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第二章 掟破り 三
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三
体に温かいものが満ちていく。あの大樹の下、ユテの隣で昼寝でもしているような心地よさだ――。
(ユテ!)
はっと意識を覚醒させて目を開けたスカイは、ユテに似て端正な顔立ちの、けれど黄玉色の双眸を持つ風竜一族が傍らに座っていることに気づいた。
「あなたは……?」
「ヒタネと呼べばいい」
答えた風竜一族の顔には、険しい表情が浮かんでいる。
「それより、いいか、よく聞け」
高くも低くもない、柔らかな声が焦っている。
「今のユテは、きみ達の敵だ。恩に仇で報いることになって申し訳ないが、行政官達の決定には逆らえない。忌み名を以って命じられれば、わたしも、ユテも、逆らえないんだ」
「誰がユテに命じた?」
冷ややかに問うたのは、近くに立っているクロガネだった。ヒタネという風竜一族は、苦しげに答えた。
「わたしが、ユテに忌み名を以って命じた。きみ達を殺せ、と。わたし自身が、行政官達に忌み名を以って、そうするように命じられたから」
「――何故そうなる?」
クロガネが重ねた問いに、ヒタネは膝の上で拳を握り締めて告げた。
「行政官達は疑っている。ユテが、きみ達に自らの忌み名を告げているんじゃないか、とね。他種族に忌み名を握られた一族の者がいることは、一族全体を危険に晒す。きみ達を大切に思えばこそ、ユテの性格上、そんなことはしていないはずだとわたしは言ったんだけれど、駄目だった。行政官達は確かめたいんだよ。ユテにきみ達を襲わせて、きみ達が忌み名を以って彼女を止めるかどうかをね。ユテはまだ本調子じゃないけれど、きみ達よりは強いだろう。命の危険に晒されても、きみ達が彼女の忌み名を使わなければ、行政官達は漸く、きみ達は彼女の忌み名を知らない、と信じられるんだ」
「全く、天精族というのは、どこの一族も腐っているな」
クロガネが冷笑した。
「みんな、一族を守りたいだけなんだけれど……、この状況じゃ、反論の余地もない」
真面目に応じて、ヒタネは立ち上がる。
「わたしは、もう一つ、行政官達から、忌み名を以って命じられた。最初から最後まで見届けるようにとね。だから、ここで見守っている。きみ達が本当に危なくなって、それでもユテの忌み名を使わなければ、きみ達を助けていい許可も貰っているから」
「――あんたとユテは、本当に友人なのか?」
クロガネが、筒袴の腰紐に差している鞘から、長刀を抜いて確かめながら訊いた。
「一番の親友、だった。そうじゃなかったら、忌み名なんて、教えて貰っていないよ」
ヒタネの答えに、クロガネは低い声で言った。
「あいつが里を出ていた理由が分かるぜ。ここは、息が詰まる」
そうしてクロガネが鋭い視線を向けた先、聳えた門の上に、ユテの姿があった。
「おれ達を殺すため、身支度は万全、か」
皮肉な口調で呟いたクロガネの言葉通り、愛用の短刀も帯びず、着の身着のままここへ来たユテが、腰帯に長刀を差して、手甲まで着けている。靴下だけ履かせていた足にも、分厚い編み上げ靴を履いている。
「ユテはまだ、本調子じゃないんですよね?」
スカイは起き上がりながら、ヒタネに確かめた。
「ああ」
ヒタネは沈んだ表情で答える。
「浄化はかなりしたが、何しろ、呼吸が止まるところまで、無理していたから」
「そうですか……。分かりました」
スカイは真っ直ぐに立って、石造りの門の上のユテを見上げた。ずっと、目を閉じた顔を見守っていたので、目を開けて、こちらを見つめてくれているだけで嬉しい。
「ユテ」
スカイは両腕を広げて呼びかける。
「おれはここだ。おまえにこれ以上無理をさせたりしない。一息にやれ!」
「馬鹿!」
クロガネが怒鳴って、スカイのほうへ来ようとしたが、ユテの強風に阻まれた。同時に、ユテ自身は、スカイの眼前に降り立っている。
「――スカイ」
呟きとともに構えられた長刀が、スカイの胸を貫く、その寸前で止まった。
「ユテ……?」
スカイは、広げていた両腕を下ろし、ユテの顔を見つめた。瑠璃色の双眸はスカイを見たまま落ち着きなく揺れ、歯を噛み締め、長刀の柄を握った両手は小刻みに震えている。
「――スカイ、逃げろ」
噛み締めた歯の間から、押し出すように告げられた言葉に、スカイは胸が締めつけられた。忌み名というものの効果はつい先ほど聞いたばかりだが、ユテがスカイのため、必死に命令に抵抗していることは、全身で感じられた。
「嫌だ。おまえも連れて帰る」
瞬間的に湧いた決意を口にすると、スカイは一歩前へ出た。ユテの抵抗そのままに震えた長刀の切っ先が、狙いを外し、腹に突き刺さる。だが怯まず、歯を食い縛りながら、スカイはもう一歩前へ出た。二、三歩後ろは、台地の縁だ。
「っえ……!」
腹から逆流した血が、口から溢れるが、スカイは構わず両腕を伸ばした。更に半歩前へ出ながらユテの華奢な体を抱き寄せる。長刀が背中から突き出たのが分かったが、最後に残った力で、スカイはユテを引き摺り、台地から飛び降りた。
「きみ、滅茶苦茶だ!」
ヒタネが叫んでいる。計算通りだ。スカイはにやりと笑うと、腕の中のユテを感じたまま、意識を手放した。
体に温かいものが満ちていく。あの大樹の下、ユテの隣で昼寝でもしているような心地よさだ――。
(ユテ!)
