【R18】女神転生したのに将軍に言い寄られています。

ミチル

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女神と海の至宝

第十四章 ゼシルの願い

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 ゼシルは陽が沈みかけてもずっと海の向こうを眺めていた。港の岸壁にちゃぷちゃぷと波打つ音と共に、夕飯の支度をする音と匂いが港に漂い始める。
 いつまでこうして海を見ているつもりなのか分からない。しかしゼシル1人を港に置いて屋敷に帰れず、ギルバートとディアーノは黙ってゼシルを見守り、陽が半分丘に沈んだところで、

「そろそろ陽が沈みます。屋敷に戻りませんか?海を眺めるだけなら丘の上の屋敷からでも海は見えます」

 ディアーノがゼシルに声をかける。
 突然ギルバートたちが衛兵を連れて街に繰り出した騒ぎも、海を眺めたままずっと動かないでいる状況に街の者たちもどうしたのかと不審に思いはじめたらしく、歓喜とは違うざわつきが広がりつつあった。

 単に屋敷に戻ろうと言っただけではゼシルから無視されていただろう。そこに<海は屋敷かでも見える>という言葉を付け足すことでディアーノはゼシルの関心を引くことに成功したようだった。

 ギルバートも周囲のざわつきと、いつまでも港に大勢で立っているわけにはいかないと考えていたのか、ゼシルがディアーノについていくのを止めない。
ただし、ゼシルにクギをさすことは忘れなかった。

『その身体はアイカのものだ。くれぐれも忘れないでくれ』

 そして無言であったがディアーノを見やる視線は、ゼシルに何かすれば許さないと脅しをかけてくる。ギルバート自身、ゼシルの扱いに困り、もてあましているのは確からしい。
 中身はゼシルであろうと、愛する女神の身体だ。取り返したくても、入っているのも人外の精霊であれば迂闊に手が出せず、ギルバートは歯がゆい思いをしていることだろう。

「こんなに楽しい外遊になるなんて、イエニを出たときも想像もしなかったよ」

 屋敷に戻ってきても、やはりゼシルは庭のガーデンチェアに腰をかけたままじっと動かず、時折月の光をかすかに反射する暗い海の方を眺めている。
 それを庭先の広間の中から見守るディアーノはすこぶる上機嫌だ。反対に隣に控えているザムールの表情は普段と全く変わりないが、長い付き合いで決して機嫌がよくないことにディアーノは気づいていて何もいわない。

「他国の将軍が月の女神を妻にしようとしていて、ディアーノ様は隣国の王女ではなく、精霊の女王にプロポーズですか?国王陛下への報告が楽しみです」
「だが女神の力をお前も見ただろう?この世で最も硬いとされる鉱物ダイヤモンドが、将軍を常に守っている。あれは人間がどうこう出来るものじゃない。ギルバート将軍がいる限りカーラ・トラヴィスがリアナに堕ちることはない。あれを直接見れたことが、この外遊で一番の収穫だろう。落ち着いたら一度女神本人に会ってみたいな」

「だからマリア王女との婚姻は必要ないと?私は、こうして確かに自分の目で見たものだと分かっているのに、まるで目を開けたまま夢の世界に迷いこんだ気分です」

 確かに自分の目でみた。
 しかし、あまりにも現実離れした光景に、理性が理解を拒み、無かったことにしようとしている。

「夢にしたい気持ちは理解できなくもないが、それこそ愚かだ。それに相手の足元を見た取引婚姻は嫌われる。とくにゼシルでさえも敵わないらしい女神は敵に回すべきじゃない。恨まれたら国ごと滅ぼされるかもしれない。少なくともギルバート将軍はイエニを敵と見なすだろうな」
「それは結果論です」
「先を見通した取引は大事だが、直感も大事だよ。そして取引は結果が全てだ」

 結果を突きつけられてしまえばザムールは言い返すことができなくなる。女神の力を手に入れたらしいカーラ・トラヴィスと友好関係が築けているなら、不要な波風は立てるべきではない。上手くすればその恩恵のおこぼれが転がってくるかもしれない。
 しかし、かなり危険な橋渡りだ。人外の力は確かに強力かもしれないが、制御できない力よりも対等な人の方が安全なのではないだろうか。

「ゼシルのあの姿は月の女神のものというではありませんか。もしゼシルの本体が醜い化け物だったらどうするんです?プロポーズはやっぱり無かったことにしてくださいと言って怒りを買いませんか?」
「お前は街でゼシルの像を見なかったのか?」
「ゼシルの像ですか?」
「この港には、はるか昔から精霊の女王ゼシルの言い伝えがあるらしい。船の守り神だ。この港の船はどれもゼシルの像を船に飾っている。気づかなかったか?」
「申し訳ございません。街を歩いているとき、そこまで気が回っておりませんでした」

 昼間、ディアーノの後ろについて街を歩いているとき、ザムールはひたすら周囲の警護の面に気が向いてしまっていて、港の船にそんな像があったなんて見る余裕は無かった。
 だが、像が美人だからと本人が本当に同じ姿をしているとは限らないのに、ディアーノは全く疑っていない様子だ。

