 しばらくすると、空気の密度が変わり周囲がざわつく。

「来たみたいクワッ」

 ブッチの声に、藤宮の腕を掴む力が、ぐっと強くなる。

 その時――
 背後から、あの、定番の掛け声が聞こえた。

「う~ら~め~し~やぁ~、う~ら~め~し~やぁ~」

「はいはい、うらめしや」

 寄ってきた霊たちが、一斉に動きを止める。
 そして、まるで混乱したように――

「え? なにその反応?」みたいな雰囲気でザワついた。

「いや何か、予想通りっていうかさ」

「だから言ったでしょ園長! “うらめしや”はもう古いって!」

「い、いやでもさぁ、幽霊と言えば“うらめしや”が基本だろ!?」

「今は令和ですよ、令和!」

「いや、でも伝統って大事だし……」

 ――霊たちが、そんな“言い合い”を始めた。
 まったく、どうツッコめばいいんだよ……。

「あの、お取り込み中悪いんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

「邪魔しないでください! あなたのせいで今大事な会議中なんですけど!」

 いや、それは悪かったけどさ……。

「今日の昼に、この近くのホテルで幽霊騒ぎがあったの知らないか?」

 俺の質問に、話好きそうな金髪ウェーブの平成ギャルみたいな霊がすぐ反応した。

「ああ、あれねー、知ってるわよ!」

「本当か!」

「なんか最近、“幽霊狩り”ってのが流行ってるみたいなのよ」

「はぁ? 幽霊狩り?」
 おやじ狩りみたいに言うなって!

「強力な“魔術書”を使って、無理やり従わせたりするのよ。酷いわよね!」

 女の幽霊は体を揺らめかせながら、ご立腹だ。

「そいつらの居場所はわかるか?」

 俺はダメ元で聞いてみる。

「えっと確か……倉庫街の隣にある“工場跡地”だって話してたのを聞いたわ」

「ほんとうか!? 助かった。今度お供え物持ってくるから」

 俺は女幽霊に礼を言い、藤宮たちとともにその“工場跡地”へ向かった。


 ◇◆◇


 ――その工場は、街の外れに位置し隣接する倉庫街の明かりに照らされ、ひっそりと立っていた。
 だいぶ前に廃棄されたのだろう、かなり老朽化していて窓ガラスは割れ、壁には落書きがびっしり描かれている。

「本当に入るんですか?」

「当たり前だろ、嫌なら車の中でブッチと待っててもいいぞ」

「行きますよ! 先輩を一人で行かせたらチーム失格ですから!」

「はぁ、じゃあ……いい加減、腕にしがみつくの止めてくれよ……」 

 中は想像以上に荒れていた。
 放置された機械、散乱する空き缶、崩れた棚――そして、そこら中落書きだらけだ。

 さらに奥へと進むと、閉ざされた扉の向こうから仄かな光が漏れている。
 そこから、複数の話し声や笑い声が聞こえてきた。

 資材の影に身を潜め、耳を澄ます。

「あのおっさんの顔、見たか? いやぁ最高だったな」

「あーあ、私も“あかりん”見てみたかったわ」

「俺もバイトの面接受ければよかったぜ」

「お前みたいな髪型で、ホールのバイト受かるわけねーだろ。あはは!」

 ――楽しそうな笑い声。

 ホールのバイト? ……やっぱり、こいつらか!

 もう少し近くで聞こうと、一歩を踏み出した――その瞬間。

 ――突然、倉庫の照明が一斉に点いた。

「……っ!」

「やっと来たのかよ、待ってたぜ」

「本当に来やがった、それも女連れでよぉ」

 姿を現したのは、数人の若い男女。
 年齢は俺たちと同じくらいか――中には学生服のままのやつもいるな。

「なるほど、霊園を見張らせておいたってわけか」

「そゆこと~。で、あんたらはノコノコやって来たってわけぇ」

「なるほどな。……そんなことだろうと思ったよ」

 伝統だなんだと言ってた連中の中で、質問に答えた幽霊だけ金髪ウェーブだったし――それに、ここの情報を都合よく知ってるのも、明らかに不自然だろ?

「なに、余裕ぶっこいてんの? この人数、見えないの? あははっ!」

 ……五、六、七人か。想定内だな。

「一応聞くが――お前たちが、あの“パーティー”をぶち壊してくれた犯人で間違いないな?」

「うひゃっ、マジで最高だったよなぁ! 撮影しとけばよかったぜ」

「なんで、あんなふざけた事したんだ!」

「はぁ? なにマジになってんの? 面白いからに決まってんじゃん!」

 軽薄な笑い声が倉庫に反響する。
 悪意というより“快楽”の匂い――それが、余計に腹立たしい。

「あの力はどこで手に入れたんだ?」

「これのことかぁ?」

 リーダー格の男が、懐から一冊の本を取り出した。
 黒革の装丁に、銀の文字で刻まれた奇妙な紋章。

 ……あれが例の魔術書か?

 その瞬間――ぞわりと背筋を撫でる冷気。

 どこからともなく、三体の“幽霊”が現れる。

「……っ!」
 藤宮が息を呑むのが腕に伝わる。

「あれぇ? 彼女ちゃん、ビビっちゃってる? だいじょ~ぶ~?」

「あとで、楽しい動画撮らせてもらおっかなぁ~」

 その言葉を聞いた瞬間、心臓の鼓動が激しくなり、怒りが込み上げる。

 男は笑いながら、幽霊たちを指で弾くように操った。
 その指の動きに合わせ、一体の幽霊が奇声をあげて藤宮へ迫る。

 俺は、ただ――一瞥いちべつする。

 次の瞬間、幽霊の輪郭が揺らぎ、音もなく光の粒となって霧散した。
 まるで存在そのものが“否定”されたかのように。

「……はぁ?」
 男の顔から笑みが消える。

「それで終わりか?」

 俺は、心のこもらない声で淡々と呟いた。
 倉庫の空気が、静かに、冷たく張りつめていく。

「くそっ、全員でかかれッ!」

 男の号令で、他の仲間たちも一斉に魔術書を掲げる。
 黒い煙のような影がほとばしり、幽霊たちが次々と姿を現した。
 その数――十体を優に超える。

 呻き声が重なり合い、倉庫全体が凍えるような寒気に包まれる。

「行けえぇぇぇっ!」

 幽霊たちが一斉に飛びかかってくる。
 俺は、一歩も動かず――ただ視線だけを巡らせた。

 俺たちに襲いかかろうとする幽霊たちを、ぐるりと睨む。
 その瞬間、幽霊たちは抵抗の声すらあげられず、光の粒となって消えていった。

 ――残ったのは、静寂。

「な、なんだよ……これ……」

 リーダー格の男が、その場に膝をつき、震える声で呟いた。
 他の仲間たちも呆然としたまま、微動だにしない。
 
 俺は、一歩、近づく。

「あ、あぁ……ち、近寄るなぁぁぁ!」

 さらに近づこうとした、次の瞬間。

 ――パチ、パチ、パチ。

 倉庫に乾いた拍手の音が響く。

 入口の方を見ると、老紳士が音もなく立っていた。
 ――まるで気配を感じなかった、最初からそこに存在していたかのように。
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