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女神と宝石
第五章 女神の願いを叶えるためには ※
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ギルバートの腕の中でアイカが必死に胸にしがみつきながら、声を詰らせ絶頂を迎える。物足りなさはあったが、それでもアイカと再び逢えて、しかも自分を受け入れてくれたことの方が喜び勝った。
乱れた銀の髪に、ほんのり赤く上気した頬。乱れた吐息を零す赤い唇に口づけを落とす。
(この世の何よりも美しい俺の女神。ようやく手に入れた。誰にも渡すものか)
「大丈夫か?アイカ?」
もうそろそろ落ち着いたかと声をかける。けれどアイカの瞳は固く閉ざされピクリとも反応せず、縋っていた腕も力なくパタリと落ちた。瞼は完全に閉ざされている。
「まさか、初めてで気を失ったのか?」
軽く頬をさすってみても反応はない。
(嘘だろう?俺は全く何も済んでないんだぞ?)
ベルトを締めたズボンの下では、暴走寸前のモノが暴れる瞬間を待ちわびているというのに。
だが、気を失って反応のない相手を抱くというのは男の沽券にかかわる。しかもアイカはこの行為は初めてだと言っていた。初めての純潔を気を失っている間に奪われるというのは、男の身から考えても悲しすぎる。
ここで終えてしまうのは辛いが、致し方ないかと身を引くことをギルバートは渋々選んだ。
しかし、下着の下に忍ばせていた指をそっと奥に進める。そして濡れた入り口に人差し指を差し込むと、絶頂に達した直後で熱く痙攣した内肉が、差し入れられたギルバートの指をきゅっと締め付けてきた。
まだ誰にも許したことがないだろう狭く熱い蜜口。
差し入れた指で熱い内肉を撫でると、呼応するように内肉が指を奥へ誘おうとぴたりと指に吸い付き収縮する。
「んっ……」
アイカが小さく身じろぐ。
「…………」
アイカが気を失ってくれて本当に良かったと思う。もし気を失わず意識があったら、欲望に飢えてギラついた目をした自分を見られてしまい、また怖がらせてしまっただろう。
名残惜しいアイカの中から指を引き抜き、地面に敷いていた上着で包むようにして気を失っているアイカを抱きかかえた。
生まれ育った家ではあるが、今では月に1、2度しか帰らないグランディ邸だった。その切っ掛けになったのは隣国との戦争が迫り、毎日のように行われる王宮や軍の会議で、わざわざ家に帰るより王宮近くの騎士団で寝泊まりしたほうが便利が良かったからだ。
戦争が終わっても贅が尽くされた自宅に戻るより、気軽な恰好で好きに行動できる騎士団の方が居心地がよくて半ば住み着いてしまっていた。
そんな疎遠になっている自宅にギルバートが戻るのは1か月ぶりだろうか。
馬車から降りてアイカを横抱きに抱え玄関前にやってくると、何も言わずに玄関の扉が開き、帰るという連絡もしていないのに屋敷中の使用人たちが出迎える。
「お帰りなさいませ、ギルバート様」
自分がまだ生まれる前からグランディ家に仕えてくれている老年の執事アルフレッドが礼をとると、並ぶ召使いたちが一分の乱れもなく一斉に頭を下げた。そしてギルバートが抱きかかえる少女に気が付くと、
「お部屋の用意をさせましょう。だれか、湯の用意と着替えも」
アルフレッドが言うや熟練のメイドたちがさっと動き出す。間違ってもギルバートが突然連れ帰った少女の素性を尋ねるような差し出がましい真似はしない。
「野菊の間でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「かしこまりました」
野菊の間は広いグランディ家に数多ある客室の1つだが、ギルバートの自室から最も近い部屋でもある。アルフレッドのその配慮を流石だと思う反面、子供のころから知っているギルバートの考えを先に読んだような行動が鬱陶しくもあった。
通された野菊の間は主が滅多に帰宅せずにいても、メイドたちによって隅々まで手入れされ埃一つない。
そして客室用のベッド前にくると、アルフレッドはベッドにかけてある布団をさっと上げて少女が横たわるスペースを作る。
それから間もなくちょうどよい温度に調節された湯と清潔な布巾を乗せたカートがメイドたちによって運ばれてきた。
「ギルバート様、お嬢様の体を拭きますので少しだけお隣のお部屋に」
「俺が拭く。着替えはそこらへんに置いて部屋は俺が呼ぶまで誰も近づくな」
「ギルバート様お自らですか?」