 そこへ庭から部屋の中に入って来たらしいゼシルが冷ややかに否定した。

「私は船の守り神などではないわ」

 昼間街を歩いた時、ゼシルも港に停まっている船の多くが、自分の姿を模した像を船の守り神として飾っているのを見かけた。しかし守り神が守るべき船ごと嵐で船を海に沈めたりはしない。
 けれども皮肉なことに人々のその信仰こそが、自らを女王へと至らしめたことを知っている。そして信仰の心はゼシルにとって力となり、海の底で船を守ることができた。

「そうなのですか?」
「私は目的が果たされたらラグナを去るわ。ディアーノと会うこともないでしょう」
「では、イエニにいらっしゃいませんか?イエニは数多の島々からなる国です。透き通った美しい海に世界中の交易船が行き交います。海が好きなゼシルもきっと気に入られると思いますよ」

 海がお好きなのでしょう?と確信したようにディアーノは言う。
 海はゼシルにとって好きでもあり嫌いでもある。海の底で生まれ、愛しい者と出会い過ごした場所であり、そして愛しい者たちを自ら海底に沈めてしまった場所でもある。

「それで女王たる私にあなたの妃になれと?」
「王子であろうと人の身である私が、ゼシルに強制などできません。妃にならずともよいのです。私と共にいてくださいませんか?」

 ゼシルの遠い記憶の中の、人間の影が脳裏を走る。
 自分の声は決して聞こえていないのに、領主の男は時折船首像が人であるかのように話しかけてきた。

『船乗りはいつか船を下りるときが来る。それは仕方のないことだ。俺もいずれこの船を下りるときがくるだろう。人がつくったものである以上、船もいずれ朽ちる日がくる。そのときは俺と共にくるといい』

 あの人がいなくなった船の船首像で船を守れと言われなかったことが嬉しかった。あの人が船を降りてもずっと一緒にいられることが嬉しかった。
 それを考えた瞬間、次にゼシルの脳裏を過ぎったのは、ギルバートへ向けた氷の刃をアイカのダイヤが守った光景だった。

 私はアイカが羨ましいのね。愛しい者の傍にいて守ることができる

 私は精霊であった頃、あの人に触れるどころか声を届けることもできなかった。精霊の女王へと昇華し人の形を得たのは、あの人が殺された直後だった。私は、あの人の目に映ることもできなかった。

(できたのは、あの人と船に乗っていた人々の魂を船ごと包み込むことだけ。何百年経った今も沈んだ船に捕われた魂を救うことができず、私はひたすら待つことしかできなかった)

 だがアイカは好きな者に触れ、言葉を交わすことができる。自分ではもう叶うことのない未来だ。それが羨ましくて、そうと気付かず刃をギルバートに向けたのかもしれない。



▼▼▼



 屋敷に戻ってきたギルバートは無言で昼間ゼシルが座っていた庭の椅子に腰をかけ、同じように遠くの海を眺めた。
 そこへグレンがやってきて

「黙ってゼシルをあのまま丘の上の別宅に行かせてよかったのですか?」
「身体はアイカのものだ。万が一にも傷つけられるようなことはしないだろう。それに、ゼシルはこの港から離れて、どこかへ去ることは考え難い」

 でなければ、とっくにゼシルはラグナを立ち去っている。だが立ち去らずにラグナの港に留まっているということは、気に食わないがディアーノの指摘は合っていたのだろう。

 幸いアイカの身体に入っているのが精霊の女王であれば、人であるディアーノがゼシルを眠らせ連れ去るということはできないだろう。
 もしそんなことをすれば、ディアーノが殺されるだけに留まらずイエニという国自体、ゼシルを敵に回すことになる。

 もちろんギルバートもイエニとの国交は断絶してやる。小麦など一袋たりとも輸出してやるものか。ギルバートと堂々と交渉を渡り合うディアーノが、そんな簡単なことにすら思い至らないわけがない。

「ディアーノが無理矢理ゼシルをどうこう出来ないにしても、ゼシルの目的が何か分かったのですか?」
「アイカがゼシルの身体に入っているというなら、アイカがいる場所は船が沈んだ海底だ。しかし理由はわからんが、ゼシルの本体はそこから動けないらしい」

 となると、ただの人間でしかないギルバートに、海底のアイカを助けに行くことは不可能だ。
どこにその船が沈んでいるかも分からない。ただ待つしか出来ないのがこんなに歯がゆいとは考えたこともなかった。

「そんなところにアイカを呼んでゼシルは一体何をさせたいのでしょうか。自分の身体が海底から動けないからとアイカに身体を押し付けて、自由になりたいわけではないのでしょう?」
「……恐らくだがゼシルは待っているんだ」
「誰をです?」
「沈んでしまった船が港に戻ってくるのを」
「それは……」

 ギルバートが言うと、グレンは表情を曇らせた。それこそいつになるとも分からない話だ。ハリーの昔話が本当ならその船ははるか遠く離れた、場所も分からない海の底だ。海底に沈んだ船は何百年という月日と共に朽ちて船の形すら遺していないかもしれない。
 果たしてそれを船とまだ言えるのか。

「ゼシルの目的は、アイカに沈んだ船を港に帰らせることだ」

 重々しい口調でギルバートは言う。
 アイカとて、いきなり呼ばれた海底がどこかも分からないはずだ。そこからこの港にどうやって戻ってくる手立てがあるというのか。
 精霊の女王でさえも出来ないというのに。

 首から提げたネックレスをギルバートは服の上から強く握りしめた。

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