【R18】禁書庫の未亡人と竜血の宰相〜秘密の夜に、怪物は人となる〜

真守 輪

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第一章 秘密の始まり

07.恋する司書

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「あなた、いったい何やってんのよ!」
 リゼットが叫んだ。
「……だって」
 ルネは、むくれた。
(だって、ゼファー様の悪口、言ってたし)
「珍しく禁書庫から出てきたと思ったら、派手にやらかしてくれちゃって」
 リゼットは深いため息をついた。
「見たわよ。思いっきり殴ったわね」
「あれは事故よ。不可抗力」
 ルネは、しれっと答える。
「古書を守ろうとしただけ」
(本当は古書より、私のゼファー様を守っただけ)

「へえ。事故ね……」
 リゼットが、面白そうに笑う。
「それにしては、宰相の噂が出た瞬間だったけど」
「何よ、その言い方。禁書じゃない古書が出てきたから持ってきたのよ」
 本当は、まっすぐ禁書庫に戻るつもりだったのだ。
 それをリゼットに捕まって、そのまま午後の休憩になっただけ。
「まさか、ルネが宰相派だとは思わなかったわ」
「宰相派? そんな派閥、あるの?」
「あるに決まってるでしょ。労働者のための政策を進めてくれるんですもの。庶民の味方よ」
 その言葉に、胸の奥がわずかに緩んだ。
 これまで聞いていたのは『冷酷な宰相』という評判ばかりだったからだ。

 ふと、お菓子の籠に添えられた竜月草の花の香りが、妙に濃く感じられた。
 涼やかで、澄んだ――ゼファーの香り。
「でも、……いろいろ、言われてるの、なんでだろう」
 ルネがぽつりと零すと、リゼットは肩をすくめた。
「学術官僚なんて、商人ほど儲からないし、職人ほど生活に根ざしてもいないって、中途半端な立場なのよ」
「……そういうものなの」
「じゃあ、ルネはどう思うの?」
「私? ええと……」
 ルネの目が、きらきらと輝き始める。
「外国からの安い製品に高い税をかける政策とか、すごく良かったと思うわ」
「でしょう?」
「それに外交だって天才的だし!」
 ルネは身を乗り出す。
「あと、社会保険制度も画期的だし、労働環境の改善も、それから」
「ちょっと待って」
 リゼットが手を上げる。
「ルネ、顔」
「え?」
「また出てる。完全に恋する乙女の顔」
「出てない!」
 慌てて口元を押さえるが、手のひらの下で笑みが止まらない。
(やばい、完全に浮かれてる)

「あ、リゼット、クッキーも美味しいわよ!」
 話題を変えようと、お菓子を次々と差し出す。
「こっちのフィナンシェも! マカロンも! 全部どうぞ!」
「いや、ルネの分は——」
「いいの! 食べて!」
(落ち着け、私。なんでこんなに嬉しいのよ)
 でも、止められない。
「でもさ」
 リゼットは一つ、フィナンシェを摘まみながら言った。

「宰相って王弟なんでしょう? お顔が……ちょっと」
「え?」
「綺麗だけど、目つきが怖いっていうか。竜の血が濃いって噂もあるし」
「怖くない!」
 ルネの声が、思い切り跳ね上がった。
「全然怖くないから! むしろ綺麗だし!」
「……ルネ?」
「あんなに綺麗な蒼銀色の瞳なんて! なんていうか、あの……」
 ルネは、立ち上がりそうな勢いで身を乗り出す。
「竜の血とか、そういうのも、全然問題ないし!」
「ルネ、ちょっと!」
「何?」
「まったく、落ち着いてないわよ」
 リゼットが、じっとルネを見つめる。
 ルネは、慌てて口を押さえた。
(……やば。言いすぎた)

「でも、そうかなぁ」
 リゼットが首を傾げる。
「小さい子が泣き出して、親が慌てたって話、よく聞くけど」
「そ、それはその子が根性なしなのよ! あんなに美しいお顔を!」
 ルネが反射的に答える。
「確かに美しいけど、何て言うか方向性が……ねえ、ルネ」
 リゼットが、じっとルネを見る。

「どうして、そんなに必死なの? 政策だけじゃなくて、瞳の色まで完璧に把握してるなんて」
「必死じゃない!」
 ルネの声が高くなる。
「全然、平常心だから! 超、冷静!」
(冷静じゃない。むしろパニック)
 リゼットは、しばらく黙って、ルネを観察していた。
 その視線が、だんだん鋭くなる。
「わ、私はただ、司書として正確な情報を……!」
(やばい。バレる。絶対バレる)
 ルネは、マカロンを口に突っ込んだ。
 もぐもぐと噛む。

「……分かった」
 リゼットが、ふっと笑った。
「ルネの恋人、宰相閣下の側近なのね。あの冷徹な閣下のそばで苦労してる彼を、ルネなりに庇ってるってわけだわ」
 ルネは、マカロンを喉に詰まらせそうになった。
「ち、違うし……絶対に、違うから!」
 声が裏返って、咳き込む。
「あの生真面目そうな秘書官官正のギヨーム様? それとも騎士団の……」
「誰でもないから!」
「はいはい、隠さなくていいわよ」
 必死に咳き込むルネを見て、リゼットはフィナンシェを口に運んだ。
(……ごめん、リゼット。嘘ついてるわけじゃないけど……)
 ルネは胸の奥に罪悪感を感じながら、水を一気に飲み干した。


  ◇◇◇


(……あっぶな!)
 昼の休憩が終わり、禁書庫に戻ったルネは、扉に背中を預けて、ずりずりと座り込んだ。
(バレなかった。リゼット、側近だと思ってる)
 ほっと息をついた途端、現実が襲ってきた。
(……でも、普通に考えて)
 ルネは、机に向かう。
(宰相閣下、本人と付き合ってるなんて、誰も思わないわよね)

『禁書庫の未亡人ヴーヴ
 そんな渾名を持つ、地味な司書。
(釣り合うはずが、ない)
 ルネは、頭を抱えて机に突っ伏した。
(もしかして、あの人、何か勘違いしてるのかも?)

 そこまで考えて、ルネは顔を上げた。
 妙に粘着質で、鼻水を啜ろうとした人である。
 常識が通用しない可能性は、十分にある。
(でも、ゼファー様……)
 仕事中だというのに、気がつくと、あの人のことばかり考えている。

 あの銀髪。
 あの蒼銀の瞳。
 あの、冷たいようで温かい手。

(あああぁぁ)
 ルネは、机に頭をゴンゴンとぶつけた。
(恋してる。完全に、恋してる……っていうか、もう手遅れ)
 頭を上げて、周囲を見回す。
 誰もいない。
 静かな禁書庫。
(……禁書庫の仕事で、よかった)
 ルネは両手で顔を覆った。
(もし、人が見てたら、完全に危ないヤツ。即、捕縛案件)

 静かな書庫。蜜蝋の香り。
 ここはルネにとっての聖域だったはずなのに、今はもう、ゼファーの気配に支配されている。
(でも、会いたい……)

 胸の奥が、甘く疼く。
 竜月草の花が、机の隅で静かに揺れていた。
(……今夜、来てくれるかな)
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