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第十七章「聖域からの絶縁状」
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王城、国王執務室。この国の宗教的頂点に立つ大司教が、付き従うシスターを一人連れて、王と対峙していた。
アポイントメントなしの突然の来訪に、国王テオバルトは不快感を隠そうともせずに尋ねた。
「突然訪れて面会したいとは、何事か」
大司教は、静かだが力強い声で切り出した。
「我々は政治には干渉しない。国は我々を政治に巻き込まない。……これは我々とあなた方の、長きにわたる暗黙の了解です。しかし、貧民といえど信徒が苦しむ姿を、これ以上看過することはできません」
彼女は王を射抜くように見つめる。
「再三申し上げておりますが、一向に貧民街での薬物の蔓延が治まりません。王家として、対策は本気でなさっているのですか?」
(今さら、この話か……)
王は内心で舌打ちをしつつ、表面上は重々しく答えた。
「無論、対策はしている。が、薬物がどこから流れてくるか調査はさせているが、依然としてルートは不明のままなのだ」
「……それが、あなたの答えですか」
大司教は冷ややかに言い放つと、横に控えるシスターへ手を差し出した。わずかな動作が合図となり、シスターが一通の手紙を大司教の手のひらにすっと乗せる。
大司教は、王の執務机の上に、ばさりとその手紙を広げた。
「実は数日前、教団にある告発が届きまして」
「告発だと?」
「ええ。『薬物は十三貴族のうちの一家が流しており、王家がそれを黙認している』という内容です」
「なっ……!?」
王は激昂し、机を叩いた。
「とんでもない! そんなことがあり得るか! 一体誰がそんな妄言を!」
「あなた方王家の主治医、ハインリヒです」
大司教は淡々と告げる。
「実は彼、ご存知でしょうが、遺体として見つかっておりましてね」
「……っ」
王は言葉に詰まる。
「……その報告は受けている。だが、死人が書いたかどうかもわからん手紙で、何が言いたいのだ」
「実は、彼の告発はこれだけではないのです」
大司教はさらに畳み掛ける。
「ここ最近、王家と貴族を騒がしている一連の騒動……あれの黒幕が、あなたの娘であるセレスティア王女であるというのです」
「馬鹿な!」
王は吐き捨てた。娘にそんなことができるはずがない。
「王女に買収され、毒殺未遂の時に偽りの診断を行った。その後、王女は王家の秘密通路を使って色々と工作を行ったと、ここに書かれています」
「秘密通路だと? そんなものは存在しない!」
王は反射的に反論した。心の中で、(大体、管理者の墓守からは異常はないと報告を受けている)と付け加えようとして――ハッと思い至る。
(……待て。墓守に命令し、通路を調べさせたのは確か……セレスティアだった……)
王の顔から血の気が引き、みるみる表情が蒼白に変わっていく。
大司教は沈黙する王を見て、冷徹に告げた。
「心当たりがおありのようですね」
「……」
「我々も、ただの政争ならば何も言うつもりはありませんでした。しかし、その陰謀の拠点に……放置されていたとはいえ、神の家たる我らの教会が戦場にされているとなれば話は別です」
「教会だと……?」
「これに関しては、関わった司祭を審問した結果、事実だという裏が取れております。彼は欲に目がくらみ、王女の要求――偽りのシスターを置くことや、何が起きても黙っていることなどを飲んだと自白しました」
大司教は一歩、王に詰め寄る。
「これらの事態に対し、早急な対応を願います」
そして、王の耳元に顔を近づけると、死の宣告にも等しい言葉を、吐息のように囁いた。
「――公爵家が、すでに動いていますよ」
動揺のあまり目を見開いたまま、体が凍りついたように動けなくなる王。
大司教はそれ以上何も言わず、「神の御心の下に我らあり」と祈りの言葉を残し、静かに、しかし確かに退席した。
◇
王の執務室を出た後。長い廊下を歩きながら、シスターが不安げに大司教へ問いかけた。
「よろしかったのですか、大司教様。あのような、国の分裂を直接煽るようなことをして」
それに大司教は、前を見据えたまま答える。
