在りし日をこの手に

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日本防衛編

ノアの最終試練その4

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 均衡が崩れた、ノアは高圧にして放つ水流により癒瘡木の防御を破ることに成功したのだ。
 ノアは癒瘡木を指差し、牽制をしている。

「バカな…俺の殻が貫かれただと?」

 流石の癒瘡木でさえ、動揺を隠しきれない。自身の能力にそれほどの自信を持っていたのだ。

「ところがどっこい!これが現実!君は一方的に血を流して倒れるんだ!!」

「ハァ…ハァ…」

 片やダメージゼロの神の子、片や息も絶え絶えな人の子。

ノア。」

「あぁ!どっちが死ぬんだい?!」

 癒瘡木は腕をのそりと持ち上げる。ピンと張った指先は一点を指していた。

「…それはもう見た。面白くないよ。」

 癒瘡木はノアを指していた。お前が死ぬのだと言わんばかりに。

 ザァザァ降る雨、3000メートルを飛行するから風も強い。だからノアでさえも気付けなかった。
 ギリギリと、癒瘡木の足の筋肉が唸る音だ。

 指を曲げ、拳を握る。有史以来ヒトが片時も手放さなかった武器だ。

─ダンッ!!!!

 癒瘡木は筋肉の留め金を外し、発射された。

本気で殴るぶんなぐる!!!!」

 異常なほど膨張した癒瘡木の右腕、高速で飛ぶ肉体と共にノアに迫る。

「だから…効かないダ?!─」

天を別つ流星オリヒメヒコボシ!!』

 ただの拳だ。されど放つのは人類最強の膂力を持つ癒瘡木硬樹という漢。
 
──隊長とは何をもって呼ばれるのだろうか。きちんとした手順が必要だ。昇格に次ぐ昇格、周りから認められる人望。
 そして圧倒的な力。これが難しい。何をもって最強の称号が託されるのか。現所長である大地はこう定めた。

『神の子に匹敵する力を持ち、尚且つ根を張った神の子を引き剥がし、形勢を変えること。』

 この無理難題はある男が隊長に就任したことから生まれた。彼以下の人間は、最強と呼ばせない為に。
 癒瘡木硬樹。彼が選ばれたのは実に単純である。

「彼一人で、地球を変えるのだ。」

──
「…晴れてる。」

 八重筒六郎太の前には、雲一つない快晴があった。そして船外に飛ばされるノアの姿、追い討ちを刺そうとする癒瘡木。何もかも異常だった。

「まだ俺にはできねーな。」

 水流に擦り傷をつけられた肌を撫でて、甲板にへたり込む。


「バカな!ばかな!馬鹿な!!!」

 上体しかないノアが空中で叫び続ける。そこに太陽の影を作る様に癒瘡木が近づく。

「来んなよバケモノ!!」

 酷く怯える姿を見せるノア。「」だがノアは勝利を確信していた。また雲作れば、『隔世の絶壁アヴィンズ・ワールド・オブ・ノア』を展開できるのだ。そうすれば勝ちは揺るがない。
 癒瘡木の攻撃は効かない。唯一自分の命を蒸発させそうだった今の一撃ももう無いだろう。つまり追撃は無意味。
 それでも怯えの顔は崩さない。まだ癒瘡木が自分を倒せるのだと思っているうちは確実に死なないからだ。

「(まだだ、まだ堪えろ。)」

 一晩の因縁。癒瘡木を、多少なり誇りを持っていた自分の攻撃が全く効かなかった男。遂に決着。

──
「風向良し、強風なし、邪魔な雨は硬樹アイツが払ってくれた。目標上空2,500か。だ。」

 スナイパーはこの瞬間を待っていた。息を殺し、雨を避け、方舟が近づくのを待っていた。

「花子特製弾は1発きり。当てなけれ硬樹は、俺たちは勝てない。また蓮に重荷を背負わせちまう。」

 スゥーッと大きく呼吸をする。手の震えが止まり、サイトが僅かにブレる原因である心臓の鼓動すら固定されるようだった。

 引き金を、引いた。

『曰く、祈りを込めた銀の弾丸は悪魔を祓う。この、私が作った弾丸はプラントの細胞間情報伝達を一時的に固定し、変形、動作を阻害する。実験の偶然の産物の。だが、必ずや君らの助けになろう。』

──ダンッ!