アイカの体を拭く用意をしていたメイドたちが驚いたように声をあげる。しかしチラリとギルバートが一瞥し、アルフレッドも無言でメイドに首を横に振ったのを見て、湯や着替えを運んできたメイドたちは「失礼しました」とだけ謝り、さっと部屋からでていった。
アルフレッドも、何かご用があればいつでもお呼びください、とだけ言い残し出ていけば、部屋にはアイカとギルバートだけになる。
そこでようやくギルバートは一息つく。
自分の育った家であるはずなのに落ち着かず、気を張ってしまう。それは、この家にいると若くして当主の座に就いたグランディ家の家長であるという責任やプレッシャーが、まざまざと迫ってくるせいなのかもしれない。
家のことなどどうでもいいとギルバートは普段から周りに言っているが、それはグランディ家のことを考えるのをあえて避けているせいでもある。
500年の歴史を持つ大国カーラ・トラヴィス。その名門グランディ家。
母親は当時グランディ家の当主であった祖父の一人娘で、国王の弟である父と結婚しても身分の釣り合った政治的結婚だった。
幸いなことに両親の仲が非常によかったのを、ギルバートは覚えている。しかし流行り病で父が亡くなったあと、気を弱くした母も数年後に父を追うようにして亡くなってしまった。
自分の他に兄弟姉妹はおらず、問答無用で25歳だった自分にグランディ家の全てが圧し掛かってきた。しかもずっと不穏な情勢だった隣国との戦争も近づいており、将軍だった自分は怒涛のような忙しさに追われた日々を過ごした記憶しかない。
極端に少ない王族の血を引くことで、子を望まれているのも十分分かっている。だが周りが望む自分の結婚など二の次だ。
(このまま自分は一生誰とも結婚しないで一生を終えるのだと思っていた。だが夜会から抜け出した池で運命の女神に出会うことができた)
月の光を浴びながら女神が池の上を駆ける幻想的な美しさを思い出し、無意識に張りつめていたギルバートの頬が緩む。
メイドたちが持ってきた湯桶に乾いた布巾を浸してからきつく絞る。軽く布巾を畳みなおし、眠る女神を起こさないように気を付けながらギルバートはその体を清めていった。
▼▼▼
(温かい。気持ちいい。たぶん朝だろうけどまだあと少しだけ眠いっていたいわ)
酷く寝心地のよいベッドの中で、眠りから目覚めるまでのまどろみを堪能していた。しかし、ふと重い瞼を開いた視界に映った室内は、見知らぬ天井だった。間違っても結晶に包まれた池の中の洞窟ではない。
それに気づくと意識が急にクリアになっていく。
「ここは……」
「目が覚めたか、アイカ。ここは俺の屋敷だ。安心していい」
声がするほうをアイカは振り向く。ベッド傍にある椅子にリラックスした様子で腰かけて自分を見ているのがギルバートであることを認識すると同時に、昨夜自分がギルバートと池のほとりでした行為を思い出し、恥ずかしさでばっと布団の中に潜り込んだ。
(わたし、きのうギルバートと……!どうしよう恥ずかしくて顔が見られない)
会ってまだたったの2回目だったのに。なんだかんだとギルバートから求められるのを断り切れず、その場の雰囲気に流されてかなり恥ずかしいことをした記憶がある。
「体は大丈夫か?痛むところは?」
潜り込んだベッドが斜めに沈みこんだ。ギルバートがベッド縁に腰をかけたのだろう。
かぶった布団の上からギルバートが声をかけてくる。
「痛いところはないわっ、大丈夫よ!」
「よかった。喉は渇いてないか?」
「平気!」
「アイカ、キミのかわいい顔を見せてほしい」
掴んでいる布団が下にゆっくり引っ張られていく。少しづつ布団が下がってくると、自分をのぞき込んでいるギルバートの顔はすぐ上にあった。
「おはよう、俺の女神」
微笑み、額にかかる前髪を避けて、額にキスを落とされた。そして先ほど要らないといった水の入ったコップを差し出される。昨夜からずっと何も飲んでおらず、本当は喉がすごく渇いていたりした。
「ありがとう……」
被っていた布団から上半身を起き上がらせ、一言お礼を言ってコップを受け取ると一息に水を飲み干す。空になったコップは、すぐにギルバートが受け取ってベッドの傍に置かれたサイドテーブルに置いてくれる。
「このお屋敷は?私の池がある場所じゃないの?」
「アイカの池がある屋敷ではない。ここは別の、俺の屋敷だ」
「ギルバートのお屋敷?」
「そう。実質治めている領地は別にあるが、この屋敷がある周辺一帯も俺の治める領地だ。行きたい場所があればどこでも好きにしていい。そしてずっと俺の傍に」
