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第1章 異世界へ

第01話 大型連休の始まりの日

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 ゴールデンウィークの始まりの日。
 私は、これから始まる長期大型連休のために、以前から計画していた【まったく家から出ないぞ! 作戦】を決行するため、ようやく買い出しを終え、家に辿り着いたところだった。

 インスタント食品や缶詰を買い漁り、飲み物も多めに購入し、玄関口は大きな白い買い物ビニール袋の山となっていた。
「ふ~っ、重かった~。手が千切れそうだ」

 名前は佐藤太郎。50歳、×バツ1独身で一人暮らしだ。
 まだまだ若いつもりだが、やはり無理が利かなくなって来てるのも事実だ。
 特に回復が遅い。病気や怪我の治りが若い頃の倍以上掛かってるのは、やはり年のせいだろう。

 基本的には自炊しているのだが、この連休中は基本、米だけは炊くがおかずは簡単なもので済まそうと考えていた。
 最悪、漬物だけでもいいし、おかずが無くなれば焼き肉のたれやマヨネーズを掛けるだけでもいいかと考えていた。

 どうせ私一人だけだし、五○のオヤジにしたら情けない話だが、誰かに見られる事も無いし、問題無いだろ。
 家から出る予定はないし、腐るものは卵だけだ。卵だって一週間ぐらいなら冷蔵庫に入れておけばモツだろう。
 コンビニや弁当屋に行くにしても外に出ないといけない。今回の目的は連休中に一歩も家から出ないという事だ。そのためならおかずがマヨネーズだけでも構わない。
 仕事のストレスのために、今はどんな人間にも会いたくないのだ。なんなら二日ぐらい飯抜きでもいいぐらいだ。
 それぐらい心が病んでいる状況なのだ、飯の優先順位はかなり低い。まずは誰にも会いたくない。今はこれが重要だ。
 ここまで仕事でストレスを溜めた事は今までには無かったのだが、今は精神的に非常にキツイ。誰にも会わずに済むのなら飯など二の次だぐらいに思ってる。

 買出しをした食料は玄関に置いたままだが、先に軽く掃除だけを済まそうと考え押入れを開けた。

 …………
 ………
 ……

 なにがどうしてこうなってるんだ?
 どこだここは? 一体何が起きてるんだ?
 ……

 後ろを振り返ると、見慣れた自分の部屋がある。
 しかし、前を向くと薄く黄色い膜が張られたような感じの壁の先に森が広がっていた。
 大きく膨らました黄色い風船の中にいるような感覚。
 その外側の風景は大きな樹が生い茂っていて、下まで陽が届いて無い薄暗い森。

 「いやいやいやいや、見なかったことにしよう。」そういうのは結構得意だ。と、私は押入れに戻るとダッシュで部屋に入り押入れを閉め、押入れのふすまに背中をもたれ掛け、大きく深呼吸をひとつ。
 ここまで素早く動けたのは、最近では無いのではないだろうか。

(ふ――――、なんだったんだ!今のは?)

 ゆめ?…では無いな。幻覚? かもしれん。最近疲れてたしなぁ。
 だからこの連休中は誰にも会わず、どこにも行かず、家に籠ると決めてたのだから。

 買い物に出ていく前に飲み残していた、常温になってしまったコーヒーを一口飲む。そしてタバコに火をつける。

 ふ~~~っ、まず考えよう。

 買い物から帰ってきた。(大丈夫だ、それは覚えている)
 押入れを開けた。(それも覚えている)
 そのあと……か?

 中学になってからはやったことは無いが、小学生の頃は何度かやったなぁと思い出し、押入れの上段に入れてある布団の上に乗ってみた。
 ほんと、ただの気まぐれで。
 こんなの誰にも見せられないが、今は一人だし誰も来ないしいいか、って感じで。
 まだまだ運動神経には少しだけ自信がある。少しだけだけど。歳の割には動ける方だと思う。

「おぉ! 四次元ポケットを持ってる猫型ロボットみたいだなぁ」
 少しテンションが上がって呟いてしまった。久しぶりの押入れは思いの外楽しかった。

――【亜空間収納】獲得しました。

 ん? 隣のテレビかな?
 文化住宅だから隣との壁は薄い。押入れの中だから余計だろう。テレビの音が聞こえてくることぐらいあるだろうな。

「猫型ロボットって主人公のナビなのか? オペレーターなのか? それともただの友達?」
 小学生の頃から知ってるマンガだが、今更に考えてふと疑問に思えて口に出してしまった。この押入れというシュチエーションがそうさせたのだろう。
 一人暮らしが長いからか、それとも年のせいか。最近独り言が多くなったよな。

