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3.呪い
11 原田結衣
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「――好き?」
「え?」
その声で、どこか違う世界の空を飛んでいた意識が現世に引き戻された。声のする方を見ると、少し頬を膨らませた浅川がいた。
「だから、何回も言ってるじゃん。沢村くんは、ここにいる動物の中で、どれが好きですかって」
「……あー」
「やっぱり聞いてなかった」
ふん、とそっぽを向くそぶりをする浅川。膝丈ぐらいの白のスカートはタイトで、普段の浅川よりもかなり大人っぽく見える。そのスタイルの良さに、行き交う人の視線がちらちらと寄せられているのもわかる。
ここは、南山動植物園。この街の中では随一のデートスポットだ。日曜日ということもあって、辺りはデートと思しきカップルばかりだ。
自分たちがまさにその中の一組だなんて、自分ですら現実感がないのだけれど。
「で、どれ?」
「うーん」
目の前のスペースには象がいて、その長い鼻を器用に伸ばして乾燥した草を口に運んでいた。
のんびりしていて、何も悩みもなさそうで――
「象はわりと好きだよ」
「ふーん」
「浅川は?」
「ペンギン!」
即答だった。
「だって、可愛いでしょ? ほらっ、ちっちゃい手足でぱたぱたぱたーっ、てさ!」
ペンギンの真似なのか、自分の腕をぶんぶん振り回す浅川。
ペンギンか。
エントランスでもらったパンフレットを見ると、ペンギンプールは一番奥の方にあるみたいだ。パンフを雑にたたんでポケットに突っ込み、順路の向こうを指さす。
「行く?」
その、まるで朝日を浴びてぱあっと開く瞬間のような笑顔に、僕は気圧された。
肉食動物のようにぱくっと僕の左腕に食いついてきて、
「行くっ!」
太陽のように笑うのだ。
――君は、浅川さんのことが好きなんだろ?
好きだ。
この胸の中のぬくもりを確認しなくたってわかる。
もしも、浅川のことを好きじゃなかったとしたら、この気持ちは一体なんだと言うんだ。
だけど――
「どうしたの? 早く行こうよ」
「……うん」
見上げた空は、憎らしくなるくらいの快晴だ。
◆
ペンギンプールには、数えるのも嫌になるくらいのペンギンがいた。浅川は、大好物を前にした子どものようにひとしきりはしゃぎ回った後、
「トイレ!」
と一声叫んで、少し離れた場所にあるトイレへと走って行った。
普段からハイテンションの浅川だが、今日はそれに輪をかけて元気だった。
悩みなど何一つないと身体中で表現しようとしているみたいに。
決断するのは今日だということを、忘れてしまっているみたいに。
「ふぅ」
空に逃がしたため息は、何度目になるのかもわからない――
「どういうつもりなの、あんた」
物騒な声がした。
こんなにいい天気なのに、喧嘩でも始まったのだろうか。
「無視しないでくれる?」
肩に鈍い衝撃を受けて、ようやくその言葉が僕に向けられていたものだということに気づいた。
「……僕ですか?」
「他に誰がいるのよ」
その人は憮然とした表情で僕の前に立っていた。背は低いものの、男かと見間違うくらいに短く刈られた髪と、気の強そうな瞳が印象的だった。
僕に対して、明確に敵意を向けてきている。
「あなた、ふざけているの?」
「何が?」
「とぼけるのもいい加減にしなさい。あなたが今、浅川先輩にしていること全てについてよ」
「浅川?」
浅川を、知っているのか?
