在りし日をこの手に

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日本防衛編

覚醒の瞬間。

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──ドグン!!

 もう限界だ。心拍数も300を超えてるかも知れない。
 既に指先に感覚は無く、泥に沈んでいるように足が重く動かない。俺は死を悟った。

 思えば、HRIに所属してからそれから今までの日々、それが俺にとって最良の日々だった。

──それまでの俺は親を知らない孤児院の子供だった。心は常に抱擁を求めていた。安心が欲しかったのだ。

『蓮君はもう大きいから1人で出来るよね?』

 職員は手一杯。親が見つからず段々と歳をとる俺はそんな心と裏腹に見放されていった。

 孤独を紛らわす手段がない中、プラントに遭遇し紫苑しおんさんと出会って人生は大きく変わった。

『蓮!お前は筋がいいな!』

 第二小隊の先輩達。彼らは初めて俺を認めてくれた存在だ。

『蓮、お前は強くなれる。』

 癒瘡木ゆそうぼく隊長も、阿波木副隊長も俺を信じてくれている。

『蓮。俺達三人で、上に行くんだ。』

 リク、八重筒やえづ。俺に居場所をくれた親友達。どんなに辛くてもコイツらのお陰で立ち上がれた。

 みんな俺の背中を押してくれている。それなのに俺は、こんなところで負けていいのか?覚悟も貫き通せないでいいのか?

 否!そんな筈はない!

──端から暗く染まり始めた視界が、白くなり色を取り戻し始める。

「その消耗で立てるのか。」
 
「…お前は、長瀬薫じゃないんだな。」

 目の前の、俺を追い詰めているヒトに俺は凄む。奴も意味が分かったようで二ヒリと笑む。

「いかにも。我は神の子ノアの弟、バアルである。」

「そうか…」

 長瀬の能力以外の奇妙な力は全てコイツのせいだったんだな。

「(アイツの力は肉体の状態変化。及び液質の自在な調整である。)」

 誰かが心でそう呟いた気がした。それと同時に使い方を理解した・・・・・・・・

 俺は折れた腕をゼリーのように柔らかくし負傷を癒した。

 一呼吸、二呼吸と身体に入る酸素を気体の如き血液が全身に満たしていくのが分かる。酸欠の症状は刹那に消えた。

「お前…一体何をした?!」

 長瀬の見た目をしたバアルは、酷く怯えているように見えた。確かに、俺が今為したことはヤツの特権の真似事だから、如何に化け物と言えど独自性の消失は恐ろしいのだろう。

 だが、ヤツは動揺をそのままに攻撃に移る。あくまでも物量で押し切る気なのだろう。ホウセンカの種子による絨毯爆撃を止めることはない。

「(分析しろ、癖を掴め…)」

 もはやダメージなど気にしない。MAXの攻撃をヤツにぶち当てることだけ考える。

 分析の最中、両腕のガードの隙間から硝煙に近い香りが漂うのを感じた。恐らく、長瀬の爆破によるもの…

 な、はずがない!アイツはホウセンカの爆発性裂開で擬似的に爆弾を作ってるに過ぎないのだ。硝煙、焦げた臭いなんてするが筈がない!

 気付けば足元は高温、そうかコンクリートか。俺は先程の感覚を思い出した。
 溶けたコンクリートに足元を奪われる感覚。

「(バアルの作戦は、カウンターのカウンターか!)」

 なら、必ず俺の隙を作るためにアイツも隙を見せるだろう。

「乗ってやラァ!」

「終わらせてやる!お前との因縁!!」

 その言葉は長瀬薫のものだった。バアルに呑み込まれそうになる思考の中で、辛うじて自身の生涯を振り返っていた。

『俺は、何もかもに恵まれていた。容姿、環境、人脈…俺の周りにニンゲンが絶えずいた。』

 幼い頃から学校という環境ではトップ。なんでも出来て、家のお陰で金もある俺の周りには、打算も込めた仲間・・・達が大勢いた。俺は天狗だった。自分の才能に溺れて、無意識のうちにヒトを見下すようになってしまった。

 そんな中で生まれた俺の性格を良く思わない者もいたのだろう。ある事件を気に俺は周囲の目が反転してしまう程に、周囲は俺に厳しかったのだ。

「長瀬様、おめでとうございます。貴方の血液は非常に稀なモノで人類の復興に役立たせることができます。」

 学校の健康診断で、いきなり現れたHRI職員にそんな事を言われた。俺には血液の研究とかの為でHRIまで同行してもらいたいとまで言い出した。

『で、言ってやったのよ。俺の人生は?復興の為だとかで1人の人生狂わせる気かって!』

『ギャハハ!薫くんヒドーい!』

『だって興味ないもん!なんで死にかけてるヒトの為にそんなことしなくちゃならないんだよ!』

 いつもの取り巻き達と、直近の事で馬鹿騒ぎをしていたときだった。

──ザク!