「待って!」
「なんだい?」
ギルバートが話している途中で口を挟む。このままだと本当にずるずると流されてギルバートと一緒にいることになってしまいそうだった。
「ギルバートは私をからかったんじゃないの?だって私たち、会ってまだ2回目だもの」
「女神をからかうなど。俺はアイカを本気で愛している。」
真摯な表情でギルバートは本気だと訴えてくるが、どうにも信じるには不安が拭えない。
それに懸念はもう一つあった。
いつも夜だったためハッキリ見ることはできなかったけれど、今は太陽が昇る明るい朝だ。長身の逞しい体躯。秀麗で精悍な顔立ち。改めてギルバートを見やると、本当にファンタジーの中に登場する騎士然とした男性なのが分かる。
そして朝日の中だとギルバートの赤い髪はさらに鮮やかさを増す。アメジストのような紫の瞳は朝の日差しの元で、さらに鮮やかさが増す。
自宅ということで、いつもきっちり着込んでいた軍服ではない、ズボンに白シャツというラフな格好をしている。かっこいいのは確かだ。大人の女性にもこの容姿ならすごくモテるだろう。
しかし、どうにも気になってしまう。
「それに……」
「それに?」
「ギルバートは何歳?」
「今年で36だ」
予想通りの回答に、アイカは布団を手繰り寄せ顔半分隠しつつ、
「だよね……、つい流されてああいうことしちゃったけど、私、おじさん趣味はちょっと………」
「……………」
失礼にならないよう気を付けて言ったつもりだったが、ギルバートが表情を変えず無言でいるのを見ると、少なからず傷つけてしまったかな、と心の中で謝る。
でも女神としては生まれたばかりでも、人間だった頃の記憶があるため、そのときの常識で考えると自分は19歳。ギルバートの36歳というのは随分年上に思える。
「歳のことは申し訳ないがどうしようもできない。ただ、できるだけ若作りを心がけるようにしよう……」
酷く言いにくそうにギルバートは答えた。
初めて出会ったときに、アイカから自分を<変態オヤジ>と罵倒されたときの言葉が脳裏をよぎり、らしくもなく気持ちが沈んでいくのを止められない。
まさか歳のことで自分の気持ちを躊躇されるとは思ってもみなかった。
アイカの歳がいくつかは知らないが、貴族であれば年齢よりも身分が重要になる。だから、社交デビューしたばかりのような15、6の少女と40過ぎの男が政略結婚するのも珍しくない。
その感覚でギルバートはいたのだが、女神であるアイカに人間の政略結婚など知ったことではないのだろう。
「では、どうしたらアイカに俺の気持ちを信じてもらえるだろうか。キミを得るためなら俺はなんでもするつもりだ」
年齢はいかんともしがたいので、他でアイカに気持ちを伝える方法を探す。
これまでの会話で、アイカと自分の感覚が微妙にズレてしまっているのは間違いない。となるとアイカの思考に自分が寄りそうことで、自分の気持ちを受け入れてもらいたい。
そう言うとアイカは困ったような顔で思案しはじめたが、その仕草も可愛らしくて仕方ないのだから、自分も末期だ。
「ギルバートは私の言うことを聞いてくれるのよね?」
「ああ、もちろんだ。アイカの言うことなら俺はなんでも聞こう」
(やっぱり池に帰りたいとかいうふざけた願い以外であれば、いくらだって聞くさ)
とは紳士然とした笑顔を顔に張り付けたギルバートの心の中だけの呟きである。自分の傍にいてほしいのに池に帰られては元も子もない。
しかし、ギルバートの不安をよそにアイカがパッと何かを思いついたような顔になり、次に期待に満ちた金の瞳を輝かせて振り向き、無邪気に言い出したのは
「わたし、騎士になりたいわ。ギルバートはこの国の将軍なんでしょう?私を騎士団に入れてほしい」
そうきたか
貴族として礼節を徹底的に叩き込まれ、国の大臣貴族たちだけでなく、他国代表との貿易交渉でも動揺することなく堂々と渡り合ってきた。
その鉄の仮面を持つギルバートの口角がひくりとして、余裕を称えていた顔が引きつった。
乱れた銀の髪に、ほんのり赤く上気した頬。乱れた吐息を零す赤い唇に口づけを落とす。
(この世の何よりも美しい俺の女神。ようやく手に入れた。誰にも渡すものか)
「大丈夫か?アイカ?」
もうそろそろ落ち着いたかと声をかける。けれどアイカの瞳は固く閉ざされピクリとも反応せず、縋っていた腕も力なくパタリと落ちた。瞼は完全に閉ざされている。
「まさか、初めてで気を失ったのか?」
軽く頬をさすってみても反応はない。
(嘘だろう?俺は全く何も済んでないんだぞ?)
