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5 おもてなし開催

5-7. おもてなし開催

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橋があるから渡る。廃墟となり、死んだ建物にさえ侵入する者がいる。
これらを爆破して回るのが、自分の残りの人生の全てとなった。
人や動物を巻き込んでは本末転倒だ。
緻密チミツな計算と、再三にわたる警告を行った上、さらに、一気に爆破するのではなく、もし万が一まだ人が残っていても逃げられるように、段階的に爆破する。私は私の仕事に誇りを持っていた。

私の様な思いをする者が無いように、妻や娘のように、老朽化した建造物の犠牲者を出さないために。
だが、あの日、私が壊していたのは希望だったのかもしれないと、そう思った。

私が破壊した橋のタモトで、立ち往生する馬車。
その中で息絶えた病人を抱え、男は私をノノシった。
たとえ落ちるかもしれない橋でも、落ちないことに賭けて渡らせてくれたなら、もしかしたら彼女を救えたかもしれないのにと。
この川の向こう、あの病院まで、彼女を連れて行けたなら。

ああ、そうか、私が今までしてきたことは、愛する者を失った悲しみと向き合うことをせず、暴走していただけに過ぎない。自己満足だったのだ。
私は、サナとハルとは同じところヘは行けないだろう。
もう、二人には会えないのだ。

キュポンという音と共に、クマの被り物が脱げた。
恐らく、ハルという娘さんの顔だろう。少女の体には、少女の顔がのっていた。おっさんのキメラじゃなくてよかった。口調はおっさんだが。

「いやあ、スッキリしました。ところで、どうして泣いていらっしゃるんです?」
「ああ、エルフは目から鼻水が出るんです、気にしないでください」
カルミアの指輪の光が収まっていく。
「そうなんですか、貴方は私達と同郷の方かと思いましたよ、島の人間は黒目、黒髪ですからな。親しみもわくというものですわ」
「それは、どうも」
サハルは紅茶とクッキーを口にして飲み込む。
亡霊にも味覚が残っているのだろうか?
「私は、お茶と、饅頭マンジュウの方が好きですねえ、まあ、甘いものが食べられたのは戦争の前までの話でしたが。戦争は嫌ですねえ、嫌と言う事すらできない時代でした。食べ物がおいしいのも、ぐっすり眠れるのも、のびのびと過ごせるのも、戦争というやつがない所でなんですよねえ」
「僕も夜はぐっすり眠りたいし、好きな事を言いたい、何かに頭を押さえつけられて生きるなんて、想像したくないですね」
「気が合いますな」
どうにも、口調と見た目がしっくりこないサハルとの閑談カンダンもお開きとなり、ワンフロア上の部屋に縄梯子ナワバシゴを伝って戻る。
「この穴、どうすんの」と悪魔に尋ねる。
「食堂で夕食のご用意をしておりますので、そちらでお召し上がりください。その間に、ここを直しておきますから。食堂へは、彼女がご案内いたします」
振り返ると、いつも服を洗ってくれる女性スタッフが、ドアのところに立っていた。
スタッフの元まで行くと、彼女は軽くお辞儀をしてソゴゥのためにドアを開け、部屋を出ると、廊下を先に立って案内する。
廊下の途中にドアがあり、ドアの向こうには、こちらと明るさや雰囲気がまるで違った通路が続いている。
通路は全体的に暗く蛇行していて、足元だけをほんのり乳白色の光が照らしている。
湾曲ワンキョクの引っ込んだ部分は暗くて見えず、人が隠れていて突然襲ってきても直前まで気づけないだろうな、などと怖い想像をしてしまう。
通路の突き当り部分は広く、何か料亭の入り口のように、建物の中に小さな庭があり、その奥にある扉までの間に、小さな太鼓橋が架かっている。橋の下にはちゃんと水をタタえた川が流れている。
引き戸を開けると、そこは二十畳ほどの広さがあり、間接照明のみのため薄暗い。
よく言えば、落ち着いた雰囲気をカモし出すため、光がかなり絞られているようだ。
壁、天井、床が黒く、中央に三日月が合わさって円を作っているテーブルが一脚ある。金色と銀色の月には少し段差があり、金色の月の下に銀色の月がある。
その金属の質感が、室内でほんのり光り浮き上がって見える。
椅子は二脚あり、ソゴゥは奥の金色の月の前の椅子に案内された。
女性スタッフがお辞儀をして去り、代わりに部屋の奥に、壁と思っていた黒い目隠しから、グラスを持って、独裁者ことオーナーが現れる。

「お渡しした本は、お役に立ちましたかな?」
音もなく、ソゴゥの前のテーブルにグラスを置き、魔法のようにカトラリーを並べる。
「おかげさまで、今日は朝から、食人鬼、毒の魔女、虐殺、爆弾魔と、おもてなしという、謎のふれあいを体験させていただきました」
「それは、お疲れ様です。それでは、今この時は食事を純粋に楽しみませんか、悪魔の用意した食材で色々とご用意させていただきました。どれも、自慢の逸品ですよ」
「そうさせていただけると助かります」
オーナーは柔らかく微笑み、片手を上げた。
男性スタッフが一品目の食事を運んで来る。
オーナーは、ソゴゥと真向かいとはならない、少し斜めにずれた位置で、銀色の月のテーブルの前に座り「私も、お付き合いさせていただきます」とソゴゥに言った。
「エルフの国の料理をご用意させていただこうと思い、山羊チーズのパイに挑戦したのですが、チーズが牛のものしかなく、燻製クンセイにして香りを似せてあります。昔、本場のイグドラムのパイをいただいたことがあったので、大分近付けてみたのです。こちらにあう赤ワインも、大分良いものがございました」
男性スタッフが一礼をして、ソゴゥとオーナーのグラスに赤ワインを注ぐ。
「どうぞ、お召し上がりください」
「いただきます」
ソゴゥは子供の頃、よく園で連れて行ってもらったレストランで食べたものを思い出しながら、パイを口にし、赤ワインを飲む。
「食べやすい、それに美味しいです」
実のところ、山羊のチーズが少し苦手だったが、今食べたものは匂いも良い匂いで、味も素直に美味しかった。
「エルフの貴方には少し物足りないのでは?」
「いえ、こちらの方が僕の好みです」
「それは良かった」
オーナーの皿は綺麗に空になっている。
ソゴゥもすぐに完食し、次の皿が運ばれてくる。
食材が限られていたため、同じ魚を、焼く、揚げる、蒸す、イブすなどして調理法を変え、味を変えてパレットの絵の具のように、色彩豊かに一口サイズで盛り付けらた皿が、目の前に置かれた。
見た目も楽しく、食べたときに驚きと感動がある。
その後、スープと肉が続き、デザートが来た辺りではすっかりオーナーと打ち解けて、兄弟の愚痴を言うまでになっていた。
とても話しやすく、聞き上手で癒される。

彼の罪状が戦争において最も憎むべき「独裁者」であるという事が、食事の時だけは頭の隅に追いやられるほどに。
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