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3 十三領の獣害

3-5. 十三領の獣害

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ミトゥコッシーが幽体離脱を始め、ニトゥリーが静かに報告を待つ。
ヨドゥバシーは落ち着かない様子で、洞窟の前をソゴゥを乗せたまま行ったり来たりしている。

「狼がいるようや」
「何匹くらい?」
「今のところ、二匹」
「狼はどんな様子?」
「寝とる。というか、死にかかっとるようやて、あ、ミッツこっちにもう戻るようや」
ミトゥコッシーが目を覚まして起き上がる。
「それで、何で狼は死にかかっているんだ?」
「うん、暗くてよくわからんのが本音じゃ、幽体離脱時にも暗視が出来るよう精度を上げんといけんのう。とにかく、気配が希薄なんよ、ひどく弱っている生き物のそれじゃ。一匹はおそらく怪我か何かやな、もう一匹はツレが死に掛けて、生きる気力を失っておるようや」
「様子を見に行くだけ、行ってみるか。見てみない事には対策が取れないだろう」
イセトゥアンの提案にヨドゥバシーも頷く。
イセトゥアンが洞窟入っていくのに、ヨドゥバシーが付いて行くためソゴゥも連れていかれる形で洞窟の奥に進む。
当然ヨルがその後に続き、やれやれとニトゥリーとミトゥコッシーが殿シンガリとなる。

「わあああああああ」
ソゴゥの悲鳴が洞窟内に響き渡る。
「わわわ、ミトゥコッシー、なんでこれの事を言わないんだ」
イセトゥアンは壁から飛びのいて、ソレから距離を取る。
「言ったら、みんな洞窟の中に入らんで終わるやろ」
兄弟達がともす明かりから逃れるように、洞窟の壁を埋め尽くす黒いフナムシに似たウサギくらいの大きさの虫がササササっと移動する。
「こいつらは、死肉に群がる屍出虫シデムシじゃ」
ソゴゥはフーフー言いながら、ヨドゥバシーの背中に顔をめて、目と耳をフサいでいる。
入口で待っているから後は任せると言い出して、瞬間移動でいつ離脱してもおかしくない。
「ミッツ、狼は、まだ先なんか?」
「いや、もうおるよ」
「はあ?」
ニトゥリーは当たりを見回すが、それらしき影が見当たらない。
しい、もうちょい上やな」
地面に横たわっている姿を想像して、床を探すが見つからず、ミトゥコッシーにウナガされるままに正面に目を向ける。
「嘘やろ」
「うおッ」
ニトゥリーとイセトゥアンが靴音を鳴らして後退る。
突き当りの壁と思っていた全てが、一体の狼だった。
「サプライズや、驚いた?」
「ミッツお前、情報にサプライズかませるやつがあるか!」
「そこが、ミッツの長所や」
「アホが、弟たちを見てみろ、驚きすぎて口がきけないようになっていてるじゃないか!」
「いや、ヨドはそもそも狼になっとるし、ソゴゥはさっきから何も見とらん。ヨルにいたっては、無反応じゃ、だいたい想像していましたけどね、みたいな顔しよる」
巨大な狼の周囲には、黒いフナムシモドキが取り囲んでいる。
狼が息を引き取るのを、今か今かと待ち受けている様だった。
「ヨル、虫を追っ払ってくれー」
弱弱しいソゴゥの声に、ヨルは嬉々キキとして黒い炎で辺り一帯を焼き払った。
燃焼による臭気すらも残さず、付近の虫は消え去り、少し離れていたところに居たものは、洞窟の奥へと逃げ去って行った。
「あの虫、あそこまで大きくなかったはずなのにな、なんかおかしいなこの森」
「狼がこんなに大きいのも異常だしね」とソゴゥ。
ジ〇リに出てくる山犬よりでかいし。
復活したソゴゥがヨドゥバシーの背中から降りて、狼を見上げる。
こちらに顔を向けている一体は、毛並みは荒れ果て、肋骨が浮き上がり、ヨダレ目脂メヤニがこびりついて腐臭を放っている。
辛うじて腹の動きで呼吸をしているとわかる。
「奥におる方が、もっとヤバそうだった」
「これは、もうどうしようもないな。ここまで衰弱していたら、どうにもできない」
「治癒魔法はどうや?」
「オスティオス先生レベルでも難しいだろう。それに、益獣エキジュウではない獣を助けてくれる魔導士に心当たりがない」
「高度な治癒魔法を使えるのは、イグドラムでも数人。そのほとんどが王宮の許可なく連れ出すことは出来ないからね。ヨルも、自己修復は出来ても、他人の治療は無理だよね?」
「ああ、だが、樹精獣なら治癒魔法が使えるであろう?」
「樹精獣はイグドラシルから離れることはできないんだ」
「そうか、すまない」
「いや、いいんだ、確かに樹精獣の力が借りられたらと思うよ。俺も高等治癒魔法の魔法書をイグドラシルから持ってくればよかった。閲覧はガイドからできても、実際に現物の本がないと魔法が発動しないんだ」
ヨドゥバシーがイセトゥアンの手に鼻を擦りつける。
「何だ、ヨド」
イセトゥアンがヨドゥバシーの首をワシワシとかきまぜる。
「ヨドが、狼の変身を解いてくれゆうとる」
「そうか」
イセトゥアンはヨドゥバシーの変身を解除すると、ソゴゥがヨドゥバシーの服を渡した。
ヨドゥバシーが服を身に着け、狼を見上げて唾を飲み込む。
やがて意を決したように、狼に歩を進める。

「俺が治療する」
「いやいやいや、ちょっと待て、ヨド!」
「うそやろ?」
兄三人がヨドゥバシーについて行く。
ソゴゥはヨドゥバシーにマーキングして、いざという時は瞬間移動で強制的に狼から遠ざける準備をした。
治癒魔法を使えるエルフはかなりいるが、それは、相手の魔力や体力を増進させて、回復を早めたり、止血、毒の中和、傷の洗浄といった応急手当ての範疇ハンチュウである。
「ヨド、お前、治癒魔法でもこれはどうにもならんぞ」
イセトゥアンが説得を試みるも、ヨドは決意を固めた目で、魔法の詠唱を始める。
ヨドゥバシーの手のひらから、白い泡の様な光がホロホロと溢れ出し、光の泡は狼へと移動しながら、やがて狼の体を覆いつくした。

「あれは前に我が見た、樹精獣がマスターの傷を治したのと同じ治癒魔法だ」とヨルはソゴゥを振り返り興奮気味に告げる。
「俺が、腹をザックリやられた時のか」
ソゴゥは思い出して、腹を擦る。
あの時は生死の境を彷徨サマヨっていたが、うそのように傷痕もなく治っていたのだ。
みるみる、狼の毛艶が良くなり、酷かった臭気もおさまり、清涼なものへと変わっていく。
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