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3 十三領の獣害

3-3. 十三領の獣害

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ジャカランダとカルミアが泊まる予定で客室に置いていた荷物を取りに行っている間、ソゴゥはヒャッカに疑問に思っていることを尋ねた。

「以前、母さんがイグドラシルの母さんを除く、レベル6の司書の子供はみな誘拐されていると言っていたけれど、その一人はカルミアさんのお子さんだったんだね?」
「そうよ、カルミアは私の師で、教育係をしていたの。もうその時には、お子さんは誘拐された後だったけれど、ジャカランダはその時から司書長をしていたわ。歴代のレベル6の司書の子供が誘拐されたことを危惧キグして、王宮の伝手を頼って子供を預けた際に、その王宮の知り合いを紹介してくれたのがジャカランダだったのよ。ジャカランダは、その王宮に勤めていた相手をとても信頼していたのだけれど、結果子供は行方不明となってしまった。今でもその責任を感じて、カルミアの子供を探しているの」
「そうだったんだ、でも、手掛かりが見つかって良かったね。ただ、六十年行方が分からなかった相手から、何故このタイミングで持ち物が届いたのかは気になるけれど」
「事情なんて、推測できるものではないわ。誘拐した者、その目的、連れ去られた先、それら全てが分かっていないのですもの」
「確かに、でもね母さん、予想しておくのは大事だと思うよ。何故、エルフの子供の持ち物が極東から届いたのか。彼女が誘拐された六十年前はイグドラム国はどういう時代だったのか、そして、極東の亡国、当時はまだ国だったその場所が、六十年前はどういう時代だったのか。何故、九千キロ以上離れた場所に彼女の持ち物があったのか、イグドラムと極東の関係はどうだったのか? 王宮は味方? ジャカランダさんは味方? 幼いエルフの子供はいったい誰に連れ去られたの? 母さんたちが、極東へ行くことで不都合な人はいない?」
「ソーちゃんたら」
「俺はね、もう家族がバラバラになるのは嫌だよ。だから、父さんも連れて行って。今夜、この屋敷に帰ってくるって言っていたから、それまで出発は待ってよ。」
「ソーちゃん」
ヒャッカは感極まったように、ソゴゥをギュと抱きしめた。
これが四男ヨドゥバシーあたりだったら、反撃を加えるところだが、相手が母親のためソゴゥはおとなしくしていた。
その後ろで、時折頭痛を耐えるように頭を押さえているヨルの様子には気付かなかった。

鹿を追い払いに行っていた三人の兄弟達が、屋敷に戻って来るのと同じタイミングで、父、カデンと長男イセトゥアンが首都から屋敷にやって来た。
玄関口に倒れ込んでいるボロボロの三匹の狼を、カデンが踏みつける。

「なんじゃ、この小汚い狼の敷物は」
「ああ、親父、それはニトゥリー達だ」と、イセトゥアンが慌てて止める。
イセトゥアンがそれぞれに触れて変身を解くと、戻れなくなっていたヨドゥバシーを含め、三人とも人の姿に戻った。
「お客さんがいる屋敷で、自由が過ぎるぞ、服を着る文化を放棄したのか?」
裸で項垂れる三人を、階段を降りてきて発見したソゴゥが冷ややかに言う。
「服は、狼に変身したときに破れてしもうたんじゃ」
「俺は、脱いでから変身したんじゃが、置いてきてしもた」
「俺は、もともと昨夜から真っ裸だった」
ヨドゥバシーに同情的な視線が集まる。
「とにかく、風呂に入って服を着てこいや」とカデンが、息子三人の背中を手形が残るほど叩いで退かせる。
「あの三人どうしたんだ?」
イセトゥアンが降りてきたソゴゥに尋ねる。
「鹿を追い払いに行っていたんだけど、どうやらカンバしくないようだね」
「鹿の数が、思いの外多かったんじゃないか?」
「なんや、一日中鹿を追い回していたんかい、ヒマか? あいつら」
「ヨドのアイディアだよ、天敵作戦」

風呂から上がってきた三人が、それぞれ顔を青くしながら、報告する。
「ありゃあ、俺の知っている鹿とちごうとったわ」
「鹿やない、魔物じゃ」
「口から赤い霧の様なものを吐き出して、ヴオオオオオオッて、地獄の底から響いてくるかのような唸り声を上げて襲ってきたんだ。それに、この部屋の天井に角が付くくらいの大きさで、それがものすごい数いて、ずっと追っかけ回されたんだよ」
恐怖体験を口々に語る次男、三男、四男。
一番上の兄は真剣に話を聞き、末っ子五男はソファーにこれ以上ないほどクツロいで横たわっている。
カデンはここにはおらず、ヒャッカの部屋に向かっていた。
ヨドゥバシーがうどんをねるように、両手でソゴゥを揺さぶる。
ソゴゥは面倒くさそうに起き上がり、片足を膝に掛けて肘をついた体勢でため息を吐く。
「例えば、鹿が通り掛かったタイミングで、大きな音や、風、雷の魔法が発動するように仕掛けたら?」
「それは昔、父さんがやったらしいけど、鹿が、実害が無い事を学んで、効果が一年で薄れたって」
「雷や、風は実害があるだろう?」
「鹿が進化して克服コクフクしたって」
「おい、今のあの鹿の形態は、そのせいやないんか?」
「そんなにおっかない鹿だったの? よく逃げてこられたね」
「おう、数キロを全力疾走よ」
「途中、ニッチが先頭で『お前ら、俺に構わず、先に行けや』って言うて、その後も相変わらず先頭をぶっち切りで走っとったわ。ヨドが狼の姿なのにギャン泣きで、そろそろ反撃したろうかと思ったところでな、鹿らが、急に追ってこなくなったんよ」
「ああ、湿地帯の東側の森で、まるで空壁でもあるのかと思うくらい、ピタッと寄り付かんようになった」
「実際に、魔獣避けの障壁が掛かっていたんじゃないのか?」
「イセ兄さん、そんな高価なもの、このノディマー領にはないよ」
「いいアイデアが浮かんだ! ヨドがダンジョンで魔獣避けの障壁が買えるくらい稼げばいいんじゃない?」とソゴゥ。
「相手は鹿ぞ、いくら見た目が魔獣に近くても、おそらく障壁をすり抜けよるわ」
「それよりも、ヨドがダンジョンから戻って来られるとは思えないな」
ヨドゥバシーが床に膝と両手をついて項垂れた。
「イセ兄、真実は時に人を傷つけるんだよ」
「クソ兄が、ヨドはなあ、やればできる子なんや」
「クソ兄が、ヨドに謝りや」
「いや、一人、こっちサイドの意見言っている奴いましたけど!」
ソゴゥは考えるときのクセで、天井付近を見てやがて「その東の森を調べてみよう」と提案した。
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