在りし日をこの手に

2升5合

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日本防衛編

ともだち

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 長瀬薫。とても憎たらしい奴だった。それでも俺の前で見せた涙、懇願というものはそれを吹き飛ばすほどに俺に一つの感情を与える。

 助けてやりたい。

 コイツだって好きで憎まれ口を叩いていたわけじゃない。孤独を抱いて、ヒトを信じられなくなったから自分から離そうとしていたのだ。そんなヤツがやっと表に出した『本音』だったのに。

「そりゃあねぇだろうが…」

「青い話はもう終わりだ。神木蓮。」

 遂に、薫が抑えていた悪魔・・が目を覚ます。バアル、神の子の弟。
 にひりと笑むヤツの姿は、死体を弄んでいるようにぎこちなく、心底苛立つものだった。

「神木蓮。お前の奇妙な能力、私の力を真似たのか?分からん。お前はここで消さなければならない気がする。」

 バアルは身構えていた、未知に面した時は人もプラントも抱く気持ちに変わりはない。恐怖はあれど、ただこのバアルは種の為、母の為に任を果たすつもりしかなかった。

「薫を返せ!」

 男は1人立ち向かう。

 ──異常な戦いに観客は湧き立っている。

「葉子隊長!長瀬のヤツなんかおかしいですよ!」

「落ち着け八重筒よ。この状況、止められるのは誰1人としていない。」

「でも…このままだと、蓮も共倒れになっちまう!」

 落ち着け、となだめる葉子であったがその心中も穏やかではない。

「(私達が早く対処していれば…!)」

 それは楽観主義への後悔である。葉子は隊長であるが研究職ということもあり長らく戦場に立っていなかった。そのせいで勘は鈍り危険を読み取れなかった。

 だが後悔はもう遅い。勝負は佳境、戦場リングは勝者を決めようとしていた。

 ──
「私が母より与えられた力は、身体の形状、状態を好きに変えられる力だ。お前は知っているのだろう?」

「厄介な力だよ、まったく。」

 神木蓮の脳内に疑問が宿った。『何故今そんなことを。』答えは単純だった。バアルが終わらせる・・・・・つもりだったからだ。

 気づいた頃にはもう遅い。バアルは言った身体の状態を変えると、通常の個体から今までに液体という姿を見せた。なら最後は、気体がある。

「カハァッ!」

 不可避で、必殺の悪魔が侵入してくるのだ。

「終わりだ。もうすぐお前は死ぬ。」

「…ッ!まっずい空気だなァ!」

 能力について生涯研究してきたバアルだからこそ、気体まで自身の肉体を薄めさせるという神業を成し遂げたのだ。片や神木蓮は偶然力に目覚めた若輩者。対策も何もない。

 敵が侵入してくるのは呼吸器系。身体に残った酸素は徐々に失われていく。蓮に残された手札は、馬鹿力とバアルの能力。これをどう使うか。

 そんな時、1人蓮の脳内に走馬灯のように現れた。氷室玲衣である。氷のように冷たい彼女は、氷を作り出す能力を持つ。それをアイデアに、蓮は能力を稼働させた。

「な、何が起きている!蓮!貴様何をした?!」

「やっぱり動けねぇか…」

 蓮の身体から、低温により空気中の水蒸気が液体化する現象が起きていた。
 つまり、霧である。

「お前はもう逃げらんねぇよ。」

 ─カチィイン!!

 気体と化したバアル、長瀬薫の身体が無秩序に見え始めた。気体が個体に変化しているのだ。
 蓮は手を伸ばす。手繰るように薫の氷体を近づける。

「コレが、最後の一撃だぜ。」

「や、やめてくれ!!!死にたくない!!」

 バアルはできるだけ破損した薫の顔を治して懇願する。蓮に友情が、心があればきっと助けてもらえるはずだから。

「もう、助からねぇんだ。もう俺がお前を…」

 ──パリィン!!

