在りし日をこの手に

2升5合

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明日を生き残る為に

相対するは、選択の神。

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「雨がつよくなってきたな」

 先刻までは霧のような弱々しい雨だったこの空は次第に大粒の雨を降らせてくる。確か三年前のあの日もそうだった。

「今連絡が来た、参列者もこの雨の中が良いらしいからこのままで続行する。」

 玲衣れいさんが上層部の意を伝える。
今日、この日は世界中に終末の開花ラグナロクと呼ばれる6つの厄災が訪れた日。復興と犠牲者の鎮魂の為に復興行事がとり行われるのだ。
 そんな日に、雨が降るのは只ならぬ事ではない。人によっては家族を奪われた悲しみや自身も危うかった記憶が溢れるだろう。それでもこの雨の中行われるのは単に決意だろう。「人類を再び復興させる」と。

─カンッカン!!

「あれ、近くになんてあったか?」

 長瀬ながせは呑気にそう言うと玲衣さんは言い忘れていたととんでもないことを言った。

「今回の復興行事はプラントの攻撃がある。」

「玲衣さん?!なんでそれを今言うんですか!!」

 ビビリな火祭かさいは動揺してしまう。長瀬もどうやら身震いしてしまったようだ。

「なるほど、このヤな音はアイツらの…」

「ヤな音?どう言う事だれん

「そうかお前は分からないのか八重筒やえづ。プラントの出す踏切みたいな甲高い音のことだ」

「踏切?!すぐ近くにいるじゃないか!!」

 余裕ぶっていた長瀬はついに怯えを口に出す。

「腹を決めろ長瀬、火祭。俺達が使える存在か試されてるんだ。」

「蓮の言う通りだね。でもこの行事を無事終わらせることも大事だぞ。さぁ仕事に戻ろう」

 八重筒には場を纏める力がある。そのお陰でバラバラな俺たちはチームとして機能できるのだろう。
 
 そうして続々と参列者が会場に入る。皆重い表情をして傘を開いていた。
 俺と長瀬、そして玲衣さんは出来るだけ参列者達の外側でプラントを警戒する配置。俺達が外にいることで会場に近づくプラントを発見するセンサーになるからだ。

『蓮、ヤツらを発見したらこの内線で教えろよ。俺が直ぐに駆けつけてやるからな』

 長瀬の野郎はまたいつもの調子を取り戻したみたいだ。まぁ言われなくても報告はするんだけどな。

『そう言えば、玲衣さん。この行事プラントに狙われるってわかってるのにどうして行えるんですか?メディアを通して市民にバレる危険性があると思うんですけど』

 この会場は降雨の影響で崩れた街の、市庁舎跡地で行われている。かつての駐車場で、市庁舎を先頭として数百人が参列する。四方は災害の中辛うじて崩壊を免れたビルを補強した壁に囲まれているため見晴らしは悪い。

 という、我々にとって存在を隠しながら戦える立地なのだが参列者の中にもライブ中継をするTV関係者はいる訳でバレる可能性はゼロではないだ。

『ここのメディアは全てHRIの下部組織、だから情報操作ができる。』
 
 玲衣さんはこう言うとき素っ気ない返事をする。第二小隊で訓練していた時には、その態度から氷姫だとか言われていたが俺はそんなに冷たいとは思わない。右も左も分からなかった俺に一から教えてくれたのは彼女だからだ。

 さて俺も仕事に集中しよう。
 耳の神経を集中させて近くに奴等がいないか探る。すると、先程まで聞こえていた甲高い音はすでに聞こえなくなっていた。

「(雨音にかき消されたか?)」

『こちら神木蓮。プラントの反応が聞こえなくなりました』

『長瀬薫、こちらもだ。』

『玲衣、こちらも同じ。警戒は怠らないように』

 式直前は敵の干渉は無く、落ち着いて始まった。市長の言葉から始まり、次に家族を失った人が語り始める。この行事は只の嘆きの会ではないのだ。どの人間も失った物は取り戻せないと分かっている、しかしまたあの日々の様な平和を手に入れるのだと言う瞳をしている。

