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6 巨悪

6-5. 巨悪

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「ヨル、行くぞ! ジキタリスさん貴方も一緒に来てもらいます。何が何でも、貴方をカルミアさんのもとへ送り届ける」
「ああ、マスター、千の艦隊など一瞬で燃やし尽くしてやろう」
「あらヨルったら、途端に元気になって」
「とりあえず、この島の人達が集まっているところに行こう」

背後から、壮絶な叫び声が聞こえる。
もはや人の声とは思えない、おぞましい悲鳴に振り返り、こちらは声にならない悲鳴を上げた。
「あの悪魔の正体、凄まじいな。しばらくウナされそうだ」
「私は好きですよ、あの方のおかげで、私達の恨みも晴れるというものです。アサを助けるため、私に、イグドラシルの最も力のあるエルフをここへ呼ぶように助言したのは彼なのです。彼は、あの怨霊の考えを読んでいたのかもしれませんね」
来るときは封じられていた魔法でこの出鱈目デタラメな屋敷を抜けだし、庭を突っ切って貯水池の上を飛行して崖を上がり、暗い通路の先の扉を魔法で破壊して通り抜ける。
亡国の民の居住区に繋がるその通路へ出ると、こちらに駆け寄って来る者があった。

「館長! ご無事ですか、怪我はありませんか」
「館長、食事はどうされていたんですか、直ぐにご用意しますよ!」
スキンシップ激し目なセダムとクラッスラの二人だ。
「どうしてここへ? 図書館はいいのか?」
「館長が戻って来られないので、心配して様子を見に来たのです。亡国の母も亡くなられ、葬儀にも立ち会いました」
「彼女は、今日亡くなったのか」
「いえ、もう七日も前です」
「え? 私はここにどれくらいいたのだろう?」
「十日です、館長がこの国の民に連れられて、その日も翌日も戻って来られないので、私が様子を見にここへやって来たのです」
「その間に、小さな図書館に、前大司書のヒャッカ様から大陸最東の人間の国で、館長を待っておられたセアノサスさんや護衛の騎士の方々共々、拘束されて監禁されているとの連絡が来まして、これはただ事ではないと、本国と、イグドラシルに連絡を取り続けているのですが、ヒャッカ様の連絡を最後に手紙が何処からも届かず」
「館長をこちらの扉の前でずっとお待ちしていたのです」
二人の司書は、不安と安堵の入り混じった様子でソゴゥに告げる。

「そんなに長い間、私はこの扉の中にいたのか」
「はい、人間の国が何かきな臭い動きを見せていると感じ、図書館は閉鎖して、イグドラシルの若木の周辺に強固な魔法と物理を弾く防御魔法を展開させ、館内の水や食料、医療品などをこの地下へ運び込みました。
ソゴゥは思わず、目の前の司書の頭をワシワシと撫で、その判断を評価した。
「館長、そいつだけずるいです」ともう一人も頭を差し出さすので、撫でておく。
どちらもソゴゥより年上で、ソゴゥよりも背が高い。
二人は、やっとソゴゥの後ろにいるヨルとジキタリスに気付き、驚いた声を上げる。
「護衛の悪魔殿ではないですか、それと、そちらのお美しいエルフはどなたですか?」
「カルミアさんの娘さんだ」
「大司書をされていたカルミア様のご息女ですか⁉︎」
ジキタリスが微笑み「お二人にはよく、本を読んでいただきましたわ」と幼い姿へ変身する。
「耳は髪で隠していましたし、亡国の者には白髪もおりますから、私がエルフとは気が付いておられなかったのでしょう」
「あの少女が、貴女だったのですね。良かった、ここに居る皆の中にあの少女がいないので、心配だったのです」とセダムが言う。
「ともかく、これから起こることをここに居る人たちに告げなくてはならない」
「わかりました」
ソゴゥは二人に続き、居住空間の中央にある広い空間へと向かった。
そこには、来るときにははっきりと姿を見せなかった、一万近い人々が、もともと亡国の母がいた場所を囲むようにして待機していた。
ソゴゥが司書たちとやって来ると、皆が一斉に服従を示すように身を低くして頭を下げている。
本来なら、こういったことは嫌いだが、今皆が同じ方へ向いてくれるのはありがたいと、ソゴゥは彼らの中央に立ち、良く通る声で自分を見るように言った。

「私は、イグドラシル第一司書ソゴゥ・ノディマーといいます。亡国の母、アサさんとの約束により、これからしばらくの間、皆さんの命を預かりたい。私を信じて、私についてきて欲しい。不都合の有る者はいるだろうか?」
ソゴゥは一万の人々を見渡す。
かなり長い間をとって、沈黙を肯定と解釈する。
「この島には今、周辺諸国から千の艦隊が向かっています。狙いは、我々の命です。彼らはこの島から、ただの一人も出すことを許さない気でいる」
やっと、ここに一万の人間がいるとわかるように、人のざわめきが生じた。
ただ、今ある危機に際しても、オビえや怒りはなく、コラえ、そして極めて冷静に受け止めているようだ。

「私は、ここに居る皆を誰一人欠けることもなく、島から脱出させ、イグドラム国へと連れていく。この島の汚染が、生き物が暮らせるようになるまでにはあと百年は掛かるだろう。ここに居る皆は、もうここへ戻って来ることが出来ないかもしれないが、その子、その孫はいずれここへ戻って来られる日が来るかもしれない。だから、どうか、私と一緒にイグドラム国へ来て欲しい」

一人の青年が、ソゴゥの前に進み出て膝を折る。ここへ案内してくれた、あの青年だ。

「私たちの事を考えてきただき、ありがとうございます。私たちは、貴方から差し出された救いの手を取りたいと思います」

ソゴゥは頷く。
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