ひとりぼっちのラパン

沢本新

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2.〈ラプラスの悪魔〉

10 ブリキの木こり

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 いつもと同じベンチで思いつく限りの全てを吐き出すと、ゆくえは呆れたように、「君は少し真面目すぎるんじゃないか」と、大きなため息をついた。

「考えてもみるがいい。確かに君は、君のお父さんと同じように〈ラパン〉を使って運命の相手を見つけたかもしれない。だけど、だからと言ってすぐにイコール君がお父さんと同じように薄汚れた人間だ、などということにはならないだろう。その理屈で行けば、この世界にいるほとんどが生きるに値しない人間ということになってしまうぞ。そういうことが言いたいわけではないだろう?」

 僕は何も言い返せず、貸してもらったハンカチで顔をごしごし擦る。
 ゆくえがどこからともなく買ってきたホットレモネードをちびちび飲んでいるうちに、猛烈な吐き気は少しずつ収まってきた。

「君のお父さんは確かに昔ひどいことをしたのかもしれない。だが、君と君のお父さんは別の人間なんだ。お父さんがひどい人間だからと言って、君もひどい人間になるとは限らないし、その逆もまた然りだ。そう考えることは難しいか?」

 ゆくえが言うのは至極真っ当な正論だ。
 他人が言うなら、諸手を挙げて賛同しただろう。
 だけど、僕はどうしてもだめだった。
 頭ではわかっていても、僕の身体がその正論を受け付けないのだ。

「僕は昔からよく父親に似ているとずっと言われてきたんだ。そしてそれを誇りにすら思っていた」

 言い訳でもなんでもないのに、僕の口調はどうにも言い訳めいていた。

「それは容姿だけの話じゃないんだよ。性格や立ち居振る舞い、ふと仕草とか、表情の作り方――とにかく、ありとあらゆる面が似てるんだ。もしもあるとしたらだけど、僕らの中にある、いわゆる魂ってやつがどうしようもなく似通ってしまっているんだと思う」
「魂?」

 ふむ、とゆくえは頷く。
 公園の照明だけが闇の中に浮き上がっている。街の中にあるのに、この公園はどこにも属さない離れ小島のようで、周辺の道路を行き交う車の排気音すら遠かった。手元のハンカチに目を落としたまま、誰に語るでもなく僕は続ける。

「昔読んだ本に載っていたんだよ。世界の全てはあらかじめ決定されていて、人間の意思や行動が影響を与えることはできないって。僕の魂は、この世に生まれた瞬間からあらかじめ規定されているんじゃないか――そう思ったんだ」
「〈ラプラスの悪魔〉なんていないさ。それはもうとっくの昔に否定されてしまっている。未来は決して確定されてなんていやしない」
「だけど、〈ラパン〉は全てを知ってるじゃないか」

 ゆくえの口からかすかな吐息が漏れた。

「〈ラパン〉は人の運命を見通せるんだろ? 人の運命はあらかじめ決まっていて、〈ラパン〉はそれを読み取っているんじゃないかって。だけど、その〈ラパン〉ですら、僕の運命を読み解くのに二か月かけた。挙句に、『運命の相手』を二人も選んでしまう始末だ。これは、〈ラパン〉じゃなくて、僕に原因があったんじゃないか? 僕みたいなやつが〈ラパン〉を使ったこと自体が間違いだったんじゃないか?」

 支離滅裂なことを言っているのはわかっていた。
 なんでもいいから自分を否定しつくしてしまいたかった。
 誰からも顧みられることなく打ち捨てられるガラクタでありたかった。ゴミ捨て場に降る雨に打たれながら、走りくる処分車に踏み潰されたかった。粉々になった後、アスファルトを撫でる乾いた風に全てさらわれてしまいたかった。
 ふぅ、と小さな吐息が聞こえる。

「〈ラパン〉は、運命を読み取ってなどいないよ」

 ゆくえは天を仰ぎ、空に向かって白い息を吐き出していた。
 口を開きかけた僕を「それはともかく」と遮る。

「浅川さんのことだよ。結局のところ樹くんはどうするんだ? 君の話を聞く限り、浅川さんは君にとって申し分のない相手であることは間違いないと思うぜ。どうなんだ? 君は、浅川さんのことが好きなんだろ?」
「それは……」

