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3 十三領の獣害

3-6. 十三領の獣害

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「何てことだ、まるで魔法のようだ」
イセトゥアンのセリフに、両サイドの双子は無視を決め込む。
「なんとかなりそうであるな」
「そうだね、呼吸が変わった」
ソゴゥは緊張を解かず、ヨドゥバシーを見守っている。
回復した狼が襲ってこないとは限らないからだ。
ヨドゥバシーは半眼で狼の輪郭リンカク見据ミスえるように、治療を続け、やがて何か納得したように、息をついて終了した。
「この一体はもう大丈夫、もう一匹はこいつの後ろか」
大きな狼をよじ登っていくヨドゥバシーと、それについて行く兄三人。ソゴゥは、兄達を見届けてから、後を追って狼を飛び越える。
狼の背中には、一回り小さな狼がいた。
まるで屍出虫から守るように、手前の狼がこの自分より小さな狼を背中にカクマっていたかのようだ。
手前のより小さいその狼の胴体には、血がこびりついていて、怪我を負っていた。
ヨドゥバシーは直ぐに手から白い泡状の治癒魔法を出して、治癒を始める。
泡が傷口に集中して吸い込まれていく。
背後の狼が身じろぐのを感じ、ソゴゥはその場の兄弟全員をいつでも移動させられるようにして、背後の狼を監視し続ける。
やがて、狼は首を巡らせてこちらに顔を向けた。
イセトゥアン、ニトゥリー、ミトゥコッシーが気づき、ヨドゥバシーと狼の間に立ちフサがる。
ヨドゥバシーは小さい方の狼の治療に集中していて、背後の様子にまでは気が回っていない。
エルフの頭ほどもある眼が、こちらを見ている。
充満していた血の匂いと、腐食の匂いが消えて、まるで、先ほど胸いっぱい吸い込んだ森の木々が発する気持ちの良い空気に置きかわっていく。
大きな狼は耳をピルルっと動かし、こちらを黙って見ている。
ヨドゥバシー以外は緊張して、大きな狼の動向に気を配っている。
ヨドゥバシーは、手の泡が小さい狼に吸い込まれなくなると、その手を下ろして兄達を振り返った。
「こっちも、もう大丈夫・・・・・・」
ヨドゥバシーが後ろの狼に気付き、悲鳴を上げる前にイセトゥアンがヨドゥバシーの口を手でオオう。
野生動物を刺激しないための判断だ。
ソゴゥは全員を大きな狼の向こう側、洞窟の入り口のほうへ瞬間移動させて、大きな狼から距離を取る。

「ヨド、もうすることはない?」
「ああ、俺が出来るのはここまでだよ」
「いや、十分や、傍目ハタメから見とっても、これ以上の治療はないとわかるで」
「治療というより、復元のようだったぞ」
大きな狼が立ち上がるのを見てヨドゥバシーが「エサをちゃんと食べれば、良くなるよ」と声を掛ける。通じてはいないだろうが。
「とりあえず、じゃあ撤収テッシュウしようや」
「襲ってこられたらヘコむしの」
「ヨド、それでいい?」
「ああ、撤収しよう」
「じゃあ、全員洞窟入り口まで、一気に移動させるよ」とソゴゥが言い、明るい星空の元へと瞬間移動で洞窟を脱出した。
「また、しばらくしたらあの狼たちの様子を見てみるよ」
「兄弟がおるときか、母君か親父どのを連れてにせいよ」
「わかった」
「じゃあ、屋敷にもどりますか」
「そやな。それにしても、ヨドが国内屈指の高等治療魔法の使い手だったとはのう」
ニトゥリーが感心したように言う。
「俺は、イグドラシルの本を読みまくって、治療魔法を三年かけて習得しようとしたけど、せいぜい応急手当てくらいのことしかできない。ヨドにこんな才能があったなんて」とソゴゥ。
「そもそも、どうやって取得したんだ? ヨド」
イセトゥアンが尋ねると、ヨドゥバシーが気恥ずかしそうに、首の後ろに手を当てて、言うか言うまいか逡巡シュンジュンした後に、兄弟達の視線の圧に負けて話し出した。

「俺とイセ兄さんとミッツ兄さんが、誘拐された事件があったよね」
「ああ、十年前だな」
「あの時、ミッツ兄さんが俺たちの居場所をニッチ兄さんに知らせてくれたから、救助が早く来たよね、それに、イセ兄さんの変身能力で、誘拐犯たちの気をそらしてくれたおかげで、人質にされていた俺は解放された。ソゴゥは魔獣の腹の中からみんなを瞬間移動で救い出してくれた。あの時、俺だけが何もできなかった。それで俺は、俺も皆の役に立てるようになりたいって思ったんだよ。皆は無茶しがちだから、きっと治癒魔法が役に立つと思って、魔法の習得にハゲんだんだ。向いていたのか、割と上手くできるようになったけど、園では先生たちが絶対に子供に怪我をさせないようにしていたし、園を出てからも特に使う場面が無くて、知らせることもなかったんだけれどね」
無言で、ヨドゥバシーの頭を掻きまぜていく兄弟、それを少し後ろでヨルがマブしそうに見ている。
「ところで、ソゴゥ」
「なに?」
「貴族書はいつもらえるんだ? 俺待っているんだけど」
「は?」
「は?」
「いや、うちも十三貴族になっただろ、だから貴族書を王様よりもらえるじゃん」
「そう言えば、そうだね」
「そうなんだよ、それで、貴族書はイグドラシルが、その貴族に相応フサワしいものを最高位の司書に示し、その魔法書を司書から王様へ渡して、王様が十三貴族に渡す流れなんだよ。当然知っていたよな」
「知らん。貴族書に興味なかったから。何か、俺がやらなければならないことがあるのかもしれないな。ごめん、勉強不足だった。イグドラシルに帰ったら司書長に確認してみるよ。そもそも、数字持ち貴族って、そんなにポコポコ増えるシステムなのかな?」
「建国当初は四大貴族だったらしいよ、その後数千年の歴史で十二になったらしいけれど、その間隔はまちまちみたいだ。最後の十二貴族が追加されたのは五百年も前だから、一番新しい数字持ち貴族でも五百年の歴史があるわけで、うちのような新参の数字持ち貴族は格が違うとかいって、きっといじめられるに違いないよ」
ヨドゥバシーが弱気な声を出す。
「なんや、楽しみじゃのう。ヨド、何か言ってくる貴族がおったら、俺に知らせや」
ニトゥリーが悪い顔でワラう。
「ヨド、先ずは親父、その次は俺にしておけ」とイセトゥアンが慌てて釘をさす。
「それにしても、うちはどんな貴族書がもらえるんか、楽しみじゃのう」
ミトゥコッシーの言葉を聞き、改めて目を輝かせてこちらを見てくるヨドゥバシーに、引き受けたとソゴゥは頷き返した。
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