――【ナビゲーションシステム】獲得しました。
――【オペレーションシステム】獲得しました。
――【仲間機能】獲得しました。
――【ナビゲーションシステム】と【オペレーションシステム】を統合し、スーパーコンピューターシステム【那由多】に進化しました。

「お隣さんは、なんか派手なバラエティ要素たっぷりのクイズ番組でも見てんのかな? しかし、はっきり聞こえるねー。押入れってこんな感じだっけか? そうだったような気もする」
 そりゃ40年も前のことなんて忘れてるしね。
 隣にどんな人が住んでるかぐらいは知ってるが、偶に挨拶する程度の仲でしかない。

「最近は独り言も多くなってるなぁ」ホントに、とため息が出る。
 まぁ、そこそこの年になってきたし、一人暮らしも長いから普通だよな? なんて自分を慰めてみる。

――【言霊】獲得しました。これによりすべての系列の魔法が使えるようになります。

(……もう突っ込まない)

 おや? 奥の壁の柱になんか貼ってあるなぁ、と目を細めて見てみる。

 今もそうだが普段は眼鏡をかけている。最近は老眼も入ってきて近くのものを見る時なんかは眼鏡をはずして見るようになってきた。近視の場合、老眼が入ってくるとメガネをはずした方が近くはよく見えるのだ。これは他の裸眼の人と比較してちょっと得した気分にはなる。だって老眼を用意しなくてもいいのだから。

――視認システム【鑑定】【スキャン】獲得

【スキャン】を【那由多】に統合しますか?
Yes/No

 いきなり目の前に『Yes/No』の文字が表示された。

 なんだ!? と目を瞑り思い切り頭を振る。

 Noと認識され表示が消えるが、首を振っていた本人にはわからないまま文字は消える。
 目をこすりながら目を開け何か見えたところを確認するが何もない。
 なんだったんだろう? 幻覚? やっぱり疲れてるんだな。今回の【まったく家から出ないぞ! 作戦】を決めたのは正解だな。

 でも、貼ってあるものも気になるので、もう一度目をやり確認した。

「こんなの前からあったか?」

 おふだのようだったが、見たこともない文字が書かれていた。
 梵字? ギリシャ文字? アラビア文字? なんて書いてあるか分からないおふだを不思議に思いながら、手で触れてみる。

 その瞬間! 押入れの奥の壁が無くなり、外の風景が現れる。

「おお!?」

 いきなり壁が無くなった事で支える物が無くなり、そのまま壁の向こうの草の上に落ちた。

 草!?

 固まること10秒ぐらいだったか、やっと我を取り戻しを確認する。
 信長の敦盛ではないが、人間五○年生きて来た。今まで生きて来たその常識が一気にひっくり返されると、驚きで身動きが出来なくなるもんなんだと初めて知った瞬間であった。
 周囲を見渡し、特に何かいる気配は無さそうなので恐る恐る立ち上がった。


 で、有り得ない状況に思考が追いつかない状態で、今は部屋にいてコーヒーを飲んでいるわけだが、何度思い直しても先程の光景を現実として認める事ができない。

 ふぅ~~~

 夢では無かった。靴下が土で汚れていることも確認したので幻覚でも無いだろう。
 たしか空気は澄んでいたような気がする。深い森特有の濃い咽かえる青臭い匂いのような感覚があった。現実と認めるしか無いのだろうか……
 もしかして、子供の頃から言われてる神隠し的な何かか? 入り口だとか……

 ドンドンドンドン!

 ビク――ッ!

 いきなり押入れのふすまを押入れの中から叩かれた。もう、これでもかというほど驚いた。
 今日は有り得ないと思える事が多過ぎる。いつ心臓が止まってもおかしくないぞ!

 恐る恐る押入れに目をやった。
 まさか……お化けか?

 ドンドンドンドン!

 ビクッ!

