上 下
22 / 42
5 おもてなし開催

5-1. おもてなし開催

しおりを挟む
ノックの音で目を覚ます。
カーテンの隙間から漏れる光は、ここへ来た時より明るい気がする。
この空間の天井から射すのは薄暗い陰鬱インウツな光とはいえ、一応、昼間と夜間の光の差があるようだ。
テーブルを退かし、いきなり刃物が付きつけられることを想定しつつ、ドアを少しだけ開けて退き、部屋の中から「どうぞ」とドアの外へ声を掛ける。

「お着換えをお持ちいたしました」
昨夜洗濯籠を持って行った女性のスタッフが、綺麗に折りたたまれた服と下着を手渡してくれた。
下着は目立たないように、そのほかの服にハサんでおいてくれている。
それを有難く受け取り、乾いて清潔な服に着替える。
昨夜夕飯を食べずに眠ってしまったため、ここへ来てから紅茶しか口にしていないことを思い出す。
流石にお腹が減った。
あと、トイレに行きたい。
シャワー室の横にあったドアを開けると、そこはリネンが置かれていた。
ミニバーの横の扉は酒類が格納されており、窓の横の扉は螺旋ラセン階段が上層に続いていた。
この部屋の中にトイレはないのかと、廊下へ出ようとして、思いとどまる。
一度、部屋を出てしまうと、戻って来られる気がしないのだ。
仕方なく悪魔に連絡をしようかと、電話機のところまできて、クローゼットがやたら多いことに気付き、壁の端からクローゼットの扉を開く。
昨日戦闘服男が出てきたのとは別のクローゼットの奥の壁に、ドアを発見した。
クローゼットに踏み入りドアを開けてみると、五十メール程先にトイレの便座が見えた。

「まさかのトイレ! 便座遠ッ!」
ふと、トイレの入口のドアを開けたすぐのところにトイレットペーパーがフォルダーに掛かっているのに気付いた。
よく見ると、便座の横には何もない。
「紙の位置が事故ってる」
気付いたからよかったものの、気づかずに用を済ませてトイレットペーパーを探した際に、この距離だったら切なすぎる。
ソゴゥはフォルダーからロールを外して、手に持って便座に向かう。
ドアから便座までを、こんなに離す意味が分からない。
しかも、よく見ると便座が金で出来ている。
何がしたいんだ。
ソゴゥはヨウヤく辿り着いた便座で用を足し、どうせまた使うと、紙を便座のすぐ横に置いておくことにした。
まだ衣服を整えている途中で、トイレのドアがノックされた。
いや、マジか。

「入ってます!」
大きな声で答える。
だが、ノックが止まず、絶叫に近い声で、中にいますよアピールをする。
ちょっと待って、俺カギを閉めてないな。
焦って、服を着て、ドアに向かっている最中で、ドアが開けられた。
ドアから入って来たのは、包丁を持った白い巨人、あのオーグルだった。
「今出るんで、今出るから! 一旦外に出てって!」
トイレから出るようにオーグル伝えるが、右手には包丁、左手はこちらに伸ばされ、背中から生えたような二つの腕は通せんぼするように、広げられどんどんこちらへとやって来る。
頭が天井につきそうなほど巨大なオーグルの体をカワして、トイレのドアへ辿り着ける気がしない。
ソゴゥはオーグルが寄ってくるまま後退して、ついに便座のフタを閉めてその上によじ登り、突き当りの壁に背を付けて、ガタガタと震えた。

「いったん落ち着こう、な? 一回外に出よう」
オーグルの口から「しょくじ、たべる」という片言の言葉がヨダレと共に発せられる。
「僕は食事ではないんで! 美味しくないんで!」
ほぼ悲鳴のような主張にも、応えがなくオーグルがにじり寄って来る。
ソゴゥが体を支えようと背後の壁を手で突くと、壁の中央が凹んでスライドした。そこから、まさかの秘密通路が伸びているのを発見し、転がるように通路に逃げ込んだ。
猛ダッシュで、狭い通路を走りに走るが、後方から、包丁が壁を引っ搔く音と巨人の足音が猛然と迫って来る。

あの図体で足も速いとか。

運動量に興奮を掛けて、鼓動が爆発しそうなまでに鳴り、指先がシビれたように震える。
螺旋状の通路をひたすら下り、通路の果てのドアを蹴破ケヤブるようにして開けて、そして蹈鞴タタラを踏んだ。
目の前には、フロアをぶち抜く滝が壁のように塞ぎ、触れたら手が折れそうな勢いで水を落としていた。
ドアの外には十センチほどの足場があり、それは滝を囲むように、壁をぐるりと巡っていて、滝の反対側にあるドアに続いていた。
壁に引っ付いて、この心もとない足場を伝って向こうのドアに逃げるしかないと、足を踏み出す。
体重を乗せた途端、南部せんべいのみみ、もしくはマカロンのピエくらいのモロさで足場が崩れた。
出した足を引っ込める間もなくバランスを失い、滝へと体が放り出さる。
水に叩きつけられる瞬間、イノシシのように突進してきた巨人の数ある腕に絡めとられてそのまま滝つぼへと落下した。

紐なしバンジーを経て、滝つぼから何とか上昇し、水面に顔を出し、暗い水路の岸に引き上げられる。
この間、全て巨人の腕の中で身動きが取れずにいた。
現在、通路の壁に背中を付けて、びしょびしょで膝を抱えている。
横には白い巨人が座り、同じく膝を抱え座っている。右手には包丁を持ったままだ。
亡霊だから、触れられても通り抜けるかもしれないと、わずかに期待していたが、どうやら触れるタイプの亡霊らしい。
おかげで、滝の水圧にも滝つぼのウズからも、亡者の体がクッションになって助かった。
食料を守るための行為だったのか、単純に助けてくれたのか定かではないが。

「はら、へった、たべる」
ああ、前者だったか。
巨人が包丁を振り上げる。
何もかもが白い。白い体、白い服、白い髪、眼球も虹彩も白く、唇も爪も何もかもが白い。
男の腕の一つとソゴゥは左手を組み、右手で、振り上げらた包丁を持つ手を払う。一撃目をそれでカワしたと確信していたにも拘らず、左腕に激痛がはしった。

「ぐあああああああ、クソッ! 痛てぇ!!」

見ると、切り落とされた腕が転がっていた。
しおりを挟む

処理中です...