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第二章 掟破り 一
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一
ユテの意識は戻らなかったが、呼吸は安定し、小康状態を保っている。精気を送るという、クロガネの咄嗟の処置が効いたらしい。
「台地の上まで――おまえの故郷に行くまで、絶対踏ん張れよ……!」
そっと声を掛けながら、スカイは毛布でくるんだユテの体を背負子に座らせ、布紐で固定した。台地の上までは、ほとんど崖ばかりの道のりだという。ユテを運ぶ者が、両手を自由にしておくため、背負子を使えと、チムニーに勧められたのだった。それに、恐らく、背中に直接負ぶわれるよりも、背負子に座っているほうが、ユテの体が楽だろう。
「じゃあ、頼む」
スカイが言うと、傍らに立っていたクロガネがすっと屈んで、背負子の背負い紐に両腕を通し、ユテを背負い上げた。その動きは、安定している。スカイの肩ほどまでしか身長のない少年だが、さすが高い身体能力を誇る夜行族と、精気を自在に操る天精族の《混ざり者》ということらしい。
「ついて来られなければ、置いていく」
ぶっきらぼうに告げられて、スカイは愛用の帽子を目深に被り直しながら頷いた。
「ああ。それで構わない。ユテの容態は、一刻を争うから」
肩に掛けた、こちらも愛用の布鞄は、少し前、空が白み始めた頃に急いで捜しに行き、散らばった中身ともども拾ってきた。チムニーから受け取り、新たに中へ入れた物もたくさんあり、ぱんぱんに膨らんでいる。
「行ってきます」
洞穴の入り口に立つ〈大おじいちゃん〉に一礼し、スカイは、先に歩き出したクロガネの後について歩き始めた。
日の出はまだだが、既に辺りはかなり明るくなっているので、足元は問題ない。スカイの問題は、指摘された通り、クロガネについて行けるかどうかだった。霧が立ち込め、木々が鬱蒼と生い茂る急斜面を、夜行族と天精族の《混ざり者》の少年は、かなりの速さで登っていく。けれど、背負子に固定したユテの体は、ほとんど揺れていない。ユテに負担を掛けないよう、最大限気を遣っているのだろう。
(本当は、おれがおまえを運びたかったけど……)
クロガネのほうが適任であることは、やってみるまでもなく明白だった。スカイでは、こうはいかない。クロガネがいてくれれば、自分がついて行けなくなったとしても、安心だ。力というだけでなく、人格的にも信頼できる。たった一晩、一緒に過ごしただけだったが、それほどに、クロガネのユテに対する振る舞いは、真摯だった。しかし、その理由が分からない。
「――おまえは何で、ユテを助けようとしてくれるんだ?」
ほとんど崖のような斜面を、両手も使って登りながら、スカイは自分の上を登る少年に問うてみる。
「ユテに精気をくれたことも、そうやって運んでくれることも、凄くありがたい。幾ら感謝してもし切れない。けど、ユテと知り合いだった訳でもないのにって思うと、不思議なんだ」
二人の間に沈黙が流れ、意思疎通失敗かとスカイが諦めかけた頃、ぽつりと返事が降ってきた。
「――自分自身を蔑ろにしている天精族を見ると、腹が立つからだ」
確かに、ユテの行動には、他人を大切にする割に自分自身を蔑ろにしている節がある。スカイを「一番強い結界」で守りながら、自分は、あの吸血一族の長剣を短刀で受け止めたりしていた。傷に弱いにも関わらず、だ。確かに、腹が立つ。だがそれは、親しい間柄のスカイだからこそではないだろうか。クロガネとユテは、会話からしても、初対面のはずだ。初対面の相手に、そこまで思い入れられるものだろうか。悩んだスカイは、ふと思いついて、更に問うてみた。
「前にも、そんな天精族に会ったことがあるのか?」
今度も暫く沈黙が流れた後、返事があった。
「――おれの母親だ」