 更に中から叩かれる。まだ落ち着けない私は、さっきほどではないがまた驚いた。
 もう何年もこの部屋に住んでいるが、こんなことは当たり前だが初めてだ。
 開けるか? 開けないか?
 そう考えていると、それ以降は何も音がしなくなった。

 ん―――――、見なかったことにしよう。そういうのは得意なのだ。
 というわけにもいかないか。
 まずは様子を見ようと一時間襖の前で待ってみた。あれから襖を叩く様子も無く、開けられる事もなく何も起こらなかった。

 しかし、このまま確認もせずにいる訳にもいかないか。この部屋にはまだまだこれからも住むんだ。まして今日から【まったく家から出ないぞ! 作戦】を決行しなくてはいけない。ここは譲れない所だ。
 その為にも今、頑張るしかないか。
 押入れを確認するため、草野球で使っている金属バットを片手に、少しずつ少しずつ音を立てないように恐る恐る襖をそーっと開けてみた。

 まずは奥の壁の確認。
(うん、奥の壁はある!)
(布団もさっきのまま)
(おふだは……無い!)

 おふだの事は気になるが、そのまま襖をゆっくりと全開にしてみた。が、普段と何も変わったところは無さそうだ。
「ふー、何だったんだろう」
 念のため押入れの下段も確認するが普段通り変わりなし。さっきあったと思うおふだだけが無くなっている。そもそもあんな文字…ただの模様かもしれないが、あんなのは一度も見た事が無い。あのおふだが気のせいだったのかもしれないな。

 まだお昼を少し回ったところなので、お化けが出るには早すぎる。
 また、いきなり押入れを叩かれると心臓に悪いので、襖を開けたまましておいて様子を見る事にした。
 (さっき確認したときは壁はあったが、何かが紛れ込んだのだろうか……)
 まさか、もうこの部屋に! と見回してみたが、それは大丈夫だった。

 気を取り直して、さっきの現象をパソコンで調べてみるが、よくわからない。
 ま、調べる時間はたっぷりあるし、まずは飯にしよう。慌てる事は無い。押入れも開けたままにしてるし何かあればすぐに分かるだろう。
 人に相談するには情報不足だし、もう少し手がかりがほしい。相談する相手も特にいないが、今は便利なネットがある。質問を出せば誰かが答えてくれるだろう。

 さて、その前に、まずは腹ごしらえだな。
「腹が減っては戦ができぬっと」
 今日購入してきたインスタントラーメンでいいか。
 基本は袋ラーメン派だが、うどんに関してはカップ派だ。こういう拘りは大事だと思うぞ。
 更にカップうどんの中では、きつねうどんが一番好きなのであった。
 あったかいものを食べて落ち着こうと、きつねうどんのカップ麺にお湯を入れセットをしてできるのを待つ。

 うどんは五分放置だけど、ラジオ番組から派生してラーメン会社までが推奨してしまった十分放置。最近では、私もこれに乗って柔らかうどんを楽しんでる。かなりお気に入りなのだ。

 時折、様子を伺うために押入れを見るが変化は無いようだ。
 出来上がったカップきつねうどんを、まずは食べてから考えよう。
 暖かいものを食べると落ち着くだろうし、なにかいい考えも出てくるかもしれない。
 油揚は最後に食べる派なので、まずはスープを軽くすすり、麺を掴みフーフーしながらふと押入れに目をやる。

 !!!!!!!

 押入れの布団と布団の隙間から女の子がこっちを見ている。
 動けない。金縛りとかの類では無いが、ビックリしすぎて麺を箸で持ったまま動けないでいた。

「ねーおなかすいたー、その油揚げが食べたいー、入っていい?」

 中学・高校生ぐらいだろうか、黒髪で一筋の金色メッシュが入り色白で可愛い女の子が友達にでもしゃべる調子で話しかけてくる。
 頭には狐の耳のようなものが付いている。今の若い子達の流行なんだろうか……

「……」

 私は驚きのあまり瞬きも忘れ、その女の子から目が離せない。動いたらやられる。本能でそれを悟った。

「ねーいいでしょう?」
 更に女の子が声を掛けてくる。
 持ち上げていた箸から麺が落ち、出汁が手や顔にかかる。ずっと持ったままだったのを忘れていた。

「っつ!!」

 いきなりの熱さで固まりが少しほぐれ、ようやく身体が動いた。

――【熱耐性】習得しました。

「……君はだれ?」
 なんとか声を絞り出した。

「うち?」と人差し指で自分の鼻を指す。
 私は三度も四度も高速で頷いた。

「うちはうちー。で、食べていい? っていうか入っていい?」

 まったく事情がわからん! なんだ? この娘は誰だ?
 まずは情報だ。よく分からんが、何とか考えられるようになって来た。
 この娘は、おなかが空いてるようだし、食べさせた方が早いか? でも、誰なんだ?