「え?痛…」

 次第に脇腹が熱くなってくる。手でさするとベッタリと付く赤い液体。そして、どうしてか腹に生えてる銀の板。いつも馬鹿にしていた女が息を荒げて、一身に赤い液体を浴びて立っている。

「うわぁアアア!!!やべぇ、死んじまうよ!!血が、血がぁ!!」
 
 なんとか命は保ったが、その一件で情けない姿を見せた事から周囲が変わってしまう。

『よぉ!薫!大切な血は戻ってきたのぉ?』
 
「…」

 どうやら俺が普段"馬鹿にしていた"女の父は先の災害で、輸血が足りなくて間に合わなかったそうだ。
 そうして普段から抑えていた感情が、俺の一言で溢れてきたのだろう。

『ホント、普段から調子乗ってるなって思ってたのよ。あんな非道いことマトモな人間は言えないわ。』

 遂には取り巻きも俺を見限った。

『お前には後を任せられない。』

 この一件は、無駄に広い人脈が薄く、大きく、大袈裟に広めてくれた。それが親の耳にまで入る頃には収集は付かない。勘当に近い言葉と共に、俺は見捨てられたのだ。

 俺は逃げるようにHRIへ来た。

 そんな中、出会ったのは神木蓮だった。アイツは見るなり俺に嫌悪の感情を抱いた。
 それは捨てた筈の人生が逃してくれないようで、俺もすぐに蓮を敵視するようになった。

 アイツは、俺が失ったモノを全て持っていった気がしたのだ。気付けばアイツの周りには人がいる。それが堪らなく嫌だった。

 これを因縁と称したのは俺の身勝手だ。アイツを認めることは一生できない。きっとそんな気持ちがバアルに隙を見せたのだろう。

「蓮!」

「薫!!」

 だがこの戦いは不思議と心地が良かった。今の間は孤独が紛れるような気持ちがするのだ。蓮の腹を抉るような一撃一撃がバアルに奪われそうな意識を留めさせる。

 目の前の男は、真に俺を嫌っている。だからこそ陰湿な攻撃ではなく正面を持って向き合ってくれる。

 そんな時奇跡が起きた。

「おい、薫。なんで泣いてんだよ。」

 先程まで無意識に動いていた体が感覚を取り戻したのだ。俺は戦うことを止めていた。息も絶え絶えな蓮は、怪訝な顔で俺の動向を窺っている。

「蓮。俺をずっと憎んでてくれるか?」

「…?どういう意味だ。」

「そのまんまだよ。俺を憎んで、俺を嫌って、そして…」

「…」

「忘れないでいてくれるか?」

 奴は勘付いたようだ。この戦いの終わりを。

「俺はお前のことが嫌いだ。出会ってから鼻に付く態度とか、ヒトを見下す言動が何一つ気に食わなかった。」

 そうだ。それでいいんだ。俺はそういう人間なんだ。

「でも今のお前は嫌いじゃない。分かるんだ。俺も孤独だったから。お前だって人に見放されたくなかったんだよな。」

 コイツは。全く…

「俺と、と─」

 ダメだ。その言葉は俺にそんな資格は無い。

「お前を…殺してやる!」

 握った拳を蓮に振り下ろす。だが体術はアイツの方が上、簡単に受けられカウンターを食らう。

「なんでお前はそんなことしか言えない。なんで、助けてくれって言えないんだ!!」

 捨てたはずの言葉が、言えなかった弱音が溢れてしまう。

「…頼む蓮。俺を1人にしないでくれ。」

 目頭が熱く、貯めていたナニかが溢れてきてしまった。

「勿論だ。」

 心が沸いてしまう。そんな絶頂の中でアイツは主導権を取り戻す。

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