予想外の答えに、スカイは絶句した。訊いてはいけないことを、訊いてしまった気がした。クロガネは、それ以上何も言わない。スカイも何も言えなくなり、ただ黙々と必死に、クロガネの後について行った。
(この速さについて来られるのか)
下から、遅れることなく確実について来る気配に、クロガネは少しばかり感心する。
(ただの非力で物知らずの真人族かと思っていたが、体力はあるらしい。何であんたが、この真人族を、そこまで大切にしているのかは、相変わらず分からんが)
背中の背負子に括りつけられている天精族は、静かに呼吸を続けている。ややか細い呼吸だが、安定しているので、まだ持つだろう。
(穢れに弱い癖に、天精族の掟に反して、他種族と関わって、死に急いで、それで傷つける奴がいることには、その時になるまで、気づきもしない)
――「ごめん、ごめんね、マホ……」
黒玉色の長い髪の陰で、紅玉色の双眸から涙を溢れさせ、浅黒い頬を濡らして謝っていた母。純血の火竜一族スメホ。その姿と、真人族の少年に謝るユテの姿が、自分の中で重なってしまった。自分のことより、スカイを心配し、ムクロにまで同情しているユテに、心底腹が立った。
(全く、おれは、こんなところでこんなことをしている場合じゃないんだ)
天精族火竜一族は、《混ざり者》たるクロガネを育てることを拒み、反対に夜行族吸精一族は受け入れた。だから自分は、夜行族に恩返しをしなければならない。今回、ムクロの始末を引き受けたのも、その恩返しの一環だったというのに、こんなことになっている。けれど――。
(おれは、あんたを見捨てられん。必死に、おれの後をついて来ている奴も同じだ。だから――、頼むから、助かってくれ、ユテ)
念じたクロガネの目の前に、完全なる垂直の岩壁が現れた。台地に連なる山が終わり、いよいよ、ここから台地自体を登らなければならないのだ。と、急に、辺りが眩く明るくなった。
「朝日だ」
すぐ下で、スカイが言った。山肌を覆っていた霧を抜けたところへ、丁度朝日が射してきたのだ。眩い日差しの当たった頬がちりちりと痛む。純血の夜行族のように色素の薄い肌ではないので、焼かれ方は少ないが、それでも、日光に晒し続ければ爛れてしまう。クロガネは脱いだままにしていた頭巾を被り、顔を隠した。その動きに気づいたのだろう、スカイがこちらを見上げ、心底心配そうな顔で訊いてきた。
「クロガネ、おまえ、大丈夫なのか?」
「おれは純血の夜行族じゃないから、日に当たっても、大したことにはならん。頭巾さえ被っていれば、後は肌が出ているところなどないしな」
黒い上衣からはみ出てしまう手は手袋と手甲、足は筒袴と脚絆と足袋というふうに、全て日光を通さない黒尽くめの装束で覆っているので、問題ない。それよりも、問題は、目の前に立ちはだかる岩壁だ。
「ここからは、延々と崖登りだ。その前に、少し休憩するぞ」
クロガネは、一方的に言い渡して、慎重に背負子を下ろし、崖に立てかけた。ユテは、少し顔色は悪いが、穏やかな表情で目を閉じている。
「精気を送るついでに、薬を飲ませる。一つ寄越せ」
クロガネが手を差し出すと、スカイはすぐ布鞄の中から丸薬の入った小瓶を取り出して、その中の一粒を手渡してきた。穢れを消す薬は作れないからと、次善の策としてチムニーが用意した滋養強壮薬だ。昨夜、あの川岸で気を失ったユテに、チムニーが水差しでこの丸薬を飲ませたところ、ああして夜半過ぎに一度目を覚ましたので、多少の効き目があることは証明済みだ。
空いているほうの手で、ユテの線の細い顎を掴み、少し口を開けさせたクロガネは、見えた舌の上に、受け取った丸薬を乗せた。次いで、自分の筒袴の腰帯に吊るした水筒から、己の口に水を含むと、ユテの顎を掴んだ手はそのままに、もう一方の手をユテの後頭部に添えて、少し仰向かせ、口移しで水を飲ませて、薬を飲み込ませた。続けて、口移しで、今度は自らの精気を送り込む。ユテがムクロにしていたように、手から精気を送り込めれば、それが一番いいのかもしれないが、夜行族吸精一族の中で育ったクロガネは、その方法を知らない。だから、いつも食事の際、動物の口から吸精しているのと逆の方法で、精気を送り込むことしかできないのだ。