「おなかが…空いてるのかい?」
「そうだよー、だから入っていい?」

 なんか悪霊とか悪魔とか、こういうので許可するとダメだったような気がする。凄く可愛らしいだけど、シュチエーション的に幽霊の類ではないんだろうか。
 でも、普通に目の前にいるのに許可をもとめている行儀のいいのような気もするし。
 今は昼だからお化けは無い! と思いたい。

「んーまぁいいか、こっちにおいで、食べていいよ。」
 さっき本能で悟った事は、少女の可愛らしさに負けてしまった。基本、私は子供好きなのだ! なんていい訳をしてみた。

「ありがと―!」
 返事をすると布団からさっと部屋に飛び降りた。部屋に降り立った女の子は、150センチぐらいの女の子で膝下ぐらいまでの短めの丈の薄水色の着物を着ていた。着物というより浴衣に近いか。

「熱っつーい!」
 いきなり油揚げを指でつまもうとして大声を上げる。

「いやいや、そりゃ熱いだろ。慌てすぎだ、ちょっと見せてみろ」
 と、タオルを出して拭きながら赤くなった手を取って見てやった。

「大丈夫そうだな、箸で食え」と、今まで自分が持っていた箸を渡した。
 まだ口を付けてなかったはずだし、客かどうかもわからん。別にいいだろ。

「優しいね、ありがとー」と笑顔を向けながら、こちらを向き『ん!』と言って目を瞑る女の子。
 なんか仕草が可愛らしい。
 その仕草が可愛らしかったので、小さな子を見るように女の子を眺めてると、女の子の額が淡く白く光った。私の額あたりも光っているような少し眩しい感じがした。
 その光に気を取られて視線が上に向いていると、また「熱っつーい!」という大声で視線を戻された。

「おいおい、何やってんだ。ちょっと待ってろ」と私は立ち上がりお椀を取りに行った。

「これに入れてフーフーして食べろ。油揚げは熱いんだ、だから私は最後に食べる。その方が出汁もたくさん染み込んでる気もするし美味いんだ。」
「麺はいらなーい、油揚げだけでいい」
「じゃあ、こっちのお椀に移してフーフーして冷ましてから食べなさい」
「はーい」
 素直で行儀が良さそうなだ。幽霊疑惑は晴れそうだな。もしこれでも幽霊だったとしても、悪霊って事は無い気がする。

 まずは食べないと話も聞けそうにないので、もうひとつ箸を持ってきて私もうどんを食べ始めた。そうできるぐらいこのからは敵意が感じられなかった。

 このは麺はいらないって言ってたか。なら麺は私が頂こうか。
 カップ側に残っている麺を食べるとすぐに女の子が声を上げた。

「おかわりー、もう無いの?」
「油揚げは無い。というか、油揚げだけでおなかは一杯にならないだろ」
 もう、お父さんの気分だ。再婚もしてないのにお父さん再びって感じだ。

「じゃあ、他にはなんか無い? うどんはいらないよ」
「その前に少し話をしようか。話の後でなら、また何か食べさせてあげるから」
「ホント~!? 嬉しい! なんのお話をする~?」
 うーん、このにはこの状況は普通なのか? なんか説明があってもいいような気がするが。

「まず、君は何でここにいる?」
「お家があったからだよー」
 突っ込みどころ満載だが、かみ砕いてゆっくり行こう。こういうにはこっちが合わせなくてはいけない。と思う。短気になっては聞きたいことも聞けない。私も伊達に年を食ってるわけではないので、それぐらいの我慢はできる。
 しかも私はお父さん経験者だ。大丈夫だと思う。