『あー、こちら八重筒です。参列席の一番後ろ神木の近くに不審な人影があります。青の髪に黒服。傘を被っておらず徘徊しています。』

 彼の言葉の言う通り、俺の視界の端で不審な行動をしている女性を見つけた。プラントは人に擬態する、どんな人であれ疑って接しなければならない。

『追います。』
 
 俺の空いた所には火祭を配置して、俺はその女性を追った。彼女は俺に気づいた後人混みから離れるように狭い路地へと入っていく。

「(はしない。でもどうしてだろう、彼女は追わなければいけない気がする。)」

 そうして俺も路地へと足を踏み入れる。すると丁度角、皆から死角になった道にその人は居た。

 音はしない。ただ背を向け、視界を乱す強い雨の中背筋を伸ばし凛として立っている。

「先程から私を追う貴方は何者ですか?」

 振り向く女の丁寧な語り口はその量産型と形容される様な見た目とは合わない気品の高いイメージを与える。
 しかし、彼女は一つを犯した。

「私は参列者でしてね。先程から傘も刺さないでいる貴方が気になったんですよ」

 この時俺は、余りの傘を差し出し彼女と同じ声量で返事をする。ボタボタと傘を撥ねる雨音は声すら掻き消す。

「そうですか。でしたらなんと言えばいいか」

 それなのに、俺の声は届き彼女の声も届く。普通の人間なら聞こえるはずのない状況で俺警戒は最大となる。
 俺は近づく。何の策も立てぬ訳ではない。
俺が差している傘はただの傘じゃない。仕込み刀となり、花子の対プラントの薬液が塗られている。

「(しかし、万が一もある。出来るだけ近づいて敵対するか反応を確かめるんだ。)」

 一歩、二歩。確かに近づく距離。俺の神経は聴力に集中している。
 四歩、三歩。次第に肺呼吸の動きすら見える距離になる。

「どうぞ…」

 結局、判断は付かなかった。プラントの反応がないからだ。

「駄目ですね。肝心な所で怖気付くのは。格好が付かないですよ」

 視界が優れずよく見えなかった顔が露わになる。髪と同じ色の蒼く透明な瞳をしていて、全てを心の中を全て見られてしまうのではないかと思ってしまう。
 何処かで見たことのある様な顔、そうだ。前テレビで見た千年に1人だとかと言う美少女、あれに近い。というか彼女の持つ都会っぽい雰囲気は何億年に1人とも言えるのではないか。
 上目遣いで覗く彼女の睫毛はとても長く見えた。見惚れた一瞬の油断。

──ドゴォン!!!

 俺の無防備な右横腹に衝撃が走る。肺が押しつぶされ呼吸が中断される。しかし視界は良好だった。
 左手に近づいてくる無機質な壁を目視し、身体能力でぶん殴る事で衝撃をつりあわせた。コヒューと情けない音を出す肺を無視して俺は目の前の敵を睨みつける。

「受け身を取るか、あの一瞬で…!!」
 
 ヤツは見下す様に冷たい口調になり、ポケットに手を突っ込みながら気怠そうに俺を見る。何をされたのか分からない、が攻撃されたの事実だ。

「(声が出せない、肺が押されたか…無線も,故障か?防水だったんじゃないのかよ)」
 
「さて、ニンゲン。僕に目をつけて追ってきたのは良かった。でも力量さを読み切れ無いどころか僕が敵だということにも気付けない。圧倒的に弱すぎる。それを加味して君に点数を付けた。」

 ヤツはの様に話し始める。

「21、だ。追試は無いからね。」

 女がそう言うと、遂に、俺にもが聞こえる。は今までのような踏切の dBデシベルではない。爆発に巻き込まれたかのように大きく、太陽を直視するかの様に眩しかった。

 痛む脇腹に喝を入れ、攻撃に備える。
 見えないところからの攻撃が、ありえない速度と質量を持って衝突する。俺が得たのはこの情報だけ。

「(万事休すってやつか。)」

 抗うことのできない戦闘力の差、それはどうやっても埋められない。ならどうするか、俺は解答を癒瘡木ゆそうぼく隊長から聞いていた。




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