「――どうした?」
ある程度の精気を送り込んだクロガネは、ユテから口を離して、スカイに問うた。
「いや……」
スカイは、じっとクロガネのほうへ注いでいた視線を泳がせてから、ぼそぼそと言う。
「そんなに精気をユテに渡して、おまえ自身は、大丈夫なのかなって思って」
「まだ大丈夫だ。足りなくなったら、おまえから貰うしな」
「え」
顔を引きつらせたスカイから、ユテへ視線を戻し、安定した呼吸を確認すると、クロガネはそっと背負子を背負って立ち上がった。
「おれは岩壁の突起を掴んで登れるが、おまえはどうする?」
一応訊いてみると、スカイは布鞄から、金槌を一本と、角張った馬蹄型の金具を複数取り出し、腰に括りつけた鉤爪付きの縄を示した。
「この金具を、次々この岩壁に打ち込んで、この鉤爪を引っ掛けて落ちないようにしながら、足場にもして登るんだ。山の岩場じゃ、何度か使ったことがあるから、大丈夫」
「――日が暮れるぞ……」
呆れたクロガネに、スカイは笑顔で頷いた。
「多分ね。だから、これは、おまえが持っててほしい」
差し出されたのは、先ほどの丸薬が入った小瓶だ。暫くの間、その小瓶とスカイの顔を見比べたクロガネは、受け取らずに岩壁のほうを向き、最初に見つけた突起に取りついた。
「それは、おまえが持ってこい」
肩越しに言い置いて、クロガネは次に見つけた突起を掴み、体を上へ引き上げる。黒い足袋を履いた両足も使って、できるだけ背負ったユテを揺らさないよう注意するが、さすがになかなか難しい。
(仕方ない――)
クロガネは、黒い上衣の下に隠していた尾を伸ばし、その棘を岩壁に突き刺した。それで漸く体が安定する。鋼鉄色の鱗に覆われ、先端に真珠色の長い棘を五本備えた、足よりも少し長い尾。火竜一族の血を引く、顕著な証。
(全く、何をやっているんだ、おれは。何もかも、あんたのせいだぞ、ユテ)
胸中で毒づきながら、封印するように使ってこなかった尾も最大限利用して、クロガネは一心に垂直な岩壁を登っていった。
ユテの意識は戻らなかったが、呼吸は安定し、小康状態を保っている。精気を送るという、クロガネの咄嗟の処置が効いたらしい。
「台地の上まで――おまえの故郷に行くまで、絶対踏ん張れよ……!」
そっと声を掛けながら、スカイは毛布でくるんだユテの体を背負子に座らせ、布紐で固定した。台地の上までは、ほとんど崖ばかりの道のりだという。ユテを運ぶ者が、両手を自由にしておくため、背負子を使えと、チムニーに勧められたのだった。それに、恐らく、背中に直接負ぶわれるよりも、背負子に座っているほうが、ユテの体が楽だろう。
「じゃあ、頼む」
スカイが言うと、傍らに立っていたクロガネがすっと屈んで、背負子の背負い紐に両腕を通し、ユテを背負い上げた。その動きは、安定している。スカイの肩ほどまでしか身長のない少年だが、さすが高い身体能力を誇る夜行族と、精気を自在に操る天精族の《混ざり者》ということらしい。
「ついて来られなければ、置いていく」
ぶっきらぼうに告げられて、スカイは愛用の帽子を目深に被り直しながら頷いた。
「ああ。それで構わない。ユテの容態は、一刻を争うから」
肩に掛けた、こちらも愛用の布鞄は、少し前、空が白み始めた頃に急いで捜しに行き、散らばった中身ともども拾ってきた。チムニーから受け取り、新たに中へ入れた物もたくさんあり、ぱんぱんに膨らんでいる。
「行ってきます」
洞穴の入り口に立つ〈大おじいちゃん〉に一礼し、スカイは、先に歩き出したクロガネの後について歩き始めた。
日の出はまだだが、既に辺りはかなり明るくなっているので、足元は問題ない。スカイの問題は、指摘された通り、クロガネについて行けるかどうかだった。霧が立ち込め、木々が鬱蒼と生い茂る急斜面を、夜行族と天精族の《混ざり者》の少年は、かなりの速さで登っていく。けれど、背負子に固定したユテの体は、ほとんど揺れていない。ユテに負担を掛けないよう、最大限気を遣っているのだろう。