「我々が多くの国に信仰を広められたのは、政教分離を徹底してきたからです。なのに、国を分けるような陰謀に我らの教会が利用されたというのは、教団にとって看過できない醜聞なのですよ」
「ならば、それを秘密にする代わりに、王家と公爵家の間を取り持つこともできたでしょう? それも一つの手では……」
大司教は足を止め、生徒に教える教師のような眼差しでシスターを見た。
「あの告発状……本当は誰が書いたと思いますか?」
シスターは戸惑う。
「え? 主治医ではないのは確かですが……では、誰かと問われると……」
「おそらく、王女自身。もしくはそれに極めて近い者の仕業でしょう」
「王女が、ですか?」
シスターは驚愕の表情を浮かべる。
「なぜ? 自分から手の内を晒すような真似を?」
「これまでの工作で全てに種を撒き終え、次の段階に進んだということでしょう」
大司教の声は重い。
「もはや真実を知られても手遅れ……いや、むしろ、真実が露見することすら、この国を燃え上がらせる最高の薪(まき)にできる段階だということです」
「目的はわかりません。しかし、診療所での騒動と合わせれば、何を引き起こそうとしているかは予想できます。おそらく王家、貴族、平民に亀裂を作り、我々教団すら巻き込んだ上での『内乱』です」
大司教はシスターに向かい、予言するように告げた。
「私の信仰心を賭けてもいい。近々王女は、我々を利用して、この亀裂を内乱に発展させるための『決定的な火種』を必ず引き起こします。我々にできるのは、教団への影響を最低限に抑えることくらいでしょう」
「……」
「場合によっては、薬物の件を公爵家に『密告』という形で知らせる必要も出てくるかもしれませんね」
「そこまで、なさるのですか」
「ええ。我が身と教団を守るためなら」
大司教は再び歩き出す。
「帰ったら早速、教団上層部と他国の大司教たちに手紙を書かなければ。『あくまで内乱は王家と貴族の決裂、そして圧政に耐えられなくなった平民たちが原因であり、我らは無関係である』と。 情報操作の協力を要請しなければなりません」
その背中からは、信仰者としての慈悲ではなく、組織の長としての非情なまでの冷徹な覚悟が漂っていた。
そして大司教は遠くを見つめ呟いた。
「この謀略は、もはや人のそれではない。悪魔の所業です」
アポイントメントなしの突然の来訪に、国王テオバルトは不快感を隠そうともせずに尋ねた。
「突然訪れて面会したいとは、何事か」
大司教は、静かだが力強い声で切り出した。
「我々は政治には干渉しない。国は我々を政治に巻き込まない。……これは我々とあなた方の、長きにわたる暗黙の了解です。しかし、貧民といえど信徒が苦しむ姿を、これ以上看過することはできません」
彼女は王を射抜くように見つめる。
「再三申し上げておりますが、一向に貧民街での薬物の蔓延が治まりません。王家として、対策は本気でなさっているのですか?」
(今さら、この話か……)
王は内心で舌打ちをしつつ、表面上は重々しく答えた。
「無論、対策はしている。が、薬物がどこから流れてくるか調査はさせているが、依然としてルートは不明のままなのだ」
「……それが、あなたの答えですか」
大司教は冷ややかに言い放つと、横に控えるシスターへ手を差し出した。わずかな動作が合図となり、シスターが一通の手紙を大司教の手のひらにすっと乗せる。
大司教は、王の執務机の上に、ばさりとその手紙を広げた。
「実は数日前、教団にある告発が届きまして」
「告発だと?」
「ええ。『薬物は十三貴族のうちの一家が流しており、王家がそれを黙認している』という内容です」
「なっ……!?」
王は激昂し、机を叩いた。
「とんでもない! そんなことがあり得るか! 一体誰がそんな妄言を!」
「あなた方王家の主治医、ハインリヒです」
大司教は淡々と告げる。
「実は彼、ご存知でしょうが、遺体として見つかっておりましてね」
「……っ」
王は言葉に詰まる。
「……その報告は受けている。だが、死人が書いたかどうかもわからん手紙で、何が言いたいのだ」
「実は、彼の告発はこれだけではないのです」
大司教はさらに畳み掛ける。
「ここ最近、王家と貴族を騒がしている一連の騒動……あれの黒幕が、あなたの娘であるセレスティア王女であるというのです」
