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5 おもてなし開催

5-4. おもてなし開催

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大人たちが寝入った後、子供たちだけを逃がす計画を立てる。
友人は賛成してくれた。幼い彼女の存在がいつばれてもおかしくないと、早々にここを抜け出したがっていたのだ。
前は、畑が燃えても、塀の外まで逃れることが出来ず、ここへ連れてこられてしまったが、今度は、監視塔や住居ごと燃やすつもりでいた。
大人たちの武器は怖かったが、私は炎の魔法は得意だった。生木や岩ですら、消し炭にできるほどの力を、大人たちが知らないのは僥倖ギョウコウだ。私が魔法を使えると、彼らは知らないのだ。
決行の夜、畑や工場を燃やし、大人たちの住居と見張り塔を燃やし、あらかじめ開けておいた塀の穴を子供たちは目指し、友人もまた幼子を背負って走った。
そこを抜ければ、このクビキからやっと逃れられる。
あちこちで上がる怒声、子供たちを奴隷と呼び、奴隷を逃がすなと叫んでいる。
燃えてしまえばいい。
追ってこられないように、炎の壁を張り巡らせる。
永遠と思えるほど、長い間、彼らの声が全て止むまで、火は燃え続けた。

朝が来て、周囲が明るくなってきた頃、やっとそこが、何者も存在しないただの黒い焼野原となっていることに気づいた、
力尽きて倒れ、少しの間気を失って、そしてすぐに逃げた子供たちの様子を確認するために立ち上がった。
そして塀の内側に見つけた。
折り重なるように倒れた子供たちを。

どうして?
絶望と共に、その問いが体中を駆け巡る。
どの子にも外傷も、火傷もない。
ただ、皆眠るようにこと切れていた。
そして友人を見つけた。
泣きながら近寄ると、その胸で眠る幼子が生きていることに気付いた。彼女の口元は布で覆われていた。
もともとは、右目を隠すために覆っていた布が、口元にずれて、そして薬花の焼けた煙を吸い込まずにすんでいたのだと気づく。
この工場には、大量の乾燥した薬花が保管されていた。
その焼けた煙が、この土地を覆い尽くして広がったのだ。
大人の体なら、あるいは少量なら助かったのかもしれない。
どう言い訳をしても私が、皆を殺してしまった事実は変わらない。
私の手を握り返してくる小さな手。
私は、やっと自分の足で立てるくらいの幼いその子を連れて、二人、塀の外へ出た。
せめて、この子だけでも守らないと。

「ごめんなさい、冗談のつもりだったのよ、そんなに怖かったの? まさか泣かせてしまうなんて」
視界が戻る。
水膜が張ったように、馬の骨がぼやけて見える。
「泣いていません」
「いえ、だって、その、直ぐ退くわね」
ジキタリスに手を引かれて、起き上がる。
「ここの花に、毒性はないわよ」
「知っています。花弁に斑点があったし、変質していることは分かっていました」
「あら、だったら何故泣いているの?」
「泣いていません」
腕で目元を隠し、説得力のない声で答える。
ジキタリスの方から、笑っている気配がした。
「ねえ、見ていて」
ジキタリスが手を打ち鳴らすと、赤紫色の花びらが一斉にオレンジ色に変化した。
「供給する魔力の質で、色が変化するのよ。機嫌を直してもらえたかしら?」
ソゴゥは頷き、やっと落ち着いたように息を吐いた。
カルミアさんにもらった指輪から光が引いて行くのをみて、ソゴゥは思った。

あと、五人。
ジキタリスに手を引かれて部屋に戻ると、ソゴゥの司書服が届いていた。
ソゴゥは本日二回目のシャワーを浴びて、服を着替えソファーに寝っ転がる。
今日はもういいんじゃないかと、勝手におもてなし受付を終了する。
ちょっと休憩してから、後は明日にしてもらうよう悪魔に電話しようと考えていると、クローゼットの扉が弾け飛ぶ勢いて開いた。
扉から「虐殺」が出てきた時には、ソゴゥは既にソファーの裏に身を隠していた。

「おい、お客様よ、次は俺の番だ」
恐る恐るソファーの後ろから顔を出す。
特に恐れていたのは「食人鬼」と「虐殺」、そして「爆弾魔」だ。
どちらにしろ、まともな扱いを受けるとは思えない。すでに、食人鬼のおもてなしは受けたが、残りの二人を飛ばすことは出来ないのだろうか。
虐殺は問答無用で襲い掛かってきそうだし、爆弾魔は赤と青の二択を迫ってきそうだ。
「あー、はい、よろしくお願いします。というか、ここでお茶を飲みながらお話でもどうですか?」
ダメもとで提案してみる。
「死にたいのか?」
「いえ、滅相もない」
「だったら、四の五の言わず付いてこい」
ソゴゥは誰が見ても分かるくらい落ち込んだ様子で、血まみれ戦闘服の男、「虐殺」ことオレグの後をついて行く。

男は、自分が樹精獣の一匹に付けたのと同じ名前だった。
あの可愛いトラ模様のモフモフ、口元は白くてほわほわのオレグとは大違いだ。
部屋を出て廊下を進み、ひと際豪華な通路に入る。
天上からはシャンデリアが下がり、靴が沈むほどの毛足の長い絨毯ジュウタンが敷かれ、謎の偉人達の肖像画が両側の壁に飾られている。
その前を通る。人間の国の皇帝のようだが、皆血塗られた歴史を築き、煉獄レンゴクに堕ちた者のような陰鬱な表情をしている。
通過するたびに、目がこちらを追うように見てくるのが怖い。
通路の奥に、重厚な両開きの扉があり、オレグはそれを片側だけ開いてソゴゥに続くように言い、中へと入っていく。

「うーわー」
え? これから戦争を始めるの?
広い正方形の部屋の壁という壁、テーブルの上に所狭しと置かれているのは武器だ。
ありとあらゆる武器、それに驚いたことに銃がある。
片手で持てる物から、ライフルや、ショットガン、ロケットランチャーの様な物まである。

ソゴゥは生まれて初めて、映像以外で銃という物を目にした。
銃把を握り、薬室を確認する。
そこに金属の弾丸はなく、また、よく見れば引き鉄の位置に、魔石が填め込まれている。

「お前の獲物は、それでいいのか? 魔力がないと、扱えないが」
ソゴゥは銃を置く。
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