(本当は、おれがおまえを運びたかったけど……)
クロガネのほうが適任であることは、やってみるまでもなく明白だった。スカイでは、こうはいかない。クロガネがいてくれれば、自分がついて行けなくなったとしても、安心だ。力というだけでなく、人格的にも信頼できる。たった一晩、一緒に過ごしただけだったが、それほどに、クロガネのユテに対する振る舞いは、真摯だった。しかし、その理由が分からない。
「――おまえは何で、ユテを助けようとしてくれるんだ?」
ほとんど崖のような斜面を、両手も使って登りながら、スカイは自分の上を登る少年に問うてみる。
「ユテに精気をくれたことも、そうやって運んでくれることも、凄くありがたい。幾ら感謝してもし切れない。けど、ユテと知り合いだった訳でもないのにって思うと、不思議なんだ」
二人の間に沈黙が流れ、意思疎通失敗かとスカイが諦めかけた頃、ぽつりと返事が降ってきた。
「――自分自身を蔑ろにしている天精族を見ると、腹が立つからだ」
確かに、ユテの行動には、他人を大切にする割に自分自身を蔑ろにしている節がある。スカイを「一番強い結界」で守りながら、自分は、あの吸血一族の長剣を短刀で受け止めたりしていた。傷に弱いにも関わらず、だ。確かに、腹が立つ。だがそれは、親しい間柄のスカイだからこそではないだろうか。クロガネとユテは、会話からしても、初対面のはずだ。初対面の相手に、そこまで思い入れられるものだろうか。悩んだスカイは、ふと思いついて、更に問うてみた。
「前にも、そんな天精族に会ったことがあるのか?」
今度も暫く沈黙が流れた後、返事があった。
「――おれの母親だ」
予想外の答えに、スカイは絶句した。訊いてはいけないことを、訊いてしまった気がした。クロガネは、それ以上何も言わない。スカイも何も言えなくなり、ただ黙々と必死に、クロガネの後について行った。
(この速さについて来られるのか)
下から、遅れることなく確実について来る気配に、クロガネは少しばかり感心する。
(ただの非力で物知らずの真人族かと思っていたが、体力はあるらしい。何であんたが、この真人族を、そこまで大切にしているのかは、相変わらず分からんが)
背中の背負子に括りつけられている天精族は、静かに呼吸を続けている。ややか細い呼吸だが、安定しているので、まだ持つだろう。
(穢れに弱い癖に、天精族の掟に反して、他種族と関わって、死に急いで、それで傷つける奴がいることには、その時になるまで、気づきもしない)
――「ごめん、ごめんね、マホ……」
黒玉色の長い髪の陰で、紅玉色の双眸から涙を溢れさせ、浅黒い頬を濡らして謝っていた母。純血の火竜一族スメホ。その姿と、真人族の少年に謝るユテの姿が、自分の中で重なってしまった。自分のことより、スカイを心配し、ムクロにまで同情しているユテに、心底腹が立った。
(全く、おれは、こんなところでこんなことをしている場合じゃないんだ)
天精族火竜一族は、《混ざり者》たるクロガネを育てることを拒み、反対に夜行族吸精一族は受け入れた。だから自分は、夜行族に恩返しをしなければならない。今回、ムクロの始末を引き受けたのも、その恩返しの一環だったというのに、こんなことになっている。けれど――。
(おれは、あんたを見捨てられん。必死に、おれの後をついて来ている奴も同じだ。だから――、頼むから、助かってくれ、ユテ)
念じたクロガネの目の前に、完全なる垂直の岩壁が現れた。台地に連なる山が終わり、いよいよ、ここから台地自体を登らなければならないのだ。と、急に、辺りが眩く明るくなった。
「朝日だ」
すぐ下で、スカイが言った。山肌を覆っていた霧を抜けたところへ、丁度朝日が射してきたのだ。眩い日差しの当たった頬がちりちりと痛む。純血の夜行族のように色素の薄い肌ではないので、焼かれ方は少ないが、それでも、日光に晒し続ければ爛れてしまう。クロガネは脱いだままにしていた頭巾を被り、顔を隠した。その動きに気づいたのだろう、スカイがこちらを見上げ、心底心配そうな顔で訊いてきた。