「そうだね……じゃあ、どこから来たのかな? 名前は?」
「あっちだよー」と押入れを指さす。
「名前は付けて―。」
 んー、難しい。こういう時、小学校の低学年の先生はどう対処しているんだ? 会話がキャッチボールにならないぞ?
 見た目は15~6歳に見えるが、小学生の低学年の子と話してる気分だ。

 名前は付けるってどういう事だろ? 一つ一つ聞いて行くしかないか。
「お嬢ちゃん? 名前は付けて? ってどういうことかな?」
「そのまんまだよ。付けてー」
「付けてって名前はあるんだろ? ニックネームってことかな?」
「違うよー、名前は無いから付けてー」

 まったく事情がわからん。そういう言葉遊び的なものが流行ってるのか? こういう時は一度相手に乗ってみるか?
「じゃあ、名前を付けようと思います。お譲ちゃんはどういうのが希望かな?」
「可愛いのがいいな、うち狐だしそういうのも含めて」
「はい? 狐?」
「そうだよー、ご主人様は強そうだし、こんな結界を張れる人も中々いないよー。それに仲間スキル持ってるでしょ~?」

 ご主人様? 結界? 仲間スキル? 何言ってるんだ? この娘は?
 んー話が斜め上どころではないな、新人類の新入社員としゃべっているよりキツイ。私が付いて行けてないだけなのか? ここまで分からないとショックだな。ある程度は若者情報も仕入れてたはずなんだが……

 もう少し話してみないとまるでわからないな。言われるがままに乗ってみようか。虎穴に入らずんば虎子を得ずだな。
 まずは名前を付けるだったな。

「なぁお譲ちゃん、名前は『クラマ』ってどうだい? 狐だし」
「その名前の人はもういるよ。違うのにしてー。可愛い系でも無いしー」
 むむむ、手強い。偶に真面なことが入ってる来るし。

「じゃあ『ソラ』ってどうだろ?」
 見たことあるんだよネットでね。キラキラネームランキングに入ってた名前。

「うはっ! いいねそれ。じゃあ『ソラ』に決まり! 可愛い名前をありがとー!」
「はいはい、じゃあ、名前も決まったことだし、他にも色々聞きたいんだがいいかなー?」
「色々? じゃあ、おかわりしてからー」

 ……
 ……
 話が進みそうもないんで、今日買ってきた缶詰の中からいくつか与えたら納得してくれた。

「いいかな?」
「さっきのやつ、おいしいねー。初めて食べたよー、あんなおいしいの」
 焼き鳥のたれ味の缶詰のことかな? たしかに美味しいけどね、そこまで絶賛でも無いと思うよ…。

「じゃあ、まず始めから聞くよ? なんでここにいるのかな?」
「お家があったからだよー。ちょっと違うかな? うちがいたところに急にお家が出てきて、外は結界で出られないし、こっちを見たら布団があるし、それでこっちに来てみたら布団のとこまで入って来れたんだ。でも、部屋の中にはやっぱり結界で入れなかったんだよー」
 やっぱり入るのには許可が必要だったんだ。ちょっと軽率な判断だったか。

 しかし、害は無さそうだし問題ないか。それより今、聞きたいキーワードは2つ。
「ご主人様って私の事か?」
「そうだよ。さっき契約したじゃん?」

 いつだ? 契約ってどういう事?
「なんかサインしたか? それとも口約束でもあったか?」
「さっき手をつないで式具くれたじゃん。そしたら私も『ん』っていって契約完了の光が出たよねー。それで名前も付けてくれたから完璧じゃーん!」

 たしかに『ん』って言ったような気もする。なにか光ったような感じもあった。
 ふと、彼女の胸元を見ると私のお気に入りの箸が収まっている。あげたつもりは無いのだが、もう彼女のものになってしまってるようだ。

 奮発して購入したお気に入りの箸である。安物は先がすぐに先が剥げてくるので、旅行先で購入したものだった。それでも五千円もしていないだろう。

「そう、この箸だよ。きれいだよねー。すごく気に入ったよ。こんな式具はクラマ様でも持ってないよー」
 私の視線を感じて答えてくれる女の子。名前は『ソラ』ちゃんでいいのか?
 たしかにその箸は漆塗りだったはずだ。私の使用済みなんだが、それでもいいのか? そもそもあげるとも言ってないはずなんだが……で、契約?
 でも、少しずつではあるが話がつながりだした気がする。
 まだまだ謎が多すぎるが……

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