はっと意識を覚醒させて目を開けたスカイは、ユテに似て端正な顔立ちの、けれど黄玉色の双眸を持つ風竜一族が傍らに座っていることに気づいた。
「あなたは……?」
「ヒタネと呼べばいい」
答えた風竜一族の顔には、険しい表情が浮かんでいる。
「それより、いいか、よく聞け」
高くも低くもない、柔らかな声が焦っている。
「今のユテは、きみ達の敵だ。恩に仇で報いることになって申し訳ないが、行政官達の決定には逆らえない。忌み名を以って命じられれば、わたしも、ユテも、逆らえないんだ」
「誰がユテに命じた?」
冷ややかに問うたのは、近くに立っているクロガネだった。ヒタネという風竜一族は、苦しげに答えた。
「わたしが、ユテに忌み名を以って命じた。きみ達を殺せ、と。わたし自身が、行政官達に忌み名を以って、そうするように命じられたから」
「――何故そうなる?」
クロガネが重ねた問いに、ヒタネは膝の上で拳を握り締めて告げた。
「行政官達は疑っている。ユテが、きみ達に自らの忌み名を告げているんじゃないか、とね。他種族に忌み名を握られた一族の者がいることは、一族全体を危険に晒す。きみ達を大切に思えばこそ、ユテの性格上、そんなことはしていないはずだとわたしは言ったんだけれど、駄目だった。行政官達は確かめたいんだよ。ユテにきみ達を襲わせて、きみ達が忌み名を以って彼女を止めるかどうかをね。ユテはまだ本調子じゃないけれど、きみ達よりは強いだろう。命の危険に晒されても、きみ達が彼女の忌み名を使わなければ、行政官達は漸く、きみ達は彼女の忌み名を知らない、と信じられるんだ」
「全く、天精族というのは、どこの一族も腐っているな」
クロガネが冷笑した。
「みんな、一族を守りたいだけなんだけれど……、この状況じゃ、反論の余地もない」
真面目に応じて、ヒタネは立ち上がる。
「わたしは、もう一つ、行政官達から、忌み名を以って命じられた。最初から最後まで見届けるようにとね。だから、ここで見守っている。きみ達が本当に危なくなって、それでもユテの忌み名を使わなければ、きみ達を助けていい許可も貰っているから」
「――あんたとユテは、本当に友人なのか?」
クロガネが、筒袴の腰紐に差している鞘から、長刀を抜いて確かめながら訊いた。
「一番の親友、だった。そうじゃなかったら、忌み名なんて、教えて貰っていないよ」
ヒタネの答えに、クロガネは低い声で言った。
「あいつが里を出ていた理由が分かるぜ。ここは、息が詰まる」
そうしてクロガネが鋭い視線を向けた先、聳えた門の上に、ユテの姿があった。
「おれ達を殺すため、身支度は万全、か」
皮肉な口調で呟いたクロガネの言葉通り、愛用の短刀も帯びず、着の身着のままここへ来たユテが、腰帯に長刀を差して、手甲まで着けている。靴下だけ履かせていた足にも、分厚い編み上げ靴を履いている。
「ユテはまだ、本調子じゃないんですよね?」
スカイは起き上がりながら、ヒタネに確かめた。
「ああ」
ヒタネは沈んだ表情で答える。
「浄化はかなりしたが、何しろ、呼吸が止まるところまで、無理していたから」
「そうですか……。分かりました」
スカイは真っ直ぐに立って、石造りの門の上のユテを見上げた。ずっと、目を閉じた顔を見守っていたので、目を開けて、こちらを見つめてくれているだけで嬉しい。
「ユテ」
スカイは両腕を広げて呼びかける。
「おれはここだ。おまえにこれ以上無理をさせたりしない。一息にやれ!」
「馬鹿!」
クロガネが怒鳴って、スカイのほうへ来ようとしたが、ユテの強風に阻まれた。同時に、ユテ自身は、スカイの眼前に降り立っている。
「――スカイ」
呟きとともに構えられた長刀が、スカイの胸を貫く、その寸前で止まった。
「ユテ……?」
スカイは、広げていた両腕を下ろし、ユテの顔を見つめた。瑠璃色の双眸はスカイを見たまま落ち着きなく揺れ、歯を噛み締め、長刀の柄を握った両手は小刻みに震えている。
「――スカイ、逃げろ」
噛み締めた歯の間から、押し出すように告げられた言葉に、スカイは胸が締めつけられた。忌み名というものの効果はつい先ほど聞いたばかりだが、ユテがスカイのため、必死に命令に抵抗していることは、全身で感じられた。
「嫌だ。おまえも連れて帰る」
瞬間的に湧いた決意を口にすると、スカイは一歩前へ出た。ユテの抵抗そのままに震えた長刀の切っ先が、狙いを外し、腹に突き刺さる。だが怯まず、歯を食い縛りながら、スカイはもう一歩前へ出た。二、三歩後ろは、台地の縁だ。
「っえ……!」
腹から逆流した血が、口から溢れるが、スカイは構わず両腕を伸ばした。更に半歩前へ出ながらユテの華奢な体を抱き寄せる。長刀が背中から突き出たのが分かったが、最後に残った力で、スカイはユテを引き摺り、台地から飛び降りた。
「きみ、滅茶苦茶だ!」
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