その意味を把握する間もなく目の前の少女が言う。
「あなた、いつまで浅川先輩で遊ぶ気なの?」
「遊ぶって」
そりゃ今日は遊んでるけど。
「遊んでいるでしょう? 知らないとは言わせないわよ。あなたは〈ラパン〉で浅川と縁を結んだ。なのに、いつまで経っても浅川先輩を認めないのはどういうこと? それで遊んでないとは、どの口が言うのかしら!?」
口調に熱が入ってきた。
気圧され後ずさりすると、その分だけこちらに詰めてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 〈ラパン〉はそういう冷やかしはできないんだ! そのぐらい常識だろう!?」
どういう原理かはわからないが、〈ラパン〉を使ったナンパ行為はできない。
してはいけない――じゃなく、できないのだ。
ネットには、そういう体験談が山ほど溢れている。
ナンパ、ヤリ捨て目的で使った人間のうち、幾ばくかは〈ラパン〉の選別によって弾かれ、残ったものは『運命』を受け入れるのだという。
「何か不正な手段を使ったんでしょう!? そうじゃなければ説明がつかないじゃない!」
「できないよそんなの!」
「ええいもういい! 話にならない! いいから今すぐ浅川先輩との関係を断ち切りなさい! 今なら半殺しで勘弁してあげるわ!」
うわ、腕力に訴えてくる気だよこの人。
ここに来る途中の檻にいたライオンよりもさらに牙を剥き出しにして、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
しかし、彼女の顔は、どこかで見たことがある気がしていた。
そして、浅川『先輩』。
あれは、確か――
「やめなさーい!」
牙を突き立てようとする彼女と僕の間に割って入ったのは、浅川だ。
「ちょっと、こんなところで何やってるの! しかも、沢村くんに食ってかかって」
「だって、こいつが……!」
「言い訳はやめなさい! ほら! 沢村くんに謝って!」
浅川の一喝に、まるでご主人様に叱られた猫のように、丸く縮こまってしまった。
「ごめんね、沢村くん。ほら、あなたも早く謝る」
「でも……」
「でももくそもない! 結衣!」
――あ。
結衣という名前に、ようやく僕の脳内の回路がつながった。
「……………………すみません、でした」
僕の記憶が確かならば、彼女の名前は原田結衣。
浅川の、陸上部の後輩だ。
――第一候補は陸上部の原田ってやつらしいけど。
相沢の言葉が蘇る。
そんな事実無根の噂を流されるくらいには仲の良い、校内では専ら評判の二人だった。
「え?」
その声で、どこか違う世界の空を飛んでいた意識が現世に引き戻された。声のする方を見ると、少し頬を膨らませた浅川がいた。
「だから、何回も言ってるじゃん。沢村くんは、ここにいる動物の中で、どれが好きですかって」
「……あー」
「やっぱり聞いてなかった」
ふん、とそっぽを向くそぶりをする浅川。膝丈ぐらいの白のスカートはタイトで、普段の浅川よりもかなり大人っぽく見える。そのスタイルの良さに、行き交う人の視線がちらちらと寄せられているのもわかる。
ここは、南山動植物園。この街の中では随一のデートスポットだ。日曜日ということもあって、辺りはデートと思しきカップルばかりだ。
自分たちがまさにその中の一組だなんて、自分ですら現実感がないのだけれど。
「で、どれ?」
「うーん」
目の前のスペースには象がいて、その長い鼻を器用に伸ばして乾燥した草を口に運んでいた。
のんびりしていて、何も悩みもなさそうで――
「象はわりと好きだよ」
「ふーん」
「浅川は?」
「ペンギン!」
即答だった。
「だって、可愛いでしょ? ほらっ、ちっちゃい手足でぱたぱたぱたーっ、てさ!」
ペンギンの真似なのか、自分の腕をぶんぶん振り回す浅川。
ペンギンか。
エントランスでもらったパンフレットを見ると、ペンギンプールは一番奥の方にあるみたいだ。パンフを雑にたたんでポケットに突っ込み、順路の向こうを指さす。
「行く?」
その、まるで朝日を浴びてぱあっと開く瞬間のような笑顔に、僕は気圧された。
肉食動物のようにぱくっと僕の左腕に食いついてきて、
「行くっ!」
太陽のように笑うのだ。
――君は、浅川さんのことが好きなんだろ?