ベルトを締めたズボンの下では、暴走寸前のモノが暴れる瞬間を待ちわびているというのに。
だが、気を失って反応のない相手を抱くというのは男の沽券にかかわる。しかもアイカはこの行為は初めてだと言っていた。初めての純潔を気を失っている間に奪われるというのは、男の身から考えても悲しすぎる。
ここで終えてしまうのは辛いが、致し方ないかと身を引くことをギルバートは渋々選んだ。
しかし、下着の下に忍ばせていた指をそっと奥に進める。そして濡れた入り口に人差し指を差し込むと、絶頂に達した直後で熱く痙攣した内肉が、差し入れられたギルバートの指をきゅっと締め付けてきた。
まだ誰にも許したことがないだろう狭く熱い蜜口。
差し入れた指で熱い内肉を撫でると、呼応するように内肉が指を奥へ誘おうとぴたりと指に吸い付き収縮する。
「んっ……」
アイカが小さく身じろぐ。
「…………」
アイカが気を失ってくれて本当に良かったと思う。もし気を失わず意識があったら、欲望に飢えてギラついた目をした自分を見られてしまい、また怖がらせてしまっただろう。
名残惜しいアイカの中から指を引き抜き、地面に敷いていた上着で包むようにして気を失っているアイカを抱きかかえた。
生まれ育った家ではあるが、今では月に1、2度しか帰らないグランディ邸だった。その切っ掛けになったのは隣国との戦争が迫り、毎日のように行われる王宮や軍の会議で、わざわざ家に帰るより王宮近くの騎士団で寝泊まりしたほうが便利が良かったからだ。
戦争が終わっても贅が尽くされた自宅に戻るより、気軽な恰好で好きに行動できる騎士団の方が居心地がよくて半ば住み着いてしまっていた。
そんな疎遠になっている自宅にギルバートが戻るのは1か月ぶりだろうか。
馬車から降りてアイカを横抱きに抱え玄関前にやってくると、何も言わずに玄関の扉が開き、帰るという連絡もしていないのに屋敷中の使用人たちが出迎える。
「お帰りなさいませ、ギルバート様」
自分がまだ生まれる前からグランディ家に仕えてくれている老年の執事アルフレッドが礼をとると、並ぶ召使いたちが一分の乱れもなく一斉に頭を下げた。そしてギルバートが抱きかかえる少女に気が付くと、
「お部屋の用意をさせましょう。だれか、湯の用意と着替えも」
アルフレッドが言うや熟練のメイドたちがさっと動き出す。間違ってもギルバートが突然連れ帰った少女の素性を尋ねるような差し出がましい真似はしない。
「野菊の間でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「かしこまりました」
野菊の間は広いグランディ家に数多ある客室の1つだが、ギルバートの自室から最も近い部屋でもある。アルフレッドのその配慮を流石だと思う反面、子供のころから知っているギルバートの考えを先に読んだような行動が鬱陶しくもあった。
通された野菊の間は主が滅多に帰宅せずにいても、メイドたちによって隅々まで手入れされ埃一つない。
そして客室用のベッド前にくると、アルフレッドはベッドにかけてある布団をさっと上げて少女が横たわるスペースを作る。
それから間もなくちょうどよい温度に調節された湯と清潔な布巾を乗せたカートがメイドたちによって運ばれてきた。
「ギルバート様、お嬢様の体を拭きますので少しだけお隣のお部屋に」
「俺が拭く。着替えはそこらへんに置いて部屋は俺が呼ぶまで誰も近づくな」
「ギルバート様お自らですか?」
アイカの体を拭く用意をしていたメイドたちが驚いたように声をあげる。しかしチラリとギルバートが一瞥し、アルフレッドも無言でメイドに首を横に振ったのを見て、湯や着替えを運んできたメイドたちは「失礼しました」とだけ謝り、さっと部屋からでていった。
アルフレッドも、何かご用があればいつでもお呼びください、とだけ言い残し出ていけば、部屋にはアイカとギルバートだけになる。
そこでようやくギルバートは一息つく。
