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女神と宝石
第六章 将軍と副将軍と騎士団長の裏取引
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副将軍のグレンと第2騎士団長のハロルドは肩を並べて騎士団詰所にあるギルバートの自室に向かっていた。
普段滅多に本宅に寄り付かない男がここ2、3日自宅のグランディ家に帰り、王宮にも騎士団にも顔を出さないと思っていたら、朝から2人揃っての呼び出した。事情を全く知らないハロルドは何か国を脅かす大事が起こったのかと考え、50近い厳しい顔をさらに険しくさせている。
「グレン殿、一体何事があってギルバート様は我らを呼び出されたと思われるか?」
「私も急に呼び出されただけで用件は全く聞いておりません。何とも言えないのが本音です」
貴族の階級は同じ伯爵。年齢は33歳のグレンに対しハロルドの方が上だが、騎士団長と副将軍という立場差で、ハロルドは年下のグレンに対して敬語を使う。対してグレンも年齢だけでなくその実直な性格や騎士団長としての経験も豊富なハロルドを認めており、目上としての言葉使いを使い応じていた。
(だが、いきなり用件も伝えず朝から呼び出すとはギルバート様らしくない。女神探しに忙しいんじゃなかったのか?)
グレンも同じように女神関連で古い書物を取り寄せてギルバートの元に持って行ったり、女神と似た容姿の少女を隠密に探させたりしていた。
そこに自分だけでなく、何も知らないハロルドまで呼び出すとなると、本当に国の大事が起こったのかと考えを巡らせる。
隣国リアナとは停戦条約を結んでいるが、耕作に適した肥沃な土地と、海に面し交易盛んな都市があるこの国を常に狙っている。警戒を怠ってはならないのは戦時中と全く変わらない。
ギルバートの自室の前まで来て、一度ハロルドと目を合わせ互いに頷いてから、ドアをノックする。
「ギルバート様、お呼びにより参りました」
「入れ」
「失礼します」
二人部屋に入ると、あれほど山積していた本は綺麗に片づけられ、執務用のデスクではなくその手前の応接用ソファに腕を組み、顔をしかめてギルバートは腰かけていた。
「二人ともよく来てくれた。そちらに座ってくれ」
「「はっ」」
促されてグレンが奥に、手前にハロルドが座る。
「実は、折り入って二人に頼みがある」
言い難そうに重々しくギルバートは口を開く。しかし、言うのを躊躇っているのか、落ち着きなく、うむと唸るばかりでなかなか本題に入ろうとしなかった。
たまらずハロルドが用件を尋ねる。
「隣国がまた何か言ってきたのですか?」
周囲を山や砂漠に囲まれている隣国はなにかと塩や小麦の関税がどうとか、港の使用権をもっとよこせとか要求は尽きない。今回もまた何か無理難題を隣国が言ってきたのかとハロルドが問うと、
「そうではない。そうではないのだが………」
言いながら妙に忙しなくギルバートの視線が泳いでいることにグレンは気づく。
もしかして、とグレンはピンとくるものに言葉を選びながら
「もしや、先日、私に調査依頼された件についてですか?」
「そ、そうだ」
「その様子からすると、何か進展があったのですね」
「うむ………」
「それは何よりです」
なるほどと納得する。女神とえらく持ち上げるものだから、相手を探すのに時間がかかるかと思っていたが、意外と簡単に見つかったものだ。これであれば相手にフラれたときの替えはそこまで用意する必要はないかと思考転換する。
今日呼び出されたのもその話であれば、そこまで気を張らなくてもいいだろう。
ただ、なぜ騎士団長のハロルドまで呼ばれたのか、そこは引っかかるが。
「グレン殿、先日の件とは?」
夜会での出来事を何も知らされていないハロルドが詳細を聞いてくる。チラとギルバートの方を見て、止めに入らないのを確認してから、グレンはハロルドに事の詳細を端的に説明した。ハロルドもグレンと一緒になって嫌がるギルバートに出席するよう説得した夜会なので、話はスムーズに伝わる。
毎回ギルバートを夜会に出席させるのに、供に苦労していた間柄だ。
「なるほど!あの夜会でついにギルバート様のお心を射止める女性がいらっしゃったのですね!それは大変喜ばしい!」
ふむふむとハロルドは話を聞くやとたんに好々爺の顔になった。歳も歳だけに、立場だけでなく、妻子持ちのハロルドは本気でギルバートの身持ちを心配していた。
それだけでなく、名門すぎる家柄や血筋、次期国王がチラついた国の事情もギルバートが特定の相手を作りにくく、結婚しづらい要因の一つだろうと、ギルバートの立場を慮り、難しいものだと嘆いていた。
それがようやく特定の相手を決めたのかと素直に喜んでいるのだ。
「しかしその女性と我々を呼ばれましたのは何か関係が?もしや、騎士団にその女性のご親戚か知り合いでもいるのですか?」
ハロルドのもっともな質問にグレンも頷く。意中の相手を無事見つけたなら、また暴れられるかもしれないが、他の男に取られる前にさっさと既成事実でも何でもやって結婚してしまえばいい。
(何をこの人は迷われているんだ?決断は常に素早く、実行力もある。女神だとか持ち上げている少女も、その突出した行動力で再会できたのなら何を躊躇う必要がある?まさか貴族ではなく平民だったとか?)