 火花が鉛の塊を押し出した。筒から回転を得たそれは、空気に穴を開け世界を穿たんとする神殺しの弾丸となった。
 射手はHRI最高の狙撃手である阿波木である。

。」

─地球の気のままに落ちる癒瘡木とノア。加速は終わり、耳を取るような暴風で包まれる。何も聞こえない。

「このバケモノがァ!」

 癒瘡木には目の前の女の顔が歪む光景しか知覚できなかった。声は聞こえない。

「俺達で勝つぞ阿波木相棒。」

 信頼していた。だから拳を握れる。だから動ける。
 その瞬間は唐突に訪れた。

【神を超越する瞬間】

「うぐッ?!」

 ノアは突然力を失った肢体を睨んだ。何かが背中に刺さったのだ。何かは分からない、ただそれが自分の力を奪ったことだけは分かる。

 時間にして1秒の隙、気を取られ癒瘡木から目を離してしまった。
 気付いた時には、巨岩の如き拳が視界を奪っていた。

「終わりだ。」

海神殺しウミワリモーセッ!!』

 癒瘡木の全体重がノアに直撃する。自由落下に更なるエネルギーが乗り、ノアは墜落した。

「本日は嵐のち晴れ、隕石が降るでしょう。」

 どこかのニュースが言っていたような気がする。だが誤報だ。それは石ではなく、神だった。

─ダアアアァァァン!!

 地が割れ、砂塵が舞う。
 神は堕ちた。力を失い、癒瘡木の渾身を余すことなく身体に受けたのだ。良くて即死の大激戦。

 次に空から降りたのは癒瘡木であった。自由落下をノアに押し付けたお陰で3000メートルの落下も無理なく耐えられた。

「死体は、どこだ。」

 かと言っても癒瘡木もかなり削られた。装甲に穴が開いたのもそうだが、日に二度の全力の解放。それだけで身に堪える。
 クレーターを彷徨う。コンクリートが粉になり、宙を舞う。視野は悪い。本来なら仲間が集まるまでノアの捜索はやめておいたほうがいい。だが核を潰せた保証はない。早急な判断が必要なのだ。

「相手は過去一度しか討伐の事例がない神の子だ。」

 グラつく足場、まだ降れる。きっと底にはノアがいるはずだ。
 癒瘡木は慎重に進んだ。それでも速く進む。彼の脳内では何度も「撤退」「待機」「限界」の言葉が回る。それでも進む。

「そこにいるんだな…」

 遂に到着したクレーターの頂点、人一人分の小さな窪みがあった。
 残る力を硬化に充てる。これで不意打ちも対策できる。そう思っていた癒瘡木は窪みを覗くと息を呑んでしまう。

「…」

 傷一つない女が横たわっていた。意表を突かれた思いだった。その女はもう『ノア』がいないような正気の感じない肌色であったためだ。
 『氷室雨衣』その者かも知れない。
 打ち込まれたのは天才─花子の作り出した敵の能力を奪う弾。実践運用は初めて、未完成ではあるが完成に必要だったのは『神の子ノア』の肉体である。どんな奇跡が起きたのか、のかもしれない。

 それは迷い。癒瘡木はそんなことを思う程までに親心を持って氷室玲衣と関わった。彼は玲衣の笑った顔を見たことがない。
 姉の復活。それほどまでに玲衣を喜ばせれることはあるのだろうか──

「玲衣?」

「蓮。そろそろ。」

 2人は空が割れ、太陽が顔を覗かせる雲を見た。玲衣は何かを察したかのように動き始める。
 その足が目指したのは、爆心地─クレーターの中心である。

「…あぁ、行こう。」

 終戦まで残りI時間。
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