「クロガネ、おまえ、大丈夫なのか?」
「おれは純血の夜行族じゃないから、日に当たっても、大したことにはならん。頭巾さえ被っていれば、後は肌が出ているところなどないしな」
黒い上衣からはみ出てしまう手は手袋と手甲、足は筒袴と脚絆と足袋というふうに、全て日光を通さない黒尽くめの装束で覆っているので、問題ない。それよりも、問題は、目の前に立ちはだかる岩壁だ。
「ここからは、延々と崖登りだ。その前に、少し休憩するぞ」
クロガネは、一方的に言い渡して、慎重に背負子を下ろし、崖に立てかけた。ユテは、少し顔色は悪いが、穏やかな表情で目を閉じている。
「精気を送るついでに、薬を飲ませる。一つ寄越せ」
クロガネが手を差し出すと、スカイはすぐ布鞄の中から丸薬の入った小瓶を取り出して、その中の一粒を手渡してきた。穢れを消す薬は作れないからと、次善の策としてチムニーが用意した滋養強壮薬だ。昨夜、あの川岸で気を失ったユテに、チムニーが水差しでこの丸薬を飲ませたところ、ああして夜半過ぎに一度目を覚ましたので、多少の効き目があることは証明済みだ。
空いているほうの手で、ユテの線の細い顎を掴み、少し口を開けさせたクロガネは、見えた舌の上に、受け取った丸薬を乗せた。次いで、自分の筒袴の腰帯に吊るした水筒から、己の口に水を含むと、ユテの顎を掴んだ手はそのままに、もう一方の手をユテの後頭部に添えて、少し仰向かせ、口移しで水を飲ませて、薬を飲み込ませた。続けて、口移しで、今度は自らの精気を送り込む。ユテがムクロにしていたように、手から精気を送り込めれば、それが一番いいのかもしれないが、夜行族吸精一族の中で育ったクロガネは、その方法を知らない。だから、いつも食事の際、動物の口から吸精しているのと逆の方法で、精気を送り込むことしかできないのだ。
「――どうした?」
ある程度の精気を送り込んだクロガネは、ユテから口を離して、スカイに問うた。
「いや……」
スカイは、じっとクロガネのほうへ注いでいた視線を泳がせてから、ぼそぼそと言う。
「そんなに精気をユテに渡して、おまえ自身は、大丈夫なのかなって思って」
「まだ大丈夫だ。足りなくなったら、おまえから貰うしな」
「え」
顔を引きつらせたスカイから、ユテへ視線を戻し、安定した呼吸を確認すると、クロガネはそっと背負子を背負って立ち上がった。
「おれは岩壁の突起を掴んで登れるが、おまえはどうする?」
一応訊いてみると、スカイは布鞄から、金槌を一本と、角張った馬蹄型の金具を複数取り出し、腰に括りつけた鉤爪付きの縄を示した。
「この金具を、次々この岩壁に打ち込んで、この鉤爪を引っ掛けて落ちないようにしながら、足場にもして登るんだ。山の岩場じゃ、何度か使ったことがあるから、大丈夫」
「――日が暮れるぞ……」
呆れたクロガネに、スカイは笑顔で頷いた。
「多分ね。だから、これは、おまえが持っててほしい」
差し出されたのは、先ほどの丸薬が入った小瓶だ。暫くの間、その小瓶とスカイの顔を見比べたクロガネは、受け取らずに岩壁のほうを向き、最初に見つけた突起に取りついた。
「それは、おまえが持ってこい」
肩越しに言い置いて、クロガネは次に見つけた突起を掴み、体を上へ引き上げる。黒い足袋を履いた両足も使って、できるだけ背負ったユテを揺らさないよう注意するが、さすがになかなか難しい。
(仕方ない――)
クロガネは、黒い上衣の下に隠していた尾を伸ばし、その棘を岩壁に突き刺した。それで漸く体が安定する。鋼鉄色の鱗に覆われ、先端に真珠色の長い棘を五本備えた、足よりも少し長い尾。火竜一族の血を引く、顕著な証。
(全く、何をやっているんだ、おれは。何もかも、あんたのせいだぞ、ユテ)
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