それであれば婚姻前にどこか手頃な貴族の養女にしてしまえば、身分は問題ない。
「いや、騎士団に彼女の親戚や知り合いはいないだろう」
そこでギルバートは一度話を区切り、口元を隠しながらとんでもないことを切り出した。
「実は……、彼女を騎士団に入れたい」
「「…………、………」」
よもやの話にグレンとハロルド、2人揃って目を見開き言葉を無くす。聞き間違えでなければ、ギルバートは女を騎士団に入れたいと言ったのだ。
この場合、カーラ・トラヴィス国の10ある騎士団のうち、ハロルドが騎士団長を務める第2騎士団に入れようとギルバートが考えているのが推察できる。
(自分の騎士団に女を入団させる?)
そんなこと、
「御冗談でしょう?」
「冗談ではない」
まさか、とハロルドが頬を引きつらせながら確認を取れば、ギルバートは本気で言っているらしい。
「騎士団に入団できるのは貴族子弟、または貴族の推薦がある男のみです。女は入れません」
「だからこうして二人に頼んでいる」
「しかし、いくらギルバート様の頼みでも、こればかりは国の法に触れますし……」
過去に女が騎士団に入ったという事例はない。仮にこれを言い出したのが国王のセルゲイであっても簡単な話ではないのだ。騎士団に入団できるのは男だけという法を変える必要がある。
グレンもハロルドに賛同する。いくら上司であるギルバートの頼みでも、女神の伝承本ならいくらでも集められるが、女を入団させるのは不可能だ。首を縦には振れない。
しかし、次にギルバートが真顔で言った言葉に、グレンは判断を逆転させた。
「二人とも、俺を結婚させたいだろう?子が欲しくはないか?」
「分かりました。ギルバート様がそこまでのお覚悟がおありでしたら、私たちも善処いたしましょう」
周りは散々ギルバートに結婚を迫れど、本人から結婚を匂わせる言葉は一度として聞いたことがない。なのに、結婚を引き合いに頼み事をしてくるなら、本気でギルバートは少女との結婚を考えているのだろう。
ならば、話は違ってくる。これは取引だ。ギルバートは結婚する。最悪でも次代を残す。そして自分たちはギルバートの頼みを聞いて少女を騎士団に入団させる。
この機を逃せば本当に一生ギルバートは独身で終わりかねない。
「グレン殿!?正気か!?相手は女だぞ?女を本気で騎士団に!?」
「無論正気です。ハロルド殿、考えてもみてください。それでギルバート様がご結婚されてお子が出来ればこの国は安泰ですよ」
「そ、それはっ……」
違いますか?と迫れば、ハロルドも反論できず言葉を詰まらせる。王家の血の存続。これは国を守る上で決して無視できない問題だ。
ならば、あとひと押し。
「よろしいですか、ハロルド殿。これは高度に国の将来に関わる大事です」
「国の将来………わ、わかった。それならば儂も協力しよう……」
迫るグレンに、ついにハロルドが折れた。
王に剣を捧げ忠誠を誓う騎士であれば、王家の血筋問題を出されて首を横に振れる者はいない。
「二人とも頼んだ。準備や口裏合わせは全て任せる」
と、言いながら、頼み事を受け入れてもらえたはずのギルバートの顔は晴れない。となると騎士団に入りたいと言いだしたのは、少女の方なのかもしれない。
もっともギルバートが惚れた女性を自ら騎士団に入団させるというのは初めから考えにくい。
(国の将軍に爪を立てたり、池に落としたり、今度は女だてらに騎士団に入団したいとか本当にどれくらい男勝りな子なんだ?)