 望みとは薄氷の上と同じだ。不安定で、進み方を間違えれば寒水に身を投じてしまう。彼もそうだろう。助けてあげたかった、助けられたならば。そんな薄氷が幾つもあった。
 なら、それが潰えたならば?簡単だ。そんな状況いくらでも底に落ちるのがヒトの性なのだ。

「(医務室…)」

「おや、目覚めたか。」

 ベットの横に恐らく自分を治療してくれていたであろう人がいる。花子さんだ。

「いい、喋るな。火山灰みたいなのを吸い込んだようで喉がズタズタだ。能力で死にはないが重症に変わりない。」

「…」

「なにから言ったら良いのだろうかね。そんな強い視線を向けるな。わかった、先にの話をしよう。長瀬薫だ。」

「!!」

「端的に。体をプラント、特に2神族と呼ばれる神の子の次の席であるバアルと言うものに奪われていた。そしてその状態で君と交戦したという状況だった。」

 俺の記憶と一致している。

「次に彼の死亡時刻だが。君との対戦の2時間前、そこで彼は亡くなっている。」

「?!」

「君は人を殺していない。プラントを駆除したのだよ。だから…」

「だから、そんな悲しい顔をしないでくれよ。」

 包帯が熱くなっていた。それとともに目が、胸が異常に熱い。だってよ。

「お、オレ"が!ナガセ"をッ!こ、こ、コッ!殺したん"だ!」

「…」

 薄氷を砕く感触。薫の最期。それが脳裏から離れて消えてくれない。分かっている。コレは呪いなのだと。ともだち・・・・を殺した俺への呪いなんだ。

 ──
「紫苑。私は君の怠慢を非難する。」

 試合が終わり。異例な盛り上がりの事後始末を行う隊長一行。そんな中、葉子が緑髪の女を突き離した。

「これは失敗じゃない。現に、未知の多い蓮君の能力の片鱗が開花したんだ。」

「違うッ!お前は!お前には!心が無いのか!ヒトを殺すことの重さ・・・が分からないとは言わせないぞ!」

 胸倉を掴みかかる葉子だが、身長差ゆえに壁に叩きつけるだけとなった。

「…悪かったよ。」

 叫ぶだけ無駄だと葉子は思った。紫苑も苦しんでいるのだから。そうして、肩を落として離れていく親友を葉子は見守るしかできなかった。

 ──

「わ、タシは!不滅ナリ。」

 HRIの本部の出口へと何かが前進している。醜いヘドロのような水溜りが移動しているのだ。
 それはバアルである。蓮に破壊されたはずだったが、辛うじてその命を現世に留めていたのだ。

「そ、ろそろだ…姉さんに。位置・・を!伝えなければ。」

 バアルの勝利条件は簡単だった。地上にいるノアに位置を伝えるだけで勝てたのだ。ところが欲が増し、蓮の確保をしようとしただけで今の醜い姿を手に入れてしまった。

 分かるのだ。ノアの直枝であるバアルには、外気に触れるだけでノアに全てを伝えることが出来ると。

「あと少し、あともう…!!少──」

 バアルはその歩みを止めた。理由は単純、前に立ちはだかるものが居たからだ。

「だと思ったよ。君は生きて出さえすればいい。私達に死んだと見せかけて逃げれれば完璧な計画だった。」

「天竹紫苑!!」

「私も色々と反省してね。ちゃんと・・・・責任は取らせてもらうよ。」

 バアルは天竹の気迫を浴びただけで、格の違いを解らされた。ヒトの身でありながら、神の子に匹敵すると理解させられたのだ。
 だとしても挑まぬ理由にはならない。全身を気張るバアル、殺意を明確に天竹へと対面した─その刹那…

「は?」

 バアルは身体の制御を失った。全身が重く感じる。それが意味するのは、死。
 一ミリと動くまでもなく、バアルは倒されたのだ。

「終わり。」

 消えゆく意識の最中、バアルは祈った。ノアの無事を、家族プラントの繁栄を。散りゆく身体は、儚くも美しかった。

──鈍重な雲を掴めるぐらいの高さに1人の女がいた。青い髪の女は塔の上で寂しく流れる風を受けていた。

「…そうか。バアル、うん。分かったよ。」
 
 植物にも心はある。弔う、そう名付けたのは人であるが原初よりその心を持たぬ生き物などいなかった。

「あとは私がやる。」

 選択の神ノアが、日本に最期の選択を迫るまで残り─日。



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