「馬鹿な!」
王は吐き捨てた。娘にそんなことができるはずがない。
「王女に買収され、毒殺未遂の時に偽りの診断を行った。その後、王女は王家の秘密通路を使って色々と工作を行ったと、ここに書かれています」
「秘密通路だと? そんなものは存在しない!」
王は反射的に反論した。心の中で、(大体、管理者の墓守からは異常はないと報告を受けている)と付け加えようとして――ハッと思い至る。
(……待て。墓守に命令し、通路を調べさせたのは確か……セレスティアだった……)
王の顔から血の気が引き、みるみる表情が蒼白に変わっていく。
大司教は沈黙する王を見て、冷徹に告げた。
「心当たりがおありのようですね」
「……」
「我々も、ただの政争ならば何も言うつもりはありませんでした。しかし、その陰謀の拠点に……放置されていたとはいえ、神の家たる我らの教会が戦場にされているとなれば話は別です」
「教会だと……?」
「これに関しては、関わった司祭を審問した結果、事実だという裏が取れております。彼は欲に目がくらみ、王女の要求――偽りのシスターを置くことや、何が起きても黙っていることなどを飲んだと自白しました」
大司教は一歩、王に詰め寄る。
「これらの事態に対し、早急な対応を願います」
そして、王の耳元に顔を近づけると、死の宣告にも等しい言葉を、吐息のように囁いた。
「――公爵家が、すでに動いていますよ」
動揺のあまり目を見開いたまま、体が凍りついたように動けなくなる王。
大司教はそれ以上何も言わず、「神の御心の下に我らあり」と祈りの言葉を残し、静かに、しかし確かに退席した。
◇
王の執務室を出た後。長い廊下を歩きながら、シスターが不安げに大司教へ問いかけた。
「よろしかったのですか、大司教様。あのような、国の分裂を直接煽るようなことをして」
それに大司教は、前を見据えたまま答える。
「我々が多くの国に信仰を広められたのは、政教分離を徹底してきたからです。なのに、国を分けるような陰謀に我らの教会が利用されたというのは、教団にとって看過できない醜聞なのですよ」
「ならば、それを秘密にする代わりに、王家と公爵家の間を取り持つこともできたでしょう? それも一つの手では……」
大司教は足を止め、生徒に教える教師のような眼差しでシスターを見た。
「あの告発状……本当は誰が書いたと思いますか?」
シスターは戸惑う。
「え? 主治医ではないのは確かですが……では、誰かと問われると……」
「おそらく、王女自身。もしくはそれに極めて近い者の仕業でしょう」
「王女が、ですか?」
シスターは驚愕の表情を浮かべる。
「なぜ? 自分から手の内を晒すような真似を?」
「これまでの工作で全てに種を撒き終え、次の段階に進んだということでしょう」
大司教の声は重い。
「もはや真実を知られても手遅れ……いや、むしろ、真実が露見することすら、この国を燃え上がらせる最高の薪(まき)にできる段階だということです」
「目的はわかりません。しかし、診療所での騒動と合わせれば、何を引き起こそうとしているかは予想できます。おそらく王家、貴族、平民に亀裂を作り、我々教団すら巻き込んだ上での『内乱』です」
大司教はシスターに向かい、予言するように告げた。
「私の信仰心を賭けてもいい。近々王女は、我々を利用して、この亀裂を内乱に発展させるための『決定的な火種』を必ず引き起こします。我々にできるのは、教団への影響を最低限に抑えることくらいでしょう」
「……」
「場合によっては、薬物の件を公爵家に『密告』という形で知らせる必要も出てくるかもしれませんね」
「そこまで、なさるのですか」
「ええ。我が身と教団を守るためなら」
大司教は再び歩き出す。
「帰ったら早速、教団上層部と他国の大司教たちに手紙を書かなければ。『あくまで内乱は王家と貴族の決裂、そして圧政に耐えられなくなった平民たちが原因であり、我らは無関係である』と。 情報操作の協力を要請しなければなりません」
その背中からは、信仰者としての慈悲ではなく、組織の長としての非情なまでの冷徹な覚悟が漂っていた。
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