話では細身で華奢な体躯と聞いているが、ここまでくると疑わしくなってくる。
ギルバートは少女を女神だと言ってはばからないが、それは恋に盲目になっていて、現実がちゃんと見えていないのでは?とそっちの方をグレンは怪しむ。
そして、少女を騎士団に入団させるにあたり、確認しなければならないことがひとつ。
「ギルバート様、その女性を騎士団に入れるまえに、一つ確かめたいことが」
「なんだ?」
「分かっていらっしゃるとは思いますが、騎士団は男だけです。そんな中に女性を放り込んで、まかり間違ったことが起きた場合は」
「俺が自ら切り捨ててやる。家も取り潰しだ」
グレンが最後まで言う前に、ギルバートは殺気を漲らせ、間違いを犯した男の末路を断じた。
普段滅多に本宅に寄り付かない男がここ2、3日自宅のグランディ家に帰り、王宮にも騎士団にも顔を出さないと思っていたら、朝から2人揃っての呼び出した。事情を全く知らないハロルドは何か国を脅かす大事が起こったのかと考え、50近い厳しい顔をさらに険しくさせている。
「グレン殿、一体何事があってギルバート様は我らを呼び出されたと思われるか?」
「私も急に呼び出されただけで用件は全く聞いておりません。何とも言えないのが本音です」
貴族の階級は同じ伯爵。年齢は33歳のグレンに対しハロルドの方が上だが、騎士団長と副将軍という立場差で、ハロルドは年下のグレンに対して敬語を使う。対してグレンも年齢だけでなくその実直な性格や騎士団長としての経験も豊富なハロルドを認めており、目上としての言葉使いを使い応じていた。
(だが、いきなり用件も伝えず朝から呼び出すとはギルバート様らしくない。女神探しに忙しいんじゃなかったのか?)
グレンも同じように女神関連で古い書物を取り寄せてギルバートの元に持って行ったり、女神と似た容姿の少女を隠密に探させたりしていた。
そこに自分だけでなく、何も知らないハロルドまで呼び出すとなると、本当に国の大事が起こったのかと考えを巡らせる。
隣国リアナとは停戦条約を結んでいるが、耕作に適した肥沃な土地と、海に面し交易盛んな都市があるこの国を常に狙っている。警戒を怠ってはならないのは戦時中と全く変わらない。
ギルバートの自室の前まで来て、一度ハロルドと目を合わせ互いに頷いてから、ドアをノックする。
「ギルバート様、お呼びにより参りました」
「入れ」
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「「はっ」」
促されてグレンが奥に、手前にハロルドが座る。
「実は、折り入って二人に頼みがある」
言い難そうに重々しくギルバートは口を開く。しかし、言うのを躊躇っているのか、落ち着きなく、うむと唸るばかりでなかなか本題に入ろうとしなかった。
たまらずハロルドが用件を尋ねる。
「隣国がまた何か言ってきたのですか?」
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「そうではない。そうではないのだが………」
言いながら妙に忙しなくギルバートの視線が泳いでいることにグレンは気づく。
もしかして、とグレンはピンとくるものに言葉を選びながら
「もしや、先日、私に調査依頼された件についてですか?」
「そ、そうだ」
「その様子からすると、何か進展があったのですね」
「うむ………」
「それは何よりです」
なるほどと納得する。女神とえらく持ち上げるものだから、相手を探すのに時間がかかるかと思っていたが、意外と簡単に見つかったものだ。これであれば相手にフラれたときの替えはそこまで用意する必要はないかと思考転換する。
今日呼び出されたのもその話であれば、そこまで気を張らなくてもいいだろう。
ただ、なぜ騎士団長のハロルドまで呼ばれたのか、そこは引っかかるが。
「グレン殿、先日の件とは?」
夜会での出来事を何も知らされていないハロルドが詳細を聞いてくる。チラとギルバートの方を見て、止めに入らないのを確認してから、グレンはハロルドに事の詳細を端的に説明した。ハロルドもグレンと一緒になって嫌がるギルバートに出席するよう説得した夜会なので、話はスムーズに伝わる。
毎回ギルバートを夜会に出席させるのに、供に苦労していた間柄だ。
「なるほど!あの夜会でついにギルバート様のお心を射止める女性がいらっしゃったのですね!それは大変喜ばしい!」
ふむふむとハロルドは話を聞くやとたんに好々爺の顔になった。歳も歳だけに、立場だけでなく、妻子持ちのハロルドは本気でギルバートの身持ちを心配していた。
それだけでなく、名門すぎる家柄や血筋、次期国王がチラついた国の事情もギルバートが特定の相手を作りにくく、結婚しづらい要因の一つだろうと、ギルバートの立場を慮り、難しいものだと嘆いていた。
それがようやく特定の相手を決めたのかと素直に喜んでいるのだ。
「しかしその女性と我々を呼ばれましたのは何か関係が?もしや、騎士団にその女性のご親戚か知り合いでもいるのですか?」
ハロルドのもっともな質問にグレンも頷く。意中の相手を無事見つけたなら、また暴れられるかもしれないが、他の男に取られる前にさっさと既成事実でも何でもやって結婚してしまえばいい。
(何をこの人は迷われているんだ?決断は常に素早く、実行力もある。女神だとか持ち上げている少女も、その突出した行動力で再会できたのなら何を躊躇う必要がある?まさか貴族ではなく平民だったとか?)
