炎へ堕ちる〜王女と男爵令嬢の国崩し〜 【彼女の絶望、私の炎・長編版】

ゆりんちゃん

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第十六章「甘美なる毒餌」

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 城内の人気のない回廊。エレオノーラは、密かに王女の周辺を洗わせていた部下から報告を受けていた。

「……それで、調べてみた結果はどう?」

 エレオノーラの問いに、報告者は声を潜めて答えた。
「不審な人物との接触など、決定的な動きは見られません。しかし、気になる噂がございます」

「噂?」
「はい。王家の主治医が、数日前から姿を消しているようです。城内がこのような事態ですので、混乱を避けるために表沙汰にはなっていませんが、使用人たちの間では『先生を見かけない』と話題になっておりまして」

「主治医が……」
 エレオノーラは思考を巡らせた。毒殺未遂が王女の自作自演なら、協力者として最も可能性が高いのは主治医だ。
(用済みとして消されたか、あるいは逃亡したか……)

「そしてもう一つ。王女殿下が、陛下と王妃殿下の反対を押し切り、平民街にある診療所へ赴いたとのことです」

 エレオノーラは眉をひそめた。
「診療所に? 視察だとしても、なぜわざわざこんな時期に……。それに、あのセレスティア様が反対を押し切ってまで?」

「報告によれば、なんでも『貴族に酷い暴行を受けて打ち捨てられた者がいる』とのことで、それが事実か確認したいと言っていたそうです」
「……貴族と王家の関係がギクシャクしているから、平民の支持でも得ようというパフォーマンスかしら」
(……だとすれば、もっと他に方法があるはず。わざわざ危険を冒してまで行く理由が……)

 エレオノーラの推測に、報告者は首を傾げた。
「しかし、それが一つ、奇妙なのです」
「何が?」
「我々はあなた様のご指示で、王城内の不穏な動きを監視しておりました。ですが、そのような『貴族による暴行事件』の報告など、一切上がってきていないのです」

 火のない所に煙は立たぬはず。だが、煙だけが先に立っている。
 エレオノーラがその違和感の正体を掴もうとしたその時、公爵家からの使いが息を切らせて駆け寄ってきた。

「エレオノーラ様! 至急、屋敷へお戻りください! 旦那様がお呼びです!」

 ◇

 屋敷に帰還したエレオノーラを迎えたのは、興奮を隠しきれない様子の両親だった。
「お父様、至急の用とは何ですの?」
 問うエレオノーラに、公爵は一枚の手紙を突きつけた。

「王家の主治医から、ある告発文が届いたのだ」
「告発文……?」
「ああ。そこには、此度の騒動は全てセレスティア王女の目論見だと書かれている」

 夫人が興奮気味に言葉を継いだ。
「全ては、兄である王子を蹴落とし、自身が王位継承者となるため。そして貴族の力を削ぐための自作自演だったのですって!」

 手紙の内容は、エレオノーラの推理を裏付けるものだった。
 毒殺未遂は、将来の地位を約束して主治医を抱き込んだ狂言。それは、王女自身への疑いを逸らすための自作自演だった。
 別荘への放火は、王子に罪を着せ、政治的に抹殺するための罠。
 そして調査チームの結成は、自身の権力を絶対的なものにするために、貴族の不正を暴き立てて力を削ぐことが目的であると。

「予想外に事態が大きくなったことで、自分が王家に消されるのではないかと怯えた主治医が、我が家に保護を求めてきたのだ。『証拠となるものを渡す代わりに匿ってくれ』とな」

 エレオノーラは冷静に尋ねた。
「……行方不明になっていたのは、どこかに潜伏していたからなのですね。それで、その医師は?」

 公爵の顔が曇った。
「……待ち合わせの場所に人を向かわせたが、そこにあったのは主治医の死体だったそうだ」
「え?」
 エレオノーラは息を呑んだ。
「それは……口封じに消されたということですか?」

「だが安心しろ」
 公爵は、再び笑みを浮かべた。
「彼の手に、数枚の日記のような紙が握られていたのだ」

 夫人が補足した。
「おそらく、犯人が証拠を奪おうとしたのを、激しく抵抗して守ったのでしょうね。そこには、主治医の告発を裏付ける計画が、断片的ですが記されていました。そして、周りには装飾らしきものも散らばっていたとか」
「もしそれが王女の日記なら、装飾を調べればすぐにわかるだろう」

 どことなく楽しそうな両親の様子に、エレオノーラは困惑した。
「お父様、お母様。何がそんなに嬉しいのですか?」

 公爵は、嬉しそうに、あるいは飢えたように両手を広げて答えた。
「何を言う!これで今の王家を議会で引きずり下ろせる!我が家が新たな王家になれるのだ! 王家を懐柔するなどまどろっこしいことはもう必要ない!」