好きだ。
この胸の中のぬくもりを確認しなくたってわかる。
もしも、浅川のことを好きじゃなかったとしたら、この気持ちは一体なんだと言うんだ。
だけど――
「どうしたの? 早く行こうよ」
「……うん」
見上げた空は、憎らしくなるくらいの快晴だ。
◆
ペンギンプールには、数えるのも嫌になるくらいのペンギンがいた。浅川は、大好物を前にした子どものようにひとしきりはしゃぎ回った後、
「トイレ!」
と一声叫んで、少し離れた場所にあるトイレへと走って行った。
普段からハイテンションの浅川だが、今日はそれに輪をかけて元気だった。
悩みなど何一つないと身体中で表現しようとしているみたいに。
決断するのは今日だということを、忘れてしまっているみたいに。
「ふぅ」
空に逃がしたため息は、何度目になるのかもわからない――
「どういうつもりなの、あんた」
物騒な声がした。
こんなにいい天気なのに、喧嘩でも始まったのだろうか。
「無視しないでくれる?」
肩に鈍い衝撃を受けて、ようやくその言葉が僕に向けられていたものだということに気づいた。
「……僕ですか?」
「他に誰がいるのよ」
その人は憮然とした表情で僕の前に立っていた。背は低いものの、男かと見間違うくらいに短く刈られた髪と、気の強そうな瞳が印象的だった。
僕に対して、明確に敵意を向けてきている。
「あなた、ふざけているの?」
「何が?」
「とぼけるのもいい加減にしなさい。あなたが今、浅川先輩にしていること全てについてよ」
「浅川?」
浅川を、知っているのか?
その意味を把握する間もなく目の前の少女が言う。
「あなた、いつまで浅川先輩で遊ぶ気なの?」
「遊ぶって」
そりゃ今日は遊んでるけど。
「遊んでいるでしょう? 知らないとは言わせないわよ。あなたは〈ラパン〉で浅川と縁を結んだ。なのに、いつまで経っても浅川先輩を認めないのはどういうこと? それで遊んでないとは、どの口が言うのかしら!?」
口調に熱が入ってきた。
気圧され後ずさりすると、その分だけこちらに詰めてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 〈ラパン〉はそういう冷やかしはできないんだ! そのぐらい常識だろう!?」
どういう原理かはわからないが、〈ラパン〉を使ったナンパ行為はできない。
してはいけない――じゃなく、できないのだ。
ネットには、そういう体験談が山ほど溢れている。
ナンパ、ヤリ捨て目的で使った人間のうち、幾ばくかは〈ラパン〉の選別によって弾かれ、残ったものは『運命』を受け入れるのだという。
「何か不正な手段を使ったんでしょう!? そうじゃなければ説明がつかないじゃない!」
「できないよそんなの!」
「ええいもういい! 話にならない! いいから今すぐ浅川先輩との関係を断ち切りなさい! 今なら半殺しで勘弁してあげるわ!」
うわ、腕力に訴えてくる気だよこの人。
ここに来る途中の檻にいたライオンよりもさらに牙を剥き出しにして、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
しかし、彼女の顔は、どこかで見たことがある気がしていた。
そして、浅川『先輩』。
あれは、確か――
「やめなさーい!」
牙を突き立てようとする彼女と僕の間に割って入ったのは、浅川だ。
「ちょっと、こんなところで何やってるの! しかも、沢村くんに食ってかかって」
「だって、こいつが……!」
「言い訳はやめなさい! ほら! 沢村くんに謝って!」
浅川の一喝に、まるでご主人様に叱られた猫のように、丸く縮こまってしまった。
「ごめんね、沢村くん。ほら、あなたも早く謝る」
「でも……」
「でももくそもない! 結衣!」
――あ。
結衣という名前に、ようやく僕の脳内の回路がつながった。
「……………………すみません、でした」
僕の記憶が確かならば、彼女の名前は原田結衣。
浅川の、陸上部の後輩だ。
――第一候補は陸上部の原田ってやつらしいけど。
相沢の言葉が蘇る。
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