それであれば婚姻前にどこか手頃な貴族の養女にしてしまえば、身分は問題ない。
「いや、騎士団に彼女の親戚や知り合いはいないだろう」
そこでギルバートは一度話を区切り、口元を隠しながらとんでもないことを切り出した。
「実は……、彼女を騎士団に入れたい」
「「…………、………」」
よもやの話にグレンとハロルド、2人揃って目を見開き言葉を無くす。聞き間違えでなければ、ギルバートは女を騎士団に入れたいと言ったのだ。
この場合、カーラ・トラヴィス国の10ある騎士団のうち、ハロルドが騎士団長を務める第2騎士団に入れようとギルバートが考えているのが推察できる。
(自分の騎士団に女を入団させる?)
そんなこと、
「御冗談でしょう?」
「冗談ではない」
まさか、とハロルドが頬を引きつらせながら確認を取れば、ギルバートは本気で言っているらしい。
「騎士団に入団できるのは貴族子弟、または貴族の推薦がある男のみです。女は入れません」
「だからこうして二人に頼んでいる」
「しかし、いくらギルバート様の頼みでも、こればかりは国の法に触れますし……」
過去に女が騎士団に入ったという事例はない。仮にこれを言い出したのが国王のセルゲイであっても簡単な話ではないのだ。騎士団に入団できるのは男だけという法を変える必要がある。
グレンもハロルドに賛同する。いくら上司であるギルバートの頼みでも、女神の伝承本ならいくらでも集められるが、女を入団させるのは不可能だ。首を縦には振れない。
しかし、次にギルバートが真顔で言った言葉に、グレンは判断を逆転させた。
「二人とも、俺を結婚させたいだろう?子が欲しくはないか?」
「分かりました。ギルバート様がそこまでのお覚悟がおありでしたら、私たちも善処いたしましょう」
周りは散々ギルバートに結婚を迫れど、本人から結婚を匂わせる言葉は一度として聞いたことがない。なのに、結婚を引き合いに頼み事をしてくるなら、本気でギルバートは少女との結婚を考えているのだろう。
ならば、話は違ってくる。これは取引だ。ギルバートは結婚する。最悪でも次代を残す。そして自分たちはギルバートの頼みを聞いて少女を騎士団に入団させる。
この機を逃せば本当に一生ギルバートは独身で終わりかねない。
「グレン殿!?正気か!?相手は女だぞ?女を本気で騎士団に!?」
「無論正気です。ハロルド殿、考えてもみてください。それでギルバート様がご結婚されてお子が出来ればこの国は安泰ですよ」
「そ、それはっ……」
違いますか?と迫れば、ハロルドも反論できず言葉を詰まらせる。王家の血の存続。これは国を守る上で決して無視できない問題だ。
ならば、あとひと押し。
「よろしいですか、ハロルド殿。これは高度に国の将来に関わる大事です」
「国の将来………わ、わかった。それならば儂も協力しよう……」
迫るグレンに、ついにハロルドが折れた。
王に剣を捧げ忠誠を誓う騎士であれば、王家の血筋問題を出されて首を横に振れる者はいない。
「二人とも頼んだ。準備や口裏合わせは全て任せる」
と、言いながら、頼み事を受け入れてもらえたはずのギルバートの顔は晴れない。となると騎士団に入りたいと言いだしたのは、少女の方なのかもしれない。
もっともギルバートが惚れた女性を自ら騎士団に入団させるというのは初めから考えにくい。
(国の将軍に爪を立てたり、池に落としたり、今度は女だてらに騎士団に入団したいとか本当にどれくらい男勝りな子なんだ?)
話では細身で華奢な体躯と聞いているが、ここまでくると疑わしくなってくる。
ギルバートは少女を女神だと言ってはばからないが、それは恋に盲目になっていて、現実がちゃんと見えていないのでは?とそっちの方をグレンは怪しむ。
そして、少女を騎士団に入団させるにあたり、確認しなければならないことがひとつ。
「ギルバート様、その女性を騎士団に入れるまえに、一つ確かめたいことが」
「なんだ?」
「分かっていらっしゃるとは思いますが、騎士団は男だけです。そんな中に女性を放り込んで、まかり間違ったことが起きた場合は」
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