「そうですよ、エレオノーラ」
 夫人も瞳を輝かせた。
「我が家も王家と代々婚姻を結び、その血を引いています。新しい王家として君臨する資格は十分にあるのです」

「待ってください!」
 エレオノーラは叫んだ。あまりにも、話が出来すぎている。

「あまりに作為的すぎますわ! 我が家に告発し、保護を求めた主治医が口封じに殺害される。ここまではわかります。しかし、手に握っていた破れたページに、都合よく告発内容を裏付ける計画が書かれていた? あろうことか、装飾らしきものが回収されずに現場に残されていた? ……都合が良すぎます。おかしいですわ!」

 エレオノーラの剣幕に、公爵夫婦は若干不満そうな表情を浮かべた。
「わかっている。何の裏付けもなく動こうなどと、私たちも思っていない。当然,真偽は調べるさ」
「そうですわ。……それよりあなた、他の十三貴族への対応はどうなさるの?」

「まだこれを表にする段階ではない。『匂わせる』程度に抑えるべきだろう。しかし、王家が強引な手段で議会を開かせない可能性も考えられる」
「なら、私兵を動員し、屋敷の警備を強化するよう助言するべきですわね」
「うむ、そうしよう」

 公爵家の悲願である「王家に取って代わること」。その可能性が目の前に転がり込んだことで、両親は高揚し、冷静さを欠いていた。
 エレオノーラは、見えない何かに、取り返しのつかない事態へと誘導されている嫌な予感を感じた。

(なんとかしなければ……。この流れを止め、真実を見極めなければ)

 そこでふと、先ほどの報告を思い出した。
 ――王女が強引に、診療所に視察に行ったこと。

「……あそこだわ。そこに何かあるかもしれない」
 エレオノーラは、調べる決意をした。

 ◇

 数刻後。エレオノーラは配下を連れて、件の診療所を訪れていた。

「お、お待ちください! 今は診察中ですので!」
 医師や看護師が慌てて止めようとするが、エレオノーラは構わず中へと入っていく。

「ここに、王女が面会に来た患者がいると聞きました。どこにいますの?」
 エレオノーラが問うと、医師は視線を泳がせた。
「か、彼女は今朝……ここにいると迷惑がかかると言って、無理を押して出て行かれました」

 医師の目に浮かぶ、自分に対する明らかな不信感と怯え。
(……嘘ね。貴族が配下を引き連れてやってくると聞いて、庇って逃したのね)
 エレオノーラは内心で舌打ちするが、表面上は冷徹に振る舞う。

「まあ、いいわ」
 彼女の言葉に、医師と看護師が安堵の息を漏らした。
「彼女は、どのベッドにいたの?」

 医師がつい、チラリと一つのベッドを見た。
「そこね。――調べなさい」
 エレオノーラが配下に指示を出す。

「なっ、なぜこのようなことを!?」
「説明は必要ありません」

 エレオノーラが一喝する。
 配下が布団をざっとめくり上げると、何かがこぼれ落ち、床を転がった。

 カラン、カラン……と、乾いた音が響く。

 そして、静止した。
 そこにあったのは、聖職者だけが持つことを許される銀色のロザリオだった。

「え?」
 その場の全員の動きが止まる。
 看護師が、信じられないものを見る目で呟いた。
「あの子……治療の時には、あんなもの持っていなかったのに……なぜ?」

 その言葉で、エレオノーラは我に返った。
 ――まずい。

 彼女は慌ててそれを掴み、隠そうとした。
 だが、遅かった。

 辺りを見渡すと、治療に来ていた患者や、騒ぎを聞きつけた平民たちが、遠巻きにその光景を見ていた。
 中には、青ざめた顔で走り去ろうとしている者も見える。

(してやられた……!)

 エレオノーラは歯軋りした。
 ここに誘い込まれたのだ。
 あの告発状は餌だった。あんな内容が書かれていれば、真偽を確かめるために王女の動向を調べさせることになる。そうすれば、不自然な診療所への訪問が浮かび上がり、「そこに何かある」と思わせ、この診療所を探らせることになる。
 貴族が平民を顧みない以上、捜索は自然と乱暴なものになり、その結果、ロザリオを衆目の前に晒させることになる——。
 これこそが、真の目的だったのだ。
 いくらロザリオが出てきた状況が不自然だろうと、民衆には関係ない。
 目撃された事実だけが、一人歩きする。

 ――貴族に全身を殴られたと主張する患者。
 ――彼女が実は聖職者であったことを示すロザリオが、ここで発見される。
 ――そして、公爵令嬢が兵を引き連れて強引に押し入った姿。

 この話は、政治に不満を持つ平民の間で都合よく解釈され、瞬く間に広まるだろう。
 圧政には耐えられても、信仰までもが権力者に汚された時、平民はどのような行動を取るだろうか。

 エレオノーラは、背筋が凍りつくのを感じた。

「……なんとかしなければ」
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