自分の育った家であるはずなのに落ち着かず、気を張ってしまう。それは、この家にいると若くして当主の座に就いたグランディ家の家長であるという責任やプレッシャーが、まざまざと迫ってくるせいなのかもしれない。
家のことなどどうでもいいとギルバートは普段から周りに言っているが、それはグランディ家のことを考えるのをあえて避けているせいでもある。
500年の歴史を持つ大国カーラ・トラヴィス。その名門グランディ家。
母親は当時グランディ家の当主であった祖父の一人娘で、国王の弟である父と結婚しても身分の釣り合った政治的結婚だった。
幸いなことに両親の仲が非常によかったのを、ギルバートは覚えている。しかし流行り病で父が亡くなったあと、気を弱くした母も数年後に父を追うようにして亡くなってしまった。
自分の他に兄弟姉妹はおらず、問答無用で25歳だった自分にグランディ家の全てが圧し掛かってきた。しかもずっと不穏な情勢だった隣国との戦争も近づいており、将軍だった自分は怒涛のような忙しさに追われた日々を過ごした記憶しかない。
極端に少ない王族の血を引くことで、子を望まれているのも十分分かっている。だが周りが望む自分の結婚など二の次だ。
(このまま自分は一生誰とも結婚しないで一生を終えるのだと思っていた。だが夜会から抜け出した池で運命の女神に出会うことができた)
月の光を浴びながら女神が池の上を駆ける幻想的な美しさを思い出し、無意識に張りつめていたギルバートの頬が緩む。
メイドたちが持ってきた湯桶に乾いた布巾を浸してからきつく絞る。軽く布巾を畳みなおし、眠る女神を起こさないように気を付けながらギルバートはその体を清めていった。
▼▼▼
(温かい。気持ちいい。たぶん朝だろうけどまだあと少しだけ眠いっていたいわ)
酷く寝心地のよいベッドの中で、眠りから目覚めるまでのまどろみを堪能していた。しかし、ふと重い瞼を開いた視界に映った室内は、見知らぬ天井だった。間違っても結晶に包まれた池の中の洞窟ではない。
それに気づくと意識が急にクリアになっていく。
「ここは……」
「目が覚めたか、アイカ。ここは俺の屋敷だ。安心していい」
声がするほうをアイカは振り向く。ベッド傍にある椅子にリラックスした様子で腰かけて自分を見ているのがギルバートであることを認識すると同時に、昨夜自分がギルバートと池のほとりでした行為を思い出し、恥ずかしさでばっと布団の中に潜り込んだ。
(わたし、きのうギルバートと……!どうしよう恥ずかしくて顔が見られない)
会ってまだたったの2回目だったのに。なんだかんだとギルバートから求められるのを断り切れず、その場の雰囲気に流されてかなり恥ずかしいことをした記憶がある。
「体は大丈夫か?痛むところは?」
潜り込んだベッドが斜めに沈みこんだ。ギルバートがベッド縁に腰をかけたのだろう。
かぶった布団の上からギルバートが声をかけてくる。
「痛いところはないわっ、大丈夫よ!」
「よかった。喉は渇いてないか?」
「平気!」
「アイカ、キミのかわいい顔を見せてほしい」
掴んでいる布団が下にゆっくり引っ張られていく。少しづつ布団が下がってくると、自分をのぞき込んでいるギルバートの顔はすぐ上にあった。
「おはよう、俺の女神」
微笑み、額にかかる前髪を避けて、額にキスを落とされた。そして先ほど要らないといった水の入ったコップを差し出される。昨夜からずっと何も飲んでおらず、本当は喉がすごく渇いていたりした。
「ありがとう……」
被っていた布団から上半身を起き上がらせ、一言お礼を言ってコップを受け取ると一息に水を飲み干す。空になったコップは、すぐにギルバートが受け取ってベッドの傍に置かれたサイドテーブルに置いてくれる。
「このお屋敷は?私の池がある場所じゃないの?」
「アイカの池がある屋敷ではない。ここは別の、俺の屋敷だ」
「ギルバートのお屋敷?」
「そう。実質治めている領地は別にあるが、この屋敷がある周辺一帯も俺の治める領地だ。行きたい場所があればどこでも好きにしていい。そしてずっと俺の傍に」