 答えられなかった。
 何事もなかったかのように、次に会った時に二人並んで承認ボタンを押す――そのイメージが僕には描けなかった。
 浅川が嫌いなわけじゃない。
 好きだという気持ちだって、ないわけじゃなかった。
 ただ、浅川の隣にいるのが僕だということが許せなかった。ほのかに浮かぶ好きという気持ちも、それを発生させたのが僕の魂だということが我慢ならなかった。純粋無垢なる白雪を、泥だらけの靴で踏み荒らしてしまうような罪悪感があった。

「もし仮に、君が言うように〈ラパン〉が運命を読み解く〈ラプラスの悪魔〉だったとしてだ。もしも君がそう信じているなら何も迷うことはないじゃないか。色々手違いはあったかもしれないが、〈ラパン〉は君を浅川さんの『運命の相手』として選んでいるんだ。『運命』のお墨付きは、既に出ているんだよ。違うかい?」

 ゆくえは、空に向かって淡々と続けた。
 白い吐息がふわっと広がってはまた消える。

「教えてくれよ、樹くん。君が信じられないのは〈ラパン〉か? それとも君自身なのか?」

 ゆくえは大きな瞳を真っ直ぐにこちらに向けてきた。
 今度は僕が空を仰ぐ番だった。

 〈ラパン〉か。
 それとも、僕自身か。

「両方……だ」

 それが、僕の答えだった。

「〈ラパン〉はきっと、僕を読み損ねたんだよ。僕があまりにも歪だから。勘違いして、焦って混乱して、二人も『運命の相手』を選んでしまったのは、きっとそのせいだ。どちらも間違いだったんだ。きっと、そうなんだよ」

 どうしようもなく歪み切ってしまった頭からは、そんな答えしか出てこなかった。
 その時の僕は本気でそう信じていた。
 信じ込もうとしていた。
 ここにあるのは決して救われるべきではない魂だと、心の底から。
 だから、僕は全身全霊で見ないふりをした。
 僕の隣にいるゆくえが、今にも零れ落ちそうな瞳をしていたことを――

「君は、まるでブリキの木こりだね」
「木こり?」

 思わず、自分の頼りない両腕を見てしまう。

「ほら、知らないか? 〈オズの魔法使い〉だよ」

 ゆくえが何を言いたいのか、僕にはよくわからなかった。

「案山子は脳味噌、ライオンは勇気。そして、ブリキの木こりが欲しかったのは心さ。自分を作った間抜けが胸の中に大切な心を入れ忘れたから、ボクには心がない、心さえあれば、ボクだって泣いたり笑ったりできるのに――ってな」
「何が言いたいんだ?」
「なんだよ、樹くんはオズの魔法使いのオチを知らないのか? 一般常識だから、今度会うまでに履修しておくように。これ、テストに出るからな」

 唖然とする僕を尻目に、ゆくえは鞄をごそごそ漁って何かを取り出す。

「そんな樹くんに、私からささやかだがプレゼントをあげよう。手を出して」

 言われるがままに手を差し出すと、冷たい鎖のようなものを乗せられた。

「これは?」
「知らないかい? ペンダントって言うのさ」

 シルバーの鎖の輪に十字架のアクセサリーがついていた。
 目の前で揺らしてみると、しゃら、と冷たい音がした。

「〈ラパン〉を――いや」

 僕はゆくえを見た。
 その時のゆくえの顔は、今でも忘れられない。

「『運命』を信じられなくなったら、これを首にかけるといい」

 笑っているのに、なぜか今にも泣きそうに見えた。

「かけると、どうなるんだ?」
「信じられるようになるのさ、運命を」
「どういう意味だよ」
「さあ」

 それ以上、ゆくえは答えようとはしなかった。
 ふと気づくと、灰色の空から粉雪がちらつき始めていた。
 僕と浅川、そしてゆくえの期限は、もうすぐそこまで迫っていた。
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