「待って!」
「なんだい?」
ギルバートが話している途中で口を挟む。このままだと本当にずるずると流されてギルバートと一緒にいることになってしまいそうだった。
「ギルバートは私をからかったんじゃないの?だって私たち、会ってまだ2回目だもの」
「女神をからかうなど。俺はアイカを本気で愛している。」
真摯な表情でギルバートは本気だと訴えてくるが、どうにも信じるには不安が拭えない。
それに懸念はもう一つあった。
いつも夜だったためハッキリ見ることはできなかったけれど、今は太陽が昇る明るい朝だ。長身の逞しい体躯。秀麗で精悍な顔立ち。改めてギルバートを見やると、本当にファンタジーの中に登場する騎士然とした男性なのが分かる。
そして朝日の中だとギルバートの赤い髪はさらに鮮やかさを増す。アメジストのような紫の瞳は朝の日差しの元で、さらに鮮やかさが増す。
自宅ということで、いつもきっちり着込んでいた軍服ではない、ズボンに白シャツというラフな格好をしている。かっこいいのは確かだ。大人の女性にもこの容姿ならすごくモテるだろう。
しかし、どうにも気になってしまう。
「それに……」
「それに?」
「ギルバートは何歳?」
「今年で36だ」
予想通りの回答に、アイカは布団を手繰り寄せ顔半分隠しつつ、
「だよね……、つい流されてああいうことしちゃったけど、私、おじさん趣味はちょっと………」
「……………」
失礼にならないよう気を付けて言ったつもりだったが、ギルバートが表情を変えず無言でいるのを見ると、少なからず傷つけてしまったかな、と心の中で謝る。
でも女神としては生まれたばかりでも、人間だった頃の記憶があるため、そのときの常識で考えると自分は19歳。ギルバートの36歳というのは随分年上に思える。
「歳のことは申し訳ないがどうしようもできない。ただ、できるだけ若作りを心がけるようにしよう……」
酷く言いにくそうにギルバートは答えた。
初めて出会ったときに、アイカから自分を<変態オヤジ>と罵倒されたときの言葉が脳裏をよぎり、らしくもなく気持ちが沈んでいくのを止められない。
まさか歳のことで自分の気持ちを躊躇されるとは思ってもみなかった。
アイカの歳がいくつかは知らないが、貴族であれば年齢よりも身分が重要になる。だから、社交デビューしたばかりのような15、6の少女と40過ぎの男が政略結婚するのも珍しくない。
その感覚でギルバートはいたのだが、女神であるアイカに人間の政略結婚など知ったことではないのだろう。
「では、どうしたらアイカに俺の気持ちを信じてもらえるだろうか。キミを得るためなら俺はなんでもするつもりだ」
年齢はいかんともしがたいので、他でアイカに気持ちを伝える方法を探す。
これまでの会話で、アイカと自分の感覚が微妙にズレてしまっているのは間違いない。となるとアイカの思考に自分が寄りそうことで、自分の気持ちを受け入れてもらいたい。
そう言うとアイカは困ったような顔で思案しはじめたが、その仕草も可愛らしくて仕方ないのだから、自分も末期だ。
「ギルバートは私の言うことを聞いてくれるのよね?」
「ああ、もちろんだ。アイカの言うことなら俺はなんでも聞こう」
(やっぱり池に帰りたいとかいうふざけた願い以外であれば、いくらだって聞くさ)
とは紳士然とした笑顔を顔に張り付けたギルバートの心の中だけの呟きである。自分の傍にいてほしいのに池に帰られては元も子もない。
しかし、ギルバートの不安をよそにアイカがパッと何かを思いついたような顔になり、次に期待に満ちた金の瞳を輝かせて振り向き、無邪気に言い出したのは
「わたし、騎士になりたいわ。ギルバートはこの国の将軍なんでしょう?私を騎士団に入れてほしい」
そうきたか
貴族として礼節を徹底的に叩き込まれ、国の大臣貴族たちだけでなく、他国代表との貿易交渉でも動揺することなく堂々と渡り合ってきた。
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